E2420 – ビッグディール契約キャンセルの影響調査(米国)

カレントアウェアネス-E

No.419 2021.09.02

 

 E2420

ビッグディール契約キャンセルの影響調査(米国)

関西館図書館協力課・西田朋子(にしだともこ)

 

   米国の非営利団体Ithakaの調査部門Ithaka S+Rが,2021年6月,学術誌のビッグディール契約(CA1586参照)のキャンセルが研究者にもたらす影響を調査した報告書“What’s the Big Deal?: How Researchers Are Navigating Changes to Journal Access”を公開した。本稿では報告書の概要を紹介する。

   調査では,ビッグディール契約のキャンセル検討中あるいはキャンセル後(交渉遅延によるアクセス喪失含む)の米国の10大学,ドイツの1大学の計11大学(キャンセル前6機関,キャンセル後5機関)で,研究者計89人に対してインタビューが行われた。インタビュー内容は,(1)研究者の文献発見・入手の実態,(2)図書館の役割に対する研究者の認識,(3)オープンアクセス(OA)のアプローチに対する研究者の意見,の主に3点について実態を把握するとともにキャンセルの影響や予想をはかるものである。

   結果は以下のとおりである。

(1)論文の発見・入手方法の実態

   研究者がペイウォールの背後にある非購読かつ非OAの論文にアクセスする代替手段はさまざまである。著者や他の研究者からの共有,準合法的な学術ソーシャルネットワーク利用による入手,SciHub等の違法なルートでの入手,図書館間相互貸借などである。

   上記について図書館間相互貸借以外の方法では,合法性に関してとまどっている研究者が多かった。SciHubについては,米国の大学に比べてドイツ・ベルリン自由大学において利用者が特に多く,地域やイデオロギーが左右すると考えられた。一方,地域やイデオロギーに関わらず利用者は総じて代替アクセスの面倒さを理由に挙げた。図書館間相互貸借については,時間がかかるという回答が多く,普段使用している人でさえ不満を持っていた。

   キャンセルの影響については,多くの研究者が克服できない障害ではないが効率の低下があると回答した。また,分野間で影響度合に差があったという指摘や,キャンセル直後はアーカイブで直前の刊行分まで閲覧できるためキャンセルには気づきにくいが,影響は時間が経つほど大きくなるのではないかという指摘があった。

   出版社版の論文の代替としてプレプリントの利用についても調査されたが,研究者は代替としてというより,抄録と同様に出版社版の入手が必要かどうかを判断するために利用していた。また,助成金獲得のために最新情報を入手するためにはプレプリントを,論文執筆時には出版社版を使用する,といった使い分けを行う研究者もいた。プレプリントの使用慣行が普及していない分野の研究者は,信頼性に疑問を持ち,出版社版との関係の理解についても曖昧な点が見られた。

(2)図書館の役割に対する研究者の認識

   学術誌購読の見直しに対して,機関や図書館が担うべき役割を検討するために研究者の認識や意見が調査された。

   多くの研究者は,機関の予算で研究資源の割り当てが減らされること,敷衍して,現在の学術システムにおいて税金由来の学術情報へアクセスするのに費用がかかることについて,失望を示した。また,研究者の間で,キャンセルによって最終的に何を目指すのかについての考えにずれがあった。(ビッグディール契約の再交渉,新しい契約の交渉,国での交渉,学術情報システムの変革等)

   キャンセルの影響軽減に効果的だった図書館の対応について,キャンセル前機関の研究者が期待することとキャンセル後機関の研究者が評価したことは一致した。ミーティングなど双方向のコミュニケーションアプローチを取ること,キャンセルが提案されたタイトルリストを共に確認・評価することが重視されていた。

(3)OAアプローチに対する研究者の意見

   現在の購読ベースの在り方を見直すOAのアプローチについて,研究者の意見が調査された。

   論文をOAで公開するための論文処理費用(APC)の支払いについて,学生の教育に使う資金がなくなるという意見があった。機関・分野・職位による資金力の違いなどから,研究者自身で出版社と交渉をすることになった場合には価格設定システムにおける更なる不公平が生じるという指摘があった。機関や図書館によるAPCへの支援内容が不明確であるという指摘もあった。

   OAのビジネスモデルは理解が難しく,自身の研究や所属する学会の学会誌をOA化する際,金銭的な影響が分からないといった意見があった。投稿先選択においては,OAで公開できることより自身の専門分野と合致し,適切な読者に届くことが重視されていた。

   また,リポジトリについてはOAのアプローチとしては言及されず,各機関のウェブサイトそれぞれにアクセスする必要があるリポジトリより学術ソーシャルネットワークResearchGate(CA1848参照)の方が便利であるという意見があった。

   上記結果を踏まえ,図書館の行動について以下の事項等が推奨されている。

(1)キャンセルの影響評価のための新しい仕組の構築
・研究者負担となる論文ダウンロード費用だけでなく,代替手段の不便さもコストとして考慮すること。
・研究者の代替手段による入手行動は追跡不能であるため,キャンセルの影響調査は,研究者への直接のインタビュー等により行うこと。

(2)学術誌購読に関する意思決定プロセス
・予算不足・ジャーナルへのアクセスの減少・APC支援への支出切替等のどのような問題に対する行動であるのか,期待される効果が何であるかを,明確にして協議を行い,自機関や研究者の文脈に合わせて調整を行うこと。

(3)今後の図書館の役割について
・図書館(や機関)によるAPCの資金補助についての役割を明確にすること。
・キャンセルに際しては,研究者へ適切な代替アクセス手段を案内すること。
・キャンセルに際しては,学術情報へのアクセスを提供するという図書館の価値が減じるため,他のリソースやサービスの提供など図書館の役割について新たな価値提案を検討すること。

   上記,報告書の内容を紹介した。報告書には付録としてインタビュー設問も掲載されているのでそちらも参照されたい。

Ref:
Cooper, Danielle. ; Rieger, Oya Y. “What’s the Big Deal?: How Researchers Are Navigating Changes to Journal Access. Ithaka S+R, 2021, 42p.
https://doi.org/10.18665/sr.315570
加藤信哉. 電子ジャーナルのビッグディールが大学図書館へ及ぼす経済的影響について. カレントアウェアネス. 2006, (287), CA1586. p. 10-13.
http://doi.org/10.11501/287082
坂東慶太. ResearchGate-リポジトリ機能を備えた研究者向けSNS-. カレントアウェアネス. 2015, (324), CA1848. p. 5-7.
http://doi.org/10.11501/9396323