E2168 – 議会図書館の評価指標を考える:英国の事例から<文献紹介>

カレントアウェアネス-E

No.374 2019.08.08

 

 E2168

議会図書館の評価指標を考える:英国の事例から<文献紹介>

関西館図書館協力課・武田和也(たけだかずや)

 

Tarek Al Baghal. Usage and impact metrics for Parliamentary libraries. IFLA Journal. 2019, 45(2), p. 104-113.

    近年,公共図書館・大学図書館を中心に,図書館サービスの社会的なインパクトを評価するための新たな指標を開発する動きが見受けられる(E1608E1911E1919E2024E2153参照)。一方,議会図書館には,政治的な意思決定を行う議員に対して公正・中立な情報を提供するという固有の役割があり,他館種とは異なる評価指標が求められるのであるが,そのための新しい評価指標を検討する動きは乏しい。

    英国の貴族院図書館(House of Lords Library)は,そのような課題認識のもと,議員に対するより良いサービスを実現するため,英国議会の科学技術局(POST)の協力を得て,両院制の上院の図書館という特徴を持つ同館の「利用」や「インパクト」を評価する指標の適性・有用性を検討する研究者招へいプロジェクトを実施した。本文献は,同プロジェクトに招へいされた英・エセックス大学社会経済研究所の主任研究員Tarek Al Baghal氏によるものであり,開発した指標を用いて図書館サービスの議員に対するインパクト評価を行った結果として,調査依頼数と議会での発言数との間にわずかながらも統計的に有意な相関関係が認められると指摘している。

    指標は,同館の予算・人員が乏しいことから,既存の業務で収集された必ずしも構造化されていないデータを,フリーの統計解析ソフトRを用いて処理し,開発された。インパクト評価は,2017年6月から2018年3月までの期間の,下記(1)から(4)の指標を,議員名を照合キーにして分析したものである。なお,各データ間で議員名の表記が統一されていない点等が照合にあたっての課題として指摘されている。

    本稿では,指標開発にあたって,どのような既存データが用いられたのか,以下紹介する。

(1)図書館刊行物の利用に係る指標
   同館では,国政課題に関する調査成果を刊行しており,議員から要請があった場合に加え,議会で発言する議員に対して関連するテーマの同館刊行物を送付している。このことから,議会での発言は,同館刊行物の利用(少なくとも受領)に関する唯一の体系的な指標と考えられた。そこで,発言を希望する議員は,院内幹事のウェブサイトを通じて申請することになっているため,申請した議員の名前が掲載されたウェブサイトからRを用いて自動的に抽出して作成した,議員名・発言・日付からなるデータを,図書館刊行物の利用に係る指標とした。

(2)図書館への依頼に係る指標
   同館では,議員からの依頼内容を記録するシステムを構築しており,同記録は,csvファイルで出力することができる。そこで,同ファイルから議員毎の依頼数,依頼場所(カウンター・電子メール),依頼の種類(調査・複写・所蔵確認)に関するデータを抽出し,図書館への依頼に係る指標とした。

(3)所蔵資料の貸出に係る指標
   同館が採用している図書館システムでは過去の貸出記録を保持している。議員名,図書のタイトル,図書分類ごとの貸出状況や,同館刊行の新着図書を紹介する情報誌に掲載された図書の貸出状況を分析可能なデータとするため,図書館システムが持つ構造化された貸出記録を,Rを用いて1レコード1行にフラット化し,所蔵資料の貸出に係る指標とした。

(4)議会での図書館への言及に係る指標
   議会の会議録検索システムは,検索結果をcsvファイルで出力することが可能である。そこで,同館刊行物のタイトルなど同館に関する用語で検索した結果を出力し,議会での図書館の活動への言及に係る指標とした。

   この他,(1)から(4)の指標との照合の難しさ,対象データの少なさ,計画段階である等の理由から今回は用いられなかったものの,(5)Google Analyticsによる議会ウェブサイトのアクセス解析データから,Rを用いて,同館刊行物を公開するウェブページのアクセス情報(刊行物・著者・主題別のヒット数・ユニークユーザー数,アクセス場所(議会内・外))を抽出したデータ,(6)Googleアラートを用いた,報道での同館刊行物の言及数やその取り上げられ方(肯定的か否定的か)に関するデータ,(7)(4)や同館関係のツイートをスクレイピングしたデータのRを用いたテキスト分析(感情分析・N-gram相関・トピックモデル)結果,も有用な指標として指摘されている。

   近年,日本においても,地方議会改革の流れの中,議会基本条例を制定し,条文において議会図書館の整備充実をうたう地方公共団体が多くなってきている(CA1794参照)。また,その活動が,図書館界以外でも評価される議会図書館も出始めてきた(E1802E1882E2103参照)。地域の課題を解決する「役立つ」議会図書館の活動を評価する,日本の実情に応じた簡便な指標の開発もまた求められているように思われる。

Ref:
https://www.ifla.org/files/assets/hq/publications/ifla-journal/ifla-journal-45-2_2019.pdf
https://doi.org/10.18919/jkg.69.3_106
http://www.nal-lib.jp/kai/v71/zahyo2.html
https://kaken.nii.ac.jp/grant/KAKENHI-PROJECT-19H04428/
https://www.parliament.uk/business/lords/work-of-the-house-of-lords/lords-library/
https://cran.r-project.org/
https://www.lordswhips.org.uk/
https://hansard.parliament.uk/
https://doi.org/10.11501/3532195
https://www.pref.ehime.jp/gikai/katsudou/topics/documents/h3003actionplan.pdf
E1608
E1911
E1919
E2024
E2153
E1802
E1882
E2103
CA1794