E2012 – 学術コミュニケーションにおけるブロックチェーンの可能性

カレントアウェアネス-E

No.344 2018.03.22

 

 E2012

学術コミュニケーションにおけるブロックチェーンの可能性

 

 2017年11月,Digital Science社は,学術コミュニケーションにおけるブロックチェーンの可能性に関するレポート“Blockchain for Research – Perspectives on a New Paradigm for Scholarly Communication”を公開した。ブロックチェーンは,仮想通貨ビットコインの中核技術として発案された。すべての取引記録が,サーバのような機能を有するビットコイン使用者のPCに分散して同期・保存されるので,その改ざんは極めて難しく,また中央集権的なシステムとは違いシステムダウンの心配がなく堅牢性が高い。すべての取引記録は暗号化されて保存されるため,公開されてはいるが匿名性はほぼ保持される。また契約を自動的に執行するスマートコントラクトをブロックチェーン上で利用すれば,あらかじめ定めたとおりに自動的に取引を執行することもできる。ブロックチェーンは最近,教育・医療などの分野でその適用が模索されており,また出版業,小売業・製造業などの業界にも大きな影響を与えている。このレポートでは,学術コミュニケーションや研究一般を変容させうるブロックチェーンの可能性に焦点を当て,学術コミュニケーションの課題,それへのブロックチェーン適用の可能性,適用に際しての注意点などを,ブロックチェーンの最近の活用事例を交えながらまとめている。これらのうち,本稿では,ブロックチェーン適用の可能性を中心に紹介する。

 「学術情報(Scientific Information)」とは本来,情報やデータの大規模で動的な集合体である。そこでは情報等は共同で作成・利用・共有される。これはブロックチェーンと親和性が高い。現在,実験結果の記録,論文執筆,投稿,出版,引用などの研究ワークフローには様々なソフトウェアやデータベースが使われているが,ブロックチェーンを採用すれば,研究者が論文やデータなどのコンテンツを,いつでも,いかなる研究段階でも,いかなる方法でも,作成・利用などすると,それらのやり取りはすべて単一のプラットフォームに記録・保存される。そのプラットフォームの所有者はおらず誰もが同じ情報にアクセスできる。

 これにより,研究プロセスはオープンで透明なものになる。研究者がコンテンツをアップロードすると,タイムスタンプが記録される。これがある種の公証機能の役割を果たす。また研究計画を登録することができ,さらにスマートコントラクトを利用すれば研究手続の設定後に研究データが収集されると自動的に処理・分析が行われる。研究データも同様に自動的にアップロードされ,その際タイムスタンプが記録され,必要があれば暗号化される。研究データが利用可能となることで,研究成果の再現性が高まり,査読の質も向上する。暗号化により,査読の匿名性は保持される。

 また,新たなビジネスモデルが形成される可能性も指摘する。ブロックチェーンによるコンテンツ配布プラットフォームの仕組みを当てはめると,研究者がアップロードしたコンテンツは分散型ネットワークを介して配布され,コンテンツ利用の際にはコンテンツ所有者が設定した価格の対価が所有者に支払われるという,オープンアクセスモデルでも購読型モデルでもない合理的なビジネスモデルが形成される。そうすると,出版者の役割はコンテンツ普及のためのプラットフォームの提供という仲介的なものから,原稿の整理・編集,査読などのサービスの提供にシフトする可能性がある。

 研究活動の正当な評価も可能となる。ブロックチェーン上では研究者のあらゆる活動が記録されるので,原稿の執筆・提出,研究データのアップロード・分析,査読などのほか,ブログ記事の投稿,データセットの作成,ソフトウェア開発など,現状ではあまり認識されてない活動も評価指標とすることができる。またブロックチェーンの採用と同時に仮想通貨の導入も可能である。これらにより研究活動が正当に認識・評価され,コンテンツ利用の対価や査読などの研究活動への金銭的な報酬が直接研究者に支払われるようにもなるだろう。

 このレポートは一方で,ブロックチェーン採用の注意点も指摘する。利害関係者が多く影響が広範囲に及ぶので,すべての利害関係者が参加するプラットフォームを形成することができるかどうかが第一歩として重要である。また,ブロックチェーン採用の成否は,実装の程度や隣接分野における開発の状況などに依存することも指摘する。論文の執筆・公開・引用などに限定せずに,査読やデータセットの公開なども評価できるようにすると,その仕組みは一層複雑になる。教育分野ではブロックチェーンを採用したシステムの開発が急速に進んでおり,そのフレームワークや手続を研究一般に応用することは可能である。

 2018年に入って,研究データの認証や査読支援にブロックチェーンを活用しようという動きが,実際に見られるようになってきた。これらのプロジェクトの検証の結果が注目される。

関西館図書館協力課・阿部健太郎

Ref:
https://doi.org/10.6084/m9.figshare.5607778
https://doi.org/10.1241/johokanri.60.166
https://doi.org/10.1038/d41586-018-02641-7
https://www.mpdl.mpg.de/en/about-us/news.html#blockchainify-your-research-data-2
https://www.digital-science.com/press-releases/digital-science-and-katalysis-lead-initiative-to-explore-blockchain-technologies-for-peer-review/