カレントアウェアネス-E
No.435 2022.05.26
E2493
公立図書館での迷惑行為を理由とした入館禁止処分の適法性
前国立国会図書館総務部総務課・高木俊明(たかぎとしあき)
本件は,公立図書館において迷惑行為をしたとされる利用者と当該図書館を設置した地方公共団体との間における紛争であり,図書館関係者の間でも注目を集めたようである。2022年1月に,名古屋高裁が本件について第一審判決(以下「原判決」)とは異なる判断をした(以下「本判決」)ことも踏まえ,本判決について概観したい。なお,本稿中の意見は筆者個人のものである。
●事案の概要
Y市(一審被告・控訴人)の住民であるX(一審原告・被控訴人)は,Y市が設置する図書館(以下「本件図書館」)において,図書の過剰な借出し等の問題行動を繰り返したとして,Y市図書館運営規則(以下「本件規則」)6条に基づき,本件図書館の利用及び入館を禁止する処分(以下「本件処分」)を受けた。Y市図書館設置条例(以下「本件条例」)6条は「この条例に定めるもののほか,この条例の施行に関して必要な事項は,教育委員会規則で定める。」と規定し,同条に基づきY市教育委員会が定めた本件規則の6条では,館長は,本件規則又は館長の指示に従わない者に対し,図書館資料及び施設の利用を禁止することができる旨を規定していた。Xは,Y市に対し,本件処分の取消しを求めた(なお,本稿では,Xの他の請求については割愛する。)。
原判決は,本件処分のような全面的かつ無期限の図書館資料及び施設の利用禁止処分をすることは,本件条例6条が本件規則に委任した範囲を超え,本件規則6条は本件処分の根拠となり得ないことから,本件処分は違法であるとした。
●判旨
これに対し,本判決は,本件規則6条は,同規則又は館長の指示に従わない対象者に対し,引き続き市立図書館の利用を許すとなると市立図書館の管理運営に重大な支障を生ずるおそれが大きい場合に限り,その防止のために必要かつ合理的な範囲内で利用を禁止し得ることを定めたものと解され,その限りにおいて,図書館法や地方自治法等に反するものではなく,本件条例6条の委任の範囲を逸脱するものではないとした上で,本件処分を適法とした。
●利用禁止処分と条例の留保
原判決と本判決との最大の相違点は,本件規則6条が本件処分の根拠たり得るか否かという点である。
地方公共団体が権利を制限する場合には,原則として,住民の代表によって構成された地方議会が定立する条例に基づかなければならない(地方自治法14条2項,17条,96条1項1号)。地方公共団体の住民は,正当な理由がない限り「公の施設」の利用を拒まれない(同法244条2項)ところ,住民は「公の施設」である公立図書館の利用権を有するとされる(なお,かかる権利は憲法21条により保障されるとする見解もある。)。本件処分はXのかかる権利を制限するものであるから,その根拠は条例に求められる。そこで,本件では,本件処分の根拠規定である本件規則6条が本件条例6条の委任を受けたものかが問題となった。
本判決は,本件規則6条が地方自治法244条2項を具体化したものであること,図書館法は公立図書館の管理運営に重大な支障をもたらす態様で公立図書館を利用する者に対して必要かつ合理的な範囲内で図書館利用を制限することを一切想定していないとは解されないこと等を理由に,判旨のとおり,本件規則6条が本件処分の根拠となり得るとした。
以上の本判決の説示は,あくまで本件条例及び本件規則が適用されるY市立の図書館にのみ妥当するものであるが,多くの地方公共団体では公立図書館の管理運営について本件条例6条及び本件規則6条と同様の規定を置いていると思われるため,他の公立図書館に関しても参考になるであろう。
●本判決による示唆
まず,本判決は,判旨のとおり,本件規則6条に基づく利用禁止処分をなし得る要件を限定している点には留意が必要である。これを踏まえると,利用者が規則又は館長の指示に従わないといった利用禁止処分の根拠規定が定める要件を形式的に満たすだけではなく,引き続き当該利用者に図書館を利用させると公立図書館の管理運営に重大な支障を生ずるおそれが大きいこと及び処分がその防止のために必要かつ合理的なものであることが要求される。
また,本判決は,利用禁止処分が,利用者の過去の行為への制裁ではなく,現在及び将来における図書館の管理運営に対する重大な支障が生ずるおそれが大きい状況下で,その防止のための措置であり,かかる状況が解消されれば,直ちに解除すべきとしている点も重要であろう。他方,本判決は,かかる状況が存続する限り,それまでに経過した禁止期間の長短等にかかわらず,必要かつ合理的な利用禁止を継続し得るとしている。その上で,本件処分に終期が定められていないことをもって違法とはしなかったが,Xの迷惑行為の態様に加え,Xが2度の警告を受けても多種多様な迷惑行為を繰り返したという事情を重視したものと思われる。
本判決を踏まえると,迷惑行為をした利用者に対して利用禁止処分を行う場合には,当該利用者の図書館利用権を制限することに鑑み,迷惑行為の具体的態様やこれが今後も継続する蓋然性,当該処分が当該利用者に与える不利益の程度を総合的に考慮するとともに,直ちに処分を行うのではなく,警告等を行った上で,当該利用者の行動に改善が見られるかという点も踏まえて,処分の要否及び内容について慎重に検討する必要があろう。また,処分後においても,図書館の管理運営に重大な支障が生ずるおそれの大きい状況が継続しているかを踏まえ,処分の解除についても適切に検討することが求められる。
Ref:
4.図書館での迷惑行為と入館禁止. 図書館の自由. 日本図書館協会図書館の自由委員会. 2021, (113), p. 9-10.
http://www.jla.or.jp/Portals/0/data/iinkai/jiyu/newsletter_113(202108).pdf
岐阜地判令和3年7月21日.
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/821/090821_hanrei.pdf
名古屋高判令和4年1月27日.
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/965/090965_hanrei.pdf
松本英昭. “第三章 条例及び規則”. 逐条地方自治法. 新版 第9次改訂版, 学陽書房, 2017, p. 195.
芦部信喜. “第九章 精神的自由権(二)――表現の自由”. 憲法. 第7版, 岩波書店, 2019, p. 183.
松井茂記. “Ⅰ 図書館と利用者あるいは著者ないし出版社の権利”. 図書館と表現の自由. 岩波書店, 2013, p. 33.