CA1342 – 建築史料(図面)の保存・管理・公開―英国の現状― / 長沼美保子

カレントアウェアネス
No.252 2000.08.20


CA1342

建築史料(図面)の保存・管理・公開一英国の現状−

図面とは,作家の手書き原稿と同じ意味合いを持つもの。そして,それは,建築に携わるものにとっての共通言語を意味する。図面の保存はどのような施設で行われているのだろうか。

建築系の大学図書館には,講義資料や卒業制作等の蓄積がある。歴史的な建物の図面は,博物館において保存されている。有名な建築家の図面は,展覧会などの企画展では欠かせないものであり,美術博物館にある。ほかにも文書館など,いろいろな保存施設がある。

そもそも図面とは,一般図面,パース,スケッチ等を言う。大きさはA0からA4まで様々で,紙の質もトレーシングペーパーや第二原図用紙など,筆記具も鉛筆からペンと多種に渡っている。図面の保存には,「ロール保存」と「平坦保存」の2つの方法がある。地図資料と同様と考えれば理解しやすい。図面の価値は年月が経れば経るほど増し,それにつれ紙の耐用年数が落ちていき,研究対象として歴史的な価値が付加されて来る。これは,美術品の修復作業のような作業が生ずるということでもある。そうした作業を外注に出したとしても,図面を整理して,目録・カタログを作り,データベース化を行うことが,公開への一歩として,図書館員の大事な業務の一つと考えられる。

建築史料の収集・保存・管理・公開を行っている建築史料館等の世界的な集まりとして,ICAM(International Confederation of Architectural Museum)がある。これは,1979年に設立された国際的な非政府組織であり,史料館等の相互の繋がりを強化することを目的としている。英国においても,1998年時点で,RIBA(Royal Institute of British Architects)を含む9施設がICAMに参加している。参加施設の一番多い米国の23施設に比べ見劣りはするが,ICAMでは3番目の施設数である。参加施設の一つ,ダンディー大学(University of Dundee)が実施した調査を見てみよう。

図面を持っているであろう図書館,文書館,博物館425館に調査票を発送して,有効回答数は221となっている(調査対象にはアイルランドを含む)。回答者の63%はアーキビスト(文書保管専門員)である。以下,コンサベータ(保存技術者)24%,図書館員9%と続く。コレクションの管理,目録の作成,利用者への提供,複写サービス,担当者の教育,保存管理方法などについて,47項目に渡る質問が展開されている。

特に目を引くのは,図面に使われる筆記方法(ペン・インクなど),紙の種類(トレーシングリネンなど),複写方法(青焼きなど)についての理解度に関する質問をコンサベータとアーキビスト・図書館員などのコレクション管理者という2つのグループに回答させている点である。もちろん,現場に携わっているコンサベータの方が,やや理解度に探さを感じられる。

また,保存・管理方法について細かな質問が行われている。いろいろな筆記方法,紙の種類,複写方法に対するクリーニング方法などを尋ねており,ややクイズに近い問題である。この間いには無回答が73%となっている。「経験で仕事を行っている」ことが露見したかたちであり,資料保存方法についてのマニュアルが必要とされていることが示唆される。

一番気になったのは,目録の照合を国際標準記録史料記述(一般原則)(ISAD(G))で行っていないという回答が57%にのぼる点である。これは,早急に改善されるべきである。

建築史料保存について先進的なコロンビア大学建築史料館においてさえ,専門の職員はわずか2名とのことなので,英国でのこのような現状も仕方がないことなのかもしれない。

建築史料としての図面がこれからも増えつづけることは必然的である。コレクション構築の方針を決め,ネットワーク化を進めていくことが,これからの大きな課題であると思われる。この調査の巻末に書かれている各担当者の意識向上の触発を信じ,次回の調査結果が良いものになることを願うばかりだ。

世界的な傾向であるが,日本においても建設省の方針によりCAD(computer aided design:コンピュータ支援設計)の導入が進んでいる。今後は図面も作成から保存・公開までコンピュータで行うことが主流になっていくことであろう。国際コンペによって日本人の建築家が活躍し,外国の建築家が日本において仕事をしていることからも,国際的な視野からのコレクション構築を行う必要があると考えられる。日本にも図面収集・保存・公開の中心的役割を果たす建築史料館が必要であると痛感した。

(株)現代建築研究所:長沼 美保子(ながぬまみほこ)

Ref:Tait,Jennifer et al.Care and conservation of architectural plans: a survey of current practice in the UK and Ireland.J Soc Arch 20(2) 149-159, 1999
中原まり アーキテクチュラル・アーカイブ体験記 建築の研究 (135) 13-16; (136)19-24,1999
中原まり 建築史料の保存と公開に関する世界の動向について 日本建築学会大会学術講演梗概集(1999年) 575-576,1999
「記録史料の保存と修復に関する研究集会」実行委員会 記録史料の保存と修復 アグネ技術センター 1995. 240p