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カレントアウェアネス
No.289 2006年9月20日
CA1604
動向レビュー
日米における著作権法の図書館関係制限規定の見直しの動き
1. 図書館資料としての著作物の変化
伝統的な図書館サービスは,図書・雑誌の紙媒体,録音テープなどの固定物の資料を収集・保管し,整理した上で,建物内で利用者に提供するというものであるが,社会のデジタル化・ネットワーク化の進展につれて,図書館資料としての「著作物の生産・流通・消費のすべての過程がデジタル技術とインターネットとに巻き込まれてしまったこと」(1)により,情報提供機関としての図書館の機能に変化が生じたため,デジタル・ネットワーク時代に対応した著作権法の見直しが必要であるという指摘がなされている。
本稿では,このような著作物の変化の中で,米国・日本で行われた図書館関係の著作権法上の権利制限の見直しの議論について,デジタル化・ネットワーク化を中心に紹介する。
デジタル化・ネットワーク化された著作物は,これまでの著作物とは異なり,物理的な占有を必要とせず,インターネットを通じた流通・複製等が容易なものとなる。この状況を踏まえて新たに法制化する場合には,どのようなデジタル情報の流通過程に複製権,演奏権等の著作権法上の支分権(権利の束である著作権を構成する権利のそれぞれを指す)を及ぼし,また権利制限規定を設けるのが妥当であるのかを考える必要がある(2)。
2. 米国における改正動向
2.1. 108条研究グループの概要
米国では,「108条研究グループ(The Section 108 Study Group)」が米国議会図書館(LC)に設置され,第1回の会議が2005年4月14日と15日にワシントンD.C.で開かれた。このグループは,LC館長に対して2006年半ばまでに,近年のデジタル技術の進展に伴う著作物の創作,流通,図書館における保存のあり方の変化などを踏まえた図書館関係の著作権法改正を勧告することを目的としている。ここでいう「108条」とは,米国著作権法において図書館に関する権利制限(Limitations on exclusive rights)を規定している条文(17 U.S.C. Sec.108)を指す。その活動においては,同じLCの組織下にある米国著作権局(U.S.Copyright Office)や,同図書館が主導する「全米デジタル情報基盤整備・保存プログラム(NationalDigital Information Infrastructure and Presevation Program:NDIIPP)」(CA1502参照)の協力を得ている。
会議は,原則として非公開で13回行われる予定であり,2007年3月の会議で結論を得ることになっている。また公開会議が3回開催されることになっており,このうち2回は既に,当事者からの意見の聴取を目的としたラウンドテーブル・ディスカッション(Roundtable Discussions)として,2006年3月8日と16日にロサンゼルスとワシントンD.C.で開催された。図書館団体,出版団体,権利者団体,博物館関係者,弁護士,大学教授,インターネット・アーカイブスの運営者などが参加し,その議事録が公開されている(3)。
研究グループの構成は,ノースカロライナ大学ロースクールの著作権法の教授で同大学法律図書館長のガザウェイ(Laura N. Gasaway)教授と出版業界の顧問弁護士として従事してきたルーディック(Richard S. Rudick)弁護士が共同議長であり,その他メンバーは権利者,図書館関係者,さらに弁護士といった法律有識者の三者からなり,総勢で19名である。
2.2. 108条研究グループの検討の内容
2005年4月から2006年1月までの研究グループ会議においては,アナログからデジタル,またはデジタルからデジタルへの公表著作物の保存目的の媒体変換,保存資料へのアクセス,どのような施設を図書館についての著作権制限の対象として拡大するべきか等について議論された。
その後2006年2月15日に,ラウンドテーブル・ディスカッションの開催と著作権法108条改正についての意見募集(3月17日から4月17日まで,後に4月28日までに募集期間を延長)の告示を掲載した“Federal Register”(4)においては,次の4点(対象施設の範囲,108条(b)(c)の検討,デジタル保存,ウェブサイト保存)を調査の対象として取り上げている。
第1論点は,108条による著作権制限の対象となる施設をどのような範囲にまで拡大するかというものである。具体的には,商業的利益を求めないことを条件とするか,施設が物理的に存在しない“virtual”の施設も含めるか,美術館のような図書館類似の施設も含めるか,さらに業務を外注する図書館も108条の図書館に含められるか,等の問題が提起されている。
第2論点は,保存,盗難防止または研究を目的として行う未発行著作物の増製について規定する108条(b)と,コピー等の損傷,変質,形式が古くなった等のために,かかるコピー等との交換のみを目的として行う発行著作物の増製について規定する108条(c)についての検討である。権利制限により可能となるコピーの部数を現行の3部と限定する必要があるのか,権利制限の理由となる目的を追加できないか,未発行著作物と発行著作物を区別する必要があるか,デジタル形式で複製した場合,これを公に利用可能な状態に置くことはできないか等について問題提起している。
この論点については,ロサンゼルスのラウンドテーブル・ディスカッションにおいて,デジタル形式による提供方法についての制限規定のモデルとして,遠隔教育(distance education)に係る権利制限規定である“TEACH ACT”(Technology, Education, and Copyright Harmonization Act of 2002.)(5)を挙げて議論したところ,大学図書館関係者から同規定が複雑で適用条件を満たすことが困難であり,大きな挫折を感じたとする発言がなされた(6)。意見募集においても,教育関係者に多大な負担をかけた“TEACH ACT”をモデルとすることに懸念を示すものがあり,これと同様に108条においてもあまりにも多くの技術的条件を規定すれば,結局デジタル資料の図書館外からのアクセスが行えなくなるとしている(7)。
第3論点は,保存のみを目的とした新しい例外規定を置くかという問題である。デジタル・メディアが保存上不安定であるという特徴に鑑み,限定した図書館等の施設において,危機に瀕した(at risk)著作物を複製して保存できるとすべきか,等の論点が挙げられている。
第4論点は,ウェブサイト保存に関する新しい例外規定を置くかという論点である。ウェブサイトは一時的に存在する消去されやすい性質である一方で,歴史的記録として重要であることから,図書館等がインターネット上のウェブサイトを収集・保存することについての権利制限を認めるか,さらにそれをインターネット上に公開することについても認めるか,といった問題提起がなされている(8)。
3. 日本における改正動向
3.1. 文化審議会著作権分科会法制問題小委員会の概要
日本においては,平成17年の文化審議会著作権分科会法制問題小委員会(以下「法制問題小委員会」という。)において,図書館関係の権利制限について検討され,平成18年1月に公表された「文化審議会著作権分科会報告書」(9)においてその結果が出された。
この検討は,著作権分科会において,今後優先して対応すべき著作権法上の問題を大局的・体系的な観点から抽出・整理をし,平成17年1月24日に取りまとめられた「著作権法に関する今後の検討課題」(10)の検討事項として挙げられた「権利制限の見直し」の中で,特許審査手続関係,薬事行政関係,障害者福祉関係,学校教育関係とともに行われたものである。
会議は,平成17年2月28日から12月1日にかけて合計10回開かれ,このうち第2回と第3回において図書館関係の有識者(常世田良著作権分科会委員ほか)よりヒアリングし,同年9月8日から10月7日にかけて,8月25日に公表された「文化審議会著作権分科会法制問題小委員会審議の経過」(11)についての意見募集が行われた。この間の会議の議事録はすべてインターネットで公開されている。
法制問題小委員会の構成は,中山信弘東京大学教授を主査とし,その他知的財産法専攻等の大学教授,弁護士,消費者団体代表などの有識者の合計20名からなり,米国と異なり,作家,出版社等の権利関係者や図書館関係者など,利害関係のある当事者がいないのが特徴である。
3.2. 法制問題小委員会の検討の内容
法制問題小委員会においては,図書館関係の権利制限の見直しについて,6つの論点(図書館間現物貸借コピー,図書館間ファクシミリ等送信,インターネット情報のプリントアウト,再生手段の入手が困難な資料保存,官公庁作成広報資料等の全部分複写,障害者に対する著作物の提供)について検討し,その結果が報告されている。
第1論点は,著作権法(昭和45年法律第48号)第31条の「図書館資料」に他の図書館等から借り受けた図書館資料を含めること,すなわち現物貸借により借りた資料のコピーの権利制限を認めることについてのものである。これについては,「権利者団体と図書館団体との間の協議における合意の内容・推移を見守ることとし」(12),権利制限の具体的な条件について実態を踏まえて検討することが適当であるとした。ここでいう「合意」とは,日本図書館協会等の図書館団体が,「図書館における著作物の利用に関する当事者協議会」において権利者団体との間で合意した「図書館間協力における現物貸借で借り受けた図書の複製に関するガイドライン」を指し,平成18年1月1日より適用されている(13)。
第2論点は,図書館等の間においてファクシミリ,電子メール等を利用して,著作物の複製物を送付することについてのものである。これについては,「大学図書館間協力における資料複製に関するガイドライン」(14)を引用の上,権利者団体および図書館関係者間の協議の状況も踏まえつつ検討することが適当であるとしている。
なお,以上のような著作物利用に係るガイドラインを日本において設けることは,米国のようにフェアユース規定(米国著作権法第107条)がない以上困難であるとの指摘が考えられるが,そのような明確な制限規定がなくとも,制限規定の立法趣旨や著作権法上の権利の制定趣旨を勘案して,合理的な解釈運用をすべきであるとの指摘がなされているところである(15)。
第4論点は,SPレコード,ベータビデオなど,「再生手段」の入手が困難である図書館資料を保存のため例外的に許諾を得ずに複製することについてのものであり,現行法の枠組みや権利処理の取組みにより対処可能か否かの判断基準について,必要に応じて検討することが適当であるとしている。米国の研究グループの第2論点と異なり,デジタル保存のみならずアナログ保存を複製の対象に含めているのが特徴的である。
このほか,図書館等におけるインターネット上の情報のプリントアウト,官公庁作成広報資料等の全部分の複写,障害者に対する著作物の提供に係る権利制限の条件緩和を行うことについての論点があったが,いずれも権利制限を行うことを適当とする結論は出されていない(16)。意見募集においては,図書館団体,権利者団体,図書館利用者等から,様々な意見が提出されている(17)。
4. まとめ
総じて見て,日本の議論は米国に比べると,デジタル化対応といった長期的な政策を踏まえた議論ではなく,現在の図書館の現場における利用者対応の中で生じた課題を扱っているといえる。これは,日本の図書館関係者の著作権に対する最大の関心が利用者からの苦情に関するものであり(18),また図書館政策全般を取りまとめる機関が日本に見当たらないことによると考えられる。また利害関係者が審議のメンバーとして加わらなかったことから,図書館において具体的にどのように著作権が関係し,制度改正によりいかなる影響(メリット,デメリット)を社会に与えるのかが必ずしも明確にならなかった。
著作権の権利制限は,著作権が公共性を有することにより規定されたものであるため,権利制限の議論においては,当事者間の利害調整や政策的判断が重要となる。今後の図書館関係の権利制限の議論においては,そのような視点から行うことが必要であると思われる(19)(20)。
調査及び立法考査局国会レファレンス課:鳥澤孝之(とりさわ たかゆき)
(1) 名和小太郎. この本の狙い. 名和小太郎ほか編. 図書館と著作権. 東京, 日本図書館協会, 2005, 1.
(2) 中山信弘. マルチメディアと著作権. 東京, 岩波書店, 1996, 60-64.
(3) Public Roundtables. (online), available from < http://www.loc.gov/section108/roundtables.html >,(accessed 2006-07-17).
(4) Notice of public roundtables with request for comments, 71 Fed. Reg. 31, 7999 (2006). (online), available from < http://www.copyright.gov/fedreg/2006/71fr7999.pdf >, (accessed 2006-07-17).
(5) 作花文雄. 遠隔教育の振興と著作権制度−米国”TEACH ACT”からの示唆と著作権制度の課題−. コピライト. 2005-12. 11-31.
(6) Transcription Section 108 Study Group, PublicRoundtable #1 March 8, 2006, UCLA School of Law,Los Angeles, California: Topic 2: Amendments to Current Subsections 108(b) and (c): Access to DigitalCopies.21. (online), available from < http://www.loc.gov/section108/docs/0308-topic2.pdf >, (accessed 2006-07-17).
(7) Prudence S. Adler & Emily Sheketoff, et al. Association of Research Libraries & American Library Association. (online), available from < http://www.loc.gov/section108/docs/Adler-Sheketoff_ARL-ALA.pdf >, (accessed 2006-07-17).
(8) 日本においては,国立国会図書館が「インターネット情報の収集・利用に関する制度化の考え方」を示し,平成17年4月に意見募集を行った。この点については,国立国会図書館. 「インターネット情報の収集・利用に関する制度化の考え方」に関する意見募集の結果. (オンライン), 入手先< http://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/internet.html >, (参照2006-07-17)を参照。
(9) “文化審議会著作権分科会報告書”. 文化審議会著作権分科会. 2006-01. (オンライン), 入手先< http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/06012705.htm >, (参照2006-07-17).
(10) “著作権法に関する今後の検討課題”. 文化審議会著作権分科会. 2005-01-24. (オンライン), 入手先< http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/05012501.htm >,(参照2006-08-13).
(11) “文化審議会著作権分科会法制問題小委員会審議の経過”. 文化審議会著作権分科会法制問題小委員会. 2005-08-25. (オンライン), 入手先< http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/05090806.htm >, (参照2006-07-17).
(12) 文化審議会著作権分科会, 前掲(9), 19.
(13) 著作権法第31条の運用に関する2つのガイドライン. (オンライン), 入手先< http://www.jla.or.jp/fukusya/index.html >, (参照2006-07-17).
(14) “大学図書館間協力における資料複製に関するガイドライン”. 国公私立大学図書館協力委員会. 2005-07-15. (オンライン), 入手先< http://wwwsoc.nii.ac.jp/anul/j/documents/coop/ill_fax_guideline_050715.pdf >, (参照2006-08-13).
(15) 作花文雄. 詳解著作権法. 第3版. 東京, ぎょうせい,2004, 311-312.
(16) なお,視覚障害者情報提供施設等において,専ら視覚障害者に対し,公表された録音図書の音声をインターネットを通じて送信することについては,障害者福祉関係の権利制限の検討において,権利制限を行うことが適当とされた。
(17) 著作権分科会 法制問題小委員会(第9回)議事録[資料2].「文化審議会著作権分科会法制問題小委員会 審議の経過」に対する国民からの意見募集の結果について. (オンライン), 入手先< http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/05111401/001.htm >, (参照2006-07-17).
(18) 日本図書館協会著作権委員会編. 図書館における著作権対応の現状: 「日本の図書館2004」付帯調査報告書. 東京, 日本図書館協会, 2005, 50-56.
(19) なお,法制問題小委員会での検討に先立ち,吉川晃文化庁長官官房著作権課長(当時)は,「図書館におけるデジタル時代のサービスと著作権法の問題も重要なテーマだと思います。」「中間的な利害調整の方法として,権利制限はするが補償金は出すというようなことで,デジタル時代に対応した新たなサービス展開」をすることなどが考えられるとの所見を示している。吉川晃. 知的財産戦略に基づく最近の動きについて. コピライト. 2004-09, 18.
(20) ドイツにおける図書館関係の著作権法の見直しの議論については,土肥一史. 著作権法の改正問題. コピライト. 2006-07, 11-12.参照。
Ref: The Section 108 Study Group. (online), availablefrom < http://www.loc.gov/section108/index.html >, (accessed 2006-07-17).
United States Copyright Office. “Circular 21.:Reproductions of Copyrighted Works by Educators and Librarians”. (online), available from < http://www.copyright.gov/circs/circ21.pdf >, (accessed 2006-07-17).
山本隆司ほか訳. 外国著作権法令集 和訳版 アメリカ編. (オンライン), 入手先< http://www.cric.or.jp/gaikoku/america/america.html >, (参照2006-07-17).
鳥澤孝之. 日米における著作権法の図書館関係制限規定の見直しの動き. カレントアウェアネス. (289), 2006, 12-15.
http://current.ndl.go.jp/ca1604