E1591 – 大震災と小松左京が遺したもの

カレントアウェアネス-E

No.264 2014.08.07

 

 E1591

 大震災と小松左京が遺したもの

 

 2014年6月21日,宮城県図書館でトークイベント『小松左京が遺したもの-震災の記憶・未来へのことば-』が開催され,100名を超える参加があった。宮城県図書館は震災11ヶ月後には,東日本大震災文庫の原点となった震災の記録等を紹介する特別展を行った。以降,震災支援や復興の道のり,震災記録の伝承に関する特別展を断続的に続けている。本イベントは,阪神淡路大震災の取材を通して震災記録に関する提言を行ったSF作家,小松左京氏の軌跡を紹介した東日本大震災文庫展IVの関連企画として行われたものである。作家の瀬名秀明氏,東北大学教授で作家の圓山翠陵氏,小松氏の元マネージャーの乙部順子氏が,震災の経験を防災・減災に役立てるためのアーカイブのあり方について,小松氏の取組みを交えて語った。

 冒頭に乙部氏から,小松氏は小説家デビューする前に漫画家としての活躍があったことが触れられ,最近になって国立国会図書館のデジタルコレクションを見たファンによって,旧制三高時代に描かれた“幻のデビュー漫画”『怪人スケレトン博士』が発見されたことの報告があった。地震兵器で日本を沈めようとする悪役を阻止するストーリーの同作の発見により,小松氏が既にこの頃から,『日本沈没』に通じる着想を持っていたことが示された。

 瀬名氏は,小松氏がSF作品だけでなく,阪神淡路大震災のルポルタージュを書いて総合防災学を提言するなど,専門家への緻密な取材に基づいた全体像を描き,世の中に働きかけていく方法で,SF作家の活動の枠組みを広げた点を評価した。2009年のインフルエンザ大流行を取材した瀬名氏自身の経験も交え,ほんのすこしの想像力があれば防げる災害も,一度“体験”しないと我々は上手く想像できないことを指摘した。故に,個々の事象に関する専門的な解説だけでなく,災害の全体像と人間の心の動きを交えた物語を描くことが,人々に災害を伝えるためには重要であると述べた。情報機器の普及によってリアルタイムで記録された大量の情報は,どのように使えば良いのか専門家や作家にとってもまだ手探りであり,将来役立てるためにも,アーカイブによって災害の物理現象を記録し,そしてそのとき人間がとった行動の記録も伝えることが必要であるとの期待を表明した。

 圓山氏は,『日本沈没』執筆の際に使われた電卓の展示に触れ,小松氏が専門外にも関わらず,当時最先端の機器を駆使して応力等の物理計算をするとともに,科学理論を分かりやすく噛み砕いて伝える小説を作りあげた点を賞賛した。また,圓山氏自身の小説で分析した原発事故の状況が,最近公開された「吉田調書」と近似していることを示し,正しいデータが得られれば物理現象の推測は可能である旨を説明した。そして,データは,世界中の人が検索できるアーカイブに収められて初めて価値が生じると述べ,東北大学で,長期的な災害研究を行うために,災害科学国際研究所が,国立大学附置研究所としては40年ぶりに新設されたことや,東北メディカルメガバンクにより,根拠に基づく医療を行うための三世代コホート調査が開始されていることを報告した。震災で記録された大量の画像等のビッグデータをどのように扱うのかといった研究は始まったばかりであり,2015年3月に仙台市で国連防災世界会議が開催されることにも触れ,これからの発展に期待した。

 最後に乙部氏は,今回の災害で個人が記録したリアルタイムの大量のデータを,将来の防災・減災に活かさなければならないと述べ,震災を体験した個人一人一人が記録を未来へ残して欲しいとまとめた。

 小松氏は,震災直後の5月11日にインタビューで,関東大震災での情報の混乱がきっかけとなってラジオ放送が始まり,今日の放送が発展したことにも触れている。そして下記のように語り,「総合防災学」の確立を期待した。

 “SF作家のいうこっちゃ思て聞いてくれ。ここで「総合防災学」ともいうべき,超学際的研究体制が欲しいんや。(中略)日本国内にとどまらず,近代世界を襲った「巨大自然災害例」の記録は世界各地にようけあるはずや。今ならそういう記録をインターネットなどで取り込んで,人類共有の「知的資源」にプールすることはさして難しないて思うぜ。”

 2011年7月26日に小松氏は逝去した。彼の遺した「総合防災学」が,決してSFではなく,次の百年で現在の「放送」と同じように我々のインフラとして発展することを期待したい。

 “日本は,これでヒロシマ,ナガサキにはじまって,第五福竜丸もあるし,放射能被害いうもんをフルセットで被った唯一の国になってしもたがな。それだけの役割を担わなウソや。”

 小松氏が指摘するとおり,日本はそれだけの経験を重ねてしまっており,その経験から得たものを後世に伝える義務がある。

宮城県図書館・眞籠聖

Ref:
http://www.iocorp.co.jp/magazine/no.42.html
http://sakyokomatsu.jp/info/小松左京のデビュー漫画「怪人スケレトン博士」/
http://sakyokomatsu.jp/library/583/
http://www.ifs.tohoku.ac.jp/maru/atom/HTCRep/HTCRep.33.1.pdf
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail02_3125_all.html
http://irides.tohoku.ac.jp/
http://www-lab.imr.tohoku.ac.jp/~pro/imr_news/pdf/imrnews68.pdf
http://www.megabank.tohoku.ac.jp/
http://www.megabank.tohoku.ac.jp/3gen/
http://www.bosai-sendai.jp/
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/kikan/wcdr.html
http://www.wcdrr.org/
http://www.unisdr.org/
http://da.apl.pref.akita.jp/lib/item/90010001/ref-1-936
http://www.keiyou.jp/contents/contents_komatsu01.html
瀬名秀明, 鈴木康夫. インフルエンザ21世紀. 文藝春秋, 2009, 500p.
小松左京, はやしあきら. 賢人談話,あるいは小松左京の大口舌9“災害防衛国家構想”てどやろ?. 小松左京マガジン. 2011, (42), p.64-69.