カレントアウェアネス
No.212 1997.04.20
CA1120
インターネット/NIIにおける公共図書館・図書館員の役割とは
日本ではまだ,インターネットは一部の個人や企業のものだが,アメリカなどでは館内にネットワークに接続できる端末をおいて,市民にアクセスの機会を提供している公共図書館もある。コミュニケーションや情報処理の技術は日進月歩で進み,商業/非商業サービスの発展も著しい。一方,伝統的なサービスを続けることばかりでなく,電子情報提供サービスまで行うことを期待された公共図書館の財政事情は,以前にもまして困難である。
このような背景をふまえて,全米科学財団(NSF)はシラキューズ大学のマクルーアらに,公共図書館が全米情報基盤(National Information Infrastructure:NII)において担うべき教育的役割と責任について理解を深めるための研究を委託した。具体的には,公共図書館のNIIにおける役割のモデルを作成すること,連邦の公共図書館政策システムを分析すること,既存の公共図書館政策システムを改革するための勧告を行うこと,が研究の目的であった。
本稿では,彼らの研究から何が分かったかを,簡単に紹介したい。ただし今回取上げた報告記事は概略であるため,全貌をつかむには正式な報告書を入手する必要がある。
著者らはまず,公共図書館がNIIに接続することがどのような影響をもたらすかを検討した。コミュニティの成員に情報技術の能力や世界的視野をもたらすといった個人レベルへの影響から,経済活性化,インフラ整備など,地域全体に対しても重要な影響を与えるとされた。
次に,既に文献等で紹介されている,公共図書館が担うべき役割を挙げている。「ネットワーク・リテラシー」や「行政情報」「電子的生涯教育」など様々な分野の「センター」になることが求められている。このような役割をうたった文献はすでにいくつも紹介されているので,ここでは詳細は割愛する。ただ,1987年に著者自身が著した『公共図書館の計画と役割設定(Planning and Role Setting for Public Libraries: a Manual of Options and Procedures)』という本に書かれている公共図書館の役割とは大きく異なっている,という記述は注目に値する。このことは,公共図書館を巡る状況の変化が,この領域の泰斗である著者の予想をも大きく超えていたことを示している。
次に,公共図書館がNIIに接続する上での障害にはどのようなものがあるか,がまとめられている。障害の要素は,予算・コストの面と,図書館員および図書館の意思決定に携わる人々の知識・関心の不足の2点に集約できる。予算・コストがネックになるのはいつの時代も変わらないが,図書館員が情報処理やネットワーク技術の知識・能力を持っていないことがサービスを行う上での障害となる点が,これまでと異なっていると言えよう。これらの障害を克服するためには,伝統的なサービスにかける資源から,電子的かつネットワークベースのサービスにかける資源に,振り向け直す必要が生じるだろう,と著者らは述べている。当然ながら,新たに振り向ける資源は財源だけでなく,人的資源の占める割合も大きいだろう。
著者らは,インターネット/NIIに接続するために,先進的な公共図書館や州立図書館で採られた方法を紹介している。例えば,「図書館の環境を分析する」(すなわち,コミュニティや図書館の監査委員会の関心の程度を調べ,コミュニティの中で特に関心の高い層があるかを調べる。そして,どのようにしたら彼らの支援や関与を得られるかを検討する)「将来構想を策定し,その中にインターネットへの接続とそれによるサービスを盛り込む」などを挙げている。最後に「最も重要なのは行動すること」「“やればできる”という姿勢が成功の秘訣である」と,このような委託研究の報告には似つかわしくない精神論を展開しているのは,これからインターネット接続プロジェクトなどに駆り立てられるであろう図書館員を,励まし安心させるためであろうか。
最後に著者らは,政策イニシアティブについて論じている。いくつかの政策イニシアティブが,連邦・州・地方レベルで提案されているが,本来このような政策は,政府の全てのレベルおよび他の主要な関連グループの間で検討され,調整されるべきである,と述べる。そして,連邦政府・州政府・州立図書館・地方政府・図書館専門職・地方公共図書館・ベンダーのそれぞれについて,とるべき政策イニシアティブを一覧にまとめている。政府には法的措置や投資のてこ入れなどが,図書館には資源の再配置やビジョンの確立などが求められている。
全体のまとめとして,著者らは,公共図書館が未来へ移行するために公共図書館・図書館員がなすべき事をいくつか挙げている。
公共図書館がインターネットへのアクセスを一般に提供すべきであるという事に納得していない,または公共図書館がそのような役割を担うことから生じる利益に気づいていない人々が,連邦の政策決定者および社会全体の中に少なからず存在する。そのため公共図書館員は,政策決定者と一般の人々の両方を教育しなければならない。
また,図書館は変化に対し進んで対応しなければならない。資源の再配分や他機関との協働に,積極的でなければならない。他にも,ロビー活動や,地方や州でのネットワーク支援の戦略づくりなど,図書館・図書館員が働くべき舞台は多い。
アメリカの全ての図書館・図書館員がここまで検討し積極的になっているとは考えられないが,図書館界としてこのような流れに乗っていることは確かである。
公共図書館でのネットワーク情報へのアクセスが保障され,多くの市民がそれを利用しているという彼の国の状況は,公共図書館・図書館員が果たすべき役割をしっかりと果たそうとしていることの証であろう。
日本でも企業や個人によるインターネットへのアクセスや,電子図書館の研究はかなり盛んであるが,ふつうの「街の図書館」はおきざりにされているような感がある。個人でのアクセスができない人々の知る自由を保障するためにも,このような図書館こそアクセスの拠点となるべきであろう。そのためには,やはり国・地方自治体および図書館界で,ネットワーク情報の提供を支援できるような公共図書館政策をまとめるべきである。それでも,マクルーアが言うように,国の政策環境がよりよいものになるまでの間は,地方自治体および個々の図書館の戦略に依存しなければならないのである。
清水 悦子(しみずえつこ)
Ref: McClure, Charles R., et al. Enhancing the role of public libraries in the National Information Infrastructure. Public Libraries. 35 (4) 232-238, 1996.
岡部一明 情報化時代に市民アクセスを保証する図書館:カリフォルニア大学図書館,サンフランシスコ市立中央図書館.情報の科学と技術 47 (3) 136-143, 1997