E2710 – 倉田敬子国立国会図書館新館長インタビュー

カレントアウェアネス-E

No.482 2024.06.27

 

 E2710

倉田敬子国立国会図書館新館長インタビュー

編集・聞き手:関西館図書館協力課調査情報係

 

  2024年3月31日付けで国立国会図書館(NDL)の吉永元信館長(E2263参照)が退任し、翌4月1日付けで倉田敬子新館長が第18代の館長に就任した。図書館と情報流通の在り方、デジタル化の時代における図書館の役割などについて、倉田館長にインタビューを行った。

――倉田館長のこれまでの経歴についてお聞かせください。

  本との出会いは、幼稚園で毎月1冊ずつ購入していた絵本を家で読むのを楽しみにしていた記憶から始まります。本格的に読書に目覚めたのは小学校高学年の頃です。図書委員も務め、学校図書館で毎日本を借りては翌日に返す日々を送るなど、常に本に囲まれていた子供時代でした。

  大学では、慶應義塾大学法学部政治学科で、友人にも先生にも恵まれ充実した時間を過ごしました。ただ当時は、男女雇用機会均等法の制定前でしたので、四大卒女性の就職先はほぼない時代でした。そのような折、慶應義塾大学では図書館職員に限って、文学部図書館・情報学科を卒業した女性の採用を行っていることを知りました。図書館に就職するという可能性に魅かれ、文学部に学士入学し、津田良成先生の指導の下で学んでいたところ、上田修一先生から大学院進学を勧められたのをきっかけに、修士課程、博士課程へと歩みを進めました。1988年に慶應義塾大学で助手として採用されて以降、36年間を研究者として過ごし、現在に至ります。

――図書館情報学の研究者としてのお立場から、「図書館」についてのお考えをお聞かせください。

  図書館情報学の研究対象は、図書館ありきではありません。情報をめぐる様々な現象全てを対象としています。かつては、情報を伝えるメディアといえば本や雑誌などの印刷物であり、図書館はそれらを収集・保管することで、文化の継承も含む社会の記憶装置となってきました。近代以降、図書館は単なる保管庫ではなく、人々に情報や知識を公開し流通させることで、社会における教育およびコミュニケーションを保証する機能を担うようになったと認識しています。現代社会において情報や知識がどのように流通し、人々に必要とされ、そして活用されるべきなのかという視点から、今どのような図書館が求められているのかを具体化していく必要があります。

  私の専門分野である学術情報について見てみると、20世紀後半からデジタル技術の進歩により、学術情報流通の在り方に変革が起こりました。象徴的な例は、電子ジャーナルです。今すぐに紙媒体の本や雑誌、新聞がなくなることは考えられません。しかし、自然科学系の学術雑誌については、紙媒体での出版には終焉が見えてきていると思います。電子ジャーナルがこの20年ほどで急激に普及した理由は、一つには大学図書館が出版社と一括契約し、研究者が個別に契約をしなくとも研究室の端末などからアクセスできる仕組みが構築されたことです。もう一つは、紙の論文と同じ形式として読めるPDFで流通したため、研究者はデジタルで入手し、紙に打ち出して読めたことです。つまり大学図書館は、研究者が従来の慣習を大きく変化させずにメリットを享受できるような形で、紙から電子への急激な技術変革に対応したということです。現在は、画面で読みやすい論文形式の採用や、章タイトルや引用文献のリンクの活用、機械翻訳の精度向上などもあり、スクリーンで読む本当の意味での電子ジャーナルの利用が進展してきています。

  研究者が研究プロセスの中でどのように情報を扱い、必要としているかを無視して学術情報を考えることはできません。研究活動には、先行研究という知識を基に研究を行い、成果として新たな知識を生み出すという循環があります。電子ジャーナルの例のように大学図書館が重要な役割を果たしてきたことは事実ですが、図書館だけで循環を回しているわけではないということを、忘れてはいけないと思います。

  デジタル技術が社会の基盤となった今、図書館は変革期を迎えています。特に大学図書館においては、研究成果である図書や雑誌を購入・保管して自館の利用者に提供するだけでは不十分で、オープンアクセス(OA)からさらにオープンサイエンスへという新たな潮流に対応することが求められています。OAとは、研究成果をインターネット上で公開し、誰もが無料で利用できる仕組みです。さらに研究成果である論文だけでなく、その根拠となった研究データの公開が義務化される方向にあり、大学には研究データの管理も求められています。大学図書館にとっては直近の課題ですが、それが公共図書館や学校図書館でも同じかというと、そうではありません。ただ、デジタルへの移行は社会全体の大きな動向であり、その中で新たな図書館像を模索しなければならないということは全ての図書館において同じであると考えています。

――NDLに対するイメージについてお聞かせください。

  学部生時代は一利用者として来館していました。大学図書館に所蔵がない雑誌を探して、朝一番に来館し、出納を待っていた思い出があります。大学院生の頃はアルバイトをしたこともあり、慶應の研究者としては図書館実習等でお世話になりました。また、科学技術情報整備審議会の委員を14年間務めるなど、様々な方とお仕事をさせていただきました。

  NDLに対して持っているイメージは「最後のよりどころ」です。誰もが必要な情報にアクセスできるユニバーサル・アクセスの実現は、NDLだけで目指すものではありません。多様な図書館・機関のそれぞれに、ふさわしい役割があります。NDLがこれまで納本制度の下で出版物を網羅的に収集・保管し、メタデータを整備して提供してきた実績は揺るがないと思います。

――新館長としての抱負をお聞かせください。

  資料のデジタル化によって、利用が促進され、今までにはなかった使い方も出てきています。紙媒体の資料を保存すると同時に、デジタルと紙をうまく統合して扱える枠組みを考える必要があると思います。デジタル化の利点を多くの人々に享受してもらうためには、「最後のよりどころ」として、何をどこまで収集すべきか。デジタルシフトの過渡期である現在、NDLがどういう方向を目指すべきなのか、その全体像がまだ見えていないことが、大きな課題です。情報流通におけるデジタル化とオープン化はこれからも続きます。それを踏まえて、どういう方向に踏み出していけるのかということを、職員の皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

  また、国会の図書館であり国立の図書館であるというNDLの役割を踏まえることも重要です。私は図書館情報学の研究者ですが、これまで見てきたのは学術情報流通や大学図書館の領域が中心です。図書館界全体として変わらなくてはならないのは事実ですが、館種ごとに図書館が果たすべき役割は異なります。国会の、かつ国立の図書館であるということをより深く考えた上で、進むべき方向性を見出していきたいと考えています。

――最後に読者へのメッセージをお願いします。

  デジタル化の時代において図書館はどのような役割を果たせるのか、図書館界全体で考えていきたい、また図書館界全体で応援していただけるようなNDLでありたいと思っています。読者の皆様の日頃のご愛読に感謝申し上げるとともに、今後ますますのご支援とご指導をどうぞよろしくお願いいたします。

Ref:
倉田敬子. “就任のご挨拶”. NDL. 2024-04.
https://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/greetings.html
吉永元信国立国会図書館新館長インタビュー. カレントアウェアネス-E. 2020, (391), E2263.
https://current.ndl.go.jp/e2263