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カレントアウェアネス
No.295 2008年3月20日
CA1657
小特集 北欧のコミュニティと公共図書館
スウェーデン
1. はじめに
スウェーデンの公共図書館の源流は、1800年代の半ばに活発になった各種の国民運動に見られ、他の北欧諸国同様、民主主義の理念、特に生涯学習を支える機関として、その歴史は長い。
社会の変化に従い当然、公共図書館の使命も、利用者のニーズも変化する。今日の図書館は本の貸出はもとより、社会の文化・知識・情報そして文化センターとして多くの役割を担っている。だが移住地、年齢、学歴、文化・経済的背景にかかわらずすべての住民に必要な情報を提供するという根本的な目標は変わっていない。
北欧の中ではスウェーデンのみ、国としての図書館政策を有していない。従って図書館活動は主として、コミューン(自治市、以下コミューン)の責任で運営されるのであるが、コミューンの大きさ、政治家の関心度、そして図書館員の教育レベル等により、コミューン間に図書館の質の違いが生じてしまう。たとえば国立文化評議会(Kulturrådet)の2006年度の統計によると、開館時間だけでも週9時間から56時間という差がある(1)。
唯一全国共通の規定と言えば、1996年に制定され、2005年に改正された図書館法である。本稿では現在スウェーデン社会が直面している問題を考慮し、特に身体・視覚障害者、移民や他の少数民族へのサービスと、図書館間協力に焦点を置いて、優れた実践例を紹介すると共に今後の課題を考えてみたい。
2. ウーメオ地域の図書館共同プロジェクト
北スウェーデンのウーメオ地域は6つのコミューンで構成され、9,500平方キロメートルの面積に人口14万人(1平方キロメートルにつき15人)を抱える。そのうち一番大きいウーメオ市に11万人、一番小さいビュールホルム市に2,600人が住んでいる。この地域の図書館が推進する共同プロジェクト“Bibliotek 2007”は、2007年欧州公共部門賞(European Public Sector Award:EPSA)を受賞した。
この地域の特徴は、通勤のためコミューン間の行き来が頻繁なことである。そこで誰でも図書館サービスを平等に受けやすくすることを目的に、まず共通の図書館カードを発行することにした。このカードによって利用者は居住地にかかわらず、合計100万冊のコレクションに自由にアクセスできるようになった。もちろん地域内のどこで借りても返却しても良い。また利用者が図書館と初めて出会うのがインターネットのウェブサイトであることも多いと考え、共通のウェブサイトを作成した。読みやすく、「散策」しやすいように、ウーメオ大学デザイン学校がウェブサイトのデザインを担当した。
次に、コミュニティのサイズに左右されない革新的な技術投資の実現を果たした。共通のコンピュータシステム“LIBRA3”を導入し、身体・視覚障害者に特に配慮した機能を実装した。その結果、利用者は自分の家から外に出ることなく、本の貸出、予約、購入はもとより、ホームページから直接電子ブック、音楽そして映画をダウンロードすることが可能となった。さらに2007年秋からは、利用者の図書館活動への活発な参加を促すため、利用者が本の評価、感想や推薦文をウェブサイトに掲載し、そこでグループ議論や読書サークルを開始できるようにした。またウェブサイトそのものを人工音声で読み上げ可能とし、コンピュータや電話で利用可能とした、さらにウーメオ図書館では、「オーディオインデックス」という試作品が録音図書コーナーと子どものDAISY資料のコーナーに備えられている。コンピュータ端末を棚にそって移動させることにより、視覚障害者は本の内容をヘッドフォンを通して聞ける仕組みである。スウェーデンの全ての公共施設は、2010年までに建物・装置のバリアフリー対応を義務付けられていることを考えると、この試みは先進的だと言えよう。
このプロジェクトの結果、図書館間のみならず他の機関との協力が深まり、次のような恩恵がもたらされた。
- 各図書館が地元の利用者の希望に応じて図書を購入する自由度が増した。
- システムの共通化でサーバやコンピュータセキュリティへの投資費用が削減できた。
- 図書館全館の技術的レベルアップを図ることができた。
- 図書館システムにかかわるソフトウェア、ハードウェア導入時の、価格交渉力が強化できた。
- 新収図書の目録 への入力が1回で済むようになった。
このプロジェクトは利用者の高い評価を受けたと同時に、開始から終了まで政治家の理解と支持を得ることができたとされている。
3. 難民・少数民族に対する図書館サービス
次に難民や少数民族に対する図書館サービスについて紹介する。スウェーデンには2006年10月現在、外国生まれの住民が1,175,200人(人口の約13%)(2)、亡命希望者は300,524人(半数がイラク人)(3)在住しており、第2次世界大戦後2番目に多い数となっている。
図書館法はこうしたグループに対し、スウェーデン語以外の言語で資料を提供することを義務付けている。このサービスに関する市町村の公共図書館の支援は、各地域ごとには各県立図書館、全国的にはストックホルム市立図書館内国際図書館が担当する。後者は元々移民センターであったが、2000年5月、ストックホルム市の公共図書館兼多言語図書館相互貸借センターとして再オープンした。運営にあたり、国が50%、ストックホルム県と市が25%ずつ出資している。同館にはスウェーデン語、他の北欧言語、英語、仏語と独語以外の120強の言語の図書を20万冊以上所蔵し、必要に応じて国内外(北欧内は無料)の図書館への貸借サービスを行っている。また新規購入した“Pressdisplay”というデータベースにより、訪問者はインターネット上で刊行されている、世界70か国・約500紙の新聞を母国語で読むことが可能になった。
国際図書館で特にユニークな点は2005年4月に公開されたウェブサイトである。ラテン文字を使用しない国から来た人が多いことに配慮し、スウェーデン語版とスペイン語版のほか、アラビア語版、ペルシャ語版、ロシア語版、中国語版を提供している。さらに2004年以降入力された蔵書は、これらの言語で検索可能である。また他の図書館をサポートするため、分類表、一般的な図書館用語や案内を多言語で作成して、ウェブサイトからダウンロードできるようにしたり、多言語図書の購入先といった有益なリンク集を提供している。
2005年4月からは、多言語のオンラインレファレンスシステム“Ordbron2”が稼動している。これはスウェーデン語の使えない人にも同等の図書館サービスを提供し、スウェーデン社会へのより活発な参加を促進するために、専門的な情報を12か国語で提供する。2007年4月には、利用者への便宜を図るため、“Frågabiblioteket”(スウェーデン語のウェブサイト)と統合された(同時に大学・専門図書館用のウェブサイト、児童用ウェブサイトも統合された)。
4. まとめに代えて
複数の図書館がお互いのコレクションを自由に使うという試みや、利用者のニーズを考慮した使いやすいウェブサイトを作成・提供など、図書館のサービスの向上と利用者の積極的な参加を促す努力は、本稿で紹介した以外にも行われている。
とりわけ前者は将来的に県を合併し、その数を減らすという政治的提案があることを考えると、今後増加していくものと思われる。後者に関しては、移民がスウェーデン社会にできる限り早く慣れるための援助として図書館の役割が大きいこと、一方で現在はまだ言語の問題から図書館が提供するデジタルサービスを利用できる機会が少ないことを考えると、このグループにあわせた情報提供の徹底と利用指導の充実は、公共図書館の大切な課題の1つとして、引き続き取り組むべきものであると言えよう。
一方、図書館は社会の鏡であり、その活動の充実にあたり社会の支持は欠かせない。2008年度の政府の予算案には「将来の社会における図書館の立場を強化し、その利用の容易性を保障するため図書館法の見直しを計画する」とある(4)。この見直しにより長年図書館関係団体が必要だと訴えてきた、国による図書館政策の実現に近づくとともに、効果を発揮することに期待したい。
ストックホルム市立図書館国際図書館:小林ソーデルマン淳子(こばやし そーでるまん じゅんこ)
(1) Statens kulturråd. “Kulturen i siffror 2007:5: Folkbibliotek 2006”. 2007, p.5. http://www.kulturradet.se/upload/kr/publikationer/2007/folkbiblioteken_2006.pdf, (accessed 2007-12-14).
(2) Statistiska centralbyrån. “Statistikdatabaser,Utrikes födda i riket efter födelseland och kön. År 2000-2006 Tabelluppgift: Utrikes födda”. http://www.ssd.scb.se/databaser/makro/Visavar.asp?yp=tansss&xu=
C9233001&huvudtabell=UtrikesFoddaR&deltabell=02&deltabellnamn=Utrikes+f%F6dda+i+riket+efter+f%F6delseland
+och+k%F6n%2E+%C5r&omradekod=BE&omradetext=Befolkning&preskat=O&innehall=UtrikesFodda&starttid=2000
&stopptid=2006&Prodid=BE0101&fromSok=&Fromwhere=S&lang=1&langdb=1, (accessed 2007-12-14).
(3) Migrationsverket. “Månadsstatistik: Asylsökande”. http://www.migrationsverket.se/, (accessed 2007-12-14).
(4) Regeringskansliet. “Förslag till statsbudget 2008, utgiftsområde 17: Kultur, medier, trossamfund och fritid”, p.22-23. http://www.regeringen.se/content/1/c6/08/81/69/07db234f.pdf, (accessed 2007-12-14).
Ref:Brunnström, Ann-Christine. “Mer nytta än nöje: en undersökning av invandrade göteborgares syn på biblioteksverksamhet”. http://www5.goteborg.se/prod/kultur/stadsbibliotek/dalis2.nsf/0/
0414aa4388af2105c1256cbf004f1fe0/$FILE/rapport.pdf, (accessed 2007-12-14).
Folkbiblioteksutredningen 1980. Folkbibliotek i tal och tankar: en faktarapport från Folkbiblioteksutredningen. Stockholm, Liber, 1982, 275p. Hansson, Joacim. Det lokala biblioteket: förändringar under hundra år. Linköping, Mimer, 2005, 57p.
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Kulturrådet. “The Libraries Act (SFS 1996:1596)”. http://www.kulturradet.se/templates/KR_Page.aspx?id=1947&epslanguage=SV, (accessed 2007-12-14).
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小林ソーデルマン淳子. 小特集, 北欧のコミュニティと公共図書館:スウェーデン. カレントアウェアネス. (295), 2008, p.21-23.
http://current.ndl.go.jp/ca1657