E865 – 著作物流通を促進する意思表示システム構築に向けて<文献紹介>

カレントアウェアネス-E

No.140 2008.12.10

 

 E865

著作物流通を促進する意思表示システム構築に向けて<文献紹介>

 

三菱UFJリサーチ&コンサルティング. 平成19年度著作物等のネットワーク流通を推進するための意思表示システムの構築に関する調査研究会 報告書. 2008, 50p. http://www.bunka.go.jp/chosakuken/pdf/ishihyoji_20_03.pdf, (参照 2008-12-08).

 本書は,文化庁および三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社が事務局となり,有識者による研究会方式によって2007年度に実施された調査研究の報告書である。ネットワークを介した著作物の提供が普及するに伴い,その積極的な活用・円滑な利用を促進すべく,利用の都度著作権者の許諾を得る必要がないように,著作権者があらかじめ一定の利用条件を付した意思表示を行う「意思表示システム」がいくつか登場している。本書では,これらの現状を整理するとともに,文化庁がどのような意思表示システムを構築するべきか,その望ましいあり方と課題について,提言を行っている。

 まず,既存の主な意思表示システムとして,文化庁の「自由利用マーク」,文部科学省の教育情報通信ネットワーク「エル・ネット」の著作権契約レベル,クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの3つについて,背景・概要,実態,課題を分析している。あわせて,大学等が講義資料等を公開している「オープンコースウェア」,初等・中等教育における教育用素材・生徒の作品等,公共図書館や生涯学習センター等が提供している所蔵資料のデジタル化コンテンツや市民の作品等,民間プロバイダーが提供している利用者作成型コンテンツの4類型について,いくつかの事例を挙げて,実態を分析している。

 続いて,文化庁が構築すべき新しい意思表示システムの要件について,構築方針と扱う類型(マークのパターン)から整理している。構築方針としては,提供主体,利用主体ともに限定しない方針を採用しつつも,試行段階では,国・地方公共団体や学校教育機関,社会教育機関を主な提供主体として想定し,意思表示を働きかけることが提言されている。また利用を許諾する対象分野としては福祉・教育分野に限定,非営利分野に限定,限定なし,の3段階,対象とする利用形態としては改変可,改変可・継承,改変不可,の3種類が想定されており,これらのうちから1つずつを組み合わせた形のもの(例:福祉・教育分野に限り改変不可という条件で利用を許諾する)に,必要に応じて付帯条件(特則)を記載する,という形の類型が提言されている。対象分野,対象とする利用形態等については各々,考え方,定義,注意事項等の検討内容が記載されている。

 そして,この新しい意思表示システムの全体に係る留意点が,ルールとして検討すべき論点,提供者・利用者の利便性向上のために検討すべき論点の2つの側面から整理されている。これは,FAQとして記載すべきものであるとされており,前者では第三者による不正な意思表示,一度意思表示した著作物の利用条件等の変更,著作権の譲渡,他のライセンスとの相互互換性などが,また後者では提供者への意思表示のインセンティブ付与,意思表示される著作物の増加,意思表示された著作物を探しやすくする仕組み,意思表示の内容に含まれない利用などが論点として挙げられており,それぞれ対応の方向性についての検討内容が記載されている。

 最後に,新しい意思表示システムの普及策,このシステムでは解決困難な周辺課題が整理され,「本調査研究の成果を踏まえ,次年度以降,実際に意思表示システムが構築・運用され,意思表示により著作物等の円滑なネットワーク流通が促進されることが期待される」とまとめられている。

 ネットワーク上で提供するコンテンツを拡大している大学や図書館は,文化庁が今後どのような取り組みを行っていくのかを注視するとともに,クリエイティブ・コモンズ等の民間の意思表示システムについても引き続き注目し,今後の対応を検討していく必要があろう。

Ref:
http://www.bunka.go.jp/jiyuriyo/
http://www.elnet.go.jp/elnet_docs/unyo/guideline.pdf
http://www.creativecommons.jp/