E2084 - 「図書館情報学の研究成果を書籍出版する」<報告>

カレントアウェアネス-E

No.359 2018.12.06

 

 E2084

「図書館情報学の研究成果を書籍出版する」<報告>

 

 2018年10月13日に慶應義塾大学を会場とする三田図書館・情報学会2018年度研究大会において,ラウンドテーブル「図書館情報学の研究成果を書籍出版する」が開催された。前半ではモデレーターと3人の話題提供者による論点の提示が行われ,後半ではフロアを交えた意見交換が行われた。

 まず,モデレーターの根本彰氏(慶應義塾大学)から,学術書籍出版の近年の動向を背景に,図書館情報学領域における書籍出版,出版企画と経費の問題という論点を中心に,研究者と出版者のそれぞれの立場から自由な意見交換を行うことを目指すという開催の趣旨が説明された。なお,図書館と出版界の関係全体については今回の論点とはしないことが示された。

 日本の図書館情報学領域の出版物は,司書課程向けの教科書,一般書・教養書,研究書(博士論文の出版を含む),海外出版者から刊行される書籍など多様である。最初の話題提供者である金沢みどり氏(東洋英和女学院大学)は,次のような出版経験を紹介した。教科書は学生が対象だが,全国の図書館による購入も期待でき,シリーズの方が購入を刺激するという出版者の見込みから「図書館情報学シリーズ」や「ライブラリー図書館情報学」(いずれも学文社)を監修者の一人として出版してきた。研究書としては,博士論文を学内の出版助成金を受け出版した。また日本語による成果発表は大事であるが,英語論文を定期的に投稿したことで海外の出版者からの依頼があり,英語による書籍出版につながるという経験をした。

 続いて,酒井由紀子氏(東京財団政策研究所,出版時は慶應義塾大学)から博士論文の成果を2018年に書籍『健康医学情報の伝達におけるリーダビリティ』(樹村房)として出版した経験が紹介された。出版に至るスケジュールや博士論文にかなりの手を入れたこと,出版者は研究書に特化したところではないが,最近は研究書にも意欲的であると考え,自ら出版企画を持ち込んだこと,図書館情報学分野だけではなく関連領域の出版物における書評掲載などの話題提供があった。

 守田省吾氏(みすず書房)からは,長年編集者を務め,現在は社長という立場から,「専門家以外にはわからない本でもなく,一般書でもない」,いわば「人文書」を出版することについて次のような話題提供がなされた。図書館という存在が現在の日本において重要であると感じ,最近は図書館関係の本を手がけている。とくに2018年に出した『公共図書館の冒険』(柳与志夫・田村俊作編,みすず書房)は書籍作りの過程での勉強会に自身が出版者としての立場で関わり,出版者と図書館の関係について多角的に論じている珍しい本だと考えている。クルティウス(Ernst Robert Curtius)の『読書日記』(みすず書房,1973年)には,売れ行きが悪くとも良質な専門書を出し続けたドイツの出版者が紹介されており,大学と出版者という観点からも興味深い。

 根本氏からは,専門書の市場は小さく,研究成果の出版であっても出版という営利事業である以上は市場を意識する必要があること,日本の図書館情報学は米国流の学問の系譜にあるが,日本の図書館と出版者・書籍市場の関係は米国における関係とは大きく異なること,研究者は書籍よりも論文の執筆に重点を置くべきだという考えもあることが指摘された。

 後半の意見交換では,書籍出版に対する研究者と出版者の立場の違いや市場との関係,図書館における専門書の購入,大学における人文学の位置付けなどについての議論があった。最後に,改めて,図書館情報学の書籍の「読者」は誰なのかという質問がフロアからなされ,これに答える形で全体のまとめが行われた。図書館情報学の内部の研究者だけでなく,図書館や出版者で働く人たち,また関連領域の研究者など,広い範囲に向けた書籍出版が行われていること,書籍が読まれなくなっていくなか,読者を見つけ,いかに増やしていくかが大きな課題であるという認識が示された。

 このラウンドテーブルは解決策を提示することを目指すものではないが,書籍出版の将来を考えるうえで,さまざまな示唆を得ることができる場であった。このテーマについては,多様な立場からの対話と意見交換が欠かせないであろう。

慶應義塾大学文学部・安形麻理

Ref:
http://www.mslis.jp/am_2018.html

 

 

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