E2488 – 大学図書館におけるAI顔認証による入退管理システムの導入

カレントアウェアネス-E

No.434 2022.05.12

 

 E2488

大学図書館におけるAI顔認証による入退管理システムの導入

武庫川女子大学司書課程・川崎安子(かわさきやすこ)

 

  武庫川女子大学附属図書館(兵庫県)では2021年8月,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策を含むリスクマネジメントの強化と,生涯学習支援のさらなる充実を目的として,NTTドコモのAI顔認証入退管理システム「SAFR(セイファー)」を導入した。利用者は初回来館時にマスクを外した状態で顔を撮影してシステムに登録し,2回目以降はカメラの前に数秒間立ち,顔認証するだけで良い。ディープラーニングによって認証はマスクを着用したままでも可能だが,外した方がより早く正確に検知できる。SAFRの対象は現在のところ,本学の所在する西宮市内在住・在校の中学・高校生のほか,本学の卒業生や保護者,西宮市教育委員会の教職員,連携協定校の学生・教職員といった学外利用者となっている。本稿では,導入の背景と経緯,導入後の状況,今後の展望等について説明する。

  本学で採用している入退管理システムでは,学内構成員が所持する学生証・教職員証のICカード認証により個人の滞在履歴を把握できる。しかし,学外利用者は入退館のみ可能な共用カードでゲート管理だけをしていたため,「いつ,誰が,どれだけの時間」滞在しているかについては分からなかった。それゆえ,COVID-19の感染拡大以降,接触確認アプリ等の任意登録が推奨されるなか,学外者の利用は制限せざるを得ず,滞在履歴の把握は喫緊の課題だった。SAFRは,本来であれば大学の顧客管理(Customer Relationship Management:CRM)システムと連携させることで,利用者とのコミュニケーションツールにもなり得るシステムだが,単体での運用も可能である。既存の図書館システム等との干渉を回避できる点が,急を要する状況下において都合が良かった。入館用と退館用に1台ずつiPadを用意し,管理用のPCとSAFR専用のWi-Fiルーターを設置すれば良い。CRMや図書館システムから独立させた運用によりランニングコストも大幅に縮小することができた。なお,顔認証のほかに検温機能も追加できるが,検温はすべての利用者が対象のため,SAFRとは別立てで実施することにした。

  COVID-19の感染拡大による緊急事態宣言の発出以降,館内での飲食や会話は禁止し,書籍・什器の消毒やソーシャルディスタンスを保つ工夫で感染防止を図っているが,顔認証での入退管理に安堵する声も多く寄せられ,従来の図書館サービスを不自由なく提供できている。

  2021年度下半期の実績で,登録者数は150人となり,延べ1,083人が来館利用した。その9割は高校生で,定期試験や大学入学共通テスト前の時期を中心に,閉館時間の20時まで熱心に学習する姿を多く見かけた。本学の司書課程を履修する約300人の学生を対象に実施しているアンケート調査では,不特定の学外者が大学図書館に自由に出入りする一般開放を望まない意見が目立つのに対し,中高生や卒業生の利用については寛容で,長時間集中して学習する場がなかった自身の体験をその理由に挙げる学生が多い。顔認証することで,館内で起こり得る犯罪の抑止効果を期待する様子もうかがえた。

  なお,登録者情報は当該年度のみ管理し,年度末にデータを破棄している。SAFRの導入によって,地震や火災発生時等の緊急事態においても館内の滞在状況が即座に確認できるので,感染予防だけにとどまらず,より広いリスクマネジメントの強化につながっている。

  大学図書館は学生の教育や教員・大学院生の研究支援を第一義としているが,生涯学習の場としても重要な施設である。特にSDGsの目標4に掲げられている「質の高い教育をみんなに」に照らし,大学図書館サービスをこれまでとは異なる理論と方法で評価していく視点も必要だ。2019年に国際図書館連盟(IFLA)とワシントン大学のTechnology and Social Change Group(TASCHAグループ)が公開したレポート“Development and Access to Information report 2019”でも,SDGsの達成に向けた図書館の役割が整理されている。

  日本では,入館者数や貸出冊数,学生一人当たりの資料費など,画一的な数字の羅列から大学図書館が評価されているのが現状である。図書館関連の統計数値は様々なものがあるが,新たにSDGsの文脈で大学図書館の存在意義を語る手法は有効であり,例えば,政治・経済・社会・技術の視点から変化分析を行うPEST分析や,目標と達成度を表で示すルーブリックを活用すれば,より細緻な評価が実現できると考える。

  以上をふまえ今後の展開としては,リカレント教育の視点から,一般開放に向けてSAFRの対象者を拡大し,大学図書館という場と幅広い年齢層の利用者が求める資料・情報の提供に尽力したい。また,利用者の属性や滞在状況を分析することで,より高度で快適な学習・研究環境を構築し,生涯教育の施策に向けた大学図書館の人的かつ物的資源の適正な再配置につなげていく。コロナ禍を経験したからこそ,無尽の知恵と工夫で大学図書館の発展と社会貢献に取り組んでいきたい。

Ref:
“顔認証システムの導入について(対象者:M.I.C.をお持ちでない方)”. 武庫川女子大学附属図書館. 2021-08-03.
https://www.mukogawa-u.ac.jp/~library/oshirase/2021_14.html
“武庫川女子大学附属図書館が AI顔認証入退管理システムを導入しました”. 武庫川女子大学. 2021-10-11.
https://info.mukogawa-u.ac.jp/publicity/newsdetail?id=3783
“武庫川女子大学様”. NTTドコモ.
https://www.nttdocomo.co.jp/biz/casestudy/mukogawa_u/
“AI顔認証ソフトウェア「SAFR」”. NTTドコモ.
https://www.nttdocomo.co.jp/biz/service/safr/
Garrido, M.; Wyber, S. eds. Development and Access to Information. International Federation of Library Associations and Institutions. 2019, 66p.
https://da2i.ifla.org/wp-content/uploads/da2i-2019-full-report.pdf