E2524 – 戦争・紛争・災害とその復興期に図書館ができること<報告>

カレントアウェアネス-E

No.440 2022.08.04

 

 E2524

戦争・紛争・災害とその復興期に図書館ができること<報告>

特定非営利活動法人エファジャパン・鎌倉幸子(かまくらさちこ)

 

  特定非営利活動法人エファジャパン(以下「エファ」)は,2022年6月11日にJICA地球ひろば(東京都新宿区)とオンラインのハイブリッド形式でシンポジウム「戦争・紛争・大規模災害、そして復興期において子どもたちに図書館ができること」を開催し,36人の参加があった。

  エファは2004年の設立以来,長期にわたる戦争を経験したカンボジア,ラオス,ベトナムで教育・福祉支援事業を行い,終戦後も極度の飢餓と貧困に苦しむ人々の姿を見つめてきた。戦後復興には時間がかかること,障害者などの弱者が取り残されること,その状況下で図書館ができる役割について考える場を作りたく,今回のシンポジウムを企画した。

●報告1:カンボジア農村部の障害児のライフスキル向上プロジェクト

  筆者がカンボジアでの事業について報告した。カンボジアは30年近い内戦を経験した国である。特に1975年から1979年まで続いたポル・ポト時代には焚書坑儒政策がとられ,多くの書物が失われた。学校は閉鎖され,軍事施設や刑務所として使われた。「余計な知識を与える人物」として教員が処刑の対象となったり,のちに文字の読み書きができるだけでスパイ容疑がかけられ,処刑場に送られたりした。

  戦争が引き起こす人的被害は,復興の大きな妨げとなる。1993年,カンボジア王国が成立し,教育の復興が行われてきた。しかし,障害児を対象とした教育の法整備が立ち遅れ,「障害児教育に関する政策マスタープラン」が策定されたのが2009年と遅く,まだ13年しか経っていない。エファでは内戦の傷跡が残る同国南部のカンポット州で障害児30人を対象とした学習支援事業やモデル図書館運営を2021年9月より行っている。現在,障害児向けの教材が皆無に等しいことが課題である。

●報告2:読書から誰一人取り残さないために~障害のある子どもたちに図書館ができること

  野口武悟さん(専修大学文学部教授,放送大学客員教授)は,まず,日本障害者協議会がロシアによるウクライナへの軍事侵攻を受けて出した緊急声明に「障害のある人にとって,「障害発生の最大の原因は戦争による暴力です」「戦争と障害者のしあわせは絶対に両立しません」。これは人類の歴史の教訓です。」とあることを紹介した。

  また,読書はすべての「学び」と「情報へのアクセス」,そして生涯にわたる「生活の質」(Quality Of Life)に直結するもので,図書館を利用するうえでの「障害(障壁)」の除去に向けた環境整備とサービスの提供が必要であることを指摘した。しかし開発途上国ではアクセシブルな資料を入手できる割合は1%未満であり「障害(障壁)」ゆえに読みたくても読めない「本の飢餓」(Book Famine)の状況にあるという国際的な課題について報告した。

  戦争で図書館や本が失われた国においては,まず「教材を製作するための人材育成」が重要であり,特に障害者向けの教材がない場合にはアクセシブルな資料の製作も視野に入れ,(1)第一言語(母語)での読書の保障,(2)当事者も参画できる教材製作の機会の提供,(3)全国でアクセシブルな資料の製作が共有される仕組みづくりの働きかけを行うという具体的なアドバイスがあった。

●報告3:戦争と児童文学

  木村瞳さん(児童文学翻訳・エッセイスト)が戦争をテーマとした児童文学の意義として,理解とコンパッション(共感共苦,他者の悲苦・痛みに対する深い思いやりと理解)を生むことを挙げた。

  また,「境界を越えることは人類の未来にとって不可欠であり,児童文学はその道しるべとなる可能性を持っている。」という国際リテラシー学会の表明文を紹介した上で,シンプルな言葉づかいでありながらも高い表現力,メッセージ性,象徴性,イラストの持つ力という児童文学の特徴について述べた。

  戦禍の中の子どもを描いた児童文学の作品は,後世に残る戦争の記録となり,また読者が世界では何が起きているのかを知り,時を共有する感覚を育てる機会となるという視点が提供された。

  その上で,ナチスの迫害を受けた子ども,民族紛争地に生きる子ども,シリア内戦による難民キャンプに暮らす子ども,難民を受け入れた国,敵国人との交流,平和な自分の居場所から世界へと視点を移していく子どもといった様々な観点から書かれた児童文学書が紹介された。

●パネルディスカッション

  パネルディスカッションでは,戦争で被害を受けた土地で図書館ができること,すべきことについて話し合った。野口さんは図書館の運営だけでなく,図書館に置く教材を作っていく人材を同時並行で育てることの重要性を指摘した。また,その国に残る昔話の採録ができるのであれば,それをDAISY資料として残すことで,障害者だけではなく,多くの人に有益なものになるとアドバイスをした。木村さんは,「障害のある人たちが,自分たちのために,自分たちで教材をつくっていく」流れへの期待を示した。また,地元に残る民話を活用した教材づくりの取り組みは,作家や語り部などが殺害されたカンボジアで,停滞している民話研究への貢献につながる可能性があると示唆した。

●終わりに

  戦争は建物を破壊し,多くの人の命を奪う。戦後の復興期の図書館において,その土地に失われることなく残されたリソース(図書,民話,人々の体験など)を探しだし,その土地に暮らす人たちと一緒に復興に向けた取り組みを行うことが重要であると再認識した。

  また,人の記憶は記録されないといずれは消えてしまう。戦争の体験を残し,次世代に伝えていくことも図書館が持つ大きな役割ではないだろうか。

  今回のシンポジウムで野口さん,木村さんからいただいたメッセージをカンボジアでの事業の実践に生かしていきたい。

Ref:
エファジャパン.
https://www.efa-japan.org/
“【エファ・シンポジウム2022のお知らせ】戦争・紛争・大規模災害,そして復興期において 子どもたちに図書館ができること”. エファジャパン. 2022-05-11.
https://www.efa-japan.org/post-15972/
日本障害者協議会. 緊急声明 ウクライナへの軍事侵攻は即時停止を、戦争反対です. 2022.
https://www.jdnet.gr.jp/opinion/2021/220228.pdf
Freeman, Evelyn B.; Lehman, Barbara A.; Scharer, Patricia L., ed. Children’s Books. The Reading Teacher. International Reading Association, 1998, 51(6), p. 504-512.