カレントアウェアネス
No.268 2001.12.20
Trend Review (3)
CA1445
米国における利用者教育の方向―大学・学校図書館の基準を中心に―
はじめに
米国で利用者教育に関する会議「LOEX(Library Orientation EXchange)」が初めて開催され,クリアリングハウスが設置されたのが,今からちょうど30年前(1971年)である。利用者教育の専門誌 Research Strategies が創刊(1983年)されてからでも,間もなく20年が経つ。この間,利用者教育は,大学・学校図書館を中心に,図書館のサービス(業務)として確実に定着してきた。「指導(的)サービス(instruction(al)service)」という表現などは,定着してきたことを表していよう。この表現はまた,後述するように,図書館が扱うメディア(情報源)が多様化するのに伴い,利用者がメディアの使い方を身につける機会として,利用者教育もその内容や方法に拡がりを見せてきたことも示している。
しかしながら,近年のインターネットに代表されるネットワーク系電子メディアの普及は,利用者教育の「拡大路線」にも影響を及ぼしている。CD-ROMをはじめとするパッケージ系電子メディアを含めて「図書館資料」の使い方を専ら指導していたこれまでに対し,インターネットの場合は,図書館を介さないで情報源にアクセスし,情報を利用する方法を指導することにつながるからである。図書館資料から離れざるを得なくなったとき,利用者教育(ひいては図書館)の役割や機能はどのように変わっていくのだろうか。
米国では,これまで(20世紀)を振り返りつつ,現在および今後(21世紀)における利用者教育の在り方を探ろうという動きが見られる(1)。本稿では,こうした動向の中から大学・学校図書館における基準・指針等を取りあげて,米国における利用者教育をめぐる最近の状況について概観していくことにしたい。
『情報リテラシー能力基準』
米国大学・研究図書館協会(ACRL)は2000年,『高等教育のための情報リテラシー能力基準(Information literacy competency standards for higher education)』を策定した(2)。簡単に紹介しておこう。
基準として,次の五つが示されている。
- 基準1 情報リテラシーを身につけた学生は,必要な情報の性質と範囲を決定する。
- 基準2 情報リテラシーを身につけた学生は,必要な情報に効果的,効率的にアクセスする。
- 基準3 情報リテラシーを身につけた学生は,情報と情報源を批判的に評価し,選択した情報を自分の知識基盤と価値体系に組み入れる。
- 基準4 情報リテラシーを身につけた学生は,個人としてもグループの一員としても,特定の目的を達成するために,情報を効果的に利用する。
- 基準5 情報リテラシーを身につけた学生は,情報利用をめぐる経済的,法律的,社会的な多くの問題を理解し,倫理的,合法的に情報にアクセスし,利用する。
各基準のもとには,それぞれ数項目の「指標(performance indicator)」が示され,各指標には具体的な「成果(outcomes)」の例が挙げられている。例えば,「基準1」のもとには,四つの指標がある。このうち第1の指標は,「情報リテラシーを身につけた学生は,情報の必要性を明確にし,表現する」となっており,その下に「調査・研究課題や情報要求を同定するために,指導者や討論などの参加者と相談する」など,6項目の成果が挙げられている。
『情報リテラシー教育のための目標』
『能力基準』を受けて,ACRLは今年,『情報リテラシー教育のための目標:大学図書館員のための文案(Objectives for information literacy instruction:a model statement for academic librarians)』を策定した(3)。『能力基準』が「目的」を示したものであるのに対し,『目標』は,これらを具体的で測定可能な「目標」に「落とし込んだ」ものと位置づけられている。例えば,『能力基準』の「基準1」「指標1」で挙げられていた「成果」のうち,「必要な情報を記述するためにキーとなる概念や用語を同定する」について,『目標』では「トピックに関する情報を探索するために有用な用語を列挙する」「必要な情報に関連する専門用語を見つけるために,適切な一般的・主題専門的情報源を同定し,利用する」など四つの具体的な事項を挙げている。
『能力基準』が大学の経営者や教員を意識し,大学全体としての「情報リテラシーの育成」を意図したものであるのに対し,『目標』は,題名のとおり,図書館員が実際にプログラムを展開するためのものと考えられているのである。
文献利用指導から情報リテラシー教育へ
ところで,ACRLは1996年,利用者教育の指針として『大学図書館における指導プログラムのための指針(Guidelines for instruction programs in academic libraries)』を策定している(4)。こちらは,1977年に出されていた指針(Guidelines for bibliographic instruction in academic libraries)を改訂したものであるが,「文献利用指導(bibliogprachic instruction)」に代わり,「指導(instrcution)」という表現が用いられている。利用者教育が,「文献」に限らず,多様なメディアへと対象を拡げていることを反映している(なお,ACRLの「文献利用指導セクション」は,1995年に「指導セクション」へとその名称を変えている)。
そして,今回の『目標』も,1987年に出されていたもの(Model statement of objectives for academic bibliographic instruction)に代わるものであるが,「文献利用指導」でもなく,そして,単なる「指導」でもなく,「情報リテラシー教育(information literacy education)」という表現をとった点に注目したい。
このように,言葉一つをとっても,大学図書館における利用者教育の流れを見てとることができる。すなわち,利用者教育は,「図書館資料(図書館を介して利用できる電子メディアを含む)」の使い方にとどまらず,学生の情報リテラシーの習得・向上に寄与するという,大学全体の大きな「教育」の文脈のなかに位置づけられようとしているのである。ネットワーク環境下において,図書館の役割や機能が改めて問われるなか,「情報リテラシー」という概念によって,これに対する一つの解答を導こうとしているといってよいのではないだろうか。
学校図書館における基準
さて,ACRLの『能力基準』は,実は,学校図書館の基準をベースに作成されている。すなわち,米国学校図書館員協会(AASL)と米国教育コミュニケーション工学協会(AECT)が1998年に共同で策定した『児童・生徒の学習のための情報リテラシー基準(Information literacy standards for student learning)』である。この『基準』も,その名のとおり,「情報リテラシー」という概念をコアにして,図書館員(メディアスペシャリスト)や教員が児童・生徒の情報リテラシーを育成する際の基準を示したものである。既に本誌でも紹介されているように(CA1251参照),ACRL『能力基準』とほぼ同様の形式がとられており,九つの基準のもとに,それぞれ数項目の「指標」が示され,さらに「達成度」の例が挙げられている。
この『基準』は,最新の学校図書館基準『インフォメーション・パワー(Information power)』(1998年)(5)の一部をなすものである(『基準』の部分だけ,別冊としても発行されている)。AASLは『インフォメーション・パワー』につづき,計画策定のためのガイドなどを次々と刊行するなど,積極的な取り組みを見せている。学校教育における学校図書館の位置づけ(教員との関わり)を向上させ(『インフォメーション・パワー』のサブタイトルには「パートナーシップ」が謳われている),学校図書館を支える中心的な理念として「情報リテラシー」をとらえようとしていることがわかる。
おわりに
以上,ごく簡単ではあるが,大学・学校図書館における利用者教育について,基準や指針などを取りあげて,概観してきた。図書館の「外側」を含んだ,より大きな「情報リテラシーの教育」という目的・目標のなかに利用者教育(図書館)を位置づけていこうとする様子が感じられた。80年代,90年代を通して行われてきた,利用者教育(図書館)をめぐる様々な取り組みがここにきて一つの方向へと結実しつつある,とみることができよう。もちろん,その背景には,インターネットに象徴される,電子・ネットワーク環境に図書館がいかに対応していくのか,という課題が存在していることはいうまでもない。
最後に,こうした流れが大学・学校図書館に限ったことではない,と思わせる動きとして,公共図書館にも触れて,まとめに代えたい。公共図書館における利用者教育については,大学・学校図書館のような積極的な基準・指針づくりの動きは見られないし,研究・調査の記事・論文も,数のうえでは,極端に少ない。しかし,実践のレベルでは,注目すべき動きがある。
例えば,ニューヨーク公共図書館科学・産業・ビジネス図書館(SIBL)は,多様なオンラインデータベースやインターネット端末の提供などで注目されているが,利用者に対する多彩な指導(教育)サービスも実施している。現在,実施されているSIBLの講座には,「図書館利用技能基礎」「インターネット/Web利用技能」「ビジネス情報」「政府・行政情報」「科学情報」といった種類があるが,例えば,「インターネット/Web利用技能」には,「サーチエンジン」「情報資源の評価」「Webでの仕事探し」などの講座があり,「ビジネス情報」には,「起業の仕方」「商標入門」「マーケットリサーチの情報源」などの講座がある(6)。講座は,すべて「無料」である。必ずしも体系的な情報リテラシーの育成を意図したものとはいえないものの,図書館利用技能を含め,様々なメディアを使う技能を市民が身につける機会として注目される例であろう。
わが国でも,大学・学校図書館などでは「情報リテラシー(情報活用能力)」を意図した取り組みが進められ,公共図書館でも「IT講習」が実施されるなど,図書館の教育(学習機会提供)機能には注目が集まっている。各館種における利用者教育の指針も出されている(7)。今後に向けて,米国の動向も参考にしながら,議論を深めつつ,実践を進めていく必要があるだろう。
野末 俊比古(のずえとしひこ)
(1) 例えば,次のような特集がある。
A LOEX.25-year retrospective. Ref Serv Rev 27214-312,1999
(2) ACRL. Information literacy competency standards for higher edcuation.[http://www.ala.org/acrl/ilcomstan.html](last access2001.12.6)
(3) ACRL. Objectives for information literacy instruction.[http://www.ala.org/acrl/guides/objinfolit.html](last access2001.12.6)
(4) ACRL Instruction Section. Guidelines for instruction programs in academic libraries.[http://www.ala.org/acrl/is/publications/guideline.html](last access2001.12.6)
(5) AASL/AECT インフォメーション・パワー:学習のためのパートナーシップの構築同志社大学 2000.234p.
(6) SIBL.[http://www.nypl.org/research/sibl/](last access 2001.12.1)
(7) 日本図書館協会図書館利用教育委員会編 図書館利用教育ガイドライン合冊版:図書館における情報リテラシー支援サービスのために 日本図書館協会 2001.81p.
なお,本書は1998〜99年に出された館種ごとのガイドラインをまとめたものである。