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カレントアウェアネス
No.288 2006年6月20日
CA1593
資料をデジタル化するための著作権処理
1. はじめに
図書館がデジタルデータを扱うことが多くなったが,それでも日本においては,利用許諾を必要とする所蔵資料に対して個別に著作権処理を行った上で電子図書館を構築するケースはそれほど多い訳ではない。実際には,著作権の保護期間が満了した資料をデジタル化するケースや,電子ジャーナルなどのように契約によって著作権処理をクリアした形で提供するケースが多い。著作権の保護期間が満了した資料をデジタル化する場合,検討すべき課題は主として技術的な側面が中心となり,デジタル化のための見通しは良い。また,契約による提供の場合は,通常,インターネット上での無料提供ではなく,限られた利用者に対するサービスや有償でのサービスとなることを前提とする場合が大半である。
電子図書館における著作権処理という点に関しては,これまで国立情報学研究所(NII)の電子図書館サービスであるNacsis-ELSの報告(1)や,奈良先端科学技術大学院大学図書館の報告(2),国立国会図書館の近代デジタルライブラリーでの著作権処理実務(3)などが紹介されている(CA1528参照)。また,筑波大学では,学内において収集・生産された著作物の著作権処理についてその方法等を中心に報告がある(4)(5)。神戸大学附属図書館が開設した震災文庫では一次情報の公開のために資料1点ごとに著作権処理を行っているという報告(6)がなされている。国立国会図書館では児童図書のデジタル化に伴う著作権処理(7)も行われている。
この分野に関して米国では,カーネギーメロン大学(Carnegie Mellon University)において,1999年より著作権処理を必要とする資料のデジタル化とインターネット提供について継続的な調査研究が行われている(8)。本稿ではその概要を紹介した後,2006年4月に明治期刊行図書の追加公開を行い,その著作権処理に関して実務的な報告が行われたばかりの国立国会図書館の近代デジタルライブラリーについても取り上げながら,この分野の一端を紹介する。
2. カーネギーメロン大学図書館における著作権処理
カーネギーメロン大学において1999年から2001年の間に行われた無作為抽出標本による実証研究(TheRandom Sample Feasibility Study)では,無作為に抽出された209の出版者に係る277タイトルについてフルテキストによる電子化を行い,全文検索機能を付け,かつ無料でインターネット上に公開するための許諾を得るという試みが行われている。資料は図書,雑誌などの複数の出版形態の資料が選ばれ,出版者も公共性の高いものから商用のものまで多様なタイプから選ばれた。方法として郵送により許諾処理を行った結果,半分の出版者から回答があり,約4分の1から許諾を得ることができている。約5分の1の出版者分は連絡先を見つけることができなかった。許諾を得るのに要した費用は1タイトルあたり平均およそ200ドルであった。また,この実証研究の一環と考えられる著作権許諾プロジェクト(Copyright PermissionProject)においても同様の分析・報告が行われている(9)。著作権処理に要した時間は100日以上で,著作権処理は手間のかかる点を指摘している。
2001年から2004年の間に行われた希少本研究(The Fine and Rare Book Study)では,カーネギーメロン大学が所蔵するポスナー記念コレクション(The Posner Memorial Collection)のデジタル化のため,104人の著作権者に係る284作品の許諾処理を行った。この試みでは,途中から1回の許諾依頼にあたっては出版者ごとにタイトルをまとめ事務の効率化を図ったこと,最初の手紙で応答のなかった出版者には,電話や電子メールを活用した結果,出版者のおよそ3分の2から応答が得られ,およそ半分から許諾を得ることができている。一方,出版者のおよそ3分の1の連絡先を見つけることができなかった。許諾を得るのに要した費用は1タイトルあたり平均およそ78ドルであった。
現在,これら先行して行われた著作権処理の調査研究を活かして,カーネギーメロン大学では2007年までに100万冊の図書をデジタル化し,提供することを目指すミリオンブックプロジェクト(Million BookProject : MBP)を,米国科学財団(National Science Foundation : NSF)やインド,中国両国政府による資金供給を受け,実施している。著作権処理の対象として約50,000タイトル(約5,600出版者)を想定している。2005年2月時点で,約61%を終了しており,この内,ほぼ交渉を終えた364の出版者について分析を行ったところでは,すべての出版者を特定することができ,出版者の約4分の1から許諾を得ることができている。許諾を得るのに要した費用は1タイトルあたり平均69セントであった。
いずれの調査研究も,出版者・タイトル単位での許諾の割合,米国内・米国外の出版者による傾向,商用・学協会・大学出版部など出版者別の傾向,出版形態別の傾向,出版年代別の傾向などについて分析を行っており興味深い。
3. 近代デジタルライブラリーと著作権処理
国立国会図書館が所蔵する明治期刊行図書をデジタル化して提供する近代デジタルライブラリーは,2006年4月の追加公開により,全体で約89,000タイトル,約127,000冊の資料をインターネットで公開するようになった。近代デジタルライブラリーにおける明治期刊行図書の著作権処理報告(10)によると,国立国会図書館においてマイクロ化された明治期刊行図書のうち,児童図書と欧文図書を除いた106,099タイトル(156,236冊)を対象として,2000年度から2005年度まで72,730名の著作者について著作権処理を行った。その結果,著作権の保護期間が満了している著作者が27.7%,著作権の保護期間中の著作者が1.1%,著作権の有無が不明の著作者が71.1%で,442名に対し許諾依頼を行い,315名から許諾が得られた。最終的に著作権者の連絡先が不明または著作権の有無が不明で許諾処理を行うことができない外国人著作者等を除く著作者38,794名について,著作権法第67条に規定された文化庁長官の裁定を受けてデジタル化を行っている。
4. おわりに
カーネギーメロン大学の調査研究においては,著作権者の連絡先を見つけるのは案外難しく,著作権者にたどり着けないことが実際には多いということが報告されている。これは近代デジタルライブラリーにおいても言えることで,明治時代のように年代が古くなると実務上は許諾まで至ることがなかなか大変であることは,大半の著作物が文化庁長官の裁定の対象資料となったことからも窺える。
また,許諾を得るための費用について,カーネギーメロン大学では事業規模が大きい場合,タイトルごとに処理を行っていく方式だと費用が高くつく可能性がある点,出版者単位でまとめて処理していくアプローチが効率的だという点を指摘している。著作権処理にかかる費用とその効果を分析・評価する視点や方法論は今後,重要な要素となってくるだろう。
米国は1989年にベルヌ条約に加盟しているが,過去の方式主義時代の著作物が混在するために保護期間の種類が細かく分かれていること,ソニー・ボノ法(The Copyright Term Extension Act of 1998)の制定により日本とは著作権の保護期間が異なること,フェアユース(Fair use)の考え方があること等,日本との相違点も多い。米国の事例を日本における著作権処理にそのまま応用することには難があるが,同大学における一連の取り組みと報告は興味深く,日本においても参考とすることはできる。
さまざまな資料をデジタル化し,特色あるコレクションを構築しようとする場合,著作権保護期間中の資料について処理の必要性が出てくるため,著作権処理のノウハウの蓄積の必要性は高い。電子時代の図書館サービスの発展を考えた時,デジタル化に伴う著作権処理に関する分野における地道な実務作業とその成果の報告が今後,期待されるところである。
関西館事業部電子図書館課:中尾康朗(なかお やすろう)
(1) 船渡川清. 国立情報学研究所(学術情報センター)電子図書館サービスにおける著作権処理モデル. 大学図書館研究. (60), 2001, 58-62.
(2) 奥田正義ほか. 奈良先端科学技術大学院大学電子図書館の現状と課題. 大学図書館研究. (65), 2002,23-34.
(3) 関西館事業部電子図書館課. 明治期刊行図書等の著作権調査−資料電子化の舞台裏−. 国立国会図書館月報. (511), 2003, 1-9.
(4) 上原由紀ほか. 筑波大学電子図書館における著作権処理. 図書館雑誌. 94(2), 2000, 91-93.
(5) 栗山正光. 電子図書館と著作権. 情報の科学と技術. 48(8), 1998, 435-439.
(6) 渡邊隆弘. 『震災文庫』サイトのそれから−一次情報のデジタル化を中心に. ACADEMIC RESOURCEGUIDE. (96), 2001, (オンライン), 入手先< http://www.ne.jp/asahi/coffee/house/ARG/compass-043.html >, (参照2006-04-01).
(7) 阿蘓品治夫. 電子図書館サービスと著作権処理−国立国会図書館所蔵児童図書を例にして−. 情報の科学と技術. 48(8), 1998, 440-447.
(8) Covey, Denise Troll. Acquiring Copyright Permission to Digitize and Provide Open Access toBooks. 2005, (online), available from < http://www.clir.org/pubs/reports/pub134/pub134col.pdf >, (accessed 2006-04-01).
(9) George, Carole A. Exploring the Feasibilityof Seeking Copyright Permissions. ALA Annual Conference. 2002, (online), available from < http://www.library.cmu.edu/Libraries/FeasibilityStudyFinalReport.pdf >, (accessed 2006-04-01).
(10) 関西館事業部電子図書館課. 近代デジタルライブラリー事業における明治期刊行図書の著作権処理の結果について. 国立国会図書館月報. (542),2006, 2-6.
Ref.
沼 NAIST電子図書館レポート. 奈良先端科学技術大学院大学附属図書館, 2005, 3-20.
Covey, Denise Troll. Copyright permissions. 2000,(online), available from < http://www.library.cmu.edu/Libraries/LIT/Projects/copyright.html >, (accessed 2006-04-01).
Covey, Denise Troll. Global Cooperation for Global Access: The Million Book Project. 2004, (online), available from < http://wwwoud.eurocris.org/conferences/cris2004/pdf/Cris2004-Troll.pdf >, (accessed 2006-04-01).
Covey, Denise Troll. Re: Response to Notice ofInquiry about Orphan Works, Federal Register(January 26, 2005), Vol. 70, No. 16: 3739-3743.2005, (online), available from < http://www.copyright.gov/orphan/comments/OW0537-CarnegieMellon.pdf >, (accessed 2006-04-01).
George, Carole A. Exploring the Feasibility ofSeeking Copyright Permissions. ALA AnnualConference. 2001, (online), available from < http://www.library.cmu.edu/Libraries/FeasibilityStudy.ppt >, (accessed 2006-04-01).
George, Carole A. Testing the barriers to digitallibraries: A study seeking copyright permissionto digitize published works. New Library World.106(7), 2005, 332-342.
Minow, Mary. Library Digitization Projects andCopyright. 2002, (online), available from < http://www.llrx.com/features/digitization.htm >, (accessed 2006-04-01).
St. Clair, Gloriana et al. Carnegie Mellon DigitalLibrary Plan 2000-2007 ? Supplement to the1998 Strategic Plan. 1999, (online), availablefrom < http://www.library.cmu.edu/Libraries/digitallibrary.pdf >, (accessed 2006-04-01).
中尾康朗. 資料をデジタル化するための著作権処理. カレントアウェアネス. 2006, (288), p.5-7.
http://current.ndl.go.jp/ca1593