E2307 – 「読書バリアフリー基本計画」を読む

カレントアウェアネス-E

No.399 2020.10.01

 

 E2307

「読書バリアフリー基本計画」を読む

専修大学文学部・野口武悟(のぐちたけのり)

 

   国の「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する基本的な計画」(通称「読書バリアフリー基本計画」。以下「計画」)が2020年7月14日に策定・公表された。この計画は,2019年6月28日に施行された「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律」(以下「読書バリアフリー法」;CA1974参照)第7条に基づくもので,策定主体は文部科学大臣および厚生労働大臣である。策定に向けての検討協議は,「読書バリアフリー法」第18条に基づき設置された「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に係る関係者協議会」(以下「関係者協議会」)で行われ,計画案に対するパブリックコメントを経て,策定された。

   本稿では,この計画の概要を述べたうえで,計画に示された施策の方向性を図書館と出版との関わりに分けて整理し,最後に施策の実現に向けてポイントになると思われる事項をいくつか挙げておきたい。

●計画の構成と内容

   計画は大きく「Ⅰ はじめに」「Ⅱ 基本的な方針」「Ⅲ 施策の方向性」「Ⅳ おわりに」から成る。Ⅰでは,「読書バリアフリー法」成立の背景や経緯,読書バリアフリーの意義と課題などが述べられている。また,Ⅱでは,「読書バリアフリー法」第3条に示された3つの基本理念に対応する形で,3つの方針を提示している。

   この計画において特に重要なのはⅢである。すでに「読書バリアフリー法」の第9条から第17条において基本的施策は示されているが,それらをより具体的に記述したものとなっている。最後のⅣは,わずか1ページ程度の分量ではあるが,今後の展開につながる重要な記述がなされている。以下,これらⅢとⅣを中心に見ていきたい。

●計画に示された施策と図書館

   視覚障害者等がアクセシブルな書籍等を「借りる」側面で重要な役割を果たすのが図書館である。「読書バリアフリー法」およびこの計画では,公立図書館のみを施策の対象としているのではなく,大学図書館,学校図書館,国立国会図書館,点字図書館等をも対象としていることに留意しなければならない。

   「Ⅲ 施策の方向性」には8項目の施策が掲げられているが,そのうち図書館に関わるものは,次の6点にまとめられる。(1)視覚障害者等による図書館の利用に係る体制の整備等,(2)インターネットを利用したサービスの提供体制の強化,(3)特定書籍・特定電子書籍等の製作の支援,(4)外国からのアクセシブルな電子書籍等の入手のための環境整備,(5)端末機器等及びこれに関する情報の入手支援,情報通信技術の習得支援,(6)製作人材・図書館サービス人材の育成等。このうち(3)は出版者からの電磁的記録等の提供等に関する内容が含まれるため次に述べる出版とも関わる。

   これらの施策は,各図書館はもちろん,学校教育(特別支援教育,初等中等教育,高等教育)や社会福祉など,従来の行政所管の枠組みを越えた連携なしには実現が難しいものが少なくない。ただし,すでに行政所管の枠組みを越えた連携には,子どもの読書活動の推進という先例がある。「子どもの読書活動の推進に関する法律」の制定から約20年が経ち,図書館と保健,保育,学校教育(幼児教育を含む)などの連携した取り組みが各地で定着しつつある。読書バリアフリーの推進もこうした先例に倣うことが大切である。

●計画に示された施策と出版

   視覚障害者等にとって,アクセシブルな書籍等を「購入する」ことのできる環境の実現は,以前からの悲願である。とりわけ,情報通信技術(ICT)が急速に普及するなかで,アクセシブルな電子書籍の出版流通への期待が高まっており,この計画でも電子書籍の扱いは大きい。

   出版に関わる施策としては,前項の(3)に加え,「アクセシブルな電子書籍等の販売等の促進等」がある。また,「アクセシブルな電子書籍等・端末機器等に係る先端的技術等の研究開発の推進等」も関係が深い。

   上記のうち,「アクセシブルな電子書籍等の販売等の促進等」の施策の中身は,国による出版界への強制にならないように,「検討」「情報提供」「支援」などの言葉が並ぶ。換言すれば,施策の実現は,出版界としての主体的な取り組みにかかっているということである。

●計画の実現に向けて

   計画に示されたこれらの施策は,国が取り組むべきものである。国の施策をいかに実現するかを協議検討することも,「読書バリアフリー法」に基づき設置された関係者協議会の重要な役割である。今後の関係者協議会の動向にも注視していきたい。

   同時に,国が取り組むべき施策とはいえ,読書バリアフリーは,地方公共団体,各図書館,出版界の協力なしには先に進まないのもまた事実である。計画の「Ⅳ おわりに」では,地方公共団体,とりわけ都道府県の取り組みを重視し,「特に都道府県は,域内全体の視覚障害者等の読書環境の整備が図られるよう,自ら行うべき図書館等の施策の充実を図るとともに,市町村に対して必要な指導・助言等を行うものとする」と述べている。なかでも図書館に関しては,都道府県立図書館が都道府県内の市町村立図書館や学校図書館等の読書バリアフリーのモデルとなるべく積極的な取り組みが望まれる。「読書バリアフリー法」第8条では地方公共団体の計画策定は努力義務となっているが,都道府県にあっては市町村に率先して策定することが求められよう。

   出版界における主体的な取り組みのカギを握るのは,出版者の意識である。2019年10月から11月にかけて日本書籍出版協会の協力のもと実施した筆者らの調査研究では,「読書バリアフリー法」について「詳しくは知らないが,法制化について知っている」出版者が53%,「よく知らない」が37%などの結果となった。出版界における読書バリアフリーへの意識を高めるべく,業界団体等による一層の啓発や情報提供等が必要であろう。

Ref:
総合教育政策局男女共同参画共生社会学習・安全課. “「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する基本的な計画」の決定について”. 文部科学省. 2020-07-14.
https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/mext_00265.html
社会・援護局障害保健福祉部企画課自立支援振興室. “「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する基本的な計画」の決定について”. 厚生労働省. 2020-07-14.
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_12412.html
文部科学省, 厚生労働省. 視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する基本的な計画. 文部科学省, 厚生労働省. 2020, 18p.
https://www.mext.go.jp/content/20200714-mxt_kyousei02-000008566_2.pdf
“視覚障害者等の読書環境の整備の促進に関する法律”. e-Gov.
https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=501AC1000000049
小松幸男,植村八潮,野口武悟,樋口清一. “読書バリアフリー法施行に伴うアクセシブルな電子データ提供に関する出版社の意識と課題(Ⅱ):出版社への質問紙調査を通して”.  画像電子学会第48回VMA研究会/第14回視覚・聴覚支援システム(VHIS)研究会予稿. 東京, 2020-02-29. 画像処理学会, 2020, p. 24-33.
野口武悟. 読書バリアフリー法の制定背景と内容、そして課題. カレントアウェアネス. 2020, (344), CA1974, p. 2-3.
https://doi.org/10.11501/11509684