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カレントアウェアネス
No.283 2005.03.20
CA1553
動向レビュー
図書館コンソーシアムのライフサイクル
はじめに
今日の大学図書館は,急速に電子情報資源中心の環境へと移行しつつある。例えば,米国研究図書館協会(Association of Research Libraries:ARL)による調査(1)によれば,1994/95年度から2001/02年度にかけて,典型的な大学図書館における資料購入費の総額は61%しか増加していないにもかかわらず,電子情報資源への支出は,400%近く増加し,ほぼ140万ドル(約1億5千万円)に達している。特に電子ジャーナルに対する支出の伸びは顕著であり,1994/95年度以来,712%増加している。
一方,継続的な価格高騰の結果,大学図書館は学術雑誌の大幅な購読中止を余儀なくされてきた。大学における研究活動を支援するために必要とされる学術雑誌をいかにして確保するかが図書館にとって喫緊の課題となっている。
こうした状況を背景として,過去10年来,電子ジャーナルを中心とする電子情報資源の共同購入をめざした図書館コンソーシアムが世界各地で形成されてきた(CA1438参照)。わが国においても,2000年9月に国立大学図書館協議会(現在の国立大学図書館協会)のもとに,出版社との一元的な交渉窓口としての電子ジャーナル・タスクフォースが設置され,本格的なコンソーシアム活動が開始された。私立大学図書館も2003年に私立大学図書館コンソーシアム(Private University Libraries Consortium:PULC)を結成し,海外の主要な出版社との契約交渉をスタートさせた。また,大学図書館のコンソーシアムと平行して,日本医学図書館協会と日本薬学図書館協議会も,それぞれの加盟館を対象とした電子ジャーナル・コンソーシアムを形成し,一定の成果を挙げている。
ところで,図書館コンソーシアムに関する過去の研究は,コンソーシアムのメリットを強調し,最適な実践例(ベストプラクティス)を提唱する実務的な研究と,コンソーシアムの発展史に焦点を合わせた歴史的な研究に大別することができる。
しかしながら,コンソーシアム研究には未踏の領域が残されている。2003年に発表されたシャカフ(Pnina Shachaf)の論考(2)は,コンソーシアムのライフサイクル論という未開拓の課題のひとつに取り組んだ興味深い研究のひとつである。
本稿では,まずシャカフが提唱するライフサイクル・モデルについてその概略を紹介する。次いで,日本の図書館コンソーシアム,とりわけ国立大学図書館協会(Japan Association of National University Libraries:JANUL)のコンソーシアム(3)を取り上げ,シャカフのモデルを適用しつつその発展段階を概観したい。
1. ライフサイクル・モデル
1.1 比較分析
シャカフがライフサイクル・モデルを策定する際に用いた方法論は,いくつかの指標に基づく比較分析である。指標としては,ポッター(William Gray Potter)の6つの基準(参加館数,コア・プログラム,形成理由,財源,大規模大学図書館の参加の有無,管理運営組織)(4)を使用している。
1.2 サンプルリング
図書館コンソーシアムのタイプ,目標,組織,会員制度,財源はさまざまであるが,シャカフは,ライフサイクル・モデルを構築するに際して,電子ジャーナルやデータベースといった電子情報資源の共同購入とライセンシングを目標とした,全国規模のコンソーシアムをサンプルとして選択した。比較分析の対象となった8つのコンソーシアムの名称,設立年,参加館の規模を表1に示す。
国名 | 名称 | 設立年 | 参加館 | 事例研究の発表年 |
英国 | JISC DNER/NESLI(Joint Information System Committee, Distributed National Electronic Resources / National Electronic Site Licensing Initiative) | 1996 | 175大学図書館 | 1999 |
スペイン | REBIUN(Committee of the Conference of Spanish University Principals) | 1996 | 47大学図書館 | 2000 |
イスラエル | MALMAD(Israel Center for Digital Information Systems) | 1997 | 8大学図書館 | 1999 |
オーストラリア | CAUL CEIRC (Council of Australian University Librarians Electronic Information Resources Committee) | 1998 | 39大学図書館 | 1999 |
中国 | CALIS(China Academic Library and Information System) | 1998 | 70大学図書館 | 2000 |
イタリア | INFER(Italian National Forum on Electronic Information Resources) | 1999 | 15大学図書館 | 2000 |
ミクロネシア | FSM(Federated State of Micronesia Library Service Plan 1999-2000) | 1999 | 全図書館 | 2000 |
ブラジル | ANSF(Academic Network of Sao Paulo) | 2000 | 6大学図書館 | 2000 |
(出典) Shachaf (2003)
これらの全国規模のコンソーシアムの参加館数,年齢(活動期間),運営管理の仕組みには明らかな差がある。しかしながら,8つコンソーシアムは全て,全国規模の共同購入方式を活用し,単館当たりの経費を削減し,電子情報へのアクセスを向上させるという共通の目標を持っている。
1.3 発展段階の理論化
8つの全国規模のコンソーシアムに関する比較分析を通じて,系統的な発展段階が浮かび上がってきた。各コンソーシアムを取り巻く環境は異なるものの,コンソーシアムの発展は予測可能なライフサイクル・モデルに従っていることが明らかになった。各サンプルの事例研究が発表された時点(1999〜2000年)での,発展段階の一覧を表2に示す。
発展段階 | 該当コンソーシアム |
1.萌芽期 | イタリア,ミクロネシア,スペイン |
2.初期発展期 | ブラジル |
3.発展期 | 中国,イスラエル,英国 |
4.成熟期 | オーストラリア |
5.a.解消 b.メタコンソーシアム | ファーミントン・プラン,CISTI(カナダ) ICOLC,eIFL |
(出典) Shachaf (2003)
(1)萌芽期
萌芽期は本格的なコンソーシアム活動に先んじる準備段階であり,イタリア,ミクロネシア,およびスペインのコンソーシアムがこの段階に位置している。萌芽期の活動は,ボランティアによる非公式なネットワーク活動および図書館間相互貸借によって特徴づけられる。こうした活動を基礎として,主導的な大学図書館や他の利害関係者からなる委員会が設立され,全国的な協調活動のための公式な機構を作り出そうという作業が始まる。この段階を次のステージに推し進め,正式なコンソーシアムの設立を可能にするには,政府による予算措置が必要とされる。また,この段階では,コンソーシアムの内部に強力な指導力が求められる。
(2)初期発展期
初期発展期は,萌芽期から発展期,さらには自立した成熟期への移行の段階である。ブラジルのコンソーシアムがこの段階の典型的な事例を提供してくれる。また,中国やイスラエルの事例も参考にすることができる。この段階において,コンソーシアムには設置綱領に掲げた目標を達成し,発展期に結実する利益を証明することが求められる。初期発展期に位置するコンソーシアムが提供するサービスには,書誌ネットワーク(総合目録)や図書館間相互貸借のみならず,電子的情報資源の共同購入が含まれる。この段階には,差別化と統合化に向けた努力が認められる。すなわち,コンソーシアムは自らのアイデンティティを確立すると共に,外部との連携を積極的に模索することとなる。
(3)発展期
第3の段階において,コンソーシアムは外部資金を確保することによって存続を確かなものにし,内部の参加館の参加意識を高めることに努力を払う。この段階に達しているコンソーシアムとしては,中国,イスラエル,および英国の事例を挙げることができる。発展期には,参加館の間で共有される電子情報資源の数は増加し,さらに新たなサービスが追加される。この段階は,最大5年間持続し,コンソーシアムの有効性と効率性の追求に努力が集中する。
(4)成熟期
このステージに達していると認められるのは,オーストラリアのコンソーシアムのみである。しかしながら,ポッターが比較分析の対象として取り上げた米国の5つの州のコンソーシアム(バージニア州,ジョージア州,テキサス州,ルイジアナ州,オハイオ州)も成熟期に移行しているとみなしうる。これらのコンソーシアムは,「電子情報資源に焦点を合わせた,新しいコンソーシアム」であり,全国規模の共同購入コンソーシアムに類似している。この段階のコンソーシアム活動には,総合目録,図書館間相互貸借,共同購入を通じた電子情報資源へのアクセス,インターネット接続支援,および基盤となるハードウェアの提供などが含まれる。参加館は拡大し,サービス対象には大学図書館以外の図書館も含まれる。成熟期には,参加料とサービス料がコンソーシアムの運営資金の主要な部分を占め,コンソーシアムは財政的に自立した組織となることが想定される。コンソーシアムは,独立した組織として運営され,電子情報資源のライセンス契約のための重要な交渉機関として認められるようになる。この段階のコンソーシアムは業務の合理化に努め,統計的測定に基づく品質評価を迫られる。コンソーシアムは安定し,明確なアイデンティティを維持しつつ,他のコンソーシアムとの協同によるサービスを模索する。
(5)解消またはメタコンソーシアム
成熟期に達したコンソーシアムは,長期間に渡って活動を続ける可能性があるが,さらに2つの方向に進化を続けることが考えられる。
1つの方向はコンソーシアムの解消,あるいは活動の停止である。この段階は必ずしも成熟期の後に続くものではなく,コンソーシアムの生存能力が低下した場合には,成熟期に達する前にこの段階に至る可能性がある。しかしながら,この段階に達したコンソーシアムは,8つのサンプルには存在しない。全国規模あるいは州単位のコンソーシアムの崩壊の例としては,米国のファーミントン・プランとカナダのCISTIを挙げることができる。
もうひとつはメタコンソーシアムへと至る道である。メタコンソーシアムはコンソーシアムのコンソーシアムであり,共通の目標を達成するために,いくつかのコンソーシアムの協調に基づいて創設される。メタコンソーシアムの典型例は,国際図書館コンソーシアム連合(International Coalition of Library Consortia:ICOLC)とeIFL(Electronic Information for Libraries)である。ICOLCは1997年に最初の会合を開き,その後,世界中の約150のコンソーシアムによる非公式な,自立的な団体活動を続け,コンソーシアム間のコミュニケーションと議論を促進する役割を果たしている。メタコンソーシアムは,全国規模のコンソーシアムのライフサイクルとしてこれまでに同定された発展段階の後に続くステージとなる可能性がある。また,メタコンソーシアム自体が,4つの発展段階をたどって成長していく可能性もある。いずれにしても,メタコンソーシアムについては,更なる研究が必要とされる。
2. JANULコンソーシアムの発展段階
2.1 萌芽期(1998年〜2000年)
1990年代後半から,国立大学附属図書館では,電子ジャーナルの共同購入を目標としたさまざまな実験的な試みが行われた。例えば,東京工業大学と長岡技術科学大学は,1998年からイントラネット型の電子ジャーナルであるElsevier Electronic Subscriptions(EES)の共同利用を開始した。1999年には,長岡技術科学大学が高等専門学校10校と共に,アカデミック・プレスのIDEALコンソーシアムをスタートした。また,九州地区国立大学図書館協議会による,全国の国立大学を対象としたIDEALの無料トライアルも実施されている。さらに,国立大学図書館協議会図書館電子化システム特別委員会の下に,関東・東京地区の6大学を中心としたワーキンググループが設置された。当ワーキンググループは,「電子ジャーナル契約のモデルケースの検討」を課題のひとつとし,2000年3月には,IDEALオープン・コンソーシアム(JIOC/NU)がスタートした。
この時期は,後の本格的なコンソーシアム形成に備えた萌芽期ととらえることができよう。特に,図書館電子化システム特別委員会のもとの関東・東京地区ワーキンググループの取組みは,後の電子ジャーナル・タスクフォースの設立に至る重要な活動である。なお,JIOC/NU自体は,2001年度には17機関,2002年度には49機関にまで拡大したが,アカデミック・プレス社の親会社であるハーコート・ジェネラル社がリード・エルゼビア社とトムソン社によって買収され,IDEALがScienceDirectに統合されたことに伴い,2002年12月に解消した。
2.2 初期発展期(2000年〜2002年)
萌芽期の準備段階を経て,2000年9月の電子ジャーナル・タスクフォースの設立をもって,コンソーシアム活動は初期発展期に移行することとなる。タスクフォースの設立には,いくつかの大学図書館の館長および部課長を中心とした強力なリーダーシップが不可欠であった。また,東京大学附属図書館が事務局の機能を果たすことにより,コンソーシアムの組織が確立された。この期間を通じて,タスクフォースは,国立大学を代表する交渉窓口としての使命を果たすべく,積極的な活動を展開し,その結果,2002年4月にはエルゼビア他4社との間にコンソーシアム契約が成立した。
2.3 発展期(2002年〜2003年)
2002年以降,交渉の対象となる出版社の数は,一気に拡大し20数社に達した。一方,文部科学省はこれまでのタスクフォースの取組み,および世界的な電子ジャーナルの普及状況を踏まえ,2002年度から「電子ジャーナル導入経費」の予算措置を開始した。この予算措置を契機として,コンソーシアムは発展期へと移行し,2003年にはコンソーシアム契約の対象出版社は13社に拡大し,国立大学では平均3,800タイトルの電子ジャーナルの利用が可能となった。
また,タスクフォースの活動は,出版社交渉に留まらず,電子ジャーナルの利用動向調査,利用促進,永続的なアクセスの保証といった広範な事業に拡大していった。具体的には,大学における電子ジャーナルの利用の現状と将来に関する調査,電子ジャーナルユーザー教育担当者研修会,さらに,国立情報学研究所との協働による永続的アクセスの保証に向けた取組み(NII-REO)などを挙げることができる。
こうした活動範囲の拡張に伴い,タスクフォースの組織も大幅に強化され,出版社協議担当のほかに,地区連絡担当,電子ジャーナル利用教育担当を置き,さらには電子ジャーナルの利用統計の標準化に関する国際的な動向に対応するために,利用統計データ検討グループを設置した。
2.4 成熟期への移行(2004年〜)
シャカフによれば,成熟期に到達したコンソーシアムは財政的に自立した組織となっていることが想定されている。タスクフォースの運営は,親組織であるJANULからわずかな補助金を獲得しているものの,基本的には設立以来いくつかの大学図書館のスタッフのボランティア的活動によって支えられている。現段階のJANULコンソーシアムは,2004年4月の国立大学の法人化による環境の変化を踏まえ,自立的な組織への脱皮を図るとともに,他の国内のコンソーシアムとの連携によるメタコンソーシアム(例えば,日本国公私立大学コンソーシアム連合(5))の形成の可能性について模索を開始した段階として位置づけることができよう。
おわりに
本稿では,シャカフによるコンソーシアムのライフサイクル理論の概要について紹介し,そのモデルを援用しつつ国立大学図書館協会のコンソーシアムの発展段階についてレビューした。
シャカフの研究は,従来の単なる事例研究あるいは歴史研究に留まらず,生態学的なアプローチを援用しつつ,ライフサイクル・モデルに基づいてコンソーシアムの発展段階に関する理論的枠組みを提供するというユニークなものである。もちろん,今から見ると,サンプルとしたコンソーシアムの事例が古い,あるいは,比較分析から理論を導く際の実証過程に難があるといった限界を指摘することができる。シャカフ自身も述べているように,これはあくまで予備的なモデルとみなすべきであろう。
しかしながら,日本のコンソーシアムも含めた最新のデータを含む定量的調査を追加し,さらには定性的なアプローチによって補強することによって,図書館コンソーシアムの発展段階を理解し,今後のコンソーシアムの展開を予測する上で有効なモデルに発展していくのではないかと期待される。
千葉大学附属図書館:尾城 孝一(おじろ こういち)
(1)Case, Mary M. A Snapshot in Time: ARL Libraries and Electronic Journal Resources. ARL Bimonthly Report. (235), 2004. (online), available from < http://www.arl.org/newsltr/235/snapshot.html >, (accessed 2005-01-06).
(2)Shachaf, Pnina. Nationwide Library Consortia Life Cycle. Libri. 53(2), 2003, 94-102.
(3)国立大学図書館協議会. 電子ジャーナル・タスクフォース活動報告. 東京, 国立大学図書館協議会, 2004, 62p. (オンライン), 入手先< http://wwwsoc.nii.ac.jp/anul/j/projects/ej/katsudo_report.pdf >, (参照2005-01-06).
(4)Potter, W. G. Recent Trends in Statewide Academic Library Consortia. Library Trends. 45(3), 1997, 416-434.
(5)近内丈巳. 日本国公私立大学コンソーシアム連合(JCOLC−Japan Coalition of Library Consortia−)の発展に向けて. 大学図書館研究. (70), 2004, 63-69.
尾城孝一. 図書館コンソーシアムのライフサイクル. カレントアウェアネス. 2005, (283), p.15-18.
http://current.ndl.go.jp/ca1553