第1章 はじめに

図書館法第3条には、次のようにある。図書館は、図書館奉仕のため、土地の事情及び一般公衆の希望にそい、更に学校教育を援助し得るように留意し、おおむね左の各号に掲げる事項の実施に努めなければならない。 1 郷土資料、地方行政資料、美術品、レコード、フィルムの収集にも十分…

第1章 はじめに

 

1.1 調査の目的

 図書館法第3条には、次のようにある。

図書館は、図書館奉仕のため、土地の事情及び一般公衆の希望にそい、更に学校教育を援助し得るように留意し、おおむね左の各号に掲げる事項の実施に努めなければならない。
 1 郷土資料、地方行政資料、美術品、レコード、フィルムの収集にも十分留意して、図書、記録、視覚聴覚教育の資料その他必要な資料(以下「図書館資料」という。)を収集し、一般公衆の利用に供すること。(以下2号〜8号略)

 本調査では、ここでいう郷土資料と地方行政資料を合わせた概念として「地域資料」という概念を用いる。

 本調査は、地域資料について全国レベルで行う初めての調査である。この調査を行う目的として次の諸点が挙げられる。

 (1) 地域における公立図書館の役割を再度見直すための議論の材料の提供
 (2) 地域内の資料・情報にかかわる関係機関との協働の明確化
 (3) 地域−都道府県−国の多層レベルの書誌的機能の確認

 これらのなかでは、(1)の公立図書館に関する議論に役立てることを最大の目的とした。ほかの2つの優先順位は少し下がるが、相互に関連する重要なテーマである。以下、順に説明する。

 

1.1.1 地域における公立図書館の役割

 文部科学省生涯学習政策局に設置された「これからの図書館の在り方検討協力者会議」は、2006年3月に『これからの図書館像:地域を支える情報拠点をめざして』と題し、これからの新しい公立図書館政策を進めるのに役に立つ提言をまとめた。これまでの図書館サービスは、図書館に資料を求めて来館する住民に対して閲覧や貸出のサービスを提供するものであったが、これからは図書館がサービスの重点領域を自ら定めて、非来館者を含めてより広い利用者層を対象とすることを提言している。

 報告書中では「課題解決型サービス」実施の必要性を強調している。これが意味することは、利用者それぞれが日常生活においてもっている解決すべき課題に対応できるようなレファレンスサービスの提供体制をつくることである。これまでは利用者が自分で資料を探し出すことを前提にしていたが、ニーズを予想して図書館の側が積極的に資料や情報を整理して提示したり、インターネットで発信することを奨励している。副題で「地域における情報拠点」としているのは、旧来のサービスが全国的に流通している本や雑誌、視聴覚資料を地域に還流するタイプのものであったのに対して、自らの地域で発生する資料や情報を収集保存して提供するだけでなく、さらにインターネット等を用いて地域および全国、あるいは世界に向けて発信することを意図している。

 このように、公立図書館の新しい任務として、当該地域を単位とした資料や情報の収集と提供体制を確立することが重要である。それは、資料や情報の発生源が自らの地域にあり、また、そうした地域的な資料・情報を求める人が地域にいることを改めて評価し、それに合わせた提供体制をとる必要性を確認することである。

 この目的に合わせて、調査では公立図書館が現在実施している地域資料の実践を中心に調査を進めることにした。

 

1.1.2 地域内の資料・情報に関わる機関の相互関係

 このことは、本調査の第2の課題と密接に関連する。上記のような課題解決型の地域図書館サービスを実現するためには、図書館は他の機関と協力関係を密にすることが求められる。たとえば報告書ではビジネス支援サービスの必要性を述べているが、これらを行うためには、自治体の商工課等の関係部署、商工会議所や商工会、ハローワークなどの機関との関係等を強化する必要がある。これらの機関は地域情報の発生源であるだけでなく、図書館が課題解決を行うためのパートナーとして重要である。このような機関としては、のちに触れるように、自治体内の各部門、大学、学校、教育センター、研究機関、地域新聞社・出版社などがあり、資料を扱う専門機関として行政情報センター、議会図書室、博物館、文書館、資料館、文学館などがある。

 これらの機関のあいだにこれまで部分的な関係はあったとしても、それぞれ独自に活動を行うことが多く、意識的に相互の協力関係がつくられることはあまりなかった。この調査ではそうした関係を探るとともに、資料専門機関としての行政情報センター、文書館、博物館に焦点を当てて代表的な機関の活動状況を明らかにすることにした。これは公立図書館が地域資料の収集・保存・提供において重要な役割を果たす機関であるとしても、同時にこれらの機関との協働関係なしに機能することはできないからである。

 

1.1.3 地域−都道府県−国における多層レベルの書誌的機能の確認

 第3に、本調査は図書館がもつ書誌的機能の確認を意図している。図書館は収集した資料をベースにして、どのような出版物が存在しているかを報知する書誌的機能をもつ。通常は所蔵目録作成を通じて行うが、それ以外にも、総合目録の作成、雑誌や新聞の索引作成や主題書誌、人物書誌の作成等によって実践される。

 国立国会図書館は、法律に基づき日本で発行された出版物の納本を受け、このようにして収集された資料は全国書誌に情報が掲載されて周知される仕組みとなっている。しかし、発行される出版物の出版地は東京などの都市部に限られないし、商業出版物のような全国的に流通するものばかりでもない。商業出版物やレコード・CDのように発行元や流通業者との協力関係をつくれているものを除くと、納本制度の実効性は出版者の納本する意志にゆだねられているので、これを網羅的に収集することは実質的に不可能である。とくに地域出版物は納本率が低いといわれている。

 国立国会図書館は過去に2度ほど、全国の都道府県立図書館に呼びかけて、各都道府県内で出版されている地域出版物の情報提供を依頼したことがある。そのうち、1950年代前半の呼びかけの際に、それにこたえて独自に県内書誌を作成し始めたところがいくつかあった。そのうち、青森県立図書館はそれ以来2000年に終了するまで毎年1回、県内の自治体、出版社など出版物を出しているところに調査票を送って回収した資料をもとに県内書誌を出し続けた。秋田県立や岩手県立、山形県立など東北地方の県立図書館でもこのような書誌を出していた。現在は山形県立図書館で継続して出していることが確認されている。

 このように地域出版物の収集と書誌作成において、全国レベルで活動を行う国立国会図書館と県域レベルで活動する県立図書館は互いに補い合う関係にあるといえる。この関係は県立図書館と市町村立図書館とのあいだにも当てはまる。現在ではOPACがインターネット上で公開されており、以前に比べて地域出版物の情報は入手しやすくなっている。このような地域出版物の書誌コントロールの全体状況についてもこの調査で把握することにする。

 

1.2 方法

 調査は、大きく分けて3つに分けられる。

 (1) 公立図書館に対する質問紙調査
 (2) 文書館、博物館、行政情報センターに対する質問紙調査(文書館は全数、それ以外は都道府県と政令指定市レベルのもの)
 (3) 秋田県、沖縄県、滋賀県における実地調査

 

1.2.1 公立図書館への質問紙調査

 全国の自治体が運営する公立図書館を対象に、2006年11月14日から11月30日までの期間で質問紙調査を行った。調査対象は、都道府県のすべて、政令市全市、人口15万人以上の全市、東京都特別区および15万人未満の市は2分の1抽出、町村は5分の1抽出で、都道府県については分館も含めて全館を対象にしたほかは、いずれも中心館に対して調査依頼を行った。抽出は無作為抽出である。送付・回収とも郵送で行ったが、質問・問い合わせについては電話や電子メールを用い、ホームページを開設してFAQは図書館間で共有できるようにした。

 質問紙調査の発送数・回収数および回収率は表1−1のとおりである。最終的な回収率は76.9%であった。

表1−1 公立図書館質問紙調査の概要
表1-1

 質問紙の設計にあたっては、三多摩地域資料研究会が1986年以来10年おきに実施している調査の最新版『多摩地区公立図書館 地域資料業務実態調査報告書』の調査項目を参考にして作成した。これは同研究会が多摩地域の図書館で実施しているかなり詳細な調査であるが、それをもとにして調査票を作成し、図書館における地域資料業務の全般にわたる内容を尋ねるものとした。(本書資料編を参照)

 

1.2.2 文書館・博物館・行政情報センターへの質問紙調査

 文書館、博物館、行政情報センターへの質問紙調査を、2007年1月31日から2月20日までの期間で行った。送付・回収とも郵送で行った。

 調査対象は次のとおりとした。

 文書館については、公文書館法に基いて設置されている公文書館のうち都道府県と市町村が設置している公立文書館を対象とし、都道府県立28館、政令市立6館、市立10館、特別区立1館、町立1館の計46館を調査した。ただし、公立図書館調査ですでに実施対象にした京都府立総合資料館、奈良県立図書情報館、福岡市総合図書館の3館を除いた。

 博物館は、都道府県および政令市が設置する博物館のなかで、総合博物館あるいは歴史博物館(ただし特定の歴史的な建造物や遺跡との関わりが強いものは除く)と考えられるものを研究会で選定して86館を対象とした。このなかには必ずしも博物館法を根拠にしていない博物館も含まれている。

 行政情報センターは、都道府県および政令市が行政情報および行政資料を住民に提供するために設置している機関を選んで対象とした。情報公開条例に基づいた情報公開の窓口機能に行政資料閲覧の機能を付与して庁舎のなかに開設しているところが多いが、設置根拠やサービスの態様は様々である。公文書館がその機能を果たしている広島市、北九州市を除く、60機関(都道府県47、政令市13)を調査した。

表1−2 文書館・博物館・行政情報センター質問紙調査の概要
表1-2

(注)機能の重複による調整については本文参照

 このように法的根拠、設置目的や機能が多様な機関を、一律に地域資料収集・保存・提供機関ととらえて調査するために、質問紙は公立図書館に対するものをもとにしながらも、より一般化して答えやすいように工夫した。

 

1.2.3 実地調査

 これらの質問紙調査は全国的な状況を把握するために実施した。しかし、地域で発生する資料に関してはそれぞれの地域ごとの固有の事情があるし、図書館、文書館、博物館などの協力関係についても異なっているのは当然である。そこで、そうした事情を関係者に聴取するためのインタビュー調査を3か所で実施した。調査は県立図書館を中心として、市町村立図書館、文書館、博物館を訪問してサービスの実態や課題を聞き取りすることにした。

 まず、2006年12月12日から3日間、秋田県で実施した。秋田県は、地域における図書館サービスの典型であるととらえられ、そういう地域で調査を行うことに意義があると考えた。秋田県立図書館は我が国の公立図書館の草分けのひとつであり、第2代の佐野友三郎館長時代以来の郷土資料の収集保存においては長い歴史をもっている。近年はコンテンツの電子化やビジネス支援サービスなどにも力を入れている。県立図書館と同じ建物に県公文書館が置かれている。また、市内には明徳館という名の市立図書館がある。ほかに木材の町として知られる能代市立図書館と町屋敷の家並みで有名な角館図書館(仙北市総合情報センター学習資料館)を訪ねた。

 2007年2月4日から6日まで、沖縄県での聞き取り調査を実施した。沖縄は現在でこそ日本の「県」であるが、もともと琉球と呼ばれた別の「国」であり、第二次大戦後は1972年の沖縄返還までアメリカによる軍事占領を受けていたこともあって、日本の地域としてはほかにない独自の歴史と文化をもつ。また、大田昌秀知事時代に、沖縄県平和祈念資料館や公文書館の建設など、沖縄人の記憶を保存し歴史を検証するための一連の施設をつくった経緯があるところから、調査対象として選んだ。県立図書館、県公文書館、浦添市立図書館、那覇市立歴史博物館、那覇市立中央図書館、名護市立中央図書館を訪問した。

 2007年3月9日から11日まで、滋賀県を対象とした調査を実施した。これまでの2つの調査地がどちらかというと、日本の大都市から離れた地方の状況を把握するものであったのに対して、滋賀県は京阪神大都市部の隣接地域であることから、より都市的な状況のなかでの地域資料の状況を把握しようとした。また、ここは県の図書館振興策に基づいて町立図書館の建設が進められ司書館長が配置されるなど、ここ20年間の図書館政策の成功が伝えられている地域なので、そうした地域における図書館の地域資料への取り組みを確認することも目的とした。県立図書館のほか、東近江市立能登川図書館、近江八幡市立図書館、彦根市立図書館、愛荘町立愛知川図書館を調査対象とした。

 

1.3 背景

 この調査は、公立図書館を中心とする資料を扱う機関が地域において相互にどのような関係をもちながらそれぞれの機能を発揮しているのかを明らかにすることを目的としている。ここで、なぜ地域資料を問題にするのかについて、調査を行う前の問題意識を明らかにしておきたい。いくつかのポイントがあるので、項目ごとに論じておく。

 

1.3.1 地方分権社会における地域

 江戸時代までの日本社会は幕藩体制と呼ばれる中央=地方の二元的な体制をとっていたが、明治政府は廃藩置県によって強力な中央政府をつくって近代化を進める体制に移行した。この体制が130年あまり続いていたが、日本が西欧的近代化について一応の達成を得たという歴史認識が一般的になるにつれて地方分権を要求する声が強くなってきた。

 1999年に地方分権一括法(地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律)(平成11年法律第87号)によって、機関委任事務が廃止され、国と地方公共団体が対等の関係となることをめざす法整備が行われた。これによって、さまざまな業務や権限を国から地方へと移すことが本格的に取り組まれることになった。

 小泉純一郎政権のいわゆる三位一体の改革は、(1)国庫補助負担金の廃止・縮減、(2)税財源の移譲、(3)地方交付税の一体的な見直しによって、国の業務を地方に移譲するとともに財源を国から地方に移すことで地方分権を実現しようとするものであった。その改革については地方への財源移譲が不十分であるとの批判が強く残っているが、この方向にすでに大きく踏み出していることは確かである。

 地方自治のための財政的基盤を強化することを名目にして行われた「平成の大合併」と呼ばれる政策の結果、1999年に約3,200あった市町村は、2007年春には約1,800にまで減少した。合併は自治の基本単位を変更することであるから、行政サービスを展開する上で過渡的な状況のなかで様々な問題を生じさせている。

 一方、バブル経済崩壊はとくに地方経済を大きく疲弊させ、都市と地方の経済格差を大きくしている。日本経済の復興状況に合わせて大都市では失業率の低下、消費の拡大も進んでいるのに対して、地方都市の「シャッター通り」に典型的にみられる消費の偏在や少子高齢化状況は依然変わっていない。中央集権的政府はこのような格差を是正する働きをもっていたが、地方分権はこのような地域格差をさらに拡大させる可能性をもっている。

 地方分権の進行によってそれぞれの地域における独自の政策立案機能が要求されるようになっている。また、まちづくりには住民の参画が要請され、真の意味での住民自治が問われることになる。そこでは情報の共有と有効活用が大きな力をもつ。

 市町村合併は、地域資料を論ずる上でのさまざまな課題を生じさせている。行政区域の変更に伴う図書館サービス区域の変更や、旧市町村の図書館間のサービス条件や図書館システムの調整といった基本的な問題がある。さらに、旧市町村が保管してきた行政文書や行政資料をどのように継承するのか、また新たにひとつの「地域」としての総合的な地域資料提供方針をどのようにつくるのかといった課題である。

 

1.3.2 「郷土」から「地域」へ

 上記の政治的な課題は、同時に地域における暮らしの課題と関わり、それはさらに文化政策上の課題と関わっている。市民の生活基盤となる場に対してどのような地理的な概念を用いるかについては「郷土」「地方」「地域」が存在する。このあたりの議論について、詳しくは、三多摩郷土資料研究会編『地域資料入門』(日本図書館協会 1999年(図書館員選書))の第1章を参照していただきたい。

 郷土はもっとも古い概念であり、「ふるさと」という大和言葉と対応して、人々が育ち生活するもっとも身近な場所を指し示す。これに対して、「地方」は「中央」と対比的に用いられる概念で、中央集権的な国家体制の存在が前提となっている。一方、「地域」は「郷土」がもつ内向きのベクトルを相対化した概念で、その指し示す範囲は一定していない。ある場所に関係していればどこまでも拡げていけるから、用い方によっては、従来の行政区画である市町村、都道府県ばかりか国を相対化する概念としても使われる。

 図書館界では図書館法も含めて1960年代までは、「郷土資料」という用語しか使われていなかった。しかしながら、1963年の日本図書館協会「中小都市における公共図書館の運営」(中小レポート)の発表以降の図書館の近代化路線のなかで、「郷土資料」が特定地域で発生している歴史資料の収集と保存に力点がある概念であることに対する批判があった。図書館サービスの閉鎖的な状況と結び付けられたわけである。日本図書館協会は1960年代半ばに「郷土の資料委員会」をつくって、歴史資料だけではなく日々新たに発生する行政資料や民間資料を含めて対象にすべきであるという主張を行ったが、あまり普及しなかった。

 「地域」の概念は政府の国土開発政策と密接な関係をもつ。1960年代以降の急激な産業開発政策は確かに経済の高度成長をもたらしたが、同時に、公害等の生活環境の悪化や過密・過疎による生活条件の格差拡大などの深刻な問題を引き起こした。1970年代前半には「地方の時代」が主張され、中央集中による経済開発ではなくて地方公共団体の政策によって地方の生活圏の充実をはかろうとした。国の政策としては1977年の「第三次全国総合開発計画」(「三全総」)は定住圏構想を主張し、大都市への集中よりも地方都市の発展と地域格差の是正を企図した。

 このような政策動向と対応して「地域資料」の概念が明確になったといえる。すなわち、交通通信の発達や産業経済の拡大に対応して生活圏が拡張されていくとともに、神奈川県知事長洲一二や松下圭一、西尾勝、玉野井芳郎らによって、等身大の生活感覚を保障する場、あるいは地域的なアイデンティティを確保する場としての「地方分権」「地域主義」が主張されるようになったのである。

 「地域資料」の概念は、地理的には身近な町内や字から、市町村や都道府県を超えた生活圏を独自に設定して、関連する資料を幅広く収集することになっていった。場合によっては、国際的な姉妹都市関係や環日本海文化圏というような概念に基づき、外国の資料を収集するまでに至っている。また、かつての郷土資料が中心としてきた歴史や文学に関わる資料だけではなく、行政が作成する資料や生活の場で発生する多様な同時代的資料を収集・保存する役割を強調するようになっている。

 

1.3.3 「記憶」と「郷土」への回帰

 ところが近年目立つのが、2006年教育基本法改正の背後にも見られる「愛国心」や「愛郷心」を強調する保守思想の動きである。いったん近代主義的な概念として相対化されたがゆえに空洞化している「地域」を、かつてあった近隣の人々相互の豊かな生活交流の空間としての「郷土」に戻すというような主張である。

 歴史学や思想界においては、記憶、記念碑、アーカイブスに着目した多数の業績が発表されている。これは、大きくは「近代」の終焉という歴史思想的なテーマの一環である。しかも、西欧近代が歴史発展の唯一のモデルであるわけではなく、世界のさまざまな民族や文化に特有の歴史があることが明確になってきた。それとともに、近代に特有の実証的な文献史料に基づく歴史認識に対する批判と再評価が起こっている。従来の書かれた記録だけでなく、遺跡、記念碑、遺品といったモノが歴史を再構成する手がかりとなり、人々がもつ「記憶」そのものを歴史学の対象にするという考え方が採用されるようになっている。記憶をもとにする方法としては、聞き取り調査や民俗学や文化人類学の方法を取り入れることや、歴史の当事者の記憶を記録化して資料として保存公開するオーラルヒストリーのようなものがある。

 歴史執筆という観点からすると、従来は歴史の専門家が文書記録類を元にして歴史を執筆するものとされてきた。その際に、中央の歴史が中心にあり、地域の歴史はそれに沿いながら細部を付け加えるものとされる。こうして地域の歴史を中心とした地域正史というべきものとしての自治体史編纂事業があった。その執筆者は大学の研究者や高校・中学の歴史教員、博物館学芸員等である。近年、充実した自治体史の出版が続いている。他方、地域史を市民が参加して執筆する運動があったり、歴史体験者の証言の記録化やオーラルヒストリーがあったりするなど、地域における歴史方法の改革が進んでいる。

 人々が日常生活を営み記憶を共有する空間を郷土と呼ぼうが地域と呼ぼうが、そのような文化的アイデンティティ構築を支援する装置として、自治体史編纂、文書館・博物館・資料館の活動、公民館の活動、そして図書館の活動が存在している。図書館が来館者の直接的な資料要求にこたえる資料提供サービスを重視するだけでなく、潜在的な利用者を含めた住民全体に対するサービスという視点を持つことによって、かつての郷土資料のサービスが行っていたような歴史や文学・芸術関係資料の再評価や地域の文化サークルや研究団体との密接な関わりをもちながら、地域的アイデンティティの源泉としての資料を活用する活動が重要になってくる。

 

1.3.4 情報公開、公文書館、図書館

 占領期の政治改革・教育改革における重要な課題として、政治プロセスが合理的で国民に開かれていること、また、国民一人ひとりが自治能力をもち政治に参加すること、があった。このような部分に図書館は密接にかかわっている。たとえば、国立国会図書館は、納本制度によって政府刊行物の提供を受け、そうした資料をもとにして国民の代表である議員に対して調査サービスを提供することになっており、政府刊行物の存在は、図書館の書誌的機能によって全国に報知される。

 また、図書館法第3条においては図書館奉仕の事項として、「郷土資料、地方行政資料」が明記され、「時事に関する情報及び参考資料を紹介し、及び提供すること」が挙げられている。第9条には、政府や地方公共団体が発行する資料を図書館に提供するという規定が含まれており、これは政府情報公開の先駆としても位置付けられる。同様の考え方は、地方自治法第100条15項以降にある、政府が地方議会に官報および政府刊行物を提供し、議会図書室を設置してそれを保管して議員の調査に資するという条項にも見られる。

 この間、行政プロセスの透明化については、1980年代以降に地方公共団体が情報公開条例を制定する動きがあり、1999年に行政機関の保有する情報の公開に関する法律(行政情報公開法、平成11年5月14日法律第42号)が公布されて、公文書の原則公開が一般的になっている。2004年の総務省による調査によると、情報公開条例をもつ自治体の割合は都道府県で100%、市町村で93%ということになっている。

 情報公開制度のような現用の公文書の開示請求制度ではなく、公文書を保管して一定の期間ののちに公開する公文書館の制度については、1987年に公文書館法(昭和62年12月15日法律第115号)が公布され、行政情報公開法の制定と同時期に国立公文書館法(平成11年6月23日法律第79号)が公布された。しかしながら、現時点で、国の施設としては、独立行政法人国立公文書館があり、自治体の条例で規定されている公文書館としては、都道府県30、政令市7、市10、特別区1、町1の計49地方公共団体に設置されているにすぎない。

 公文書館はきわめて限定されたところにしか置かれていないが、情報公開の請求窓口として、庁舎内に一部の公文書の写しや印刷物としての行政資料を排架して、住民が自由に閲覧できるようにした施設を置いている自治体は少なくない。規模の大きな地方公共団体では、そうした施設を県政情報センターとか市政情報センターといった名称で呼んでいるところもある。

 2006年度の日本図書館協会の調べによると、公立図書館は都道府県100%、市区で98%、町村でも52%の設置率となっている。その後合併が進んだので町村の設置率はもう少し上がっていると考えられる。図書館法で公立図書館が地方行政資料の収集を担う機能や政府刊行物の提供を受け入れる機能をもつことが規定されていることを考えると、公文書の受け入れには法的な定めがないとしても、図書館での行政資料の収集保存提供の機能はもっと注目されてよいと考えられる。

 なお、地方公共団体の庁舎内に公立図書館の分館・地域館をもつところとしては、日野市立図書館市政図書室、鳥取県立図書館県庁内図書室の例がある。施設を設けなくとも、積極的な行政支援サービスを実施している図書館は増大している。

 

1.3.5 公立図書館経営論と地域社会

 歴史的に図書館は、中央文化を地域に導入する窓口であるとともに、地域で発生する資料を保存提供する施設でもあった。高度経済成長期に入るころには人口10万人程度の中規模の都市の多くに図書館がつくられていたが、そうした都市は地域の政治・経済・文化の中心であり、図書館には郷土資料の蓄積があった。地域における資料に関する保存機関としては図書館と博物館しかなかったので、図書館には多様な資料が寄贈・寄託されてきた。特定主題にそって集められた蔵書、作家の遺稿や書簡・日記といった資料、古刊本・古地図類、古文書類、書画等の美術品、合併前の役場の行政文書等々である。日本目録規則も日本十進分類法もそうした資料の存在を前提にしていた。また、多くの図書館にはそうした資料に詳しい職員が配置されていた。

 1960年代以降に公立図書館運営の近代化論が導入されたときに、郷土資料に関わる実践は古いタイプのサービスとして批判の対象になった。とくに1970年代以降に出版市場の動向に合わせた利用者志向の資料提供体制が採用されることによって、それ以降にできた多くの図書館にとっては地域との関係がそうした資料利用を通してしか理解されなくなった。つまり、資料が生産されたり資料を継承したりしている場としての地域という見方がなされなくなった。形式的に郷土資料の収集は行われていても、地域との関係がつくられないから体系的で継続的なコレクションはできないままである。以前からある図書館でも同様で、郷土資料の実践の優先順位は低くなり、郷土資料に詳しい職員が退職したあとそのノウハウが継承されることもなく、資料は閉架書庫に眠ったままになることも少なくない。

 こうした状況はバブル経済期にも保持され、1990年代以降の財政縮小の時期になると、利用者中心の図書館サービス方針はそのまま進められた。貸出しを中心とする窓口サービスの傾向はいっそう強化された。地方公共団体に各種補助金や地方債などによって、多様な公共施設がつくられていったのもこういう時期であるが、資料館や文学館のように本来図書館の守備範囲のものまで、図書館とは別につくることになるのは、図書館サービスの守備範囲が狭まっていったからである。

 本報告書の冒頭で触れた課題解決型サービスの提案は、こうした状況のなかで図書館が本来担っていたサービスの範囲と優先順位を見直そうというものである。そこで提案されているビジネス支援、行政支援、あるいは学校支援のようなサービスは図書館がサービスを与える側であると同時に、特定の地域コミュニティから資料や情報を受ける側でもあるという相互性をもつことが特徴である。

 以上のことから、この調査が意図していることは、図書館が1960年代までに行っていたサービス構造の基層的な部分が現在どのようになっているのか明らかにすることと、その後できた図書館も含めて現代的な課題を担いうるのかを検証することである。その際に、すでに地域における専門的な資料を扱う機関が存在している場合に、それらの機関とどのような関係をとりもつことができるかも重要な検討課題である。そして、最終的には地域資料のフローとストックに関する政策について議論するための材料を提示することが目標になる。