CA1197 – アメリカ合衆国の図書館における男女の賃金格差 / 星野絵里子

カレントアウェアネス
No.226 1998.06.20


CA1197

アメリカ合衆国の図書館における男女の賃金格差

アメリカ合衆国において,図書館情報分野で男女間の賃金格差が拡大してきている,との指摘がなされている。ヒルデンブランドによるこの記事は,具体的なデータを用いて格差の拡大を指摘するとともに,その背景として,この分野への市場原理の導入をあげていて興味深い。格差の拡大を示すデータは,次のように複数存在する。

アメリカ図書館協会(ALA)によれば,図書館学校新卒者の平均初任給は,1976年の男性11,264ドル対女性11,019ドルから,1996年の男性30,029ドル対女性28,616ドルと,20年の間一時はすこしずつ狭まりつつあった男女間の賃金格差が,最近になって以前より拡大していることがわかる。また,ALA図書館情報学教育部会(ALISE)は,図書館情報学分野の大学教員の待遇について調べているが,その調査によると,女性教員の割合は1995年にはほぼ半数の49.3%にまで達しているが,その年の新任教員の平均初任給は,男性45,126ドルに対し女性は37,555ドルと7,571ドルの格差がある。約20年前の1977年の調査では,男女格差は479ドル,前年の1994年の調査では473ドルであった。対象とする新任教員数が少ないことから,これが一般的な傾向を代表するものかどうか疑問は残るが,男女間の賃金格差と,その急速な拡大の可能性を示しているとみることができる。研究図書館協会(ARL)の調査は,女性管理職の割合のめざましい増加を明らかにしている(1995年には約4割に達した)。しかし,やはり概して女性の平均賃金は男性よりも低いという結果がでている。最後に,専門図書館協会(SLA)の調査では,1996年の賃金の中央値はそれぞれ男性45,500ドル,女性43,000ドルという結果がでている。

このような数々の統計データを読むと,図書館情報分野における賃金は男女間であきらかに差がある。なぜいまだにこのような男女差,男女間の不平等が存在し,しかも拡大するのであろうか。ヒルデンブランドはその理由の一端を,現在アメリカ合衆国で進んでいる図書館の機構改革に見ている。この改革によって,図書館のような公的セクターの職場にも私的セクターにおけるのと同様な「市場原理」が導入されたのである。その結果,図書館においてもダウンサイジングやアウトソーシング,パートタイム労働力への依存という経営戦略がつかわれるようになった。

しかしながら,これは結局のところ労働コストをおさえるための動きであり,図書館サービスの質的向上とは無縁の決断である。特に問題になるのは,労働コストの「節約」が男女平等に行われているわけではないという事実である。

概して,コストの封じ込めが行われる業務は,一般に「女性向き」とみなされているような業務,たとえば児童サービスなどのサービス業務である。一方,「男性向き」と考えられるようなテクノロジー系の業務(例えばウェブ・デベロッパーなど)は賃金評価が高い。このことは,けっきょく先の統計データに表れていた男女の賃金格差の説明にもなるのである。つまり,男女それぞれが携わっている業務の違いが,賃金待遇の違いを生み出すのだと。そのうえ,女性がその多くを担う,低賃金のパートタイムのような雇用形態が,女性全体の平均賃金をさらに引き下げている。

また,管理職のなかでも,現在女性は中間管理職の位置をしめることが多いが,機械化によるダウンサイジングによってきられることになるのはまさにその中間管理職である。結果として,限られた高賃金の管理職はほとんど男性が,そして増えてゆく低賃金労働は女性がになっているという現状では,男女間の賃金格差の拡大も当然ということができよう。

図書館の経営改革は,今後のよりよいサービスを実現するためのものであるはずだから,それにたいする支持と協力をおしむべきではない。しかし,その改革が女性の利益を不当に損なうことがあってはならない。そのために,注意深い監視や現状の分析が必要である。

アメリカ合衆国では,図書館界の女性の地位を向上させるためにさまざまな女性団体が組織されていたり,特別な出版活動が行われている。たとえば,ALAのOffice for Library Personnel Resourcesは,人種・民族・性差別に関する出版物を刊行している。また,ALAのCommittee on the Status of Woman in Librarianship (COSWL)という機関は,より多くの女性が管理職に昇進することを目的に活動してきた。またCOSWLは図書館側が求人する際,きちんと予定賃金を告知するように求めてきた。というのは,賃金を告知せずにおいて,もしも採用した職員が女性であった場合には賃金を減らす,ということが図書館界でも行われてきたからである。ほかに,ALAのラウンド・テーブルの一部を構成しているThe Feminist Task Forceという会員制の組織は,Women in Librariesというニュースレターを発行している。

それらさまざまなグループの活動は,ここ数年いささか停滞気味ということである。しかしながら,男女平等を実現するためのこのようなアメリカ図書館界の組織・活動の層の厚さにはやはり驚かされずにはいられない。これはなにも図書館界に限ったことではなく,アメリカ合衆国におけるフェミニスト運動の広がり,その種類や数がいかに充実しているかを知っていれば,格別驚くべきことではないのだろうが。

そのような組織・団体の努力によって,男女差別に限らず,いかなる社会的差別によっても損なわれない,公正な賃金制度が実現するよう願ってやまない。

星野 絵里子(ほしのえりこ)

Ref: Hildenbrand, Suzanne. Still not equal: closing the library gender gap. Libr J 122 (4) 44-46, 1997