CA840 – ポーランドの公共図書館 / 秋山勉

カレントアウェアネス
No.159 1992.11.20


CA840

ポーランドの公共図書館

1989年以降のソ連・東欧における民主化は,図書館にも多大な影響を与えている。そこで,従来あまり知られていないポーランドの公共図書館について,ポーランド国立図書館および読書研究所のJ・コウォジェィスカ女史による現状報告を紹介したい。

まず公共図書館の規模を見ると,1990年現在の図書館およびその分館数は,10,270である。その内訳は,国立図書館1,県図書館49,市図書館194,区図書館20,市・町村図書館554,町村図書館1,541,県図書館分館(旧郡図書館)34,その他の分館7,877である。したがって公共図書館およびその分館は,統計上人口3,678人につき1館ずつあることになる。さらに,下位組織としての図書館分室が17,567(うち15,044は農村に設置),別に児童図書館分館が384ある。また図書館利用者数は,1989年1年間で770万人(全人口比19.4%)であり,そのうち15歳未満の子供が37.4%を占めている。蔵書数は総計1億3700万点(児童書23.7%,一般向け文芸書40.5%,その他の図書および雑誌35.8%),非図書資料が270万点(レコード,テープ,ビデオソフト等の視聴覚資料75%)となっている。貸出状況では,児童書と文芸書が全体の83.7%を占めており,最大である。

次に,公共図書館が現在直面している社会的な問題を挙げれば,以下のようなものである。

1)国民のマイ・ホーム主義化により社会に関わろうとする意欲が薄れてきていること,2)商業主義文化の浸透によって教育・文化政策に対する期待感が失われていること,そして3)公共図書館の社会における地位が揺らぎつつあること,最後に4)1970年代半ば以降,文化領域への国家干渉(検閲等)を逃れた文化活動が隆盛するようになったこと,である。ここで第三点について補足すれば,従来公共図書館は,中央政府(文化芸術省)を頂点とした行政機構に組み込まれ,その統制に服さざるをえなかったが,逆にその見返りとして正当性と財政および身分の安定とが国家によって保障されていたのである。このために,図書館員は館外の世界への問題意識を希薄にし,「実務家」として日々の業務に埋没することが可能であった。しかし,民主化が進展する中で体制の権威が失墜し,中央政府の影響力が失われると,その一部を構成していた公共図書館もまた,物心両面の問題を抱え込むことになった。すなわち一方で財政や身分が不安定になるという物理的な問題があり,他方では国家干渉への加担に対する見返りとして与えられてきたイデオロギー的な正当性が溶解しているという問題がある。

最後に,公共図書館の未来については,民営化して国民の自由な選択に委ねるべきだという極端な主張も聞かれるというが,コウォジェィスカは,むしろ公共図書館を中央政府の管轄から地方自治体へと移管すべきであると言う。ただし情報サービス,図書館間相互貸借,身障者サービスなどは自治体の能力を越える経費を必要とすることから,財政の約半分は中央政府に負担させるべきだとしている。この主張は,民主化の一環としての地方自治推進の中に,公共図書館を積極的に位置付けようとする試みとして高く評価できよう。しかし,ポーランドにおいては地方自治の経験が浅いこともあり,この主張は必ずしも公共図書館の現状に対する即効薬となるものではない。そして,何よりも,コウォジェィスカも述べるように,公共図書館が将来国民から真に信頼されるものになるかどうかは,図書館自体の組織改革とともに文化に対する地域住民の期待にかかっているのである。このようにポーランドの公共図書館の抱える問題は非常に深刻であり,その解決にはかなりの時間を要するものと思われる。

秋山 勉(あきやまつとむ)

Ref: Kolodziejska, Jadwiga. Offentliche Bibliotheken in Polen. Buch und Bibliothek 44 (3) 216-220, 1992