CA1654 – 情報倫理と図書館 / 後藤敏行

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カレントアウェアネス
No.295 2008年3月20日

 

CA1654

 

情報倫理と図書館

 

1. はじめに

 本稿の目的は、情報倫理の概略を述べた上で、情報倫理が図書館とかかわる事例を提示することである。新人図書館員や図書館情報学の初学者を含めて、幅広い読者を想定している。

 まず、情報倫理の概念と必要性について述べる。次に、現場の図書館で情報倫理が争点になった例として、フィルタリングソフトの導入を挙げる。続いて、図書館情報学教育のカリキュラムに情報倫理を含めることに関して、米国の大学、および米国図書館情報学教育協会(Association for Library and Information Science Education. 以下ALISE)の宣言を中心に動向を整理する。

 

2. 情報倫理:概念、必要性
2.1 情報倫理の概念

 「情報倫理」の定義は文献によって異なる。本稿では、次の2つの意味を持つものとして情報倫理という言葉を用いる。

  • (1) 情報化社会が生み出す問題に対応するために個人や集団が順守すべき、ガイドラインや規範。
  • (2) 情報化社会が生み出す倫理問題や上の(1)について考察し、さらなる問題の発見や、ガイドラインや規範に関する提言を行うこと。

 (1)の例としては、インターネット上で必要とされるマナーを定めたネチケットや、国内外の情報系学会が策定した倫理綱領が挙げられる(1)

 (2)に取り組んだ例には、わが国で1998年度から2002年度にかけて実施された、「情報倫理の構築(FINE)」プロジェクト(日本学術振興会「未来開拓学術研究推進事業」、「電子社会システム」部門)がある(2)。なお、(2)の意味での情報倫理は、学的・批判的営みであることを強調して、情報倫理学と呼ぶこともできる(上のプロジェクトの研究成果でも、多くの場合そのように表記されている)。

 意味を広げれば、情報に関する倫理全般やその考察(必ずしも現代の情報通信技術を議論に含まない)を情報倫理と呼ぶこともできるだろう。また、情報という観点から人間や社会のあり方を捉える試みを指して情報倫理と言う場合もある。だが、本稿では字数の制限もあるため、コンピュータやインターネット等の情報通信技術を強く意識した上述の意味での情報倫理に取り急ぎ焦点を当てる。

 

2.2 情報倫理の必要性

 本稿では上述の意味で情報倫理を用いるが、そのようなガイドラインや規範、それらについての考察等は、従来の倫理とは何らかの点で異なるものだろうか。言い換えれば、従来の倫理に加えて情報倫理なるものが存在する必要はあるのだろうか。

 この点についてはYes・No両方の議論がある。否定的な態度をとるものには、例えば、「情報社会においても、普段の実生活における倫理観をそのまま当てはめていけば、大きな問題は十分回避できることが予想される。むしろ、情報社会の問題は、おそらく、規範をはずれた行為によってもたらされる被害に対して必ずしも十分な救済を与えることができないということではないかと思われる」(3)とする見解がある。

 一方、情報倫理の必要を唱える立場のものは、情報化社会では従来の倫理的概念や規範が危機に瀕していたり、適用しづらくなったりしている点を指摘する。例えば、プライバシーについて以下のように言える(4)

 プライバシーとは、古典的には、個人の生活に関する事柄がみだりに他人の目にさらされない権利、あるいは「ほうっておいてもらう権利(the right to be let alone)」と説明されるものである。近年では、「個人、グループ、または組織が、自らに関する情報を、いつ、どのように、どの程度伝えるかを自ら決定できる権利」(5)すなわち「自己情報コントロール権」として理解されてもいる。プライバシーにとって、コンピュータやインターネット等の新しいテクノロジーは脅威となりうる。

 第1に、コンピュータの誕生によって、データの入力が容易になり、かつ保存可能なデータ量が爆発的に増大した。その結果、以前ならば記録自体されなかったり、廃棄されたりしたはずのデータが、「何かの役に立つかもしれないから、ついでに集めておこう」とばかりに蓄積されていくことがある。Eメールの送受信履歴やインターネット通販の利用履歴を思い出せばよい。それらはデータベース的な利用も可能であり、便利である一方で、情報がそのように蓄積・利用されることに危惧や嫌悪を感じる意見もある。

 第2に、データ処理速度の増大がある。一般に、異なる目的で作成されたデータを突き合わせるという作業は相当な労力を必要とするが、コンピュータはいとも簡単にそれをやってのける。例えば、「当XX相談室の本日朝一番の相談は、夫の家庭内暴力についてのものでした」というカウンセラー側の情報と、「本日、朝一番でXX相談室に行ってきました。相談内容は秘密ですが…」という相談者側の情報は、2人が手書きの日記に記している間は突き合わされることはなさそうである。ところが、インターネット環境下では両者が組み合わさる可能性が増大する。例えば、2人が上の情報をブログに書いた場合を想定してみよう。検索の方法やタイミングによっては、上の2つの情報を第三者が発見し、秘匿情報に気づいてしまうことが起こりうる(6)

 第3に、情報の転送速度の増大がある。新しい土地で一からやり直そうと考えている人にとって、いまや個人情報はその人の移動よりも早く転送されることができる。

 第4に、情報の流出可能性の増大がある。公的機関の金庫に保管されている個人情報にアクセスするよりも、クラッキングはもっと容易かつ安全に行われる。以上のように、プライバシーに対するリスクは情報化社会において増大しているといわざるをえない。

 論点はプライバシーだけではない(7)。例えば「著作権」がある。インターネットは、元来は研究者が自分達の仕事をしやすいように開発したものである。したがって、その機能は研究者集団の理念で組み立てられている。その理念とはリソース・シェアリングという考え方である。リソース・シェアリングを良しとする世界に、著作権という排他的な権利はそもそもなじむだろうか。あるいは「責任」がある。現代のコンピュータを含んだシステムの制作は、通常、個人ではなくグループや会社によって行われており、システムエンジニア、プログラマ、ドキュメントライター、その他多数の人間がかかわっている。このことは、コンピュータのバグの発生を完全に予測して防ぐことは原理的に不可能に近いという事実とも相まって、システムの不具合によって損害が生じた際の責任の所在を曖昧にしてしまう可能性がある。すなわち、コンピュータの普及によって、人々の責任が曖昧になるかもしれない。

 以上のような事情から、現代の情報化社会においては、たとえ倫理原則(例えば「プライバシーが確保されるべきである」)が以前と変わらないとしても(8)、それを実現するためのガイドラインや規範が新たに必要になる場合があると判断できる。また、従来の倫理的概念(例えば「著作権」や「責任」)を再検討する必要があるとも考えられる。それゆえ、情報倫理は必要とされているという立場を本稿ではとりたい。

 しかも今日、情報倫理は(少なくとも先進国の)すべての人々が必要とするものであると考えなくてはならない。元来は、情報倫理は1980年代に「コンピュータ倫理」として始まり、コンピュータ技術者の職能倫理としての性格を帯びるものであった。ところが、1990年代のインターネットの普及に伴い、すべての人を巻き込む倫理へと変貌したのである。その中には図書館員や図書館利用者、あるいは図書館情報学をまなぶ者も含まれる。次節では、図書館と情報倫理のかかわりについて米国での事例を概観したい。

 

3. 図書館と情報倫理
3.1 図書館へのフィルタリングソフト導入

 現場の図書館で情報通信技術が新たな倫理問題を引き起こした例として、米国の図書館におけるフィルタリングソフト(有害なページへのアクセスを防止するソフト)の導入がある。

 米国最高裁判所は2003年、わいせつ(obscenity)、児童ポルノ(child pornography)、未成年者に有害(harmful to minors)という合衆国憲法の保護下にない情報に未成年者がアクセスすることを防ぐため、学校や公共図書館が設置するコンピュータにフィルタリング技術を導入することを義務付けた「子どもをインターネットから保護する法律」(Children’s Internet Protection Act. 以下CIPA)が合憲であるとの判決を下した(なお、17歳以上の利用者が研究等の目的でインターネットにアクセスする場合は、フィルタリング装置を停止することができる)。この結果、米国の公共図書館はフィルタリングソフトを導入するか、導入を見送って連邦からの補助金を諦めるかの選択を迫られた。

 図書館にとってネックとなったのは、現行のフィルタリングソフトは完全ではなく、有害なウェブページ以外のものまでアクセスを遮断してしまうことがあるという点であった。フィルタリングソフトの導入は一種の検閲になると判断し、この点を重く見て、導入を見送った図書館もある。有害情報から利用者を守るという役割と利用者への情報アクセスの提供という使命の間で、図書館は決断を迫られたわけである(さらに言えば、CIPAに本来は反対であるものの、補助金を失えば図書館が機能不全に陥り情報アクセスの提供という使命を果たすことができなくなってしまうため、それを回避するためにフィルタリングソフトを導入する、あるいは、有害情報からの保護には賛成だが、他の手段(子どもへのインターネット教育を徹底する、等)を支持するのでフィルタリングソフトは導入しない、という判断もあり得た。図書館が迫られた決断は、単純な二者択一にとどまらない、難しいものであったと思われる)。

 CIPAおよび合憲判決の図書館への影響については、本誌やカレントアウェアネス‐Eのバックナンバーに詳しい記事がある(CA1572CA1473E499E220E098参照)。

 

3.2 図書館情報学教育における情報倫理

 ファリス(Don Fallis)によれば、米国図書館協会(ALA)認定の図書館情報学教育プログラム中、カリキュラムに情報倫理を含むものは半数を大きく下回るのが現状である(9)。だが、情報倫理の科目を開講し、積極的に教育を行っている例も見受けられる。ピッツバーグ大学情報科学部(School of Information Sciences, University of Pittsburgh. 学部・大学院両方に図書館情報学専攻を有する)では、情報倫理に関する通常科目や連続講義を開設し、かつ、情報倫理をテーマとする学生に対する研究奨学金制度を設けている(10)。また、アリゾナ大学情報資源・図書館学部(School of Information Resources & Library Science, University of Arizona)は、情報倫理を修士課程の必修科目にしている。種々の倫理綱領だけでなく、複数の哲学者の倫理学説を学ぶ内容になっている(11)

 今後、米国の図書館情報学教育プログラムにおいて情報倫理の開講が増えていくかは、現時点では断定できない。しかし、少なくとも情報倫理への関心が高まっていることは、以下のALISEの宣言から見てとることができる。

 ALISEは、北米における図書館情報学の大学院課程の教員を支援する非営利団体である。個人会員数は500、機関会員数は60以上に上る。その情報倫理に関する専門部会が2006年10月、「図書館情報学教育における情報倫理教育に関する宣言」(Position statement on information ethics in LIS education)を発表した。

 宣言は、多元的な情報倫理の理論や概念を修得することが図書館情報学教育や情報専門職に必要であるとの見地から、図書館情報学教育界に対して以下の点を推奨している。

  • (1) カリキュラムの基礎課程において、情報倫理を必修にするべきである。学生の到達目標には次の事項が含まれる。
    • 情報に関する倫理的コンフリクトを認識し、表現できるようになる。
    • 情報分野における個人や集団の相互作用がもたらす結果への責任感を身に付ける。
    • 情報に関する異なる文化や価値観を認め、異文化間の対話を行う基礎を養う。
    • 倫理的理論や概念、およびそれらと日常の情報作業との関連についての基礎知識を修得する。
    • 倫理的な思索、および批判的な思考を身に付ける。さらに、それらを職業生活に応用することを学ぶ。
  • (2) 情報倫理に特化した講座が定期的に開講されるべきである。適格な教員が担当し、多様な視点を含む各国の文献が使用されるべきである。
  • (3) 管理運営やヤングアダルトサービス、情報リテラシートレーニング等、カリキュラム全体にわたって情報倫理が言及されるべきである。
  • (4) 情報倫理への取り組みは継続的なものでなくてはならない。

 宣言は全体的に、情報倫理の教育に際して国際的、多元的な視点、あるいは異文化間の対話を重視する論調になっている。

 

4. まとめ

 上の3.では米国の事例を見たが、わが国でも高等教育機関においてであれ、現職者への研修においてであれ、情報倫理を図書館員(志望者)が学ぶ必要はあると思われる。その際、ネチケットの類を身に付けるだけでなく、情報化社会の倫理問題に対する批判的考察の仕方(本稿2.1(2)の部分)を学ぶことが学習者にとって重要だと考える。フィルタリングソフトの例のように、図書館業務と現代の倫理問題は深くかかわるため、倫理問題を考察することは、図書館の仕事について考察することにもつながるからである。図書館員が情報倫理の素養を身につけることは、彼/彼女が自らの職務について考えを深め、新たな課題や可能性を発見することにもなるだろう。

青森中央短期大学:後藤敏行(ごとう としゆき)

 

(1) 後者については、例えば「情報処理学会倫理綱領」が、策定に中心的にかかわった論者達によってしばしば言及、解説されている。
名和小太郎ほか編著. ITユーザの法律と倫理. 共立出版, 2001, p.145-165.
土屋俊. “情報技術者の職能倫理:「情報処理学会倫理綱領」を中心に”. 情報倫理学:電子ネットワーク社会のエチカ. 越智貢ほか編. ナカニシヤ出版, 2000, p.108-144, (叢書倫理学のフロンティア, 4).

(2) 京都大学文学部「情報倫理の構築」プロジェクト室. “FINE(Foundations of Information Ethics)”. http://www.fine.bun.kyoto-u.ac.jp/, (参照 2007-12-09).

(3) 梅本吉彦編著. 情報社会と情報倫理. 丸善, 2002, p.16.
ただし、この発言自体は情報倫理の存在を認める立場にもつながりうる。なぜなら、情報社会の問題を「規範をはずれた行為によってもたらされる被害に対して必ずしも十分な救済を与えることができないということ」と分析し、その対応策を提言することは、本稿2.1(2)の意味で情報倫理的な営みになるからである。

(4) 以下のプライバシーの議論は、水谷雅彦氏による一連の論稿を参照しつつ記述した。
水谷雅彦. “講義の7日間:情報化社会の虚と実”. 情報. 越智貢ほか編. 岩波書店, 2005, p.19-26, (岩波応用倫理学講義, 3).
水谷雅彦. 情報の倫理学. 丸善, 2003, p.52-74, (現代社会の倫理を考える, 15).
水谷雅彦. “プライバシー概念の再検討と現実的諸問題”. 情報倫理の構築. 水谷雅彦ほか編著. 新星社, 2003, p.101-122, (ライブラリ電子社会システム, 5).
水谷雅彦. “インターネット時代の情報倫理学”. 情報倫理学:電子ネットワーク社会のエチカ. 越智貢ほか編. ナカニシヤ出版, 2000, p.3-48, (叢書倫理学のフロンティア, 4).

(5) Westin, Alan F. Privacy And Freedom. Bodley Head, 1970, p.7.

(6) ブログを匿名で運営している場合でも、この第三者との親密度等によっては、家庭内暴力の相談と相談者本人が結びついてしまう危険はあると思われる。

(7) 本段落は以下の文献を参照した。
名和小太郎. “著作権におけるトレードオフ”. 情報倫理学:電子ネットワーク社会のエチカ. 越智貢ほか編. ナカニシヤ出版, 2000, p.240-265, (叢書倫理学のフロンティア, 4).
江口聡. “コンピュータと集団の責任”. 情報. 越智貢ほか編. 岩波書店, 2005, p.106-123, (岩波応用倫理学講義, 3).
水谷雅彦. 情報の倫理学. 丸善, 2003, p. 1-24, (現代社会の倫理を考える, 15).

(8) 状況の変化が非常に大きい場合、倫理原則自体に何らかの変更が加えられる可能性もあるだろう。

(9) Fallis, Don M. “Information ethics for twenty-first century library professionals”. Library Hi Tech. 2007, 25(1), p.26.

(10) Carbo, T. et al. “Information ethics : the duty, privilege and challenge of educating information professionals”. Library Trends. 2001, 49(3), p.510-518.

(11) School of Information Resources and Library Science. “IRLS520 Ethics for Library and Information Professionals”. http://sirls.arizona.edu/node/78, (accessed 2007-12-09).

Ref:Fallis, Don M. “Information ethics for twenty-first century library professionals”. Library Hi Tech. 2007, 25(1), p.23-35.

Wyatt, Anna May. “Do librarians have an ethical duty to monitor patron’s Internet usage in the public library?”. Journal of Information Ethics. 2006, 15(1), p.70-79.

ALISE Information Ethics Special Interest Group. “Position statement on information ethics in LIS education”. 2006-10-10. http://www.michaelnagenborg.com/de/pdf/ALISE_IE_SIG_STATEMENT.pdf, (accessed 2007-12-09).

Carbo, Toni. et al. “Information ethics: the duty, privilege and challenge of educating information professionals”. Library Trends. 2001, 49(3), p.510-518.

越智貢ほか編. 情報. 岩波書店, 2005, 263p, (岩波応用倫理学講義, 3).

水谷雅彦ほか編著. 情報倫理の構築. 新星社, 2003, 312p, (ライブラリ電子社会システム, 5).

水谷雅彦. 情報の倫理学. 丸善, 2003, 172p, (現代社会の倫理を考える, 15).

梅本吉彦編著. 情報社会と情報倫理. 丸善, 2002, 204p.

名和小太郎ほか編著. ITユーザの法律と倫理. 共立出版, 2001, 180p, (情報フロンティアシリーズ, 24).

越智貢ほか編. 情報倫理学: 電子ネットワーク社会のエチカ. ナカニシヤ出版, 2000, 323p, (叢書倫理学のフロンティア, 4).

 


後藤敏行. 情報倫理と図書館. カレントアウェアネス. (295), 2008, p.12-15.
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