CA1615 – ベトナムの図書館の概要 / Nguyen Hoa Binh

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カレントアウェアネス
No.290 2006年12月20日

 

CA1615

 

ベトナムの図書館の概要

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1. 序論

 ベトナムの図書館制度は,特殊な歴史を理由として,特に1954年以降,先進国とは異なる独自の特徴を有している。このことが,図書館システムの発展とベトナム人の図書館利用文化の双方に多くの障壁を設けている。本論ではこの状況について概説する。

 

2. ベトナムの図書館システムの歴史

 ベトナムの図書館システムの発展経緯は,大きく以下の4つの時期に分けることができる。

2.1. 旧時代(930〜1853年)

 ベトナムは10世紀の終わりに中国からの独立を取り戻した。最初の図書館は,資本家と封建王朝により,漢字で書かれた仏教の経典を収蔵するために設置されたもので,利用できるのは支配階級のみであった。

2.2. フランス植民地時代(1853〜1954年)

 この時期にはベトナムを統治するために,いくつかの図書館が置かれた。設置は主にフランス政府が担当し,運営は主にベトナム政府が担当した。組織,整理方法,そして全般的な図書館技術はこの時代の伝統的な方法によっている。これらの図書館には,公共図書館,大学図書館,専門図書館,省立図書館があった。主要な蔵書は基本的にフランス語で書かれたものである。この時期に最も大規模であった図書館は,1919年にハノイに初めて設置されたインドシナ中央図書館である。

2.3. 第二次インドシナ戦争期(1954〜1975年)

 ベトナムは,社会主義政府と共産党が支配する北ベトナムと,非共産主義政府と米国人の影響下におかれた南ベトナムの2つに分断された。その結果,この時期の図書館は,南ベトナムの資本主義・植民地社会,北ベトナムの社会主義社会の2つの異なる政治システムの下で発展した。米国から研修,財政,施設の支援を受けていた南ベトナムでは,図書館の技術は英米の方式に基づいたものであった。すなわち,すべての図書館が,デューイ十進分類法(DDC)または国際十進分類法(UDC)のいずれかを採用し,外国で刊行された資料のコレクションは主に英語のものであった。これに対して,ソビエト連邦その他社会主義国から多大な支援を受けていた北ベトナムの図書館は,ソビエトの分類体系である図書館図書分類法(BBK)を採用し,外国刊行物のコレクションは主にロシア語のものであった。

2.4. 現代(1975年〜現在)

 この時期は,2つの時期,すなわち,対外的に閉鎖的な政策を取っていた1985年までと,それ以降の開放的な政策に転換した時期を含む。第4章で論ずるが,この2つは異なる。図書館システムは現在,公共,社会科学,技術・科学情報,学術,教育,健康,農業,軍事図書館といった8つのサブシステムで展開している。

 

3. 現在の図書館制度の構造

3.1. 公共図書館

 公共図書館システムはベトナムで最も大きな図書館システムである。ハノイのベトナム国立図書館(最大),ホー・チ・ミン市の総合科学図書館,省・市の53の図書館,県・町の500の図書館,そして村・共同体・農場・クラブ・文化機関など至る所にある2,000を超える図書館・読書室・農村地域書架が含まれる(Du,1995b)。Hung(1994)によると,1995年末の時点で公共図書館システムにはおよそ3,000人のスタッフが就いていた。同時期における公共図書館全体が保有する図書・雑誌の合計は約2,000万冊であった(Du, 1995b)。

3.2. 社会科学図書館システム

 このシステムは,社会科学図書館とベトナムの情報機関を含み,社会科学委員会(Social ScienceCommission)が運営している。社会科学及び人文科学についての情報サービスを提供すると共に,同システムの図書館(文学研究所,歴史研究所,言語研究所の図書館)に図書館の技術を教える役割を持つ。

3.3. 技術・科学情報システム

 このシステムは,経済,技術,環境分野の図書館,ドキュメンテーション・情報サービスを含み,科学・技術・環境省(MOSTE)により運営されている。国立科学技術情報・ドキュメンテーションセンター(NACESTID)は,このシステムで最も重要な位置を占めている。

3.4. 大学図書館システム

 大学図書館システムは,ベトナムの100を越える大学の図書館で構成されており,教育・訓練省(MOET)により組織されている。更に,すべての大学図書館が大学図書館連合(Academic Libraries Union:ALU)のメンバーである。近年,大学図書館のコレクションは充実しつつあるため,いまや大学図書館はベトナム国内の図書館資源の重要な一部分である。

3.5. その他の図書館システム

  • 学校図書館は,約12,500の学校,訓練センターに設置され,国内1,200万人の生徒・学習者が利用する。一般的に,このシステムに含まれる図書館は3つのグループにより運営されている。市・省・県の教育・訓練局の中央図書館,教育大学の図書館と小学校(1〜5年生)・中学校(6〜8年生)・高等中学校(9〜12年生)の図書館である。
  • 医療図書館システムは,健康省(Ministry of Health)によって組織され,医科大学の図書館がその中心である。医療研究所,医療センター,病院,健康・医療に関する大学の87の図書館が含まれる。この図書館システムの利用者は1994年4月の時点で約60,000人,健康・医療に関するあらゆる資格を持つ人が含まれている(Loc. et al., 1994)。
  • 農学中央図書館(Central Library of AgriculturalScience)は,農学に関わる学会,研究所,農業センター,農業大学にある図書館で構成される農業図書館システムを管轄する。農業省(Ministry ofAgriculture)が財政面で支援している。
  • 中央軍事図書館(Central Military Library)は,軍事図書館システムを監督している。このシステムは,部隊,中隊,一般政治機関,軍事省(Ministryof Military Affairs)といったすべての軍事機関の図書館を含む。1994年の時点で,中央軍事図書館は3,000万冊の図書と1,500タイトルの雑誌を所蔵し,約1万人の利用者がいる(Trong, 1994)。

 Hung(1994),Du(1995a)によると,これらの図書館システムで働くスタッフの合計は1995年の時点で23,092名を数えた。

 

4. 課題

 現代ベトナムの図書館の発展には,2つの基礎的な要因が影響している。ひとつは,国家経済が中央集権型から市場経済に変わり,新しい情報の需要が創り出されたことである。もうひとつは,共産主義国家の崩壊に伴いベトナムの図書館へのロシア語コレクションの流入が止まったことであった。

 今日,ベトナムの図書館利用者は貿易,銀行業,特許,ハイテクに関する最新の情報に関心を持っているが,図書館はこのような情報を提供できていない。1985年以前の図書館は社会主義思想,マルクス・レーニンイデオロギー,そして農業生産を支援することを目的に作られていた。最近では,蔵書構築は社会,技術に関する,特に英語やフランス語で書かれた図書に焦点を当て始めている。

 

5. 結論

 この10年,ベトナムの図書館は多くの困難に直面した。この困難には,財政面の財源の制約と情報技術のスキルの不足も含まれる。大部分の図書館は古いコレクションと貧弱な施設を持った時代遅れのものである。しかし今,政府は学力不足を補うプログラムを導入しようとしており,国の意欲的な開発プログラム(country’s ambitious development programme)においても,図書館を重要な施設と位置づけている。図書館・情報サービスへの投資と普及促進は社会,経済・技術開発,科学研究,教育・訓練の現場からの要求に対応して今始まったところである。

 Vinh(2005)によると,将来のベトナム図書館システムの発展に当たっては,早急にこの新しい千年紀に対応できるよう近代化,標準化に重点を置くべきであるという。国の経済発展に貢献するために,ベトナムの図書館は,効果的な検索や相互貸借のためコレクションを組織できる適切なツールを持つべきである。そのためにも,図書館の標準化が必須である。

大阪市立大学大学院:Nguyen Hoa Binh(グエン ホア ビン)

 

 

Ref:
Anh, T.L. Recent library developments in Vietnam. Asian Libraries. Vol.8, issue.1, 1999, 5-16. Vinh, T.L. Library development in Vietnam: Urgent needs for Standardization. (online), available from , (accessed 2006-11-10).

 

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グエン ホア ビン. ベトナムの図書館の概要. カレントアウェアネス. (290), 2006, 11-12.
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