E2189 – フィリピン国立図書館による公共図書館の現状調査

カレントアウェアネス-E

No.378 2019.10.24

 

 E2189

フィリピン国立図書館による公共図書館の現状調査

日本貿易振興機構アジア経済研究所学術情報センター・山下惠理(やましたえり)

 

 フィリピンでは1994年6月17日の共和国法第7743号(RA7743)によって,全行政地区に公共図書館の設置が義務付けられた。以降,法令に基づいて整備が進められたものの,依然4万以上の地区で未設置のままとなっている。各館の運営状況についてもデータ不足が指摘されており,基礎的データの収集と量・質的サービスの拡充は図書館界全体が抱える問題となってきた。

 フィリピン国立図書館(NLP)はこれらの課題認識のもと,公共図書館に関する研究進展や政策提言に寄与するための基礎データ収集を目的とし,公共図書館433館及び648人の利用者を対象に,アンケートとフォーカスグループディスカッションによる調査(2018年11月)を行った。本稿では,2019年6月に公開された本調査の最終報告書をもとにフィリピンの公共図書館の現状を概観する。

 これまでNLPは業務研修や各館からの月次報告を通じて公共図書館のモニタリングを行ってきた。最終報告書では,月次報告の分析に加え,内務自治省,教育省,情報通信技術省など関係各省による各館の利用・運営状況の報告や,図書館発展史および関連法を整理した基本文献など,国内外の先行研究が幅広く渉猟されている。またこれらの基本情報を補完する形で,現状に関する個別インタビューやアンケートが実施されている。

 調査結果は(1)運営状況,(2)人材,(3)サービス,(4)利用状況に大別できる。(1)運営状況のデータによれば,全国の施設数は1,455館であり,そのうちNLPが義務付けている業務研修への参加や月次報告を行っている館は4割のみであった。同国の行政区分は,州及び高度都市化市,市及び町,最小行政区分であるバランガイの3層構造となっているが,下位の区分ほど業務研修への参加や月次報告に対応している館は少なく,バランガイに至っては施設数の8割が対応を行っていない状態にある。なお,図書館の主管部局は,行政地区の長が担っていることが大半である。こうした行政レベルの差や地域間格差は(2)人材のデータにも表れている。報告書によれば,11人以上の職員を擁する館は開発の進んだ地域や市に集中しており,71%の図書館では5人以下であった。また,図書館学課程の受講と試験への合格により与えられる司書資格を有する職員がいる館は,全体のわずか56%にとどまる。図書館運営を支える専門人材の少なさは(3)サービスの面でも大きな影響を及ぼしており,85%の館において蔵書の受入記録が未作成であるなど,基本的な制度が整えられない状況となっている。このように人的・施設リソースが圧倒的に不足している一方で,多くの館で児童サービス(74%)が提供されているほか,障害者サービス(39%)やICTサービス(30%)をはじめ,高齢者向けサービス,中国語コーナーの設置,識字トレーニング,社会復帰支援など多岐にわたるサービスが提供されている。また,(4)利用状況についても,利用者の満足度は非常に高かった(「満足」及び「非常に満足」が99%)。加えて利用者数は,近年大幅に増加しており,2018年は278万872人となっている。利用者層は児童・生徒が7割を占め,その利用目的は読書にとどまらず勉学や研究といった学問的ニーズによるものが大半である。資料の充実度や図書館施設へのアクセスのしやすさについては不満を唱える利用者も多かった。

 NLPは調査結果を踏まえた今後の見通しについて,モニタリングを継続して基礎的データの収集を続けるとともに,公共図書館の満足度調査や,社会経済的発展・技術革新への公共図書館の影響に関する研究を支援するとしている。人材開発に関しては図書館学及び関連する講座の受講を促進することを目標とした。

 同国では,RA7743に代表される図書館関連諸法が制定された1990年代(CA1540参照),公的サービス提供を含む政治的権限の地方移譲が進んだ。地方公共図書館が抱える予算不足や専門人材に対する基礎教育の立ち遅れは,こうした地方分権化による中央政府と地方自治体間の財政的不均衡に端を発する。中央政府の政策において等閑視されてきた公共図書館だが,近年では情報通信技術省が主導してデジタル格差や教育格差を埋めるためのアクセスポイントの提供を目指すTech4EDプログラムや,公共図書館を通じた経済・社会的発展を目指すプロジェクトBeyond Accessなど国際プログラムとの相互協力を通し,教育やコミュニティの貧困対策におけるアクセスポイントとしてその戦略的重要性が徐々に認識されつつある。

 同国の国家経済開発庁が発表した中期開発計画(2017-2022)では基礎教育(幼児教育,初等教育及び中等教育)の普及に重点が置かれている。公共図書館は今後そのプレゼンスをいかにアピールしていくことができるのか。本調査のデータが図書館の発展に繋がることが期待される。

Ref:
http://web.nlp.gov.ph/nlp/sites/default/files/14Jun2019/Status%20of%20Philippine%20Public%20Libraries%20and%20librarianship.pdf
http://www.chanrobles.com/republicactno7743.htm
http://beyondaccess.net/2015/07/29/senior-citizens-information-society/
https://beyondaccess.net/projects/philippines/
CA1540