CA1903 – 動向レビュー:研究助成機関によるオープンアクセス義務化への大学の対応―英国の事例― / 花﨑佳代子

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カレントアウェアネス
No.332 2017年6月20日

 

CA1903

動向レビュー

 

研究助成機関によるオープンアクセス義務化への大学の対応
―英国の事例―

神戸大学附属図書館:花﨑佳代子(はなざき かよこ)

 

1. はじめに

 英国では近年、RCUK(英国研究会議)やHEFCE(イングランド高等教育助成会議)などの主な研究助成機関により、オープンアクセス(OA)義務化ポリシーが発表されている。本稿では、英国において、これらの研究助成機関のOAポリシーを背景にOAが進展する中で発生している新たな課題と、その課題への大学およびその関連機関による対応について紹介する。

 筆者はその課題への対応方法を調査するため、2016年9月に、英国におけるOAに関するサポートの中心的役割を担うJiscおよび研究助成機関のOA義務化へ対応しOAに関するワークフローを改善したインペリアル・カレッジ・ロンドンを訪問しインタビューを行った。本稿の内容は、訪問時およびその後のメールでの確認を含めた2機関へのインタビューおよび文献調査に基づいており、特に注のない記述はインタビューによるものである。

 

2. 背景

2.1. 英国の研究助成機関によるOAポリシー

 英国における大学などの高等教育機関向けの研究費は、HEFCEによる基盤的経費配分およびRCUKによる競争的資金配分が構成するデュアル・サポート・システムにより実施されている。2014年度は高等教育機関向け研究費78.9億ポンドのうち、HEFCEおよびその他3機関が構成するHEFCs(1)が約23.4億ポンド、RCUKが約21.4億ポンドを助成し、海外の研究助成機関や非営利民間研究助成機関が配分額においてそれらに続いている(2)

 これまで英国では、生物医学分野で英国最大の非営利民間研究助成機関であるウェルカム財団(Wellcome Trust)による2005年のOA義務化ポリシー発表(E338参照)に続いて、RCUKを構成する各研究会議がそれぞれグリーンOAによるOA義務化ポリシーを発表するなどの動きがあったが、2012年にRIN(英国研究情報ネットワーク)がFinchレポート(3)と呼ばれる報告書を発表したことが、英国のOAに関する方針における大きな転換点となった。この報告書では、グリーンOAでは再利用における権利上の制限やエンバーゴがあることを理由に、ゴールドOAおよびハイブリッドOAによるOAの実現を提唱している。これを受けRCUKは2012年7月に、ゴールドOAおよびハイブリッドOAを優先し、妥当な投稿先がない場合にのみグリーンOAを認めるOAポリシー(4)を発表した。このポリシーは、RCUKの助成により2013年4月以降に投稿される査読ありの雑誌論文および会議発表論文に関し、クリエイティブ・コモンズ(CC)のCC BYライセンスを適用して出版されると同時に論文が公開される雑誌、もしくはこれが不可能なら、非営利での再利用を制限しない条件で出版後6か月(人文社会科学分野は12か月)以内に著者最終稿をリポジトリへ登録することを認める雑誌へ投稿することを要求している。RCUKは、助成する全論文がOAとなるまでに5年間の移行期間を設定し、その期間に発生する論文処理費用(APC)およびその他OAの実現に必要な経費のための補助金を各大学へ配分すると発表した。RCUKはOAポリシー適用状況のレビューを実施すると定め、2014年実施のレビューのために助成を受けた論文のOAポリシー順守状況やOA補助金の使用額についての報告を各大学に課した(5)。その後も各大学は同様の内容について毎年報告を要求されている(6)

 また2014年にはウェルカム財団が他の5つの研究助成機関と共同でCOAFと呼ばれるAPC助成のための基金を設立した。大学はCOAF助成によりAPCを支払った場合、その論文を報告する必要がある(7)

 続いて2014年に発表されたHEFCEのOAポリシー(8)は対象とする論文の範囲が広く、かつ要求する条件が厳しい。このポリシーでは、2016年4月以降に受理されたISSNを持つ雑誌論文および会議発表論文の、受理後3か月以内のリポジトリへの登録およびその後(もしくはエンバーゴ終了後)1か月以内での公開を要求している(9)。対象となる論文は、HEFCEが研究費の傾斜配分のために6-7年ごとに実施しているREF(Research Excellence Framework:研究卓越フレームワーク)と呼ばれる評価の次回実施時(2021年を予定)に提出される論文である。REFにおいて各大学は、教員による論文またはその他の研究成果を、REFの評価対象の一つとして提出する(10)。つまり、HEFCEのOAポリシーを順守していない論文は、次回REFにおいて評価対象として大学から提出することができないため、REFへの提出の可能性がある論文はすべて、受理後3か月以内にリポジトリへ登録しておく必要がある。

 

2.2. 英国におけるOAポリシーの影響

 では、研究助成機関のOAポリシーはどのような影響をもたらしているのだろうか。

 2013年4月から2014年7月までを対象にしたRCUKのOAポリシーに関する第1回目のレビューの結果は、 表1の通り報告されている(11)

 

表1 RCUKのOAポリシー順守状況に関する55機関の回答

OA率がRCUKが示した2013/2014年度の目標値である45%以上の機関数(*1) 43機関
グリーンOAよりゴールドOAの比率の方が高い機関数(*1) 39機関
RCUK助成による論文数(*2) 20,580点
ゴールドOAの論文数(*3) 9,297点
グリーンOAの論文数(*4) 3,355点
OAポリシーを順守していない論文数(*5) 5,121点
APC支払総額 1,040万ポンド
上記APCにより出版されたゴールドOAの論文数 6,504点

※(*1)は、比較可能な回答を提示した46機関を対象としている。
※55機関へのOA補助金は英国におけるOA補助金全額の93.5%を占める。
※各機関からの報告において(*2)~(*5)のいずれかの数値が示されていない場合や見積もりに基づく場合があるため、(*3)~(*5)の合計が(*2)と一致しない。

 

 なお、同時期の英国全体のOA率については、2015年8月に発行されたRINの報告書に、2014年から過去2年間を対象に算出された英国と世界のOA率の見積もりがあり、英国は世界の数値を上回っている(表2)(12)

 

表2 論文のOA率(2014年)

出版後経過期間(月) 0 6 12 24
世界(%) 17.9 19.9 24.9 27.3
英国(%) 19.9 23.9 32.1 35.0

 

 さらに、HEFCEのOAポリシーは対象とする論文が多いため、今後OA率の向上がみられることも予想される。

 このように、主要な研究助成機関によるOAポリシーによってOA義務化の対象となる論文数が増加するとともに、各OAポリシーの定める要求に対応するため、APCの支払状況やOA率の把握・報告などの新たな業務が各大学において発生している。RCUKのレビューでは、OAポリシー順守状況の確認を行うために必要な大学全体の出版物の情報やそれと紐づいた助成金の情報を把握するシステムを、レビュー実施時には多くの大学が保持していなかったことが指摘され、多くの大学でREFも視野に入れてそれらのシステムの導入が進行中であると記されている。そして同レビューでは、RCUKだけではなく他の研究助成機関のOAポリシーへの順守状況確認にも役立つ形で、さらに事務コストを抑制した上でそれらのデータを収集する方法の確立の必要性が提唱されている(13)

 

3. Jiscによる対応

 上記の課題に対する、Jiscおよびインペリアル・カレッジ・ロンドンの対応のうち、本章では、JiscによるOA推進のためのプロジェクトを紹介する。Jiscでは、前章で述べた研究助成機関によるOA義務化への対応に関し、様々なツールやサービスの開発・提供を行っている。

 

3.1. Open Access Good Practice Project

 Jiscの主導により2014年5月から2016年7月まで実施された Open Access Good Practice Project(14)は、各大学が研究助成機関のOAポリシーを順守する際の負担を軽減するため、グッドプラクティスを創出・共有することを目的としている。

 このプロジェクトの実施期間中に、約30機関によって構成された9つのグループが各テーマに基づいて自機関の取り組みをブログやイベントで共有したほか、多数のツールや資料などの成果物を生み出した(15)。参加機関やテーマは、大学の規模や研究分野によってOAに関するニーズが異なることを前提に、その多様なニーズに応えられることを重視して選定され、中には後述するJiscの新しいサービス開発のためのパイロットの役割を果たす場合もあった。

 

3.2. Publications Router

 2015年半ばからの開発期間を経て2016年8月に正式にサービスを開始したPublications Router(16)は、論文のメタデータおよびフルテキスト(著者最終稿あるいは出版社版)を出版社などから各大学のCRIS(E1791参照)や機関リポジトリへ通知・転送するためのシステムである。メタデータおよびフルテキストは、Publications Routerの参加機関があらかじめ設定した、機関名、助成金の課題番号、ORCID(CA1740参照) iD、著者のメールアドレスなどを条件として判別の上、出版時またはそれ以前のタイミングで各機関に通知・転送される(17)

 2017年3月現在、メタデータおよびフルテキスト(出版社版原稿)の提供者は、eLife、 PLOS社、 Springer Nature社(配信時期:出版時)およびEurope PMC(配信時期:出版30日後)であり、PubMedはメタデータのみを提供している(18)。今後出版社が、受理のタイミングでの著者最終稿の転送へ対応すれば、HEFCEのOAポリシーの順守における大学の負担軽減につながると考えられる。

 

3.3. Jisc Monitor

 Jisc Monitor(19)は、APCの管理・記録と研究助成機関のOAポリシーの順守状況確認のためのツール開発を目的として2014年に開始されたプロジェクトである。この成果物として2016年11月にMonitor Local(20)とMonitor UK(21)という2つのクラウドサービスが稼働し始めた。

 Monitor Localは、Monitor Localの各参加機関が、グリーンOAとゴールドOA双方を含む自機関の論文情報とAPCの価格情報を記録・管理し、また研究助成機関のOAポリシーの順守状況を確認する機能を持つ。開発時に想定されていた情報源は、出版社の原稿公開許諾ポリシー参照のためのSHERPA RoMEO(22)、OAポリシー順守状況確認のためのツールであるLantern(23)、機関リポジトリアグリゲーターのCORE(24)、雑誌情報を保持するナレッジベースのKB+(CA1860参照)(25)、書誌情報を持つCrossref(26) などであるが(27)、2017年3月現在は、参加機関の意見を反映の上、実際のデータの流れの確定に向け検討が進んでいる。KB+やCrossrefとの連携はすでに一部実現されている。これらの情報に加え各機関は手入力もしくはCSVファイルからの一括登録によりAPCの情報を入力する。

 情報入力については、たとえば投稿時に論文情報を入力して事前にHEFCEのOAポリシーの順守状況の確認を行うなど、そのタイミングを選択可能とすることが想定されている。また投稿後には研究助成機関への報告書作成のためにCSV形式のデータを出力することも可能である。各種情報源との連携の一部は自動化されていないが、Monitor Localを利用することで、たとえば購読費とAPCの二重取り(ダブルディッピング)の可能性を把握し確認できることが重要であると示唆を受けた。

 Monitor UKはMonitor Local上の情報を集めてAPCに関するベンチマーキングを可能とする機能を持つ。使用するデータはMonitor Localから集約されるほか、各機関が保持するAPCのデータをCSV形式のファイルを利用して直接入力することも可能とする想定であったが、2017年3月現在はMonitor Localとの連携方法を検討中のためサービス提供を停止している。公開されているプロトタイプ(28)では、出版社別および参加機関別のAPC支払額と件数や、研究助成機関別のゴールドOAとハイブリッドOAのAPC支払額と件数、ゴールドOAとなった論文のうち、グリーンOAでも研究助成機関のOAポリシーを順守できた件数などが自動的に算出・可視化されている。Monitor UK参加機関はこれらのデータを利用し自機関の状況を他機関や国の平均と比較したり、APCの価格やOAポリシー順守に対するサポートの面で出版社を評価したりすることが可能となる。

 Monitor LocalとMonitor UKのいずれかのみの参加を選択することも可能である。

 

4. インペリアル・カレッジ・ロンドンによる対応

 インペリアル・カレッジ・ロンドンは、工学、医学、自然科学の3学部およびビジネススクールを有し、年間1万本以上の論文が発表される(29)研究大学である。2016-2017年の世界大学ランキングでは、Quacquarelli Symonds(QS)社により9位、Times Higher Education(THE)社により8位(英国内では3-4位にあたる)と位置づけられている。2015/2016年度にはRCUKからOAのための補助金として154万4,569ポンドの配分を受けた(30)

 

4.1. OA推進の体制

 インペリアル・カレッジ・ロンドンは2012年1月に大学のOAポリシー(31)を発表し、すべての論文の著者最終稿を機関リポジトリにアップロードすることを義務づけた。またゴールド OA 誌への投稿時に利用可能なAPCファンドも学内に整備されている。

 学内では、2012年設立のOpen Access Publishing Working Groupと、2013年設立のOpen Access Implementation Groupという 2つの組織(32)が中心となってOAを推進してきた。前者はAssociate Provostが率い、図書館や研究推進部門を含む複数の部署のメンバーにより構成され、大学のOAに関する戦略を決定する。後者は研究推進部門の学術コミュニケーション担当官(Scholarly Communications Officer)が率い、図書館やICT部門からのメンバーを含み、OAに関する戦略を実践する。

 図書館の職員数は約100名であるが、図書館内のOA担当者は、RCUKと学内の助成によるAPC管理のために約1名増員された後、HEFCEのOAポリシー発表をきっかけに機関リポジトリ登録業務のために約2名増員され、2017年3月現在、ゴールドOA担当2名、グリーンOA担当3名、双方を管理するマネージャー1名の計6名である。なお、OA担当者がサブジェクトライブラリアン向けに月に1回、OAに関する情報のアップデートを行っている。

 

4.2. ゴールドOAとグリーンOAに対応するワークフロー

 インペリアル・カレッジ・ロンドンでは、HEFCEのOAポリシーへの対応をきっかけとして、教員の負担を減らすシンプルなワークフロー(33)を導入した。教員に要求される行動は、ゴールドOAとグリーンOAのどちらであっても、論文が受理された際、論文情報および著者最終稿の登録をCRIS(Symplectic社のシステムElements(34))から行い、APC助成の希望があれば該当の助成金を選択することのみである。なお、すでに外部のリポジトリに論文の原稿を登録済であればそのリンク先を入力することで原稿の登録に代えられる。この際教員が入力する情報は、掲載誌と論文のタイトル、受理された日付、DOIおよび助成金情報であり、残りの情報は図書館員が確認の上入力する。また人事や助成金に関する情報はあらかじめCRIS上で保持されている。その後、論文情報と原稿は、CRISの機能を使用して機関リポジトリへ転送される。

 このワークフローにより、これまで教員がASK OAという学内独自のAPC管理システムを利用して行っていたAPC助成の申請を、論文情報登録と同時に行えるようになった。教員がCRISで論文情報を入力する際、RCUKやCOAFなどの助成金や学内のAPCファンドから該当の助成金を選択し申請すると、ASK OAに情報が転送され、そこで発行された識別番号を教員が出版社に通知することで請求書が大学に送付される仕組みである。教員はこのワークフローに従うことで、助成を受けた研究助成機関やOAの方法(グリーンOAもしくはゴールドOA)によって取るべき手順を変える必要がないということが、重要な点である(35)

 このワークフローの試行期間中には、HEFCEのOAポリシーが定める期限内に機関リポジトリへ登録した論文数が増加したと報告されている(36)

 

4.3. APCの記録・管理とOAポリシー順守状況の確認

 このワークフローは、教員だけでなく、図書館および研究推進部門の負担軽減にも役立っている。大学はRCUKへOA補助金の使用状況とOA率を、またCOAFへAPC助成を受けた額とその対象論文を報告する必要があるが、このためのデータの収集がこのワークフローによって可能となったためである。

 たとえばAPCの価格情報はCRISには保持されていないが、CRIS上の論文情報とASK OA上のAPC価格情報を特定の識別番号で紐づけることが可能となった。また、このワークフローでは助成金の情報の入力を教員へ要求していることから、論文と研究助成機関の情報が紐づくことにより、研究助成機関への報告にも役立つことが期待されている(37)

 またHEFCEのOAポリシーの順守状況の確認には、CRISが保持する機能Open Access Monitorモジュール(38)を使用している。この機能では、各論文情報に対して、本文の有無やエンバーゴ、原稿のバージョンの情報などを入力し、HEFCEのOAポリシーを順守しているか、またこのポリシーにおける例外(39)に該当するかどうかについて図書館が管理できる(40)。CRIS上で管理した情報は、Imperial College Analytics(41)という大学の分析ツールを利用し、学部別のOAポリシーの順守状況をダッシュボードで表示し把握することができる。

 

4.4. ORCID

 インペリアル・カレッジ・ロンドンでは、2015年の英国のORCIDナショナルコンソーシアム発足に先立ち2014年から実施されたJisc-ARMA ORCID pilot project(42)E1687参照)の一環として、ORCIDを学内全教員に付与するプロジェクトを2014年11月より行い、以下の事項が報告された(43)

 まず、ORCID iDの作成方法は、ORCIDメンバー機関が利用可能なAPIでの一括付与とした。最終的には全教員4,347名のうち、オプトアウトを選択した教員や作成済の教員などを除く3,226名のORCID iDを作成し、CRIS上の研究成果情報約24万件をORCIDのレジストリへアップロードした。その後学内で周知の結果、2015年10月20日までには2,088名の教員がORCID iDの承認手続きを完了した。

 現在、ORCID iDを含む論文情報を外部のデータベースからCRISに自動で取り込む機能の実装を準備中である。

 

4.5. 課題および今後の展望

 HEFCEのOAポリシーは、論文の受理後3か月以内の機関リポジトリへの原稿の登録を求めているため、インペリアル・カレッジ・ロンドンではそれまでに確立していた出版後の論文情報登録のワークフローが機能しなくなった(44)。CRISが持つ論文情報のアラート機能は、あらかじめ設定したキーワードに合致する論文情報を教員へ通知するが、これは出版後の通知であるためHEFCEのOAポリシーが定める時期に間に合わない場合がある。そのため現在は教員が受理後すぐに論文情報をCRISに手入力する必要があるが、この時点では巻号や出版日の情報が不明であることもあるため、教員や図書館員は出版時に、アラートされた情報と既存の受理時の情報を手動でマージしたり情報を手入力したりしている。さらにHEFCEのOAポリシーを順守しているかどうか確認するのに必要な受理日や出版日などの情報は把握自体が困難である。

 これらの問題を解決するため、インペリアル・カレッジ・ロンドンではさらなるワークフローの改善の展望がある(45)。受理後の論文情報が、出版社やCrossrefを通じて、下記のような流れで大学のCRISへ転送されるという仕組みである。

  • (1) 著者がCRIS上でORCID iDを紐づけ
  • (2) 著者がORCID iDおよび研究助成機関の情報を出版社に通知
  • (3) 受理時に出版社が論文にDOI付与
  • (4) 出版社がORCID iDや研究助成機関の情報をCrossrefに通知
  • (5) Publications Routerを通じて出版社などからCRISへ論文情報や原稿を転送、もしくはORCID iDを条件にCRISを通じてCrossref上の論文情報を検知

    ※受理時にDOIが付与されていれば、受理時の入力情報を出版時の情報で自動アップデートすることも可能となる。

 このワークフローが実現すれば、論文情報が、論文や著者が識別可能な状態で受け渡され、情報の入力や更新をする教員や図書館の負担が軽減される。このワークフローが機能するためには、Publications Routerへ情報を提供する出版社の増加やCRISによる機能上の対応などいくつかの課題があるが、すでに進展のみられる部分もある。たとえば投稿時にORCID iDの提示を要請する出版社が増加しており(46)、またCrossrefによる受理時のDOI発行も開始される予定(47)である。インペリアル・カレッジ・ロンドンにおける全教員へのORCID iD一括付与も、このワークフローにおいて最終的にCRISや機関リポジトリが論文の情報を受け取るための重要な要素となる。

 

5. おわりに

 以上、英国において研究助成機関のOAポリシーを背景にOAへの要請が高まる中で生じている課題と、大学およびその関連機関によるそれへの対応について、Jiscおよびインペリアル・カレッジ・ロンドンの事例を報告した。英国では現在、大学全体の出版物の情報やそれと紐づいた助成金の情報およびAPCの使用額の把握、またそれらの情報をもとにしたOAポリシーの順守状況の確認や研究助成機関への報告が課題となっている。また複数の研究助成機関のOAポリシーへの対応や、これらの業務にかかる事務コスト抑制の必要性も指摘されている。

 これらの課題を解決するため、JiscではMonitor Local、Monitor UKやPublications Routerなどのサービスの提供が開始され、またインペリアル・カレッジ・ロンドンでは、CRISや大学独自のAPC管理システムなどを活用し、教員や大学全体の負担を軽減するワークフロー導入の試みがなされてきた(図1)。

 

図1 OAに関する新たな課題へのJiscとインペリアル・カレッジ・ロンドンの対応

※筆者作成

 

 日本は、英国のように主要な研究助成機関がOAを義務化する状況にはないが、今後そのような状況になればこれらの対応が参考になると思われる。

 

※参照URLの最終確認日は、記載のあるものを除きすべて2017年5月4日である。

(1) HEFCs(Higher Education Funding Councils)は、HEFCEおよび各地域でHEFCEと同様に高等教育機関向け基盤的研究経費配分を行うウェールズのHEFCW(Higher Education Funding Council for Wales)、スコットランドのSFC(Scottish Funding Council)、北アイルランドのDEL(Department for the Economy, Northern Ireland)の総称である。本稿では、HEFCs合同でHEFCEを中心に発表されたOAポリシーにつき、HEFCEのOAポリシーと記述する。

(2) “UK Gross domestic expenditure on research and development: 2014”. Office for National Statistics.
https://www.ons.gov.uk/economy/governmentpublicsectorandtaxes/researchanddevelopmentexpenditure/bulletins/ukgrossdomesticexpenditureonresearchanddevelopment/2014/.

(3) Finch, Dame Janet et al. “Accessibility, sustainability, excellence: how to expand access to research publications: Report of the Working Group on Expanding Access to Published Research Findings”. 2012-06.
https://www.acu.ac.uk/research-information-network/finch-report-final.

(4) 移行期間中は、APC支払いにOA補助金を利用できない場合には著者最終稿のリポジトリ登録までに12か月(人文社会科学分野では24か月)のエンバーゴが許可されている。
RCUK. “RCUK Policy on Open Access and Supporting Guidance”. 2013-04-08.
http://www.rcuk.ac.uk/documents/documents/rcukopenaccesspolicy-pdf/.

(5) “Data required by RCUK to support compliance monitoring”. RCUK.
http://www.rcuk.ac.uk/documents/documents/compliancemonitoring-pdf/, (accessed 2017-05-16).

(6) Wright, Andrew; Hicks, Pamela. “Guidance on RCUK open access compliance and financial reporting 2016-17”. RCUK. 2017-04.
http://www.rcuk.ac.uk/documents/documents/oa/rcukoareportingguidance-pdf/.

(7) “COAF information for research organisations”. Wellcome.
https://wellcome.ac.uk/funding/managing-grant/coaf-information-research-organisations.

(8) “Policy for open access in Research Excellence Framework 2021”. HEFCE. 2016-11.
http://www.hefce.ac.uk/media/HEFCE,2014/Content/Pubs/2016/201635/HEFCE2016_35.pdf.

(9) 2016年4月からは、リポジトリへの登録は受理後ではなく出版後3か月以内とする緩和措置が取られている。受理後3か月以内の登録は2018年4月以降に受理された論文から適用される。
“Open access in the Research Excellence Framework: Extension of flexibility”. HEFCE. 2016-11.
http://www.hefce.ac.uk/pubs/year/2016/CL,322016/.

(10) 2014年に実施されたREFでは、アウトプット(評価割合65%)、インパクト(20%)、研究環境(15%)の3つの基準で5段階(4段階および評価なし)での評価がなされ、アウトプットについては2008年1月から2013年12月に出版された研究成果から教員1人当たり最大4点が提出された。提出された研究成果総数は19万1,150点である。
山田直. “2015年1月号「大学の研究への公的評価:REF2014」<2014年度公的研究評価結果:HEFCE資料より>”. SciencePortal. 2015-01.
http://scienceportal.jst.go.jp/reports/britain/20150105_01.html.
“REF2014 Key facts”. HEFCE.
http://www.ref.ac.uk/media/ref/content/pub/REF%20Brief%20Guide%202014.pdf.

(11) “Review of the implementation of the RCUK Policy on Open Access”. 2015-03.
http://www.rcuk.ac.uk/documents/documents/openaccessreport-pdf/.

(12) Jubb, Michael et al. “Monitoring the Transition to Open Access: A report for the Universities UK Open Access Co-ordination Group”. 2015-08.
https://www.acu.ac.uk/research-information-network/monitoring-transition-to-open-access.

(13) “Review of the implementation of the RCUK Policy on Open Access”. 2015-03.
http://www.rcuk.ac.uk/documents/documents/openaccessreport-pdf/.

(14) “Open access good practice”. Jisc.
https://www.jisc.ac.uk/rd/projects/open-access-good-practice.

(15) Blanchett, Helen; DeGroff, Hannah. “Moving open access implementation forward: A handbook for open access good practice based on experiences of UK higher education institutions”. 2016-12.
http://repository.jisc.ac.uk/6565/1/JISC_OAGP_OUTPUTS_HANDBOOK_FINAL.PDF.

(16) Publications Routerについては2016年9月にインタビューを実施しておらず、記載の情報は文献調査および2017年4月の担当者へのメールでの確認による。
Publications Router.
https://pubrouter.jisc.ac.uk/.

(17) “Technical information”. Jisc publications router.
https://pubrouter.jisc.ac.uk/about/resources/.

(18)Springer Nature社の場合は出版時もしくは出版前にオンライン版が入手可能になった際に各機関に通知される。
“Current content providers”. Jisc publications router. 2017-01.
https://pubrouter.jisc.ac.uk/about/providerlist/.

(19) “Monitoring open access activity (Jisc Monitor) ”. Jisc.
https://www.jisc.ac.uk/rd/projects/monitoring-open-access-activity.

(20) “Monitor Local”. Jisc.
https://monitor.jisc.ac.uk/local/.

(21) “Monitor UK”. Jisc.
https://monitor.jisc.ac.uk/uk/.

(22) SHERPA RoMEO.
http://www.sherpa.ac.uk/romeo/index.php.

(23) Lantern.
https://lantern.cottagelabs.com/.

(24) CORE.
https://core.ac.uk/.

(25) Knowledge Base+.
https://www.kbplus.ac.uk/kbplus/.

(26) Crossref.
https://www.crossref.org/.

(27) Manista, Frank C. “Jisc Open Access Services: Jisc Monitor”. PASTEUR4OA. 2016-05-17.
http://www.pasteur4oa.eu/sites/pasteur4oa/files/generic/Frank%20Manista.pdf.

(28) “ALL APC”. Cottage Labs.
http://apc.ooz.cottagelabs.com/.

(29) Reimer, Torsten. Your name is not good enough: introducing the ORCID researcher identifier at Imperial College London. Insights. 2015, 28(3), p. 76-82.
http://doi.org/10.1629/uksg.268.

(30) “RCUK announces 2015/16 Block Grant for Open Access”. RCUK. 2015-03-05.
http://www.rcuk.ac.uk/media/news/150305/.
2016/2017年度は、過去の支給額の利用が少ない機関には追加配分が実施されず、インペリアル・カレッジ・ロンドンは配分額のリストに記載がない。
“RCUK announces 2016/17 Block Grant for Open Access”. RCUK. 2016-10-19.
http://www.rcuk.ac.uk/media/news/161019/.

(31) “Imperial’s open access policy”. Imperial College London.
http://www.imperial.ac.uk/research-and-innovation/support-for-staff/scholarly-communication/open-access/oa-policy/.

(32) この2つの組織は2016年までで解体され、現在は新しい体制となっている。
“Imperial’s open access policy”. Internet Archive.
http://web.archive.org/web/20160205134826/http://www.imperial.ac.uk/research-and-innovation/support-for-staff/scholarly-communication/open-access/oa-policy/, (accessed 2017-05-11).

(33) Reimer, Torsten. “Making Open Access simple – The Imperial College approach to OA”. Open Access and Digital Scholarship Blog. 2015-07-28.
http://wwwf.imperial.ac.uk/blog/openaccess/2015/07/28/making-open-access-simple-the-imperial-college-approach-to-oa/.
Dobson, Helen. “Approaches to Deposit: Imperial College”. opeNWorks. 2016-04-11.
https://blog.openworks.library.manchester.ac.uk/2016/04/11/approaches-to-deposit-imperial-college/.

(34) “Elements”. Symplectic.
http://symplectic.co.uk/products/elements/.

(35) HEFCEのOAポリシーは、ゴールドOAの場合は著者最終稿をリポジトリに登録しないことも認めており、その場合インペリアル・カレッジ・ロンドンではCRISで受理日の登録を行う必要がある。
“Post-2014 REF: open access requirements”. Imperial College London.
https://www.imperial.ac.uk/research-and-innovation/support-for-staff/scholarly-communication/open-access/post-2014-ref/.
インペリアル・カレッジ・ロンドンにおいては、APC助成の申請をする場合は著者最終稿の登録が必須となっている。助成の申請を受けた後に図書館が確認を行った結果、それぞれのAPC助成金が助成対象とする基準に該当しない場合には図書館が助成申請を許可せず、登録された著者最終稿をもってグリーンOAとする場合もあるためである。またHEFCEのOAポリシーに対応して著者最終稿のリポジトリへの登録を教員に習慣づけるためでもある。

(36) Dobson, Helen. “Approaches to Deposit: Imperial College”. opeNWorks. 2016-04-11.
https://blog.openworks.library.manchester.ac.uk/2016/04/11/approaches-to-deposit-imperial-college/.

(37) Reimer, Torsten. “Making Open Access simple – The Imperial College approach to OA”. Open Access and Digital Scholarship Blog. 2015-07-28.
http://wwwf.imperial.ac.uk/blog/openaccess/2015/07/28/making-open-access-simple-the-imperial-college-approach-to-oa/.

(38) “Introducing our latest Elements module – the Open Access Monitor”. Symplectic. 2015-05-01.
http://symplectic.co.uk/elements-updates/introducing-open-access-monitor/.

(39) 例外にあたるケースは、HEFCEのOAポリシーの中の項目“Exceptions” (37-41)に記載されている。
“Policy for open access in Research Excellence Framework 2021”. HEFCE. 2016-11.
http://www.hefce.ac.uk/media/HEFCE,2014/Content/Pubs/2016/201635/HEFCE2016_35.pdf.

(40) RCUKやCOAFのOAポリシー順守の確認にはOpen Access Monitorモジュールは使用せず、教員からのAPC助成申請時にSHERPA FACTやSHERPA RoMEOを利用して投稿先の雑誌が該当のOAポリシーを順守しているかの確認が行われる。

(41) “Imperial College Analytics (ICA)”. Imperial College London.
https://www.imperial.ac.uk/admin-services/ict/self-service/research-support/research-support-systems/ica/.

(42) JISC-ARMA ORCID pilot project.
https://orcidpilot.jiscinvolve.org/wp/.

(43) Reimer, Torsten. Your name is not good enough: introducing the ORCID researcher identifier at Imperial College London. Insights. 2015, 28(3), p. 76-82.
http://doi.org/10.1629/uksg.268.

(44) Reimer, Torsten. “Lessons from the Road to 100% Open Access”. 2015-03-18.
http://www.slideshare.net/TorstenReimer/lessons-from-the-road-to-100-open-access.

(45) Reimer, Torsten. “Automate it – open access (compliance) as by-product of better workflows”. 2016-05-11.
http://www.slideshare.net/TorstenReimer/automate-it-open-access-compliance-as-byproduct-of-better-workflows.
Reimer, Torsten. Your name is not good enough: introducing the ORCID researcher identifier at Imperial College London. Insights. 2015, 28(3), p. 76-82.
http://doi.org/10.1629/uksg.268.

(46)宮入暢子. 研究者識別子ORCID:活動状況と今後の展望. 情報管理. 2016, 59(1), p. 19-31.
http://doi.org/10.1241/johokanri.59.19.

(47) Lammey, Rachael. “Early Content Registration at Crossref”. 2016-06-21.
https://www.slideshare.net/CrossRef/early-content-registration-at-crossref.

Ref:
佐藤翔. オープンアクセスの広がりと現在の争点. 情報管理. 2013, 56(7), p. 414-424.
http://doi.org/10.1241/johokanri.56.414, (参照 2017-05-07).
四倉清志. 英国における新世代の研究情報管理. 情報管理. 2013, 56(4), p. 197-207.
http://doi.org/10.1241/johokanri.56.197, (参照 2017-05-07).

[受理:2017-05-17]

 


花﨑佳代子. 研究助成機関によるオープンアクセス義務化への大学の対応―英国の事例―. カレントアウェアネス. 2017, (332), CA1903, p. 26-32.
http://current.ndl.go.jp/ca1903
DOI:
http://doi.org/10.11501/10369302

Hanazaki Kayoko.
Universities’ Effort to be Compliant with Research Funders’ Open Access Mandates: The Case of the UK.