CA1124 – インターネットの法的規制−アメリカ「通信品位法」とフランス「通信規制法」− / 屋敷奈巳

カレントアウェアネス
No.213 1997.05.20


CA1124

インターネットの法的規制
−アメリカ「通信品位法」とフランス「通信規制法」−

今年の2月,米国カリフォルニア州のサーバーから日本の会員にわいせつな画像を有料で閲覧させていた会社役員が,大阪府警にわいせつ図画公然陳列(刑法第175条)の容疑で逮捕された。この種の事件としては昨年1月の「ベッコアメ事件」が記憶に新しい。このときは,そもそも有体物を対象とした法律によって,媒体としての物に示された情報の内容を規制することの問題が多数指摘された。

現在,インターネットの発祥地であるアメリカをはじめ,各国においてインターネットを規制する法律を制定する動きがある。ここでは,アメリカの「通信品位法」及びフランスの「通信規制法」を紹介したい。

1 アメリカの「通信品位法」について

経緯

1996年2月8日,クリントン大統領は「1996年通信法」(Telecommunications Act of 1996)(Public Law 104-104)に署名した。署名式典は米国史上初めて米国議会図書館で開催された。これは情報通信分野における規制緩和を目指したものだが,その第5章「通信品位法」(CDA:Communications Decency Act of 1996)は,通信ネットワーク上で「わいせつ(obscenity)」又は「下品な(indecent)」情報を未成年者に流布することを禁じ,刑事罰の対象にプロバイダも加えている。法律が発効したのと同じ2月8日,「アメリカ市民自由連合」(ACLU)を中心として多数の市民団体や通信業者が,法律の差し止めを求めペンシルバニア州東部地区連邦地裁に訴訟を提起した。連邦地裁は6月12日,原告の主張を全面的に認め法律を差し止める決定(ACLU決定)を下したが,司法省は7月1日,連邦最高裁に上告した。1997年3月19日,連邦最高裁で初公判が開かれ,7月までに判決が下される予定であるが,連邦地裁の判断がそのまま踏襲されるとの見方が有力である。

ACLU決定

訴訟の主な争点は次の3点であった。1)禁止される情報の内容が,判例法上,憲法でその表現が保護されている「下品な」情報にまで及んでいる点,2)18歳未満の者が利用可能な状態で「明白に不快な(patently offensive)」方法で情報を提示するために通信ネットワークを使用した者,及びそれを知りつつ許したプロバイダを刑事罰の対象とした点,3)プロバイダが「誠意の抗弁」を有するとされる状況があいまいな点である。

ACLU決定では,主に1)についての3人の裁判官の見解が述べられており,インターネットにおける表現の自由を本格的に扱った初めての司法判断として注目された。プロバイダの責任については,通信ネットワーク上での著作権や名誉毀損の問題などについての判例もあるが,この決定では3)の「誠意の抗弁」に触れているだけで特に詳しくは言及されていない。

スロヴィター裁判官によれば,憲法修正第1条(表現の自由)の保護の下にある表現を規制することが許されるのは,判例法上,政府にやむにやまれぬ利益がある場合に限られる。テレビやラジオ放送の場合は,電波の希少性や影響力の大きさからやむにやまれぬ利益が認められるが,インターネットの場合は出版物など他のメディアと同様に扱われるべきである。

バックウォルター裁判官は,修正第5条のデュープロセス(適正手続)に注目し,言論の内容に対し刑事罰を科す場合は,禁止される言論の内容が明確に規定されなければならないとする。また,明確な規定を欠けば,その抑止効果によって修正第1条にも抵触する。

ダルゼル裁判官は,インターネットの新しいメディアとしての特性に注目する。インターネットは,情報の発信者・受信者双方にとって参加障壁が低く,言論の市場をマスメディアの独占から大衆へ開放した。それゆえ,インターネットにおける表現の自由は最大限の保護に値する。しかしCDAはインターネットの最大の長所である参加障壁の低さを奪ってしまう。

3)の「誠意の抗弁」については,3人の裁判官はほぼ一致した見解を示している。CDAでは,クレジットカードを使用するなどして未成年者のアクセスを制限する合理的な行動をとった者は「誠意の抗弁」を有するとされているが,何が合理的な手段か具体的に明記されておらず,違憲である。また,プロバイダの責任を追及するよりも,親や学校,図書館が,未成年者にふさわしくない情報をスクリーンする,いわゆる「保護者による規制(parental control)」(用語解説T23参照)によって解決されるべきだと主張している。

2 フランスの「通信規制法」について

経緯

アメリカでCDAを差し止める連邦地裁の決定が示された直後の6月18日,フランスでは「通信規制法」が元老院で可決された。この法律の第15条は,プロバイダに対してサイトやニュースグループのリストを政府に提出するよう義務づけたものであった。そこで元老院の社会党議員が6月24日,憲法院(Conseil constitutionnel)に第15条の憲法判断を求めて訴訟を提起した。7月23日,憲法院の判決(Decision no 96-378 DC du 23 juillet 1996)が下され,一部を残して違憲・無効となった。この憲法院の判決を受けて7月26日,シラク大統領が法律に審署し,通信規制法(Loi no 96-659 du 26 juillet 1996 de reglementation des telecommunications)が発効した。

憲法院の判決

通信規制法の第15条は,1986年9月31日の法律(Loi no 86-1067 du 30 septembre)に3項から成る第43条を加えたものであるが,問題となったのはその第2項と第3項である。第2項は,CST(情報通信高等評議会)を郵政大臣からCSA(放送メディア高等評議会)の下に移し,CSTの役割を規定している。それによるとCSTは,提供するサービスの内容,顧客のサイトやニュースグループを届けることをプロバイダに義務づけ,その内容が法律に違反していないかチェックする。第3項は,CSTの指示に従っているプロバイダの責任を免除するものである。これによって,プロバイダは,提供するサービスについて完全にCSTの統制下に置かれることになる。アメリカではプロバイダが情報の内容を規制できるかが問題となったが,フランスでは,中央政府が直接情報の内容を規制することを試みたのだ。

憲法院では,この第2項及び第3項が,憲法第34条に違反し無効であるとされた。憲法第34条が「公民権,及び公の自由の行使のため市民に認められる基本的保障」に関する法律を制定できるのは国会だけであると規定しているにもかかわらず,「視聴覚コミュニケーションサービス」上の情報が法律に違反していないかを判断する権限がCSTに与えられていること,さらに,その判断の基準が十分に定義されていないことが理由に挙げられている。

なお,問題とされずに残った第1項は,いわゆる「保護者による規制」についての条項で,「視聴覚コミュニケーションサービス」を提供する者に,その顧客がサービスを選別するための技術的方法を示す義務を定めたものである。

3 結び

アメリカでもフランスでも,インターネット上の情報の内容を規制する法律を制定する試みは,ひとまず失敗に終わりそうである。そして,両親や学校,図書館が利用段階で情報を選別し,「保護者による規制」によって歯止めをかけようとしている点でも共通している。

今や世界中のコンピュータは通信ネットワークでつながっており,情報は国境を超えて流通し,従来の物を媒体とした「出版」「陳列」という概念では把握できない現象が生じている。このような現行法の枠組みでは対処できない問題は,立法措置を講じ対応することが重要である。しかし,ネット上の総ての情報をチェックすることは不可能に近く,最終的には個々人が「Netiquette」(ネット上のエチケット)を守り,互いに注意し合うことによってしか問題は解決されない。

屋敷 奈巳(やしきなみ)

Ref: Melot, Michel. Le control juridique d'internet et les responsabilites des bibliothecaires. Bulletin des Bibliotheques de France 41(5)106-108,1996
内藤順也 インターネットと表現の自由 国際商事法務 24(8) 797-809, 1996
ACLU: American Civil Liberties Union
Home | American Civil Liberties Union
The ACLU dares to create a more perfect union — beyond one person, party, or side. Our mission is to realize this promise of the United States Constitution for ...
(1997.3.28)
Le bulletin lambda 2.08 “La loi sur les telecoms met l'Internet en laisse” 1996,
http://www.freenix.fr/netizen/208.html

Le bulletin lambda 2.09 “Coups de ciseaux dans la loi Fillon?” 1996,
http://www.freenix.fr/netizen/209.html

Le bulletin lambda 2.10 “La tentation du controle de l'Internet censuree en France” 1996,
http://www.freenix.fr/netizen/210.html

電気通信における利用環境整備に関する研究会 インターネット上の情報流通について 郵政省電気通信局 1996.
http://www.mpt.go.jp/policyreports/japanese/group/internet/kankyou-1.html
から[kankyou-4.html]まで