E895 – 「日本版フェアユース規定」導入の議論と図書館への影響

カレントアウェアネス-E

No.145 2009.03.04

 

 E895

「日本版フェアユース規定」導入の議論と図書館への影響

 

 政府の知的財産戦略本部に設置された,デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会が,2008年11月27日付けで『デジタル・ネット時代における知財制度の在り方について(報告)』を公表した。デジタル技術やネット等の情報通信技術の発展による情報環境の急激な変化に対応するための知財制度の問題点を抽出,検討したものとなっている。

 このうち,今後の著作権制度において大きく注目されているのが 「権利制限の一般規定(日本版フェアユース規定)の導入」である。フェアユース(Fair Use)とは,米国著作権法(1976年法)第107条において規定されているもので,利用目的,著作物の性格等に鑑み,著作物の利用が公正であるといえる場合には著作権侵害とはならないとする,米国における判例において確立された法理である。具体的には,(1)使用の目的および性格,(2)著作権のある著作物の性格,(3)著作権のある著作物全体との関連における使用された部分の量および実質性,(4)著作権のある著作物の潜在的市場または価値に対する使用の影響の4つの要素を考慮して,著作物の利用が公正であるかどうかが裁判所において判断される。

 日本の著作権法の著作権制限規定は,図書館での複製にかかわる第31条をはじめとして著作物利用の個別具体の事例に沿って規定されているが,技術革新のスピードや変化の速い社会状況においては適切に実態を反映することは困難であることなどから,本報告ではフェアユース規定と同様の著作権制限の一般規定を導入することが適当であるとしている。確かに従来の個別規定による立法によれば,新しい利用が創出されるたびに政府の審議会等で様々な利害関係者との議論を経た上で立法化するという状況となっている。そのような事前調整は時間や手間が必要であるのに比べ,幅広く事後的に司法判断で利用の当否を認定することできるフェアユース規定は日本人にとって魅力的なものに映るかもしれない。

 しかし本報告では,リスクを内包した制度が日本の法意識に照らし活用されるのか,法体系全体や諸外国の法制との間でバランスを欠くことはないのか等の懸念も示されている。また本報告は,著作権の一般規定に関する議論であるにもかかわらず,主にネット関連ビジネスなどの新しい産業による利用の促進を念頭に置いたものとなっている。公共サービス機関である図書館での著作物利用という観点では,安定的なサービスが求められることから公正利用が事前に認定される必要があり,またデジタル資料やインターネット等の提供により多様な国民を支援し文化の発展を担うという図書館の役割を踏まえ,より詳細な利害調整を行う必要があると考えられる。実際,米国ではデジタル利用を中心に図書館関係の著作権制限規定について図書館関係者と権利者団体等が検討し,今後の法制のあり方について報告されたところである(CA1604参照)。この例は,同国の現在のフェアユース規定では十分に対応できないことを裏付ける。

 今後,日本版フェアユース規定は,文化審議会著作権分科会などでも検討される予定であるが,導入されれば図書館に対しても大きな影響を与えることから,この規定自体の議論とともに,デジタル・ネット時代における図書館のあり方に関する検討が求められるだろう。

(調査及び立法考査局行政法務課・鳥澤孝之)

Ref:
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/dai21/siryou1_1.pdf
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/dai21/siryou1_2.pdf
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/pdf/shingi_hokokusho_2101.pdf
http://www.section108.gov/docs/Sec108StudyGroupReport.pdf
http://www.cric.or.jp/gaikoku/america/america_c1a.html#107
CA1604
E805
E851
E865