カレントアウェアネス-E
No.530 2026.09.10
E2910
「査読の未来」:Research on Research Institute(RoRI)による報告書
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科准教授/慶應義塾大学「責任ある研究・イノベーション」センター(KEIO-RRI)・センター長・標葉隆馬(しねはりゅうま)
世界的に研究資金がより競争的なものに変わる中で、研究評価もまた「質の管理」(Quality Control)から「質のアセスメント」(Quality Assessment)へとその内実を拡大・変化させ、査読(ピアレビュー)も多様なステークホルダーが関わる「拡大された査読」へと変化してきた。しかしながら、今現在においても、研究評価は基本的に査読に依拠して行われているといって良いだろう。とはいえ、かねてより査読システムの限界が指摘され、最近では特に生成AIの興隆と普及を背景として査読システムそのものが破綻するのではないかとの危惧や懸念も表面化しつつある。
このような大きな流れの中で、2026年6月にResearch on Research Institute(RoRI)によって公表された報告書が、「査読の未来」(The Future of Peer Review:A System-wide perspectives)である。これは、2023年から2026年までに実施されたRoRIの査読をめぐる現状の課題について検討するプロジェクトの成果で、資金提供者、出版社、政策立案者など研究に携わる関係者39人へのインタビュー調査の結果等がまとめられている。
RoRIは、研究評価をめぐる議論において調査・発信を行う非営利組織である。研究評価に関して様々な議論を発信しているが、例えば「責任ある研究評価」(Responsible Rsearch Assessment:RRA)の議論などにおいて存在感を発揮している。RRAは、「多様で包摂的な研究文化のもとで、複数の異なる特性を有する質の高い研究を促し、把握し、報奨するような評価のアプローチを指す包括的用語」であり、「責任ある研究・イノベーション」(RRI)の視点を前提とした研究評価をめぐる議論の新しい潮流である(CA2005参照)。本稿では紙幅の関係からRRAをめぐる議論を取り扱うことはしないが、ここで取り上げる「査読」をめぐる議論も、このような研究評価をめぐるこれまでの議論の蓄積の上にあることは見過ごしてはならないだろう。
査読は、研究成果の出版、キャリアパス上の審査、ファンディングやリソースの配分に関わる判断など学術の多様な場面で登場する定性的評価のプロセスである。またその対象も、個別の論文、研究者個人、研究プロジェクト、研究機関と多様である。しかしながら、研究活動が量的にも、そしてその幅も、急速に拡大する中、従来の査読システムは限界を迎えつつあり、同時に質的な転換を求められつつある。そのような中で発表された「査読の未来」では、査読の質の担保、査読に関わる負担の最小化と公平な分担、公平なシステム実現のための人口統計・地理・視点の多様性の確保、透明性の向上と参加者の拡大、査読システムへの信頼醸成・科学への信頼の向上といった大きなテーマが提示されている。
そして、「査読の未来」における鍵となるメッセージは、例えば以下のようなものである。報告書の中で関連する論点の概要とともにまとめておきたい。
(1)資金提供者は個々のプロジェクトへの注目を超えたアクションをとるべきである過度な競争が常態化しつづける限り、査読における処理能力の課題は避けられないという認識が前提となっている。それに加えて、AIの影響が査読プロセスに更なる負荷と困難を与えている(論点(3)と関わる)。そのような中で、「競争の管理者」から、「戦略的なシステムの構築者」への変化を主眼とする、研究評価システム全体の変化が提案されている。
(2)研究システムは、全ての研究成果に対する画一的な査読から脱却し、多層的な質の保証に向けたアプローチへと移行すべきである研究の質に関する狭い評価観から脱却することが必要となる。また査読をめぐる「信頼」の問題は特に重要であるように思われる。そのため、誠実性(不正行為や捏造に関わる検証)や再現性チェックなどによる「信頼の指標」(Trust markers)の開発・活用や、オープンで継続的な研究者同士の協働・参加の構築(ピア・エンゲージメント)を実現していく、多層的な評価アプローチの方向性が提案されている。
(3)AIは、伝統的なファンディングや出版プロセスの構造的弱点を露呈させるシステム的な衝撃となるものであるAIによる申請書や論文の増加、それによる研究評価システムへの負荷に対して、個々のプロセスの改善では対処できない。
(4)研究機関や資金提供者は、戦略的な主体となり、戦略的目標の文脈に応じた研究評価をする必要がある論点(1)と関わるが、研究機関や資金提供者の役割を戦略的な資金配分を担うシステム形成者へと移行させ、「研究評価に関するサンフランシスコ宣言」(DORA)や「研究評価改革の推進のための有志連合」(CoARA)などの「責任ある研究評価」の議論を踏まえながら、多層的な評価を実現することが求められる。研究機関やその内部組織に対して助成金を配分し、大規模かつ長期的な戦略的研究イニシアチブの開発を支援することが提案されている。
紙幅の問題から、本稿では「査読の未来」が提示する論点の一部を概観するにとどまっている。しかしながら、そこで提起される課題群と議論は、日本における査読システムの問題を考える上でも有用なものである。
Ref:
“The Future of Peer Review”. RoRI. 2026-06-22.
https://researchonresearch.org/the-future-of-peer-review/
Pinfield, Stephen et al. The Future of Peer Review: A system-wide perspective. RoRI. 2026, 75p.
https://doi.org/10.6084/m9.figshare.32685351
標葉隆馬. 責任ある科学技術ガバナンス概論. ナカニシヤ出版. 2020, 303p.
林隆之・佐々木結. DORA から「責任ある研究評価」へ:研究評価指標の新たな展開. カレントアウェアネス. 2021, (349), CA2005.
https://doi.org/10.11501/11727159
