CA1220 – アメリカにおける政府情報の電子化に対する取り組み / 古賀崇

カレントアウェアネス
No.231 1998.11.20


CA1220

アメリカにおける政府情報の電子化に対する取り組み

アメリカ政府印刷局(Government Printing Office: GPO)は19世紀後半以来,政府刊行物の刊行・販売や全米の寄託図書館への提供を行ってきた。しかし,CD-ROMやインターネットといった電子媒体の普及を反映し,現在のGPOは「印刷」に関わる業務から電子的環境への移行を進めている。“GPO Access”[http://www.access.gpo.gov/su_docs/]というインターネット上でのサービスがその代表であり,各寄託図書館も電子情報アクセスへの設備を整えつつある(CA1149参照)。

とは言え,寄託図書館制度などを定めている印刷法(現行総合法令集(U.S. Code)第44編)の大部分は,1895年以来改正がなされていない。とりわけ問題なのは,電子化された政府情報についてのアクセス保証が,法律において明確に規定されていないことである。特に,インターネット上で提供される政府情報の中には,一定期間が経過するとアクセス不可能となるものも少なくはない。その一覧がインターネット上で取り上げられたりしている。

そのため,図書館界は1990年代半ばから,印刷法改正のための具体的な計画策定などに取り組んできた。1997年2月には,アメリカ図書館協会など7つの全国的図書館団体により「政府情報政策に関する共同活動グループ(Inter-Association Work Group on Government Information Policy: IAWG)」が結成され,法改正のための草案作成や連邦議会議員への働きかけがなされた。これを受け,印刷法の改正案として“The Wendell H. Ford Government Publications Reform Act of 1998”(S. 2288)が今年7月10日に上院に提出された。この法案は以下の点を意図している。

・GPOを“Government Publications Office”に改称する。即ち,GPOの機能は「印刷(Printing)」に限られないことを明確にする。またGPOにおいて寄託図書館制度を監督する「文書監督官(Superintendent of Documents)」を,「政府刊行物アクセスプログラム監督官(Superintendent of Government Publications Access Program)」に改称し,大統領からの任命職とする(現行法ではGPO長官のみが大統領からの任命職である)。

・従来の寄託図書館制度の基本的枠組みは保持する。即ち,全米各地に分散した寄託図書館において,政府刊行物への無料アクセスを国民に保証する。同時に,「連邦寄託図書館制度(Federal Depository Library Program)」という従来の名称を,「連邦刊行物アクセス図書館制度(Federal Publications Access Library Program)」に改める。

・寄託図書館での提供対象は,政府の立法・行政・司法という3部門にわたる,あらゆるフォーマットの刊行物とする。特に電子情報を寄託図書館に提供できるよう,また電子情報が永続的にアクセス可能であるよう,手続きを整える。

・従来から存在した,GPO以外で印刷され,寄託図書館へ頒布されない「遺漏資料(fugitive documents)」の問題を解決するために,政府各部局への動機付けと監視を強化する。

・こうした活動のための予算を1年ごとに保証する。

Wendell法案は上院の「規則・議院運営委員会」に付託され,同委員会はGPO,図書館界,関連する政府機関,情報提供に携わる民間企業などからの代表を招いて,この法案に対する公聴会を開いた(公聴会記録は同委員会のホームページ[http://www.senate.gov/~rules/]で閲覧できる)。その後,Wendell法案は9月28日に同委員会を通過した。連邦議会の中間選挙を前にした10月9日の休会までに法案が成立するよう,IAWGをはじめ図書館界はロビイングを続けたが,結局成立は見送られた。

また,GPOは「電子上の寄託図書館制度」を構築し,電子化された政府情報の保存・アクセスを永続的に保証しようという試みに着手している。制度構築に際しては,情報の生成・提供・保存・書誌コントロールなどに関する責任を,GPO・各政府機関・各図書館で分担することが意図されている。1997年7月に,国務省が保有する外交関係の電子情報について,GPO・国務省・イリノイ大学シカゴ校デイリー(Richard J. Daley)図書館の3者共同で保存・アクセスに取り組む協定が交わされたのが,「電子上の寄託図書館制度」の先駆けである。デイリー図書館はアクセスのためのシステム[http://dosfan.lib.uic.edu/]を管理するほか,レファレンスサービスなど利用者への支援を担当する。その一方でGPOは電子情報に対する書誌コントロールについて責務を負う。協定においては情報のセキュリティに関しても規定されている。その他,GPOとエネルギー省とが協力し,エネルギー省による助成研究の成果につきアクセスを提供するシステムである“DOE Information Bridge”[http://www.doe.gov/bridge/]などが存在する。GPOは「電子上の寄託図書館制度」を構築するにあたり,国立公文書館などとも協力関係を模索している。こうした試みは,政府情報に限らず,電子化された情報全般に対し保存・アクセスを保証するための仕組み,即ち,より一般的な「電子図書館」の開発につながると期待されてもいる。

一方,電子化の進展により寄託図書館はどんなサービスを展開することになるだろうか。GPOは各寄託図書館に対しハード面の整備や「各館で均等なサービス」を要求しているが,具体的なサービス像を描き出してはいない,という批判が存在する。これからは「民主主義を保証するための寄託図書館制度」「情報を国民の手に」といった曖昧なスローガンの追求ではなく,各々の図書館が多様な利用者に対し政府情報を用いて効果的なサービスを開拓していくことこそ必要である,と主張するのは,政府情報へのアクセスを一貫して研究してきたハーノン(Peter Hernon:シモンズカレッジ図書館学校教授),およびデューガン(Robert E. Dugan:ウェズレーカレッジ・パーカー図書館館長)である。インターネットの普及により,物理的に刊行物をストックする図書館を数多く維持する必要性に疑問が生じているし,電子情報への対応に必要な各図書館の金銭的・人員的負担も,無視できない問題として捉えられている。そうした中,寄託図書館制度に携わる者は,様々な政府機関,図書館内の様々な部門や利用者にとって満足のいく成果を上げなければ,制度の存在意義は危機にさらされるであろう。電子化された政府情報を適切に組織・保存しアクセスに供する制度が求められるのに並び,その情報をいかにサービスに生かすか,が問われているのである。

政府情報へのアクセス保証は政府の責務であるという考えは,アメリカでは幅広く浸透している。印刷法の改正は今回の連邦議会では実現しなかったとは言え,政府情報の電子化が進むに伴い,今後も制度改革への試みが継続していくだろう。と同時に,フォーマット面で多様化する政府情報をいかに具体的なサービスに結びつけていくか,GPOや各寄託図書館の力量が試されつつあると言える。

なお,カリフォルニア大学バークレー校図書館による“Resources of Use to Government Documents Librarians”のホームページ[http://www.lib.berkeley.edu/GODORT/]では,こうした問題に関する情報源がまとめられているので,関心の向きは参照されたい。

東京大学大学院:古賀 崇(こがたかし)

Ref: Aldrich, Duncan. Partners on the net: FDLP partnering to coordinate remote access to Internet-based government information. Gov Inf Q 15 (1) 27-38, 1998
Hernon, Peter and Dugan, Robert E. Depository Library Service expectations and the Superintendent of Documents, Government Printing Office. J Acad Librariansh 24 (1) 65-68, 1998
バゼル山本登紀子 米国における市民の知る権利と図書館 情報の科学と技術47(12)658-663,1997
Electronic information no longer available on the Internet. (last modified 1998.8.4)[http://lib.berkeley.edu/GODORT/9808missing.html](last access 1998.10.15)
IAWG Media release: Congressional testimony July 29, librarians testify in support of Bill to revise Title 44 to improve public access to government publications. (last modified 1998.7.29)[http://lib.berkeley.edu/GODORT/980729me.html](last access 1998.10.15)