第2章 海外の国立図書館等における蔵書評価事例
1. はじめに
本章では、海外の国立図書館等において外国図書の蔵書評価がどのような形で行われているか調査した結果を報告する。外国図書といった場合、他国で出版された自国語図書(例えば米国議会図書館における英国刊行の英語図書)や、国内で出版された他国語図書(例えばスペイン語の図書)などもあり、その範囲を定めることが難しいが、本調査においては母語か母語以外かを問わず外国で出版された図書を外国図書と定義した。
まず調査結果の概要を示した後、非英語圏で外国図書について包括的な評価結果を公表しているチェコ国立図書館の事例、英語圏で他館との協力体制のもとで評価活動を行っているオーストラリア国立図書館の評価事例を紹介する。
2. 調査方法
(1) 調査対象
アンケート用紙の配布は、米国議会図書館や英国図書館など主要国立図書館に加え、過去の資料等から蔵書評価を行った実績があることが判明している国立図書館、大学図書館等を加えた計27館に対して行った。
配布先として、国立図書館には英語圏の国々の他にデンマークなどの北欧諸国や、中国などアジア諸国を加えた。これは英語を母語としないという点において日本との共通点が見出され、外国図書の収集への取組みに参考になる点が多いと考えたことによる。
大学図書館等を加えたのは、国立図書館のみでは回収率の面での不安がぬぐえなかったこと、英国のように国立図書館以外にも納本図書館を置いている国があること、オーストラリアのように大学図書館や州立図書館をも含めた協力体制を持っている国があること、による。
(2) 調査期間
アンケート用紙は2005年12月20日に各館に発送するとともに、回答は郵送、ファックス以外にリッチテキスト形式、テキストファイル形式、PDF形式のファイルに直接記入して送信してもらう方法も提供した。ファイルは国立国会図書館のホームページ上で公開し、ダウンロードできるようにした。回答には1か月の期限を定め、締め切りを2006年1月20日とした。
(3) 調査内容
調査内容は、(1)外国図書のコレクションに関する構築方針、(2)外国図書のコレクションの選書・収集状況、(3)外国図書のコレクションの評価の3つに大別される。コレクションの評価は、そのコレクションがどのような規模・内容であることが望ましいかという蔵書構築の方針があってはじめて可能となる。そのため、評価そのものの調査以外に、構築方針についての質問も用意した。(調査票は巻末の資料2を参照)
3. 調査結果
回答は締め切り後に送られたものも含めて、最終的に27館中19館(70.3%)から得られた。このうち1館はごく一部のみの回答であったため、参考扱いとした。
したがって、分析対象としたのは下記に示す国立図書館12館、大学図書館5館、州立図書館1館の計18館(66.7%)である。
表2-1 調査対象図書館
館 種 | 館 数 | 図 書 館 名 |
国立図書館 | 12 | 米国議会図書館、英国図書館、ドイツ国立図書館、カナダ国立図書館・文書館、オーストラリア国立図書館、中国国家図書館、シンガポール国立図書館、フィンランド国立図書館、ノルウェー国立図書館、デンマーク王立図書館、チェコ国立図書館、スコットランド国立図書館 |
大学図書館 | 5 | メルボルン大学図書館(豪)、ブリガム・ヤング大学図書館(米)、オックスフォード大学図書館(英)、ケンブリッジ大学図書館(英)、ロンドン大学図書館(英) |
その他 | 1 | クイーンズランド州立図書館(豪) |
なお、調査結果については、巻末の資料2でまとめている。
(1) 外国図書のコレクションに関する構築方針について
1) 蔵書構築の方針に関するドキュメント
外国図書の蔵書構築方針を明示したドキュメントの有無に関する質問に対し、「公開可能なドキュメントがある」と回答した図書館が8館、「ドキュメントはあるが、非公開である」と回答した図書館が5館あり、18館中13館(72.2%)に、外国図書の蔵書構築方針を明示したドキュメントが存在する。このうち国立図書館のみを取り出すと、12館中10館(83.3%)がドキュメントを保有している。
なお、特にドキュメントはないと回答した5館のうち、国立図書館1館は現在策定中で本年末までに完成予定、大学図書館1館も現在方針書の策定を実施中であり、別の大学図書館1館は旧版の見直し中という意味で公開可能なドキュメントがないを選択している。よってこれらを考慮すると、18館中16館(88.9%)が何らかの形でドキュメントを保有または保有予定であるという結果となる。
表2-2 アンケート質問Ⅰ 1-1
「外国図書の蔵書構築方針を明示したドキュメントはありますか?」
回 答 | 件 数 | % |
1. 公開可能なドキュメントがある | 8 | 44.4 |
2. ドキュメントはあるが、非公開である | 5 | 27.8 |
3. 特にドキュメントはない | 5 | 27.8 |
不明・無回答 | 0 | 0.0 |
合 計 | 18 | 100.0 |
一方、ドキュメントを作成していないとした2館の理由は、「外国語」というカテゴリーで方針を立てておらず、主題ごとの方針の中で収集している、というものであった。
ドキュメントの作成時期は古いものでは1900年代初頭、新しいものでは2000年代に入ってからのものと幅があるが、ドキュメントを持つ全ての館が、定期または随時の改訂を行っている。
表2-3 アンケート質問Ⅰ 1-2、1-2-① によるドキュメントの作成時期と改訂頻度
[単位:件]
作 成 時 期 | 改 訂 頻 度 | 合 計 | |||
1年毎 | 3年毎 | その他定期 | 随 時 | ||
1990年以前 | 2(2) | 0(0) | 0(0) | 5(5) | 7(7) |
1990年代 | 1(0) | 1(0) | 0(0) | 0(0) | 2(0) |
2000年以降 | 1(1) | 0(0) | 1(1) | 1(1) | 3(3) |
不 明 | 0(0) | 0(0) | 0(0) | 1(0) | 1(0) |
合 計 | 4(3) | 1(0) | 1(1) | 7(6) | 13(10) |
( )内の数字は国立図書館
2) 重点収集領域
収集に際しては18館中15館(83.3%)において、特に重点を置いている分野や言語、資料群があった。
表2-4 アンケート質問Ⅰ 2-1
「収集の際に特に重点を置いている分野や言語、資料群などはありますか?」
回 答 | 件 数 | % |
1. あ る | 15 | 83.3 |
2. な い | 3 | 16.7 |
不明・無回答 | 0 | 0.0 |
合 計 | 18 | 100.0 |
国立図書館が挙げた重点領域には主として次の2つの特徴が見られた。
1) 海外で出版された資料のうち、自国あるいは自国民に関する資料を重点領域とする回答が最も多く、9館の回答中にこの記述が見られた。このバリエーションとして、言語によって範囲を限定するもの、地域を近隣まで広げるもの、人物を特定するもの、などがある。
2) 自国民が出版したものが外国語に翻訳されたものを明示的に挙げているものは意外に少数で、3館にとどまった。
その他として、主題を限定するものも見られた。たとえば自国語の文学(ドイツ)、海外で出版された歴史(フィンランド、ノルウェー)、海外で出版された登山・極地探検関係(スコットランド)、などの事例である。
3) 協力体制
表2-5 アンケート質問Ⅰ 3-1
「外国図書の収集に関して他館との協力関係を持っていますか?」(複数回答可)
回 答 | 件 数 | % |
1. 他国の図書館等と国際交換を行っている。 | 14 | 77.8 |
2. 自国の図書館等と共同あるいは分担収集を行っている。 | 6 | 33.3 |
3. その他 | 5 | 27.8 |
不明・無回答 | 1 | 5.6 |
回答館数 | 18 | 100.0 |
外国図書の収集は自館の購入努力だけでは十分にバランスのとれた蔵書構築は期待できない。上記結果でも、18館中1館のみが協力関係がないと回答し、その他1館が無回答であったが、残りの16館(88.9%)は何らかの形で協力体制を敷いていた。国立図書館だけを見ると、12館中10館(83.3%)が国際交換を行い、5館(41.7%)が自国の図書館等と共同・分担収集を行っており、その両方を実施しているところも4館(33.3%)あった。
(2) 外国図書のコレクションの選書・収集体制について
1) 選書・収集担当者
1 選書・収集部門
選書・収集をどの部門が行っているかについて、最も回答の多かったのは「外国図書の収集部門が行っている」で、18館中13館(72.2%)あった。国立図書館では12館中9館(75.0%)が「外国図書の収集部門が行っている」と回答しており、そのうち3館はこの部門でのみ選書・収集をおこなっていた。各主題部門の職員が携わる例は6館あり、館外の有識者の力を借りる例も北欧を中心に3館あった。おおむね、担当部署の職員だけでなく、いくつかの部署あるいは館内外の専門家にまたがって選書活動が行われているようである。
表2-6 アンケート質問Ⅱ 1
「どの部門の職員が選書・収集の業務を行っていますか?」(複数回答可)
回 答 | 件 数 | % |
1. 外国図書の収集部門の職員が行っている。 | 13 | 72.2 |
2. 外国図書の整理部門の職員が行っている。 | 6 | 33.3 |
3. 外国図書の利用部門の職員が行っている。 | 5 | 27.8 |
4. 各主題部門の職員が行っている。 | 9 | 50.0 |
5. 特定の部門の職員ではなく、館内の有識者・専門家が行っている。 | 9 | 50.0 |
6. 館外の有識者・専門家に委託している。 | 6 | 33.3 |
7. その他 | 6 | 33.3 |
不明・無回答 | 1 | 5.6 |
回答館数 | 18 | 100.0 |
2 担当者数
多くの図書館で担当部署が複数にまたがっていることから、担当者数が10名を超える館が18館中9館(50.0%)に及んだ。各館、どこまでを選書に関与していると判断するかにより人数にかなりのばらつきがあり、多いところでは30人、50人、最大で150人という回答が見られた。
表2-7 アンケート質問Ⅱ 3①
「外国図書の選書・収集業務には約何人の職員が従事しているでしょうか?」(常勤職員)
回 答 | 件 数 | % |
0人 | 1 | 5.6 |
1人 | 2 | 11.1 |
2人 | 0 | 0.0 |
3人 | 0 | 0.0 |
4人 | 0 | 0.0 |
5人 | 1 | 5.6 |
6人 | 0 | 0.0 |
7人 | 1 | 5.6 |
8人 | 2 | 11.1 |
9人 | 0 | 0.0 |
10人以上 | 9 | 50.0 |
不明・無回答 | 2 | 11.1 |
合 計 | 18 | 100.0 |
表2-8 アンケート質問Ⅱ 3②
「外国図書の選書・収集業務には約何人の職員が従事しているでしょうか?」(非常勤職員)
回 答 | 件 数 | % |
0人 | 6 | 33.3 |
1人 | 3 | 16.7 |
2人 | 1 | 5.6 |
3人 | 1 | 5.6 |
4人 | 1 | 5.6 |
5人 | 0 | 0.0 |
6人 | 0 | 0.0 |
7人 | 0 | 0.0 |
8人 | 1 | 5.6 |
9人 | 0 | 0.0 |
10人以上 | 3 | 16.7 |
不明・無回答 | 2 | 11.1 |
合 計 | 18 | 100.0 |
3 選書ツール
選書ツールの選択肢には表2-9の8つを用意した。調査によると18館中13館(72.2%)が5つ以上のツールを併用していた。10館を超えたものを多かったものから順に挙げると「利用者等の要望リスト」(16件)、「書評」(15件)、「書店のウェブサイト」(13件)、「専門家や有識者のリスト」(13件)、「書店のカタログ」(12件)、「他館OPAC等」(12件)という結果であった。国立図書館のみの結果もこれとほぼ同様である。
ただし、最も重視しているツールを追加質問したところ、ウェブサイト、カタログ、ブランケットオーダー等、書店からの情報が主な情報源であるとの回答が多く見られた。どのツールを重視するかは、収集対象とする国や言語によっても異なる。
表2-9 アンケート質問Ⅱ 2
「選書のためのツールは何を使用していますか?」(複数回答可)
回 答 | 件 数 | % |
1. 書店へのブランケットオーダー | 9 | 50.0 |
2. 書店のカタログ | 12 | 66.7 |
3. 書店のウェブサイト | 13 | 72.2 |
4. 他館OtdAC、総合目録、書誌ユーティリティの類 | 12 | 66.7 |
5. 書評誌や雑誌・新聞に掲載された書評 | 15 | 83.3 |
6. 学会誌の引用論文リスト | 11 | 61.1 |
7. 館内外の専門家・有識者が作成したリスト | 13 | 72.2 |
8. 利用者等の要望リスト | 16 | 88.9 |
9. その他 | 7 | 38.9 |
不明・無回答 | 0 | 0.0 |
回答館数 | 18 | 100.0 |
(3) 外国図書のコレクションの評価について
1) 外国図書の蔵書評価実施の有無
外国図書の蔵書評価を実施したことがあるかどうかの問いに対しては、実施したことがあるとの回答が18館中11館(61.1%)と約3分の2を占め、国立図書館だけでは、12館中9館(75.0%)が実施経験を有するという結果が得られた。
次の質問と合わせ見ると、外国図書の評価を実施した経験があるが、その他の資料の評価は実施したことがないと回答した館は2館のみであった。外国図書の評価も実施しており、その他の資料についても実施していると回答のあった館についてさらに自由回答の情報をあわせてみると、「外国図書単独で評価するというよりも、主題ごとの評価の中で行われる」「全蔵書の評価の中に組み込まれる」という傾向があり、外国図書単独での評価実践例は少数である。
表2-10 アンケート質問Ⅲ 1-1
「貴館では外国図書の蔵書評価を行っていますか?」
回 答 | 件 数 | % |
1. 定期的に評価を行っている。 | 5 | 27.8 |
2. 定期的にではないが、評価を行ったことがある。 | 6 | 33.3 |
3. 評価を計画したことはあるが、行ったことはない。 | 1 | 5.6 |
4. 評価を計画したことも行ったこともない。 | 4 | 22.2 |
不明・無回答 | 2 | 11.1 |
合 計 | 18 | 100.0 |
表2-11 アンケート質問Ⅲ 1-2
「外国図書以外に蔵書評価を行っている資料がありますか?」
回 答 | 件 数 | % |
1. あ る | 10 | 55.6 |
2. な い | 6 | 33.3 |
不明・無回答 | 2 | 11.1 |
合 計 | 18 | 100.0 |
2) 蔵書評価実施状況
前節で述べたように外国図書に限定した蔵書評価事例は少ない。外国図書に限定しない図書全般に関する評価事例も含む国立図書館の回答には、次のものがあった。
- 国内の他館と共同で、特定地域あるいは特定分野の蔵書を抽出。OCLCの自動蔵書分析サービス(ACAS)を使用して評価。(オーストラリア)
- 国内の他館と共同で、3,000件の件名に対応する蔵書を抽出し、コンスペクタスを利用して評価。(スコットランド)
- すべての外国図書について蔵書マッピングを実施の上、蔵書レベルを記述し、定量分析。(フィンランド)
- ブランケットオーダーが図書館からの要望内容を満足しているか、漏れがないか、サプライヤーのデータベースをチェックして評価。(オーストラリア)
- 開架の外国図書で利用の少ないものを閉架に移し、スペースを有効利用する目的のために、外国図書をその貸出状況に基づいて評価。(デンマーク)
- 選書の参考にするため、開架の外国図書について質問紙などで評価。(中国)
- 海外学位論文について、提供と需要および利用の均衡状況について評価。(フィンランド)
- 定期的に全資料について、蔵書の実地調査、インタビュー、利用者からのフィードバックなどによって評価。(シンガポール)
- 決まった蔵書評価プログラムはなく、概ねテーマごとに必要に応じて評価。(米国)
3) 外国図書の蔵書評価未実施理由
「蔵書評価を計画したことはあるが、行ったことはない」「計画したことも行ったこともない」と回答した館についてその理由を尋ねたところ、「保存図書館であり、利用に関係なく長期保存する(ドイツ)」「収集方針を現在策定中の段階であり、試行段階で検討するかもしれない(ノルウェー)」「いまだかつてこの段階(蔵書評価を計画する)に達したことはないから(ロンドン大学)」「優先事項ではないから(ケンブリッジ大学)」といった理由が示された。
(4) 外国図書の蔵書構築においての問題・課題について
蔵書構築においての問題課題として最も多かった回答は「資料費とスタッフの不足」で、18館中7館(38.9%)がその両方を挙げていた。そのうち、この2点のみを問題としている館が6館(33.3%)あった。
その他について具体的には、次のような課題が示された。
- 十分な資金を有してはいるが、印刷物と電子媒体の価格上昇は購入予算に重圧となっている。(米国)
- 印刷物、書籍の数が急速に増加している。(ロンドン大学)
- 外国語が難しい。(ドイツ)
- 言語の知識を有するスタッフが不足している。(メルボルン大学)
- 蔵書構築方針に適した資料が集まらない。(カナダ)
- 対象国によっては信頼のおけるブランケットオーダーの業者を見つけることが難しい。(オーストラリア)
- 国によっては出版物の入手が困難である。(オーストラリア)
- 海外の政府刊行物の入手が難しいものがあり、電子媒体でのみ入手可能なものもある。(オーストラリア)
- 著者の出身地に関する情報が不足している。(オーストラリア)
- 利用者からのフィードバックが不足している。(フィンランド)
表2-12 アンケート質問IV
「外国図書の蔵書構築において、どのような点が困難だと感じますか?」(複数回答可)
回 答 | 件 数 | % |
1. 困難は感じていない | 2 | 11.1 |
2. 資料費の不足 | 10 | 55.6 |
3. スタッフの不足 | 8 | 44.4 |
4. 選書のための情報の不足 | 2 | 11.1 |
5. 図書館協力体制の未成熟 | 1 | 5.6 |
6. その他 | 7 | 38.9 |
不明・無回答 | 3 | 16.7 |
回答館数 | 18 | 100.0 |
(5) 考 察
1) 蔵書構築方針
蔵書構築方針は大多数の図書館で作成されていたが、最近その再検討が実施されている、あるいは新たに作成されているという事例も散見された。この要因は昨今の電子媒体資料の増加にある。オーストラリア国立図書館は2005年12月に蔵書構築方針書の改訂を実施しており、その前言において、特に海外情報について電子形態資料へのアクセスを提供することを一層顧慮したものであることを表明している。(1)
蔵書構築方針の明示は蔵書評価にとって不可欠の前提条件であると言える。今回の調査でも、蔵書構築方針のない館では蔵書評価が実施されていない傾向が見られた。
2) 収集方法
カナダの研究者が北米におけるスラブ言語および東ヨーロッパ言語の図書の収集方法について実施したアンケートでは、こうした言語の資料を収集するにあたっては、現実としてベンダーの包括契約(approval plan)に頼る部分が大きいが、特に小規模な出版社のものや灰色文献については、それ以外の方法、たとえば交換、寄贈、ブックフェアなどが重要であることが指摘されている。(2)
今回の調査でも、ブランケットオーダーは主たる収集方法のうちのひとつではあるが、全体としてみるとそれ以外の方法も広く組み合わされていることが明らかとなった。また、国によっては信頼するに足るブランケットオーダーの提供者がいない問題も指摘され、実際にブランケットオーダーの信頼度調査を実施したところ、図書館側の要求する出版物の大半が提供されていなかったことが判明し、その業者との契約を打ち切るという例も見られた。
オーストラリアも、中国、日本、韓国、タイについては書籍販売業者のリストから選書する一方、交換、寄託、寄贈しか手段のない国が存在することに言及している。さらに出版物流通の仕組みが確立されていない国々については、現地に事務局を設置して直接買い付ける場合や、現地の大使館にその役割を負わせる場合も報告されている。(3)
さらに、交換を自国文化の発展のための主要な手段と位置づけている国もある。エストニアの1999年の報告によれば、自国の出版産業が十分に発展しておらず、つねに等価交換ができるとは限らないが、それでも国際交換プログラムをエストニアの文化を促進するひとつの方法であると位置づけている。(4)
一方、政府刊行物などは電子媒体のみでの提供も増加している。そうした環境の下、交換事業の対象範囲を見直すケースも見られる。たとえばロシア国立図書館の国際交換業務は、ソ連崩壊以後の1990年代、経済事情等の影響から縮小傾向を示していた。(5)
2001年のIFLAボストン大会で国際交換業務について発表したGalina A. Evstigneevaは、収集ソースとしての国際交換を重要と位置づけながらも、交換に供される図書の数が減少しており、単に機械的に収集し保存するのではなく、厳密に版を選択することが必要であると提言している。(6)
調査では、外国図書の蔵書構築を困難にしている要因として、収集手段以外にも、予算不足、語学力、印刷物の増加、等が指摘された。資料費不足の問題は大半の館で蔵書構築の障害と認識されている。
全資料費のうち外国図書の購入費の割合は、「外国図書」という括りで支出を把握していないところもあったが、英語圏の図書館であるか否かによっても、外国図書の範囲をどこに定めるかによっても、さらに個々の図書館の蔵書構築方針によっても異なると見られ、20%から50%まで幅が広い。全体に英語圏の館で割合は低く、それ以外では高くなる傾向が見られた。当然ながら、多くの資料が英語で出版・流通していることを考えると、この傾向は肯けるものである。ただ、外国図書購入費の実価格も、全資料費に占める割合も、資料費への満足度との相関は見られなかった。
選書・収集業務に携わる職員についても同様で、スタッフの不足を問題として挙げた館は多かったものの、実際のスタッフ数との間に特別な関連は見出せなかった。新興国の増加、地域研究の対象国の広がり等を背景として、スタッフの数の問題よりも、自由記述に見られるような言語知識の問題が念頭に置かれた回答と考えられる。
3) 蔵書評価
蔵書評価の実施状況に関する回答からは、特徴的な傾向は見出せなかった。それぞれの館の実情に応じて様々な方法が用いられている。強いてあげるとすれば、オーストラリアやチェコのように、国内で多くの館と協力関係を持っている、もしくはそれを意図している場合には、コンスペクタスやその自動分析ツールが選択される傾向にある、という点だろう。なお、今回の調査では英国図書館からの回答が得られなかった。その理由は現在評価を実施中であり、その結果がまだまとめられていないことによるものであった。結果の公表が待たれるところである。
外国図書に限定した蔵書評価については、その結果を知ることのできる情報源は今回の調査でも多くはなかった。以下では、その中から比較的多くの情報を得ることのできた2つの国立図書館の事例を取り上げる。
4. チェコ国立図書館の外国図書蔵書評価事例
(1) チェコ国立図書館における外国図書の受入状況
チェコは1993年にスロバキアとの連邦関係を円満に解消した後、2004年5月にEUへの加盟を果たした。現在、貿易相手国は輸出入ともにドイツが3割以上を占め、重要な関係国となっている。(7)
ドイツとの緊密な関係は外国資料の受入にも反映されており、2004年に受け入れた外国資料(非定期刊行物)9,092ユニットのうち、ドイツは米国に次いで2番目に多い受入数となっている。交換でも購入でもドイツは高い比率を占める。年によっては、米国を抜いて最も多いこともある。(例えば2002年)(8)(9)
チェコ国立図書館法の中には、外国図書の収集について次のような定めがあり、外国図書もこれに従って収集されている。
第2条第2項(Article 2-(2)) b) 選択的に、外国で刊行された資料の受入、整理、保存、アクセス提供を行う。大学や科学研究の組織、専門的組織のニーズを志向し、社会科学、自然科学、文化・芸術、とりわけボヘミアに関するものを対象とする。 c) 選択的に、特別な資料、すなわちスラブ研究、図書館学、音楽学の資料の受入、整理、保存、アクセス提供を行う。(10) |
全般に予算は厳しい状況にあり、受入に当てられる予算は1,500万チェココルナ(約7,500万円)。出版物の価格や人件費の上昇、インフレ、通貨交換レートの変動、郵送料などの影響により、経常的な予算不足に悩まされている。そのため、体系的かつ一貫性のある収集計画の策定が困難なようである。印刷形態資料全受入数のうち、交換(4,305(48.2%))と寄贈(2,430(27.2%))とで75.4%を占め、購入は2,200(24.6%)である。購入は米国およびヨーロッパ圏が中心であり、アジア圏の出版物などは例年ほとんど購入されていない。(11)
ロシアの資料がドイツ、米国に比して少ないのは、国立図書館の別部門であるスラブ図書館(Slavonic Library)が主としてスラブ研究資料の収集を行っているためと思われる。
2004年の受入の内訳 印刷形態:8,935、非印刷形態:157 交換:4,305(48.2%)、寄贈:2,430(27.2%)、購入:2,200(24.6%) 米国:1,800、ドイツ:1,366、ロシア:960、英国:774、フランス:517、 ポーランド:517 (交換、寄贈、購入の各数値には非印刷形態資料は含まれない。) |
(2) チェコ国立図書館の蔵書評価プロジェクト
1) 背 景
チェコ国立図書館は2001年から2003年にかけて蔵書評価実験を行い、2003年7月に第一次報告書(12)を、さらに2003年11月に最終報告書(13)を公表した。この実験の萌芽はすでに1989年にチェコ国立図書館とチェコの図書館の書誌ユーティリティであるCASLINの協力関係の中で始められていた。チェコ国立図書館は蔵書構築に大きな限界を感じており、蔵書の現状も明確に把握されていなかった。また国際協力にも限界があると感じていた。このことはまた、新たな蔵書構築方針の必要性に対する認識も強めるものであった。こうした理由から、1989年から2000年までの約10年間、作業の優先順位とその方法について多くの議論が重ねられた。
2001年になってようやく、コンスペクタス方式でまずはチェコ国立図書館の評価実験を行うことが決定された。CASLINの図書館の評価は、チェコ国立図書館の実験が終了した後に行われることとなった。
この評価実験を開始するにあたって、第一に解決を求められたのは、コンスペクタスで用いられるボキャブラリーがそのままではチェコ国立図書館の実情に合わないという問題であった。この問題を解決することは、資料組織化における主題分析を見直すプロセスでもあった。というのは、チェコ国立図書館だけでなく、CASLINの図書館でも利用可能な評価手法を考案するためには、コンスペクタスで用いられる蔵書の主題細分をどの図書館でも使えるようにしなければならず、それは各図書館の分類法のマッピングといった作業を必要とするものだったからである。
このように、チェコ国立図書館の蔵書評価プロジェクトは単に蔵書評価だけにとどまらない複数の目的のもとに長期的な視野で実施されたという点で特筆に価する。
2) プロジェクトの概要
1 蔵書のカテゴライズ
プロジェクトでは、蔵書はその目的によって国の保存図書館としての蔵書(National Archival Collection:以下NAC)、学習者向けの蔵書(Study Collection:以下SC)、そしてそれ以外の一般的蔵書(Universal Library Collection:以下ULC)の3つに分けて評価された。NACとULCとは、さらに国内(domestic)と国外(foreign)とに分けられた。
それぞれの蔵書はさらに主題によって細区分された。主題はコンスペクタスで指定されている24の区分(division)がそのまま適用された。どの分類の図書がどの区分に該当するかの対応をとるために、24の区分をさらに約500のカテゴリー(category)に分割した上で、各カテゴリーから約4,000のディスクリプタ(descriptor)を作成し、それらのディスクリプタと分類記号とをマッチングさせる方法がとられた。
2 評価方法
上記(1)で分けられたカテゴリー毎に、24の主題区分について、過去の収集作業が現段階でどの程度の蔵書強度を生み出したかを示す現状レベル(Current Collecting Level:以下CL)、現在の収集方針でどの程度の蔵書強度を目指しているかを示す収集方針レベル(Acquisition Commit-ment:以下AC)が評価された。
レベルはコンスペクタスで規定された6段階の一部をさらに分割した下記のモデルが用いられた。
0 範囲外(Out of Scope) 1 最小情報レベル(Minimal Information Level) 1a 最小情報レベル−不均一収集(Uneven Coverage) 1b 最小情報レベル−集中収集(Focused Coverage) 2 基本情報レベル(Basic Information Level) 2a 基本情報レベル−入門(Introductory) 2b 基本情報レベル−発展(Advanced) 3 学習・教育支援レベル(Study or Instructional Support Level) 3a 基礎学習・教育支援レベル(Basic Study or Instructional Support Level) 3b 中級学習・教育支援レベル(Intermediate Study or Instructional Support Level) 3c 発展学習・教育支援レベル(Advanced Study or Instructional Support Level) 4 研究レベル(Research Level) 5 包括レベル(Comprehensive Level) |
そして、最終的にどの程度の蔵書強度を目標とすべきかを示す目標レベル(Goal Level:以下GL)と言語による収集範囲がどの程度の広がりを必要とするかを示す言語レベルとが設定された。
言語による収集範囲を指示する記号として、ほぼ主要言語1つに限定して収集するP、特定の言語を選択的に収集するS、様々な言語を幅広く収集するW、主要言語以外に一言語を主として収集するX、さらにPの4種類が用いられた。
3) プロジェクトの結果
評価結果を外国語図書に限って見てみると、NACに関しては主題による差異は一切なく、いずれの主題でも、CLが3aレベル、ACが3bレベル、GLが4レベルという結果であった。すなわち、「現在までに収集されてきたものは基礎学習・教育支援レベルであったが、現在の収集方針はそれよりも1段階高い中級学習・教育支援レベルを要求している。しかし将来的には研究レベルを目標とすべきである」ということが示された。
これに対して、ULCは主題による差異が激しい。一例を挙げれば、計算機科学の分野では現状が1a、収集方針も1aだが、目標は3a、教育や心理学、社会学などの分野では現状が2b、収集方針も2bで、目標が4、となっている。興味深いのは、相当数の分野で現状よりも収集方針のレベルの低いものが目につくことである。例えば農業の分野では現状が2aであるが、収集方針は1a、商業・経済の分野では現状が2b、収集方針が1bである。これに対する目標レベルの設定は、農業では現状のレベルを目標レベルとしているのに対して、商業・経済の分野では現状よりも高いレベルを目標としている、といった違いも見られる。
SCについては、外国語というカテゴライズは設定されていないので省略する。
4) プロジェクトの課題
プロジェクトの実施状況を点検したMary C. Bushingは、プロジェクトの最終報告書で全般的な課題と評価手法に関する課題を指摘している。ここではその中でコンスペクタス手法に関わる課題を取り上げる。
コンスペクタス手法に関しては、用語に関わる問題が多く取り上げられた。たとえば人によって同じ事柄を別の言葉で言い表すことがあるため情報共有時に不都合が生じる、蔵書群の呼称が指し示す範囲が不明確であるために重複が生じる、言語コードについても範囲の指示が必要、などである。コンスペクタスで多く指摘される客観性・一貫性の欠如を補うためには、綿密な用語の定義、統一が必要であることが強調された。
5. オーストラリア国立図書館の外国図書蔵書評価事例
(1) オーストラリア国立図書館における外国図書の受入状況
オーストラリア国立図書館(National Library of Australia: 以下NLA)は外国資料の収集に際して、社会科学の資料、中でも経済、法律、政治、政府に関する資料に重点を置いている。言語は英語が主であるが、英語以外の言語も幅広く収集している。これはオーストラリアの人口の20%が英語以外の言語を話し、その言語は240語にも及ぶ(14)という多文化国家としての性質を反映したものと言える。地域的には特に東アジアと東南アジアの資料および太平洋地域の資料を収集している。オーストラリアの国立図書館法には、チェコのような外国語資料の収集範囲に関する規定はみられないが、2005年12月に作成された蔵書構築方針書によれば、アジア地域の中でも特に中国、日本、韓国、タイ、インドネシアの5か国が、コンスペクタスのレベル4(研究レベル)の収集強度と位置づけられ、重点領域となっている。(15)
言語別の収集状況や予算を示すデータは公表されていない。アジア関係の資料について、2005年11月に国立国会図書館で開催されたシンポジウムの記録によると、2003年6月の時点でアジア関係の図書は、中国25万3,000冊、日本11万冊、韓国3万7,000冊、タイ3万6,000冊、インドネシア17万冊で、合計60万冊以上。この他に、満洲、モンゴル、チベット、ビルマ、ラオス、カンボジア、ベトナムなどの小規模の蔵書を有し、過去5年間にアジア関係図書は約10%増加していることが分かる。(16)今回の調査で示された外国図書の蔵書冊数は2,261,569冊であるので、約3割程度がアジアの図書ということになる。
調査によればまた、資料購入費6億8,000万円のうち8,000万円(11.8%)が外国図書収集に充てられていた。
(2) オーストラリア国立図書館の蔵書評価プロジェクト
1) 背 景
オーストラリア図書館ゲートウェイ(17)を見ると、1990年代半ば頃にまとまって、次のような外国語の蔵書評価プロジェクトが実施されていることが分かる。
- オーストラリアにおける韓国コレクションのためのコンスペクタス報告書(1996年)
- オーストラリアにおける南アジアコレクションのための報告書(1995年)
- オーストラリアの図書館における人文社会科学コレクションに関するコンスペクタス報告書(英国、フランス、その他欧州諸国を扱ったもの)(1996年)
- DNC欧州図書館資料調査におけるコンスペクタス報告書(1996年)
この時期の調査はほとんどがコンスペクタスを用いたものである。
こうした一連の調査の背景には、1989年に提出されたひとつの報告書があった。それは「オーストラリアの高等教育におけるアジア」(Asia in Australian Higher Education)というタイトルの報告書(通称Inglesonレポート)で、その中で、アジア研究の進展に資料の収集が追いついていない問題が明らかにされ、効率的な蔵書構築のためには全国ネットワーク組織を構築するのが最良の方法であり、オーストラリアの図書館は共同収集に参加すべきであることが訴えられた。これが大きな契機となり、1991年にはNLAとオーストラリア国立大学が「図書館とアジアに関する全国ラウンドテーブル」(National Roundtable on Libraries and Asia)を共催し、その後多方面からの調査が実施され、交換協定の締結などの手立ても講じられた。(18)
その後も外国図書に関する調査研究は停滞することなく、1998年8月には、NLAで外国図書へのアクセスに関する全国ラウンドテーブル(National Round Table on Access to Overseas Monographs Through Australian Libraries)が開催された。NLAはこのラウンドテーブルに向けて、国立学術フォーラム(National Academies Forum: NAF)、オーストラリア大学図書館協議会(Council of Australian University Libraries: CAUL)とともに、利用者、蔵書、相互貸借の面からの包括的な調査報告書を準備している。このうち蔵書に関する調査は、オーストラリアの全国書誌データベース(National Bibliograpic Database: NBD)に基づいて実施された。(19)
1990年代半ば頃までの調査がコンスペクタス中心であったのに対して、それ以降は、コンスペクタスとは異なる手法が模索されている。コンスペクタスは多くの図書館間で協力して蔵書構築しようとする場合に、それらの図書館の蔵書の特徴を分析する手法としてまず想起される方法であるが、スコットランド国立図書館の調査でも指摘されている通り、評価にかかる負担が大きい割に、結果に一貫性や客観性が乏しいとの批判が多く見られる。(20)そのため、コンスペクタス以外の方法の研究が進められたものと見られる。
2004年には、自動分析ツールを用いて、東南アジア、南アジア、南部アフリカ、東部アフリカ、インド洋諸島に関する人文社会科学分野の資料の評価プロジェクトが行われている。(21)
このように、オーストラリアでは外国資料、とりわけアジアを中心とした地域の蔵書評価に熱心な取組みが継続されている。ここでは、1998年の全国書誌データベースを用いた評価事例と2004年のOCLC-ACAS(Automated Collection Analysis Services)を用いた評価事例の概要を紹介する。
2) オーストラリアにおける外国図書コレクション(1998年)(22)
分析に用いるデータは全国書誌データベース(NBD)から抽出された。NBDを選択した理由としては、NBDが国内の蔵書だけでなく、世界の主要な全国書誌のデータも含んでいること、幅広い年代のデータが利用できること、が挙げられている。このデータソースから、海外で出版され、国内図書館の少なくとも1館が所蔵し、1975年から1995年の間に出版された、英語のものを含むすべての単行書のデータ群が抽出された。ただし政府刊行物は含まれていない。1995年で打ち切られたのは、蔵書に反映されるまでのタイムラグが考慮されたこともあるが、中国語・日本語・韓国語(CJK)の資料が別のデータベースに分離されたことも原因である。
調査結果からは、英語資料、非英語資料ともに漸減の傾向にあることが明らかにされた。この原因として、図書から雑誌への予算配分のシフト、通貨価値の変化、外国図書および雑誌のコスト増が指摘されている。しかし、当然のことながら、英語資料は非英語資料よりもカバー率が高く、また下がり幅も小さい。また農業、人類学、アメリカ政策、ラテン語などいくつかの分野ごとに行われた分析では、日本史の非英語資料が1976年の80%から1995年の15%へと極端に落ち込んでいることも指摘された。
この結果を受けて、ラウンドテーブルは多くの勧告を行っているが、そのうち蔵書構築にかかわるものとして、
- 特定の主題領域における図書の利用パターンと重点主題領域の外国語図書へのアクセスに特に留意しつつ、アクセスを向上させるための戦略を練ること。
- 蔵書構築の協力を推進する方法を整備すること。
- 大学図書館の蔵書の強度や重複、格差などを効率的に分析できる方法を検討すること。
- NBDのカバー率を上げること。
の4つを挙げている。
このうち(3)の勧告は、次に取り上げるプロジェクトへと結実していった。
3) オーストラリア研究図書館蔵書分析プロジェクト(2004年)(23)
このプロジェクトは、他国の優れたコレクションと比べて、特定分野の資料がどの程度十分に収集されているかを比較検討しようとするものである。東南アジア、南アジア、南部アフリカ、東部アフリカ、インド洋諸島に関する人文社会科学の蔵書について、8つの大学図書館と国立図書館が参加して行われた。比較対象のコレクションとしては、ロンドン大学の東洋アフリカ研究所が選ばれた。
使用ツールはOCLCのACASである。これは、ICASというソフトウェアを使って、コンスペクタスの手法を自動化したものである。ACASではまず、各書誌レコードを分類番号によってWLN/LCコンスペクタスの主題標目にマッピングする。マッピングできる書誌レコードの割合を高めるために、マッピング可能な分類番号を持たないレコードが発見された場合には、同一タイトルの重複レコードの中から分類番号を持つものを探して、それを手がかりにマッピングする。各図書館の蔵書数をカウントし、出版日付によってプロファイルし、蔵書の重複を分析し、他と重複のないタイトル数を明らかにする手法である。重複レコードが同一主題の中に含まれてしまうというデメリットはあるが、これにより、どの主題にも入らないレコードの割合を低く押さえることができる。
書誌レコードのデータソースには、全国書誌データベース(NBD)を中核とするKinetica(24)のほかに、2館のローカル蔵書データベースと東洋アフリカ研究所の蔵書データベースSOASの3つが選択された。本来、Kineticaにオーストラリアのすべての蔵書データが反映されているのが理想であるが、必ずしもそうでないことにより已む無くローカルデータベースの採用に至ったことから、Kineticaの即時更新性と完全性は今後の評価活動を容易にするためのひとつの要因であることが指摘されている。
これらのレコードを用い、SOASとNLAおよび8つの図書館群について比較が行われ、次の特徴が発見された。
- どの図書館も1980年代から1990年代初頭にかけての資料は非常に多い。オーストラリアの大学図書館は1990年代末に収集の減少が見られるのに対して、NLAは1990年代にはまだ一定の収集量を維持している。
- 蔵書の独自性はNLAが強い。NLAの蔵書の56%が他館の所蔵しないタイトル(ユニークなタイトル)である。すべての分野で、大学図書館8館あわせた蔵書数よりもNLAのユニークなタイトルのほうが多い。
- オーストラリア国立大学とクイーンズランド大学を除いた大学図書館6館の図書の半数はNLAと重複していた。
これらのうち重複に関する結果はとりわけ興味深い。NLAの蔵書が強い独自性を持つ一方で、大半の大学図書館はNLAの蔵書とその多くが重なっている。この結果を受けて、報告書は最後に、国立図書館に対しては「その蔵書方針を数量データで示すこと」「大学図書館の収集レベルを超える収書をすること」を、大学図書館に対しては、「蔵書構築における協力関係を築くべきこと」を提起するとともに、より具体的な勧告を示している。
6. まとめ
海外図書館へのアンケート調査に関する考察はすでに行ったので、ここでは具体事例として取り上げたチェコとオーストラリアの蔵書評価について、若干の考察を試みたい。
国立図書館で全蔵書を対象にコンスペクタスを用いて組織的な評価をした例で公表されているものは、管見の範囲においてチェコをおいて他に見ない。数々の論考でも指摘されているように、コンスペクタスは評価者に過度の負荷を強いる。そのため大規模な蔵書でこれを実施するのはかなりの負担と考えられる。しかし、チェコでは主題分析ツールの見直しやサブジェクトゲートウェイへの適用といった他のプロジェクトへの展開を同時に視野に入れることによって、この負担感を減少させることに一定の成功を収めた。Bushingは、さらにこの成功を導いた重要な要因として「強力なリーダーシップ」を挙げている。(25)他のプロジェクトと連携を図るためには、プロジェクトの完了までに長い時間を必要とする。それだけの長期間プロジェクトを維持するためには、このリーダーシップが不可欠であったというわけである。
オーストラリアでは、初期のコンスペクタス使用からそれ以外の方法まで様々な手法が試行されていた。上で取り上げたプロジェクトでは、第一の調査がNBDを、第二の調査がSOASの蔵書を対照データとしている。評価対象となる資料群の主題がある程度定まっている場合には、その主題の蔵書構築において定評のある図書館を対照データとすることは妥当といえるが、主題範囲が広い場合には対照データを見つけることが難しい。NBDは全国書誌であると同時に、世界の主要な全国書誌データも採録していたという点で選択されたのであるが、それでも採録データが不十分であることが指摘されている。対照データに何を選択するのかという問題は、その図書館の蔵書構築目標をどこに置くのかという蔵書像の問題でもある。目標とする蔵書像を描き、それに適した対照データを選択した上で、対照作業を実施し(この段階でも様々な課題があることは、あとの章で詳述される。)、それを踏まえて現状の蔵書の問題点を発見し、同時に必要であれば蔵書像を修正する、といった循環が求められるのであろう。
引用文献
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