CA1620 – 動向レビュー:英国JISCによる教育・学習支援 / 呑海沙織

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カレントアウェアネス
No.290 2006年12月20日

 

CA1620
動向レビュー

 

英国JISCによる教育・学習支援

 

1. JISCと教育・学習支援

 英国情報システム合同委員会(Joint InformationSystems Committee:JISC)は,大学などの高等教育機関における学術情報基盤として,1993年に立ち上げられた非営利組織である(CA1501参照)。日本においても,文部科学省科学技術・学術審議会学術分科会研究環境基盤部会学術情報基盤作業部会による報告書『学術情報基盤の今後の在り方について』(1)に学術情報基盤とその整備の重要性について述べられているが,JISCのスタンスと似て非なるものである。大学図書館の基本的な役割として若干,教育研究支援について触れられてはいるものの,「学術情報基盤(学術研究全般を支えるコンピュータ,ネットワーク,学術図書資料等)は,研究者間における研究資源及び研究成果の共有と次世代への継承,社会に対する研究成果の発信・啓発,研究活動の効率的な展開等に資するものであり,学術研究全体の発展を支える上で極めて重要な役割を負うものである。」(2)とされるように,ここでいう学術情報基盤は第一義的に「研究」に資するものであるとされている。

 これとは対照的に,JISCは情報通信技術を活用して教育・学習及び研究に資することをそのミッションとしているが,1999年以降は更に,その対象を「継続教育(further education)」にまで拡大している。英国における継続教育とは,義務教育以降の教育を意味し,1)大学進学準備のための教育,2)就職準備のための教育,3)職業教育・訓練などを含む。よって現在JISCは,義務教育を除くあらゆる「教育,学習及び研究」を支援する「知識情報基盤」としての役割を果たしているといえるだろう(3)

 

2. プログラム・プロジェクト方式

 JISCのビジョンは,世界水準の情報通信技術を使って支援することによって,学生を含むさまざまな学習者,教職員,研究者などの高等・継続教育に関わるあらゆる利用者がどこからでも信頼性の高い情報通信環境にアクセスできるようにすることにある。JISCはこのビジョンを実現するために,情報通信技術の活用に対して,「革新的アプローチ」と「経常的アプローチ」というふたつのアプローチを適用している。

 「革新的アプローチ」による情報通信技術の活用は,プログラム・プロジェクト方式を通じて実行される。これは,「複数のプロジェクト」に「プログラム」という枠組みを与えることによって,プロジェクト単位では達成できない高次の目標を達成しようとする方式である。ここでいう「プロジェクト」とは,ある目標を達成するために,資源を投じて独自のサービス等を創造するための時限的取り組みをいう。プロジェクトはそれぞれの目標を持つと共に,属するプログラムの目標を上位目標として共有する。

 JISCでは現在,20のプログラムが進行中である。例えば,2003年2月1日から2008年2月29日まで継続予定の「学習のためのデジタル図書館プログラム(digital libraries in the classroom programme)」(4)は,米国立科学財団(National Science Foundation:NSF)との協同プログラムであり,英国からはサウサンプトン大学(University of Southampton)やロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LondonSchool of Economics)など,米国からはミシガン州立大学(Michigan State University),スタンフォード大学(Stanford University)などが参加している。JISCは,1) ネットワーク,2) アクセス管理,3) 情報環境,4) デジタル資源(e-Resources),5) eラーニング,6) 研究プロセスのデジタル化(e-Research),7) デジタル時代に即応した組織管理(e-Administration),8) 知識移転(Third Stream),という8つの戦略的テーマの下に運営されているが,このプログラムはこのうち「eラーニング」に属している。現在,「人類学に関する教授のためのデジタル資源(Digital AnthropologicalResources for Teaching:DART)」プロジェクトや「地理学における教育・学習への革新的アプローチ支援のためのデジタル図書館(DialogPlus)」プロジェクト,「地理学の教授・学習のための革新的アプローチ(Innovative Approachesto Teaching and Learningin Geography)」プロジェクトなど,5つのプロジェクトがこのプログラムに内包されており,「新たな技術を使ってデジタル資源を整備することによって,教育・学習プロセスを改善すること」という高次の目標を共有している。

 JISCのプロジェクトは全て,競争原理によって選抜される。助成を求める機関やグループは,公募されたプログラムの内容に従って応募し,選抜されて初めて助成を受けることができる。選抜基準は,目標の明確性及び簡潔性,教育・研究コミュニティに与える貢献度,JISCの戦略との関連性,公募基準との合致性,当該機関の目的の調和性,助成打ち切り後の持続可能性などである(5)

 「革新的」な情報通信技術の活用は,個々の機関で投資するにはリスクの大きいものであるが,JISCという全国的組織が助成を行うことによって,最新技術の評価・導入やその可能性に関する調査をいち早く実施し,関係コミュニティ全体に資する「優良事例(goodpractice)」を積み重ねることを可能にしている。

 

3. JISCによる教育・学習支援サービス

 各プログラムやプロジェクトに対しては評価が行われ,助成期間終了後の対応が決められる。失敗であると結論付けられ打ち切られるもの,継続的実施が必要であるとして助成が継続されるもの,自立したサービスとし継続するもののなどのほか,JISCが助成するサービスとしてその一部あるいは全部が引き継がれるものなどがある。

 JISCが助成するサービスは,前述の「経常的アプローチ」にあたる。JISCの目的からしてどのサービスも,直接的あるいは間接的に,教育・学習を支援しているといえるが,例えば学生・学習者は,JANETネットワークを介してMIMASやEDINA,ESDSなどのナショナル・データ・センターにアクセスして必要なデータベースやコースウェアを利用する。また,JISC Collectionsを通じた商用データベースなどの代行交渉によるコスト削減によって,学生・学習者により多くのリソースを提供することを可能にしている。これらは利用時に認証を必要とするが,Athensのアクセス管理システムを利用することによって,シングル・サインオンを実現するだけでなく,キャンパス外からのアクセスを可能にしてe-Learningに寄与している。尚,シングル・サインオンとは,一度の認証で,許可されている複数のサービスを利用できるシステムをいう。

 また,教育・学習資源ポータルであるJorumは大変興味深い。これは,教員やティーチング・スタッフのための教材ポータルであり,テキスト,スプレッドシート,プレゼンテーション用資料,画像,動画,プログラムなど,さまざまなコンテンツが格納されている。Jorumの特徴は,提供されているコンテンツの再利用を許すだけでなく,その改編を許していることにある。同サービスに加盟している機関の構成員であれば,Jorumで提供されているコンテンツを目的に適うようにアレンジして,授業や学生・学習者の学習に役立てることができる。Jorumのキーワードは,再利用(re-use)と再目的化(re-purpose)である。再目的化とはこの場合,既にある教育・学習資源を,当初の目的以外にも柔軟に活用することをいう。Jorumには,提供されているデジタル資源を利用するという関わり方と,作成した教育・学習資源を提供することによってデジタル資源の充実に寄与する関わり方がある。前者は「Jorum利用者(Jorum User)」,後者は「Jorum寄与者(Jorum Contributor)」と呼ばれ,コンテンツの効率的な共有を可能にしている。Jorumを利用することによって,教員やティーチング・スタッフはより少ないコストでより充実した教材を作ることが可能になり,結果として教育の質の向上につながっている。

 

4. さいごに

 情報通信技術の発達やそれに関わる仕組みの変化は目覚しく,今のところ衰えることを知らない。最新技術ばかり追っていると現存のシステムがおろそかになり,現存のシステムを維持しているだけでは瞬く間に陳腐化する恐れがある。「サービス」として現存のシステムを維持し,「プログラム・プロジェクト方式」で革新的な開発を行うJISCのスキームは,理想的なバランスであるということができる。

 このようなスキームのもとJISCでは,研究だけでなく,教育・学習を支援する成長型の知識情報基盤が進行中である。日本においても,教育・学習において全国的視野を持った戦略的な学術情報基盤の整備が望まれる。

図 JISCにおけるサービスとプログラム及びプロジェクトの関係
図 JISCにおけるサービスとプログラム及びプロジェクトの関係
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奈良女子大学附属図書館:呑海沙織(どんかい さおり)

 

(1) 文部科学省科学技術・学術審議会学術分科会研究環境基盤部会学術情報基盤作業部会. 『学術情報基盤の今後の在り方について(報告). 東京, 文部科学省, 2006.3, (オンライン), available from , (accessed 2006-11-14).

(2) 前掲 (1).

(3) 呑海沙織. 学術情報基盤から知識情報基盤へ:JISC(Joint Information Systems Committee)の変遷. 図書館界. 58(3),2006.9,176-185.

(4) Joint Information Systems Committee. digital libraries in the classroom programme. (online), available from , (accessed 2006-11-14).

(5) Joint Information Systems Committee. guide to bidding. (online), available from , (accessed 2006-11-14).

 

Ref.

Joint Information Systems Committee. (online), available from , (accessed2006-10-18)

 


呑海沙織. 英国JISCによる教育・学習支援. カレントアウェアネス. (290), 2006, 21-22.
http://current.ndl.go.jp/ca1620