E1687 – ORCID導入のコストと利点とは?英国の試行プロジェクト

カレントアウェアネス-E

No.284 2015.07.09

 

 E1687

ORCID導入のコストと利点とは?英国の試行プロジェクト

 

 英国のJisc(英国情報システム合同委員会)と研究マネジメント専門職ネットワーク(Association of Research Managers and Administrators:ARMA)は,2014年5月から2015年1月にかけて8つの高等教育機関で行われていたORCID(CA1740参照)の試行プロジェクトについてのレポート“Institutional ORCID Implementation and Cost-Benefit Analysis Report”(以下レポート)を公開した。ORCIDとは,世界中の研究者に一意な識別子を与えることを目指す試みであり,ORCID識別子を導入することで,著者等の名前の曖昧性を解決するだけでなく,研究プロファイルのメンテナンス,助成金申請,論文投稿,論文など,研究者と研究を関連づけることもできる。レポートは,主なステークホルダーの視点,8機関におけるプロジェクトの実施概要とその結果,ORCID導入のコストと利点の分析という3章から構成されている。また,付録3には,プロジェクトから得られた知見がチェックリストの形でまとめられている。

 第1章では,英国の研究助成団体,大手出版社,研究情報システムベンダー等へのインタビューの結果と,ORCID導入時に研究者・出版社/ベンダー・資金提供者・機関・学会が享受する潜在的な利点についてまとめられている。スウェーデン等の事例から明らかであるが,資金提供者が補助金申請時にORCIDの採用を義務付けることによりその普及に果たす役割は大きいとされている。また,出版社のシステムにとってORCIDの導入は,自社製品に価値を付加することと見做されている。つまり,ORCIDはあらゆるステークホルダーから強く継続的な支持を受けており,高等教育機関や研究者から理解を得ることにも繋がっているということである。

 このプロジェクトの目的は,ORCID導入に関して制度やワークフローを調査し,コストや利点,リスクを評価することであったが,規模の大小や導入目的,使用システム,ORCIDの導入状況など,各機関の置かれた条件については様々な違いがあった。しかしプロジェクトの成功に共通していたのは,早い段階で人事や法律部門に相談したことであり,技術的な問題は主要な問題ではなかったということである。また,ORCIDの利点について機関の上層部を説得するのは比較的容易であったが,研究者から個別に理解を得るのは困難だったことが述べられている。

 第3章の,8機関でのORCID導入のコストと利点については,図表を用いて以下のような分析がなされている。

  • 導入には平均290時間,1万2,500ポンドかかったが,これは1回限りのコストであり,ORCIDへの入会費4,000ポンドを含む。この4,000ポンドは,将来的には国家規模のコンソーシアムが結成されれば費用が抑えられる。
  • どの機関も現在の職員でORCID導入に対応出来ており,今後増加が見込まれる費用は,宣伝費などの少額の費用に限られる。
  • 年会費以外の維持費用は,ほとんどの機関にとって無視できると見做される。
  • 5年後には120の機関がコンソーシアムに加わると仮定すると,ORCIDを導入した場合の総費用は約210万ポンドになると推定される。
  • ORCID導入の初期段階で利点について数値化するのは困難であるが,研究者一人当たり年間15分の時間と機関当たり年間フルタイム換算値(FTE)0.1の時間の節約で,5年間で発生する費用を回収できるとしている。
  • ORCIDの導入は,学術情報流通を多方面で改善することが期待されている。これらの利点については,金銭的な尺度で測ることは出来ていないものの,ステークホルダーの多くは,ORCID導入で可能になる事務コスト削減や効率向上よりも,より多くの価値があると見做している。

 つまり,ORCID導入は,全体として各機関やコンソーシアムのメンバーにとっては比較的少ない費用で済み,潜在的な利点は実際にかかる費用を超えるものと見込まれている。また,英国におけるコンソーシアム形成は,機関ごとのORCID導入コストを下げるので,積極的に推進すべきであるとされている。

  2015年6月23日,ORCIDは英Jiscによるコンソーシアムを通じて高等教育機関で導入されることが決定した。また,6月19日にはイタリアでもORCIDを導入し,3年間のコンソーシアム・メンバーシップに関する合意が交わされた。欧州では他にもデンマーク,ポルトガル,ノルウェー,フィンランドで導入が進められているが,学術情報流通にどのような影響を与えていくのか,今後の動向が注目される。

関西館図書館協力課・高城雅恵

Ref:
http://repository.jisc.ac.uk/6025/2/Jisc-ARMA-ORCID_final_report.pdf
http://www.cineca.it/en/news/italy-launches-national-orcid-implementation
http://www.jisc.ac.uk/news/national-consortium-for-orcid-set-to-improve-uk-research-visibility-and-collaboration-23-jun
CA1740