E1801 – 「忘れられる権利」と国際図書館連盟(IFLA)

カレントアウェアネス-E

No.304 2016.06.02

 

 E1801

「忘れられる権利」と国際図書館連盟(IFLA)

 

 本稿では,いわゆる「忘れられる権利」について,国際図書館連盟(IFLA)の声明を中心に紹介する。

◯EU一般データ保護規則における「忘れられる権利」
 「忘れられる権利」については様々な議論があるが,最近,公にされたものとして,EU一般データ保護規則を紹介する。同規則は,2016年4月14日に欧州議会により最終承認され,2018年5月25日から,EU加盟国に直接的に適用される。2012年1月に欧州委員会が示した規則提案,2014年3月に欧州議会の修正(E1572参照),2015年6月に閣僚理事会の修正,2015年12月の三者会談による合意を経て,最終的に,同規則第17条の表題は,「消去権(「忘れられる権利」)」(Right to erasure (‘right to be forgotten’))となった。同条に基づき,データ主体(識別された又は識別され得る自然人)は,管理者(個人データ処理の目的と手段を決める自然人,法人,組織等)に対して,個人データの消去を求める権利があり,そして,管理者は,当該個人データが収集された目的と無関係になった場合など一定の場合には,個人データを消去する義務を負う。その際,管理者は,利用できる技術,実施コストを考慮に入れて,合理的な手段を選択できる。「忘れられる権利」に関し,個人データの消去について明確な権利性を認めたと評価できよう。

◯「忘れられる権利」についての立場
 EU一般データ保護規則の成立に先立ち,2016年2月25日,IFLAは,「忘れられる権利」に関する声明を発表した。声明では,「忘れられる権利」が様々な概念を含むことに留意し,広く情報源の消去にまで及び得ることを指摘する。その上で,昨今の議論における「忘れられる権利」の射程について,IFLAは,ウェブ上の情報源の削除ではなく,検索結果のリンクの削除を検討するものであるととらえている。一般的に,情報を破壊し,インターネット上での利用を不可能にするものではないが,公表済み情報の検索を困難にするものであると評価している。

 情報に関する職務との関係では,IFLAは次のような考えを示す。司書などの情報に関する職務に従事する者の役割は,情報の内容を組織化して示すことであり,それにより,利用者は,必要となる情報を見付けることができるとする。そして,「忘れられる権利」は,公人(public figure)の氏名に基づくインターネットでの調査のように,公衆の正当な関心事として認められる行為を阻害し得るもので,また,系譜学又は歴史学のための調査を困難にするおそれがあると述べる。

 また,IFLAは,情報の利用可能性が損なわれた場合又は情報が破壊された場合には,情報へのアクセスの自由が十分に保障されなくなることを懸念する。ウェブ上で情報へのリンクが削除されれば,多くの場合,当該情報へのアクセスは不可能になり,ひいては,表現者や公表者の表現の自由も制約されると指摘する。

◯個人のプライバシーとの関係
 従前から,個人のプライバシー保護についてもIFLAは言及してきた。2008年12月に,「歴史的記録に含まれる個人識別可能な情報へのアクセスについての声明」を公表し,情報へのアクセスの自由とプライバシーの関係について考え方を示した。そこでは,IFLAは,情報へのアクセスの自由及び表現の自由という原則は,現在の資料のみならず,歴史的記録における個人的及び私的な原資料に関しても適用されるとした。そのような個人情報は,短期的には,公表や検討の対象から保護されることもあるが,人類共通の遺産として保存され,長い時を経過したものについては,利用できるようにすべきであるとする。

 これを受けて,今回の声明でも,IFLAは,公共の利益に反しない限り,生存する個人のプライバシーを保護することを認めるが,これらの情報について永久に非公開とすること,又は,記録を破壊することは支持できないと表明している。

 また,図書館は公共の利益に仕えるという観点から,IFLAは,一般的に,公表された情報へのアクセスを促進するが,一方で,次のような場合は例外とする。それは,情報が真実でない場合,不正又は違法な手段により利用される場合,極めて個人的な情報である場合,不当な扱いを助長する場合等で,このような場合に該当する情報は,個人の評判や安全を損なうとみなすとしている。インターネット上のこのような事態へ対処するために用いられる場合には,「忘れられる権利」という概念は,概ね受け入れられるものであるが,実際の運用時の個別事情に左右され得るものであろうという考えを示している。

 最後に,IFLAは,加盟する構成員に対して,「忘れられる権利」に関する議論に参加し,懸念される事項を把握することなどを強く勧めている。

調査及び立法考査局行政法務課・今岡直子

Ref:
http://www.ifla.org/node/10273
http://www.ifla.org/node/10272
http://www.ifla.org/publications/ifla-statement-on-access-to-personally-identifiable-information-in-historical-records
http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_9055526_po_0854.pdf?contentNo=1
E1572