E1556 – 図書館とファブスペース ~ 導入から1年

カレントアウェアネス-E

No.258 2014.04.24

 

 E1556

図書館とファブスペース ~ 導入から1年

 

 慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(以下,SFC)では2013年4月,デジタル技術を使ったものづくり(以下,ファブ)を身近に体験できるよう,多くの学生が気軽に利用している場所である図書館(湘南藤沢メディアセンター)に3Dプリンタが利用できるファブスペースを設置した。3Dプリンタは,海外では,米国を中心に公共図書館等のメイカースペースの設置とともに導入が進んでいる(E1378参照)が、日本ではまだ珍しい取組みといえるのではないだろうか。本稿では,SFCの図書館への3Dプリンタ導入とファブスペースの設置から1年を経たところで振り返り,利用状況や新たな展開などについて紹介したい。

 導入にあたっての具体的な機種の選定やスペース配置,運用ルールなどのサービス設計は,ファブの活動や研究を行っている環境情報学部田中浩也准教授の協力を得た。実運用の準備はサポートを行う学生スタッフ「AVコンサルタント」と職員との間で打ち合わせを繰り返して進めた。4台の3DプリンタCUBEを選定したのは,比較的安価でPC周辺機器のように扱いやすく,デザインもかわいらしいためである。ただし,海外製なので日本語の利用ガイドがなく,ノズル詰まりなどのトラブル対処には,英語のガイドを根気よく読みこなしたり,海外のリファレンスサイトを調べたりといったかなりの労力が必要だった。提供のルールについては,SFCの学生・教職員を対象とし,利用料金は無料とした。また,作れるモノの精度よりも多くの人への利用機会の提供を重視して,1人1日1回の出力制限を設けた。

 どのような反応があるか当初は予想がつかなかった。目新しさにも助けられ,多くの見学・取材の機会を得て学内的な認知度もあがった。利用者も着実に増加し,1ヶ月に平均35回ほどの利用があり,年間では300件以上の作品が出力された。3Dプリンタはもともと工業製品の試作品を出力する用途で活用されてきたのだが,SFCでは,学生達によって実にいろいろなモノがつくられている。作品の一部はその場で展示をしたり,写真をfacebookページに掲載したり,データ共有サイトThingiverseに3Dデータをアップしたりして共有している。

 具体的な作品としては,建築パース模型,フィギュア,デザインアクセサリ,電子デバイスの外装,スマートフォンケースなどがつくられており,授業課題や研究利用だけでなく,趣味としての利用,自己表現やコミュニケーションの手段としても「モノ」がつくられていることがうかがえる。利用統計によると授業・研究と趣味的な利用の内訳はほぼ半々であった。

 サポート記録からは3Dデータのモデリング作業が難しいと報告されており,初心者向けには指先だけでデータ加工ができるiPad ,慣れてきた学生にはPCで利用するソフトウェアRhinocerosを案内するなど利用者のニーズやスキルにあわせたサポートを行っている。サービスを続けるうちにAVコンサルタントもスキルを上げ,3Dデータモデリングの相談やデザインソフトウェアのレクチャーなども手がけるようになった。慶應義塾普通部(中学校)の新聞部に所属する生徒達に向けて,3Dプリンタについての学校新聞記事を書くためのワークショップを開催したり,退職された大学名誉教授からの,趣味であるトランペットのマウスピースのキャップを作るやり方を教えてほしい,という依頼に応えたりもした。

 国内外のファブラボの活動事例でも指摘されているように,3Dプリンタは世代を問わず関心が高いことを実感した。また,1つだけ欲しいとか,その人だけが使う,誰も持っていないものをつくるといった用途に向いている。多種多様な利用からは,3Dプリンタで出力される立体物の「モノ」には,これまでのPCを使った成果物である映像・音楽・DTPとは異なったリアルな実感や存在感があることを感じさせられた。ファブには「モノ」が本来持つ,親しみやすさを感じたり,体感を得たりといった強みがあるのだろう。

 2013年11月には「Maker Faire Tokyo」にも湘南藤沢メディアセンターファブスペースとして出展をし,ファブが社会現象であることをあらためて認識した。海外の動向を意識して,2014年4月からは新型の3Dプリンタや3Dスキャナ,カッティングマシン,刺しゅうミシンなど新たな機材を取り入れ,より広い場所にファブスペースを移動・拡充した。そこに掲げるのは“FAB is for Everyone”というメッセージである。プラスチックから,紙や布,服へと対象を広げることで,より身近な素材でファブを体験することが可能となった。どのような作品がつくられていくのかますます楽しみである。

 すべての人が使うという理想からはまだ遠いし,サービス持続のためには課金モデルの検討も必要であろう。3Dプリンタなどのデジタル・ファブリケーション機器の技術的進歩をみきわめつつ,ファブが図書館における来館利用サービスの1つとして根付くかどうか,引き続き注目していきたい。

慶應義塾大学湘南藤沢メディアセンター・長坂功

Ref:
長坂 功. 3Dプリンタ,ファブスペース,コンサルタント. Medianet. 2013, 20, p. 30-34.
http://www.sfc.lib.keio.ac.jp/general/fabspace.html
http://avcon.sfc.keio.ac.jp/web/
https://ja-jp.facebook.com/MediaCenterFabspace
http://fab.sfc.keio.ac.jp/
http://cubify.com/en/Cube
http://www.thingiverse.com/
http://makezine.jp/event/mft2013/
http://libraries.dal.ca/locations_services/services/3d_printing.html
http://fablabjapan.org/
http://www.fablabkamakura.com/