E1772 – 英国のテロリズム法と図書館サービス

カレントアウェアネス-E

No.299 2016.03.03

 

 E1772

英国のテロリズム法と図書館サービス

 

 2015年8月,英国図書館(British Library:BL)は,タリバン支配下のアフガニスタンで発行された新聞,雑誌などといったタリバン関係資料のデジタルアーカイブを取得し公開することにつき仲介団体(Taliban Sources Project:TSP)から打診を受けたが,最終的にこれを辞退した。その理由の1つとして,2006年テロリズム法(Terrorism Act 2006)の規定に抵触する可能性のあることが挙げられていた。

 英国における国際テロリズム対策のための法律は,初の恒久法である2000年テロリズム法(Terrorism Act 2000)を始めとして,内容を追加する形でいくつも制定されている。2006年テロリズム法もその1つであり,テロリズム賛美を犯罪として取り締まること等を目的として制定された。同法第2条は,テロリズム刊行物を頒布する罪を定める規定であり,図書館サービスとの関係で問題となる規定である。

 まず,「テロリズム刊行物」であるかどうかは,読者の理解によって決まる。すなわち,読者の誰かがテロリズム活動の実行,準備等を奨励する内容だと理解する「可能性」がある刊行物を広く含む(第3項)。「可能性」があればよく,実際に読者がテロリズム活動の実行等を奨励されたかどうかは問わない(第8項)。次に,犯罪とされる頒布行為には,読者がテロリズム刊行物を入手できるようなサービスを提供する行為が含まれる(第2項)。英国政府の説明文書によれば,図書館サービスもこれに該当する。

 これらの要件だけで犯罪が成立するとすれば,図書館司書が意図せず罪を犯してしまうおそれがある。爆発実験の手引きを含んだ化学の教科書を貸し出した図書館司書は,テロリズム刊行物の頒布行為をしたことになりかねない。このことは法案の審議過程でも問題となり,大学図書館団体を中心に懸念が表明されていた。このため,頒布行為を行う者の意図についても,犯罪の成立要件として次のとおり追加された。

 第一に,頒布の結果としてテロリズム活動の実行,準備等を奨励,支援する意図を持って,又はその結果を考慮することなく頒布行為を行った者についてのみ犯罪が成立する(第1項)。第二に,結果を考慮することなくテロリスト刊行物の頒布行為を行った場合であっても,刊行物の内容が頒布した者の意見表明ではなく,かつ,頒布した者の支持を得たものでないことを立証した場合には,犯罪の成立を阻却することができる(第9項・第10項)。これらの規定が追加されたことにより,正当な業務を行う図書館司書は確実に保護されると政府は説明している。

 なお,法案の審議においては,テロリズム刊行物の頒布行為が犯罪とされることに対し,表現の自由への不当な干渉となり得ることや言論への萎縮効果も懸念されていた。それを防ぐため,公益を目的とする場合に犯罪の成立を阻却することが提案されたが,これは実現しなかった。公訴局長官(Director of Public Persecutions)の同意が起訴の要件とされていることから(第19条),公訴局長官が同意に当たり公益の有無を考慮するとして,懸念は当たらないと政府は説明している。

 しかし,図書館サービスへの萎縮効果は本当に存在しないのだろうか。たしかに,検察庁・反テロリズム局のウェブサイトに掲載されているテロリズム法違反事件のデータベースには,テロリズム刊行物の頒布行為に関してこれまでに図書館司書が起訴された例は見当たらない。それでは,BLはどうしてデジタルアーカイブの取得・公開を辞退したのだろうか。

 まず,BLはタリバン関係資料の一部がテロリズム刊行物に該当する可能性があると判断した。TSPは該当しないと主張したが,全ての資料を調査しなければ断言することはできず,それにはBLが時間と労力をかける必要がある。

 また,テロリスト刊行物を公開しただけで犯罪が成立するわけではないが,犯罪が成立するリスクがなお残るとする法的な助言をBLは受けたという。たとえテロリズム活動を支援する意図がBLになくとも,結果を考慮せず公開した場合には犯罪となる。公益目的で公開したと判断される場合には起訴されないが,公益目的の有無を判断するのは公訴局長官であって,BLではない。

 もし起訴された場合,タリバン関係資料の内容がBLの意見表明でなく,かつ,BLの支持を得たものではないことを立証できれば,犯罪の成立を免れることができる。しかし,これは被告人の抗弁事由であるから,立証に失敗すればBLの不利に働くことになる。そもそも,起訴された時点でBLは風評にさらされることになる。

 結果として,BLはこれらの不確定要素を無視できなかった。この消極的態度に対しては研究者からの批判も多く,関連する研究への萎縮効果が生じるとの指摘もある。なお,BLが取得・公開を辞退したデジタルアーカイブは,欧米の主要な図書館において,現在公開準備が進められている。

調査及び立法考査局行政法務課・大迫丈志

Ref:
http://www.bl.uk/press-releases/2015/august/british-library-statement-on-taliban-sources-project
http://lj.libraryjournal.com/2015/09/digital-content/british-library-declines-taliban-archive-new-hosts-step-up/
http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_9494203_po_02650002.pdf?contentNo=1
http://www.ndl.go.jp/jp/diet/publication/legis/228/022806.pdf
http://www.legislation.gov.uk/ukpga/2006/11/pdfs/ukpgaen_20060011_en.pdf
http://www.publications.parliament.uk/pa/jt200506/jtselect/jtrights/114/114.pdf
https://www.cps.gov.uk/publications/prosecution/ctd.html
http://www.theguardian.com/world/2015/aug/28/terror-law-prompts-british-library-to-reject-unique-taliban-archive
http://thesigers.com/news/2016/1/5/media-coverage-of-the-taliban-sources-project