CA1501 – デジタル学術情報のアーカイビング-英国JISCの動き- / 呑海沙織

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カレントアウェアネス
No.277 2003.09.20

 

CA1501

 

デジタル学術情報のアーカイビング −英国JISCの動き−

 

1. はじめに

 デジタル情報資源の長期保存は,「文化の継承」および「研究・教育・学習環境の整備」という二つの側面をもつ。知を継承し,情報を提供するという使命をもつ図書館にとって,爆発的に増え続けるデジタル情報資源の長期保存は避けて通れない問題であり,その方法論の確立と実行は急務となっている。

 米国はもとより欧州でも,様々なデジタル情報資源の保存に関するプロジェクトが進行中である(CA1490参照)。英国では,2001年5月から6か月間実施された英国図書館のウェブ・アーカイビング・パイロット・プロジェクトであるDomain.uk(CA1467参照),英国の総合的電子図書館プロジェクトeLib(CA1333参照)の助成の下で実施されたCedars (CURL Exemplars in Digital Archives)プロジェクトをはじめ,2001年7月には電子情報保存連合(Digital Preservation Coalition:DPC)が設立されている。

本稿では,主要なデジタル学術出版物である電子ジャーナルに焦点をあて,英国の情報システム合同委員会(Joint Information Systems Committee:JISC)(1)によるアーカイビングに関する動向について概観したい。

 

2. 英国継続・高等教育機関におけるJISCの役割

 JISCは,情報技術を活用することによって,継続・高等教育機関における学習や研究,教育を促進することを目的とした非営利団体である。1993年4月1日,高等教育財政審議会(Higher Education Funding Councils:HEFCs)によって設立された。

 HEFCsは,1992年の継続・高等教育法によって,イングランド,ウェールズ,スコットランドそれぞれに設置された高等教育機関への補助金配分を主たる目的とする独立法人である。英国では,高等教育機関への補助金総額は政府によって決定されるが,各高等教育機関への配分は,HEFCsの裁量に任されている。補助金は各機関に一括して配分され,機関内の配分は各機関に任されている。補助金の各機関への配分は原則として機関側の代表との協議を経て決定され,配分に対して政府が直接関与することは許されていない。

 継続・高等教育法では,複数のHEFCsが共同して活動することを推奨している。1992年4月30日の閣内大臣からHEFCsへの指針書が,ネットワークや専門的な情報サービスに対応するJISCの設立へとつながった。

 JISCの主たる役割は,英国における継続・高等教育に情報通信技術を活用するための基盤整備を行い,洗練された情報サービスを構築するための戦略をたてることである。実際には,JISCの全国的ビジョンにそったプロジェクトに対して公募を行い,選出された高等教育機関等およびそのコンソーシアムへ助成を行っている。JISCが助成を行っているプロジェクトおよびサービスには,高速学術情報ネットワークであるSuperJANET4(2),包括的電子図書館プロジェクトであるeLib(Electronic Libraries Programme)(3),ソフトウェア,データベース等IT関連製品の契約交渉代行機関であるCHEST(4),全国認証システムであるATHENS等,多岐にわたっている。

3. JISCによるデジタル学術情報のアーカイビング指針

デジタル・アーカイビングについては,JISCの2001年からの5か年計画(JISC 2001 to 2005 strategy)(5)において,主要な戦略のひとつとして掲げられている。学習・教育・研究のための新しい環境を創出するために,デジタル資料の保存やレコード管理についての助言が必要であるとされ,デジタル情報資源の保存およびレコード管理に関する助成プログラムの下,6プロジェクトが立ち上がった。

 Archiving E-Publicationsは,上記プロジェクトのひとつであり,2002年5月1日から2003年4月30日まで実施された。このプロジェクトは,デジタル学術情報のアーカイビングに焦点をあてたプロジェクトである。

 英国では,1995年より学術雑誌のナショナル・サイト・ライセンスに関わるプロジェクトが進行している(CA1438参照)。PSLI(Pilot Site Licensing Initiative)としてはじまったプロジェクトは,NESLI(National Electronic Site Licensing Initiative)に引き継がれ,現在第3フェーズにさしかかっている。NESLIは,高等教育機関に代わって,複雑な電子ジャーナルのナショナル・サイト契約を行い,電子ジャーナルの統合インターフェースを提供することを目的としたプロジェクトである。

 ウェブにおける電子ジャーナルのアクセス契約では,利用権限をもつ利用者が,出版社のサーバに直接アクセスして論文を利用する。従来のプリント版雑誌の購読とは異なり,コンテンツは図書館に所蔵されることなく,契約終了後は,契約中に利用できた論文へのアクセスも保証の限りではない。このアクセスの不安定性の問題と長期的アクセス確保の必要性については,早くから指摘されており,JISCの電子ジャーナルに関するライセンス・モデル(JISC Model Licence)(6)においても3条項(2.2.2,5.4.1および5.4.2)に渡って言及されている。

 電子ジャーナルの入手や利用についてはNESLIの範疇であるが,そのアーカイビングについては,Cedarsプロジェクトにおいて研究が進められた。アーカイビングについて技術的なアプローチがなされたこのプロジェクトは,1998年から5年間の時限プロジェクトであり,2002年に終了した。最終的に,更なる査定とビジネス・モデルの必要性が課題として残され,この継続プロジェクトとして立ち上げられたのが,Archiving E-Publicationsである。

 Archiving E-Publicationsでは,これまで行われてきたライセンス契約の評価や,出版社などデジタル情報資源へのアクセスや保存に関わる組織の調査,デジタル・アーカイビングに関する海外のプロジェクトの分析等を行い,2003年5月,高等教育機関におけるデジタル学術情報のアーカイビングについての草案『Archiving E-Journals Consultancy – Final Report』(7)を発表した。主査は,Cedarsの主査を務めたジョーンズ(Maggie Jones)氏である。6月30日まで,図書館や出版社等デジタル・アーカイビングに関わる組織からの意見を募り,これらを加味して最終報告書がまとめられる予定である。

 この報告書では,JISCライセンスモデルにおけるアーカイビングに関する条項の実現に向けて出版社と交渉を続けることや,アーカイビングに関して図書館界と出版界の連携を深めること,ジャーナル保存の経済性に関する研究を行うこと,LOCKSSやOCLC Digital Archive,JSTOR等,他のアーカイビングに関わるプロジェクトやサービスに対する分析を引き続き行うこと,ビジネス・モデルを作成すること等13の勧告がなされている。

 

4. おわりに

 英国の大学では,学術雑誌においてプリント版離れの傾向がみられる。プリント版・デジタル版双方の経費は,もはや維持できる段階ではない。しかしデジタル版への移行には,大きな壁が立ちはだかっている。これまで述べてきた長期的アクセスの確保―アーカイビングと,VAT(付加価値税)の問題である。英国においては,出版物に対するVATはゼロ税率であるが,デジタル出版物においては17.5%とされている。この税率不均衡問題に対しては今後,出版者協会(Publishers Association)の動きに注目したい(8)

英国の学術情報流通の発展は,JISCの存在なくしては語ることができない。どの機関にも属することなく,かつ確固たる財政的基盤を持つJISCは,全国的な視野をもったプロジェクトを次々と立ち上げてきた。デジタル情報資源のアーカイビングについても,個々の組織で対応すべき問題ではなく,全国的・全世界的視点からのグランドデザインが不可欠な分野であろう。Archiving E-Journals Consultancyの最終報告書が待たれる。

京都大学人間・環境学研究科・総合人間学部図書館:呑海 沙織(どんかいさおり)

 

(1)JISC. (online), available from < http://www.jisc.ac.uk >, (accessed 2003-07-01).
(2)JANET and UKERNA. (online), available from < http://www.ja.net/ >, (accessed 2003-07-01).
(3)eLib. (online), available from < http://www.ukoln.ac.uk/services/elib/ >, (accessed 2003-07-05).
(4)呑海沙織. 英国における学術情報資源提供システム. 情報の科学と技術. 51(9), 2001, 484-494.
(5)JISC Strategy 2001-05. (online), available from < http://www.jisc.ac.uk/index.cfm?name=strategy_jisc_01_05 >, (accessed 2003-07-04).
(6)Model Ejournal Licence(based on the NESLI and PA/JISC model licence for journals). (online), available from < http://www.nesli.ac.uk/modellicence.pdf >, (accessed 2003-07-04).
(7)Jones, Maggie. Archiving E-Journals Consultancy – Final Report: Report Commissioned by the Joint Information Systems Committee (Consultation Draft). 2003, 64p. (online), available from < http://www.jisc.ac.uk/uploaded_documents/ejournalsdraftFinalReport.pdf >, (accessed 2003-07-16).
(8)Publishers Association. “The New European VAT Legislation (November 2002)”. (online), available from < http://www.publishers.org.uk/paweb/paweb.nsf/0/BD213DEBD5B73E6B80256C36003E3138?opendocument >, (accessed 2003-07-04).

 


呑海沙織. デジタル学術情報のアーカイビング −英国JISCの動き−. カレントアウェアネス. 2003, (277), p.3-5.
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