英国の大学図書館における学生のメンタルヘルス・良好な精神状態への支援:新型コロナウイルス感染症の拡大以前との比較(文献紹介)

2020年10月5日付で、Elsevier社が刊行する大学図書館の関わるテーマを主に扱う査読誌“The Journal of Academic Librarianship”掲載記事として、英国の大学図書館における学生のメンタルヘルス・良好な精神状態(well-being)への支援を扱った論文がオープンアクセス(OA)で公開されています。

英国において、学習の基盤となる学生のメンタルヘルス・良好な精神状態への支援は、2017年以降の英国大学協会(UUK)の戦略へ正式に盛り込まれるなど、大学の関与の必要性が近年特に認識され、大学図書館のこの分野での取り組みもしばしば報告されています。また、2020年以降の新型コロナウイルス感染症の拡大により、感染への不安、孤独感、雇用への影響などに伴い、学生の精神衛生に関する課題へはさらに注目が集まっています。

著者らは、感染症拡大以前の大学図書館による支援についての研究が十分でないこと、大学キャンパスの閉鎖等により感染拡大以前の取り組みの実施は困難となっていることなどを背景に、この分野の支援に関する調査を試みました。2020年5月、英国内の大学図書館を対象に、新型コロナウイルス感染症の拡大以前と拡大後のそれぞれの時期について、学生のメンタルヘルス・良好な精神状態への支援の取り組みに関するアンケート調査を実施し、50機関53件の回答に基づく分析を行っています。

アンケート調査の結果として、感染症拡大以前は、自己啓発本や余暇のための読書リストの提供、関連する情報の提供、専用スペースの創設といった伝統的な図書館サービスに該当する回答が多かった一方、感染症拡大後は、学生を利用可能な電子リソースへ誘導するものへと回答の傾向が移行したことなどを指摘しています。著者らは回答傾向の移行について、感染症拡大期において図書館の認識していた学生のメンタルヘルスに関わる不安が、学習支援・デジタル資料を含む学習手段へのアクセスと特に結びついていたためであると考察しています。

著者らはアンケート調査の回答から、大学図書館による支援の性質として特定された、「図書館固有の価値」「図書館サービスの影響力」「良好な精神状態と関わりの深い図書館サービス」「メンタルヘルスに関わる問題の検知」「関連するイベントの開催」「専門サービスの紹介」「多職種との良きパートナーとしての図書館」「図書館職員の良好な精神状態」の8つの要素で構成する概念モデルを提案しています。

Cox, Andrew; Brewster, Liz. Library support for student mental health and well-being in the UK: Before and during the COVID-19 pandemic. The Journal of Academic Librarianship. 2020, 46(6), 102256.
https://doi.org/10.1016/j.acalib.2020.102256

参考:
大学図書館員と評価業務:リスクアセスメントも大学図書館員の行う必要のある評価か(記事紹介)
Posted 2012年9月20日
https://current.ndl.go.jp/node/21877

オーストラリア図書館協会(ALIA)、新型コロナウイルス感染拡大防止のためのロックダウン中に図書館の利用に関して不自由に感じたことについての全国調査の結果を発表
Posted 2020年6月2日
https://current.ndl.go.jp/node/41109

英国研究図書館コンソーシアム(RLUK)、感染症の影響下で学生・研究者に安定して電子コンテンツを供給するための出版社等への要望を示した声明を公開
Posted 2020年8月13日
https://current.ndl.go.jp/node/41735