CA1792 – 市政専門図書館における関東大震災関連資料構築の軌跡 / 田村靖広

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カレントアウェアネス
No.316 2013年6月20日

 

CA1792

 

 

市政専門図書館における関東大震災関連資料構築の軌跡

 

後藤・安田記念東京都市研究所市政専門図書館:田村靖広(たむら やすひろ)

 

はじめに

 東日本大震災の発生から2年が経過したが、被災地の復興のために自分(自館)は何ができるだろう、という思いは常に抱いてきた。あの巨大な地震動により市政専門図書館では蔵書の約6分の1にあたる2万冊程が書架から落下し、書架や照明器具の破損・ズレなどの被害があった。自館の復旧作業をしている最中にも、外部からは関東大震災に関連する資料の問い合わせが多く寄せられ、可能な限り対応してきた。人々が過去の災害復興の経験から何かを学ぼうと考え、当館で所蔵する関東大震災関連資料に対して利用要望があり、当館にはそれに応える任務と責任があることがより一層はっきりしたのだ。以下では、当館が所蔵する関東大震災関連資料のこれまでの構築の経過と今後について述べる。

 

1. 関東大震災関連資料が集まった経緯

 財団法人東京市政調査会(現名称:公益財団法人後藤・安田記念東京都市研究所)は、1922年に都市政策の科学的調査研究を行うことを目的に設立された。市政専門図書館は、本財団の設立当初から主要な公益事業のひとつとして位置づけられ、本財団や関係する研究会などの刊行物や報告書などの保存と利用提供を担い続けてきた。1923年9月1日に関東大震災が発生し、発足間もない本財団は、地震被害からの救済活動や復興活動に全面的に取り組むことになった。政府当局への提言や土地区画整理事業への市民の理解を求める活動などを積極的に展開した。1929年には、復興事業がほぼ完了したことを記念して、本財団の活動拠点となる市政会館の落成式に合わせて「帝都復興展覧会」を開催した。こうした活動を通じて多くの関連資料が発行され、また収集され、当館に保存されるようになった。

 

2. 関東大震災関連資料の保存と利用

 当館は、都市問題や地方自治が主要な収集対象分野であるが、関東大震災関連資料は、本財団の活動の記録であるとともに、都市東京の甚大な被害実態とその復興過程に多くの政府・民間機関、個人が関わった記録として、重点的に収集・保存すべき資料群だと認識している。そのため、関東大震災関連資料は他の資料とは異なり除籍対象としたことはなく、受け入れた資料はすべて保存してきた。

 資料を受け入れる際の保存対策として、一般の資料にも共通することだが、50頁未満の資料はパンフレット扱いとし、本体に表紙をつけるか厚紙のバインダーで挟み、蓋付きの特製パンフレットボックスに収納している。破損や変形、埃、酸化などによる劣化を防ぐためである。官公庁や審議会などの資料には、こうした頁数50頁未満の謄写版のものが多い。また、関東大震災に関連する一部の資料には表装を施したり(図1)、当時の新聞紙面の一部には大型の専用保存箱に入れたりしているものもある(図2)。その他通常の図書形式のものは特別な保存対策はしていない。なお、本財団刊行物については、同一資料を2部受け入れして、一部は利用用、もう一部は保存用としている。資料保存には効果があると思われる。

 

図1 表装を施した資料の例

図1 表装を施した資料の例

 

図2 保存箱に入れた資料の例

図2 保存箱に入れた資料の例

 利用については、閉架式書架であり、また館内閲覧であったため、利用による資料破壊を免れてきたことは事実である。貸出サービスは1979年から開始したが、関東大震災関連資料の一部には保存用のバックアップがあるので、安心して利用提供ができたと言える。複写サービスは、2005年に資料を見開きの状態で上向きスキャナーによって複写が取れるコピー機を導入してから開始した。複写行為によって資料が破損されることを心配し、将来の利用を保障するために慎重な対応をした結果であった。

 

3. 「関東大震災に関する文献目録」の作成

 1995年の阪神淡路大震災を契機に、機関誌『都市問題』ではその復興に関する特集を組んだ(1)。市政専門図書館では、「関東大震災に関する文献目録」を『都市問題』誌へ2回に分けて(1995年9月号、1996年4月号)掲載した。その後、これを1冊にまとめて来館者に提供し、2005年には本財団のホームページにPDF形式で掲載した(2)。関東大震災に関連する文献目録には、他機関によるものが存在していたが(3)、当館では網羅的な主題書誌を目指すのではなく、自館の所蔵する関東大震災関連資料の利用促進を図る目的でこの目録を作成することにした。そのためこの文献目録に収められた資料は、当館の所蔵する和書357冊、洋書12冊、地図35枚、雑誌論文519点とした。この文献目録の作成によって関連資料の利用が飛躍的に増加した訳ではなく、少数ではあるがコンスタントに、確実に、繰り返し利用されるという状態であった。したがって、特に新たな保存対策の必要性を感じることはなかった。あの東日本大震災を経験するまでは。

 

4. 東日本大震災と関東大震災関連資料:デジタルアーカイブスの取り組み

 「はじめに」で述べたとおり、東日本大震災の発生の直後から、関東大震災関連資料の問い合わせが官公庁、学者、マスコミなどから多く寄せられた。幸いにも関東大震災関連資料には直接の被害はなかったので、原本の利用が可能ではあった。書庫内の通路は落下した資料で通行がかなり困難になっており、余震が続く中、書架や照明器具の一部に倒壊や落下の危険もあったのだが、原本を書架から取り出して利用に供した。

 震災後から数か月間は、復興をめぐる構想や体制、手法、財政などに関する調査的な利用が多かったのに対し、震災1周年目を迎える頃からは、出版物への画像掲載やテレビ映像用の撮影依頼が多くなった。いずれの利用目的にも重要性や緊急性があり、当館では柔軟に対応した訳だが、その結果として、それまで比較的良い状態で保存されていた原本が、破損箇所が増えて利用に支障をきたす状態になった。もっとも、刊行から80年くらいを経ている資料なので、すでに劣化は進行していたのであり、今度の利用急増の前に抜本的な対策を講じていなかったことが根本的な原因である。破損した原本の修復と、経年劣化した資料の早急な保存対策が緊急の課題となった。

 原本を保存していく上で、収蔵する建物、書庫、書架の耐震化は大前提であるが、当館としては書架の耐震補強工事と、書棚に図書の落下を防止するシートを敷く対策を講じた。原本の破損が軽微なものには図書館職員が手作業で補修をし、それ以外の資料は専門業者による修復を行った。

 専門業者へ修復を依頼する際には、原本をデジタル画像で保存することを同時に進めている。原本を一旦解体するので、製本された状態でスキャンするよりは遥かに綺麗な画像が得られるし、特に折り込みの地図や図表のある資料では有効である。修復とデジタル化を終えた資料は、原本は保存用とし、デジタル画像はCD-Rに収めて館内のパソコンで利用提供している。今のところ、利用が多くて保存状態の悪い資料14点を対象にした応急的な対応であるが、今後は複写要求の多い図表や地図などが所収された資料へ拡張し、さらに将来的には「関東大震災に関する文献目録」に所収された全資料を対象とすべきだろうと考えている。

 「市政専門図書館デジタルアーカイブス」は、当館が所蔵する資料をホームページにおいてデジタル画像で閲覧できるサービスである(4)。都市自治体の当局者や学者などが都市問題の解決策を探る全国都市問題会議(全国市長会、財団法人東京市政調査会などの共催)に用いられた資料や、東京の戦前期の都市計画地図、震災復興地図を含む東京関係地図111枚などを掲載している。この地図の中に関東大震災に関連するものが何枚か含まれており、画像の使用許可願いが多く寄せられている。将来的には、「関東大震災関連資料」の見出しのもとに、一元的にアクセスできるようにする必要がある。その際には、この文献目録もアップデートの必要があるし、また現在のPDF形式からHTML形式へ変更または追加をして、そこから当該資料のデジタル画像へアクセスできるようにしなければならないだろう。

 東日本大震災の後に利用要望が多かったのは、関東大震災関連資料のほかに、津波に関する資料と帝都復興院総裁であった後藤新平に関する資料に対してであった。特に内務大臣官房都市計画課編『三陸津波に因る被害町村の復興計画報告書』(1934年)に対しては、デジタル画像での強い利用要望が寄せられた。そこで当館では、同書を含む津波関連資料5点をPDF画像にして、2011年4月27日に市政専門図書館デジタルアーカイブスで公開した。後藤新平に関する資料は多いものの、その中で関東大震災に関連する資料はいくつか特定される。例えば『帝都復興ノ議(後藤内務大臣提案)』(1923年)や『帝都土地区画整理に就て 第1輯』(1924年)などである。このように、関東大震災以外の災害に関する資料や、災害復興に尽力した人物に関連する資料をもデジタルアーカイブスの対象に加えると、より便利になると思われる。

 他機関の所蔵やデジタルアーカイブスとの連携は意識せざるを得ないが、まずは、自館で所蔵する資料の保存と提供にしっかりと責任を持ち、利用者や他機関から信頼されるように努めたい。

 

(1) 特集: 阪神地域の震災復興. 都市問題. 1995, 86(8), p. 2-80.

(2) 市政専門図書館編. 関東大震災に関連する文献目録.
http://www.timr.or.jp/library/docs/kanto-daishinsai-mokuroku.pdf, (参照 2013-03-29).

(3) 倉林義正編. 関東大震災(1923)関連主要文献目録(その1~4). 一橋大学経済研究所. 1982-1985.

(4) 市政専門図書館デジタルアーカイブス.
http://www.timr.or.jp/library/degitalarchives.html (参照 2013-03-29).

 

[受理:2013-05-15]

 


田村靖広. 市政専門図書館における関東大震災関連資料構築の軌跡. カレントアウェアネス. 2013, (316), CA1792, p. 2-4.
http://current.ndl.go.jp/ca1792

Yasuhiro Tamura.
Tracing the History of Developing the Collection of the Great Kanto Earthquake at Municipal Reference Library.