CA1882 – 動向レビュー:英国の国立公文書館・大英図書館における私文書の閲覧体制―利用者の視点から― / 奈良岡聰智

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カレントアウェアネス
No.329 2016年9月20日

 

CA1882

動向レビュー

 

英国の国立公文書館・大英図書館における私文書の閲覧体制―利用者の視点から―

京都大学大学院法学研究科・法学部:奈良岡聰智(ならおか そうち)

 

はじめに

 近代日本の政治外交史研究において、私文書(政治家、外交官など個人が残した日記、書簡、書類、写真など)が果たす役割は極めて大きい。戦後日本で、私文書の収集・保存・公開を先駆けて行ってきたのは国立国会図書館憲政資料室で、コレクションの量や多様性、文書の収集・保存のためのノウハウの蓄積、研究者とのネットワークの深さなどの点において、他を圧倒する存在である(1)。現在では、国立公文書館、衆議院憲政記念館、宮内庁宮内公文書館、外務省外交史料館、防衛省防衛研究所戦史研究センターなどの公的機関の他、大学、図書館、文書館、博物館など多数の機関が私文書の公開を行っており、史料状況は充実の一途を辿っている。

 筆者は日本政治外交史を専門としているが、1999年から上記の各機関を訪問し、各種私文書を活用してきた。この間、電子技術やインターネットの発達により、私文書へのアクセスは格段に容易になった。とりわけ、ウェブ上での目録や史料の公開、キーワード検索が可能な電子目録の作成、デジタルカメラによる史料撮影の解禁などは、利用者の便を大きく向上させてきた(2)。もっとも、電子技術やインターネット環境の変化があまりに急速なこともあり、文書公開のあり方は、機関によって多様である。今後の文書公開のあり方を探るためには、現時点での問題点を絶えず検証することが不可欠であろう。

 日英関係を研究テーマの一つとしてきた関係で、筆者は英国の文書館や図書館もよく利用している。英国では、国立公文書館(The National Archives:TNA)、大英図書館(British Library:BL)、議会文書館(The Parliamentary Archives)(3)、オックスフォード大学ボードリアン図書館、ケンブリッジ大学チャーチル・アーカイブズ・センターなどで調査を行ってきた。概して言えば、日本よりも英国の方がデジタル化に積極的に対応しており、利用者にとっての利便性が高いように感じる。

 そこで本稿では、日本における私文書の閲覧体制の改善に資するため、英国の文書館・図書館におけるそれを紹介したい。「アーカイブズの国」英国には、実に多くの文書館があるが(4)、以下ではこのうち、代表的機関であるTNAとBLについて取り上げる。筆者がこれまで調査を行ってきたのは、両館の多種多様な資料のうち、政治外交史関係の文書に限られている。考察の基礎としている資料が限定されており、本稿が両館の資料をトータルに検討したものではないことを、予めお断りしておく。

 

1. 国立公文書館(TNA)

1.1. 概略

 英国では、情報自由法(2000年制定)によって国民の公的記録へのアクセス権が保障されており、内閣文書、各省文書(外務省、陸軍省、海軍省、情報部など)などの公文書が、TNAで保存・公開されている。1977年以来ロンドン郊外のキュー(Kew)に位置している同館は、いわば「世界で最も進んだ文書館」の一つであり、そのコレクションの充実度や利用のしやすさは、各国の公文書館の中でも抜きん出ていると言われる。概要は既によく知られているので(5)、以下では、私文書の閲覧体制に絞って紹介する(6)

 TNAは、公文書の他に、政治家、官僚や軍人などの個人文書も多数所蔵している。日本と関係の深いところでは、日英同盟締結時の外相ランズダウン侯爵(Henry Petty-FitzMaurice, 5th Marquess of Lansdowne)、第一次世界大戦勃発時の外相グレイ卿(Sir Edward Grey, 1st Viscount Grey of Fallodon)、第二次世界大戦中から戦後にかけて外相や首相を歴任したアンソニー・イーデン(Anthony Eden, 1st Earl of Avon)などの個人文書がある。幕末・明治期に駐日外交官として活躍したアーネスト・サトウ(Sir Ernest Satow)の個人文書も所蔵されており、同館は日英関係史研究のための史料の宝庫であると言える(7)

 閲覧するためには、まず利用者登録を行い、閲覧カードを作成してもらう必要がある。外国人でも登録可能だが、身分証明書と現住所を証明する英文書類が必要なので、初回訪問時には事前に準備しておく必要がある。開館日は、火曜~土曜の9-17時(火曜・木曜は19時まで)である。事前予約は不要で、大半の史料は現地で請求後1時間以内に閲覧が可能である。ただし、利用者登録をしている者は、事前にインターネットで閲覧史料や閲覧席を予約しておくこともできる。

 キーワード検索が可能で、他機関の類縁史料の所在まで分かるオンライン目録が整備されているため(8)、TNAの所蔵史料の概略は把握しやすい。もっとも、キーワード検索可能な情報は、ファイル名などごく一部に限られている。オンライン目録を有効に使いこなすためには、ファイルの階層構造や史料の残存状況について相当に習熟する必要があり、各自がそれぞれの調査事項に照らして、閲覧経験を重ねていくしかない。なお、館内には冊子体目録も設置されており、一覧性という点ではオンライン目録よりも有用である (9)。初めて調査を行う時には、両者の併用を勧めたい。また、日本と関係が深い史料については、冊子体目録をもとに作成された目録がいくつか出版されており、訪問前によく目を通しておくことを勧めたい(10)

 

1.2. 閲覧

 所蔵史料のうち、閣議文書、第二次世界大戦後の外交文書など一部の史料は、インターネット上での閲覧が原則となっている(11)。また、外相や外交官の個人文書など一部の史料は、マイクロフィルムでの閲覧が原則となっているが、それらの閲覧にあたって申込は不要で、自分でキャビネットからフィルムを出し、2階のセキュリティ・チェック外に設置されているリーダープリンターを利用する形になっている。

 しかし以上の史料は全体のごく一部であり、大半の史料は、現物での閲覧が原則となっている(そのうち主要なものは保存用フィルムが作成されており、後述するように、複写も可能である)。これらの閲覧は、セキュリティ・チェックを受けた後、閲覧室(2階のdocument reading roomまたは3階のmap & large document reading room)内で行うことになる。一般に私文書は、現所蔵者の意向によって閲覧や複写に制限が設けられる場合があるが、これまでの筆者の経験では、TNAではそのような制限がある私文書に出会ったことはない。

 閲覧申込は、全てインターネットから行う。館内に多数設置されているパソコンが利用できる他、館内外から自分のパソコンを通して申し込むことも可能である(館内は、閲覧室を含めてパソコンの持ち込みは自由で、TNAが提供する無料のWi-Fiも利用できる)。利用者は閲覧史料と共に、閲覧席も指定することになっており、申し込んだ史料は席番号と同じ番号の個人用ロッカーに到着する。閲覧席は十分な数があり、通常利用する2階の席だけでも300席ほどはある。史料は概ね1時間以内にロッカーに到着するが、到着までの状況をインターネット上で逐一確認できる。また、一度読んだ史料を返却せずに取り置きし、何度も読み返すことができるため、個人用ロッカーも極めて便利である。極めてユーザ・フレンドリーなシステムが構築されていると言えよう。

 閲覧に際しては、史料を傷めないために、スポンジ製の閲覧台やウェイト(卦算のようなもの)を利用することが求められる。筆記具は、鉛筆のみ使用可能(シャープペンシル、消しゴム、鉛筆削りなどの使用は不可)で、パソコンは持込可能である。閲覧室内では常に警備員が巡回しており、上記に違反する行為を行うと、直ちに注意される。なお、閲覧室外への史料の持ち出しの有無の確認のため、退室の際にもセキュリティ・チェックが行われる。退室時には、インターネット上で次回の閲覧日を予約し、見終わらなかった史料を取り置くことができる。

 

1.3. 複写

 利用者とりわけ海外からの訪問者にとって重要なのは複写の可否であるが、この点でもTNAは大変利用しやすい。というのも、原則として全史料のデジタルカメラ撮影が許されているのである。閲覧者はデジタルカメラを持ち込み、特別な申請なしに、自分の閲覧席で史料を撮影できる(フラッシュ撮影は禁止)(12)。閲覧室内には、撮影台付きの席も多数準備されており、撮影作業を重視する者は、そちらの閲覧席を利用すると良い(閲覧開始後に、一般席から変更することも可能)。

 筆者がTNAを初めて利用した2002年には、まだ史料の撮影は許されておらず、利用者は紙やマイクロフィルムでの複写を申請するため、複写カウンターに長蛇の列を作っていた。しかし、デジタルカメラでの撮影の方が断然便利で安上がりなため、今日では紙媒体でコピーする利用者はきわめて少ない。

 原史料から紙媒体への複写を希望する場合、数台設置されているコピー機(史料を押さえつけずに上から撮影できるタイプ、A3用紙1枚あたり30ペンス)をセルフサービスで利用できるが、利用者はあまり多くないようである。大量の原史料の撮影・複写、マイクロフィルムからマイクロフィルムまたはDVDへのコピーなどを希望する場合には、複写カウンターでの申請が必要である。この場合、支払は申請時にクレジットカードで行う。複写物は、来館または郵送による受け取りが原則で、海外への郵送も可能である(13)。来館せずにメールで複写を申し込むことも可能で、筆者は何度もこのサービスを利用しているが、必ずしもシステマティックに行われているものではないようである(ウェブサイト上にも、申込のフォーマットなどは掲載されていない)。希望者は一度来館して、複写カウンターで条件などを確認する必要がある。

 唯一改善の余地があると思われるのは、マイクロフィルムの複写体制である。近年、パソコンと接続できるマイクロフィルムリーダーが発売されたため、フィルムのデータをパソコン上で閲覧・デジタル化することが容易になった。この機器は世界中で普及しており、筆者がここ数年調査を行ってきたハーバード大学ワイドナー図書館(米)、フライブルク大学図書館(独)、ニューサウスウェールズ州立図書館(豪)、中央研究院図書館(台湾)などでは、閲覧者がこの機器を用いて、パソコン上でマイクロフィルムの史料を閲覧し、自分で複写することが可能であった(パソコン上でマイクロフィルムのデータをデジタル化し、USBメモリーに保存できる)。

 残念ながらTNAにはこの機器が設置されていないため、マイクロフィルムの複写を希望する利用者は、リーダープリンターで紙媒体に複写するか、リーダープリンターの画面をデジカメで撮影するか、複写カウンターでマイクロフィルムまたはDVDへの複写を申請するか、ということになり、少々不便である。もっとも、それでも日本と比べれば格段に複写は容易であり、全体として、利用者は極めて効率よく調査を行うことが可能である。TNAが世界中の歴史研究者から高く評価されているのも、宜なるかなである。

 

2.大英図書館(BL)

2.1. 図書、新聞

 かつて南方熊楠や夏目漱石が利用したBLは、1998年からロンドンのセント・パンクラス(St Pancras)に位置している(14)。同館の資料を閲覧するためには、まず利用者登録を行い、閲覧カードを作成してもらう必要がある。身分証明書と現住所を証明する書類が必要だが、TNAと違って日本人職員が常駐しているため、免許証など日本語の書類でも受け付けてもらえる。

 BLは、英国の納本図書館で出版後直ちに出版物が納本される唯一の図書館であり、膨大な図書のコレクションを擁していることで知られている。2015年、同館の図書の利用に関して、大きな変化があった。閲覧室(Reading Rooms)内における図書のデジカメ撮影が解禁されたのである(15)。現在利用者は、著作権法の範囲内で、借用した図書を、閲覧室において自分で撮影することが可能である。撮影に際して、特別な手続きは不要である。著作権保護期間が満了した古い図書を調査する歴史研究者にとって、これはまさに朗報であり、今後の研究の発展に資するものと期待される。

 BLは、新聞も多数所蔵している。新聞(原紙、マイクロフィルム)は、ロンドン北郊のコリンデール(Colindale)の別館で閲覧する体制が取られてきたが、同館は2013年に閉鎖され、原紙はウェストヨークシャー州ボストン・スパ(Boston Spa)の保存書庫に、マイクロフィルムはセント・パンクラスの本館に移管された。後者は、請求後70分以内に新聞閲覧室(Newsroom)で閲覧できる体制が取られている(16)。筆者は、セント・パンクラス移管後に閲覧したことはないが、2012年にコリンデールでマイクロフィルムを閲覧した際は、紙媒体への複写のみが許され、複写可能なリーダープリンターは2台しか設置されておらず(複写不可のリーダーも10数台しかなかった)、利用の便はあまり良くなかった。

 もっとも、BLは2010年から新たな取組みに着手している。所蔵する新聞のうち1950年代までに発行されたものを、10か年計画でデジタル化するプロジェクトを進めているのである。作業はまだ終了していないが、デジタル化された紙面は順次「英国新聞アーカイブ(The British Newspaper Archive)」(17)に追加されている。このアーカイブは、民間企業のDC Thomson Family Historyの協力で運営されているデジタルアーカイブであり、BL館内外からアクセス可能である。検索(キーワード検索も可能)は無料だが、紙面の閲覧は有料(1か月12.95ポンド、1年79.95ポンド)である。今後コンテンツが充実していけば、歴史研究にとって必須のアーカイブとして活用されることになるだろう。

 

2.2 私文書

 このように革新的な試みが行われている図書や新聞に比べ、私文書の閲覧体制はいささか保守的である。TNAや各地の大学図書館に比べても、閲覧や複写の自由度はかなり劣ると言わざるを得ないが、日本にはない優れた仕組みも導入されており、参考に値する。以下では、BLの文書(Manuscripts)の閲覧について、筆者が行った政治外交史関係の私文書の調査経験に基づいて紹介する。

 BLはさまざまな文書を所蔵しているが、そのほとんどは、以下の2つの部屋のいずれかで閲覧することになる。アジア・アフリカ閲覧室(Asian and African Reading Room)と文書閲覧室(Manuscripts Reading Room)である。前者は、インド省記録(India Office Records)を所蔵していることで名高い(18)。この記録は公文書と言い得る史料群であるが、同室にはインド総督を務めたカーゾン卿(George Curzon, 1st Marquess Curzon of Kedleston)など、英国の旧植民地に関係の深い政治家や植民地官僚の私文書も数多く所蔵されている。後者の文書閲覧室は、西洋言語で記された多種多様な私文書を所蔵しており、日露戦争時の英国の首相アーサー・バルフォア(Arthur Balfour, 1st Earl of Balfour)、第一次世界大戦期のタイムズ(The Times)の社長ノースクリフ卿(Alfred Harmsworth, 1st Viscount Northcliffe)など、政治外交史関係の史料も少なくない。

 レオナルド・ダ・ヴィンチのノートなど、一部の有名な資料はデジタル化され、BLのウェブサイト上で閲覧可能だが、多くの資料はデジタル化もマイクロ化もされておらず、現物を閲覧することになる。キーワード検索が可能なオンライン目録が整備されているが、書簡の送受信者名が検索できる文書がある一方で、ファイル名ぐらいしか分からない文書もあるので、目録を使いこなせるようになるには、実地で閲覧経験を積み、それぞれの文書の特性に習熟するしかない。両閲覧室内には、冊子体の目録も備え付けられている。一覧性などの点でこちらも今なお有用であり、少なくとも調査の初期には、両目録を併用するとよいだろう。

 図書の閲覧室に比べ、文書の閲覧室は開室時間が短いので注意が必要である(平日・土曜の9時半(月曜は10時)―17時)。TNAと同様、閲覧にあたって予約は不要であるが、事前にインターネットから閲覧したい史料を予約することができる。閲覧申込はすべて館内外からインターネット上で行う点、館内に多数設置されているパソコンが利用できる点、館内は閲覧室を含めてパソコンの持ち込みが自由で、無料Wi-Fiを利用できる点、閲覧室への入退室の際にセキュリティ・チェックが行われる点、筆記用具は鉛筆のみが利用可で、スポンジ製の閲覧台やウェイトの利用が求められる点なども同じである。

 座席は指定制ではないが、閲覧スペースはかなり広く、席数は十分(ざっと見て、いずれも100席以上)ある。TNAのような個人用ロッカーは設置されておらず、到着した史料はカウンターで職員に出納してもらう形式である。同時に閲覧席に持ち込める史料点数に制限はあるが(点数は史料形態により異なる)、一度見た史料をカウンターで取り置いてもらうなど、柔軟な対応も行ってくれる。

 文書の閲覧室の最大の難点は、1日に閲覧可能な資料点数が制限されていることである。筆者が最後に訪問した2016年3月時点では、1日10点が上限であった。請求した10点の史料がいずれも期待に沿わないものであった場合、閲覧がすぐに終わり、調査が徒労に終わることも少なくない。閲覧点数の制限は、史料保存の観点からある程度はやむを得ないのかもしれないが、この閲覧点数では、海外の研究者が腰を据えて調査を行うのは難しい。将来的に制限が少しでも緩和されることを期待したい。

 BLでは、1873年以降の文書は、著作権やプライバシーなどの問題があることから、一律撮影禁止とされている。しかし、原所蔵者の意向によって複写が制限されている史料以外は、複写が可能である(19)。複写の申込は、全てBLのウェブサイト上で行う。文書番号や複写の箇所を指定すれば、館外からでも複写を申し込むことが可能である。複写は、紙媒体または電子データで提供される。標準的な大きさの資料をスキャンによってデジタルコピーした場合、複写料金は資料ごとにかかり、1画像を撮影すると基本料金として8.82ポンドかかる。2画像目からは、0.39ポンドずつ加算される。

 複写物は、来館または郵送によって受け取る他、電子メールで送信してもらうこともできる。郵送の場合、送料は発送方法により異なる。メールの場合、送料は無料である。2012年8月に筆者が訪問した際、複写は1回の申込につき100枚という制限があったが、現在ではこの制限は撤廃されたようである(2016年3月に訪問した際には100枚以上の複写を申し込むことがなかったため未確認であるが、現在ウェブサイトの複写申込ページには、枚数制限のことは記されていない)。

 BLの文書は、閲覧点数の上限が設けられ、デジタルカメラ撮影も許されていないという点で制約が厳しいが、複写の体制はきわめてシステマティックで、TNAよりもむしろ進んでいるように思われる。今後閲覧上の制約が緩和されれば、複写の便もさらに増すであろう。

 

3.おわりに

 本稿では、TNA、BLにおける私文書の閲覧体制について、利用者の視点から概観してきた。最後に、これらの実例を踏まえて、日本にとって参考になると思われる点について、若干の考察を加えてみたい。

 現在英国では、TNAのみならず、各地の文書館や大学図書館内の文書閲覧室の多くで、デジタルカメラ撮影が解禁されている。筆者が確認しただけでも、議会文書館、オックスフォード大学ボードリアン図書館、ケンブリッジ大学チャーチル・アーカイブズ・センター、シェフィールド大学図書館、バーミンガム大学図書館などで、デジタルカメラ撮影が可能である。王室文書館(The Royal Archives)、スコットランド国立図書館(The National Library of Scotland)など、いまだにデジタルカメラ撮影が許されていない機関も残されてはいる。しかし、史料保存上の問題が比較的少ないこと、世界的にも解禁の流れが進んでいることを考えると(20)、今後もデジタルカメラ撮影を許可する機関は増えていくものと予想される。日本の文書館や図書館も、こうした世界的趨勢に鑑み、私文書の閲覧体制を見直す余地があるように思われる。

 BLの実例は、類縁機関である国立国会図書館にとって参考になるだろう。BLは、文書の閲覧室をかなり重視しており、本稿で紹介した2つの閲覧室に広大なスペースを与えている。また、所蔵する私文書を、図書など他の資料と同様にオンライン目録に登載し、検索や閲覧申込ができるようにしている。さらに、利便性の高い複写システムをウェブサイト上に構築し、利用者に電子データを含む複写物を提供している。今後、こうした実例も参照しながら、国立国会図書館の私文書の閲覧体制がより充実したものになることを期待したい。

 

謝辞

 本稿は、2016年7月27日に筆者が国立国会図書館利用者サービス部政治史料課の説明聴取会で行った報告「イギリスのアーカイブズ事情―日本政治外交史研究者の視点から―」を基にしている。種々有益な質問やコメントをくださった関係各位に厚くお礼を申し上げたい。

 

(※参照URLの最終確認日はすべて2016年8月18日である。コピー料金などのデータも、同日に最終確認している。)

(1)同室は、1949年に国立国会図書館国会分館内に憲政資料蒐集係として発足した。
“憲政資料室の歴史”. 国立国会図書館リサーチ・ナビ.
https://rnavi.ndl.go.jp/kensei/entry/kenseihistory.php.

(2)各機関の資料閲覧・複写の条件を知るには、国立公文書館の下記リンク集が有用である。
“関連リンク”. 国立公文書館.
http://www.archives.go.jp/links/.

(3)奈良岡聰智, 上田健介. イギリス議会文書館・図書館の概要.Reserch Bureau論究. 2014, (11), p. 30-40.
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_rchome.nsf/html/rchome/Shiryo/2014ron11.pdf/$File/2014ron11.pdf.

(4)イギリスのアーカイブズをめぐる現状については
奈良岡聰智. 「アーカイブズの国」イギリス」. 公研. 2016, 54(5), p. 6-7.

(5)近年の代表的なものとして以下の文献がある。
田中嘉彦. 英国における情報公開.外国の立法. 2003, (216).
http://doi.org/10.11501/1000506.
中島康比古. 英国国立公文書館の新たな記録収集方針について. アーカイブズ. 2013, (50), p. 52-56.
http://www.archives.go.jp/about/publication/archives/pdf/acv_50_p52.pdf.
村上由佳.イギリス国立公文書館視察報告.アーカイブズ. 2015, (55), p. 10-14.
http://www.archives.go.jp/about/publication/archives/pdf/acv_55_p10.pdf.
また、利用者サイドから実践的な情報を紹介したものとしては、以下が有用である。
“アーカイブズ情報あれこれ”. 九州大学附属図書館.
http://guides.lib.kyushu-u.ac.jp/content.php?pid=419486&sid=3429248.

(6)以下の記述は、特に断りのない限り、TNAのウェブサイト(http://www.nationalarchives.gov.uk/)および筆者の利用経験(最終訪問は2016年3月)に基づく。

(7)同館所蔵の外交関係の私文書については
Michael Roper. The Records of the Foreign Office, 1782-1968. 2nd Ed, Public Record Office, 2002, p. 235-248.

(8)“Advanced search”. The National Archives.
http://discovery.nationalarchives.gov.uk/advanced-search.

(9)ただし、現在冊子体の目録の更新は停止され、最新情報はオンライン目録のみに集約されているため、注意が必要である。

(10) 清水元編. 英国立公文書館の日本・東南アジア関係史料. アジア経済研究所, 1992.
佐藤元英編.日本・中国関係イギリス外務省文書目録. クレス出版, 1997, 3冊.

(11)TNAのウェブサイト内では、所蔵史料を利用した展示も行われており、きわめて有用である。2016年8月現在、第一次世界大戦に関する展示が行われている。
“First World War”. The National Archives.
http://www.nationalarchives.gov.uk/first-world-war/.

(12)撮影の条件については、TNAのウェブサイトを参照。
“Self-Service Photography of Records: Policy”. The National Archives.
http://www.nationalarchives.gov.uk/documents/photopolicy.pdf.

(13)複写の概略については、TNAのウェブサイトを参照。
“Record copying”. The National Archives.
http://www.nationalarchives.gov.uk/help-with-your-research/record-copying/.

(14)以下の記述は、特に断りのない限り、BLのウェブサイト(http://www.bl.uk/)および筆者の利用経験(最終訪問は2016年3月)に基づく。BLの概要については、以下を参照。
高宮利行監修.新・大英図書館への招待. ミュージアム図書, 1998.
戸倉莞爾. 新大英図書館とミッテラン図書館. 関西大学図書館フォーラム, 2009, (14), p. 47-54.
“アーカイブズ情報あれこれ”. 九州大学附属図書館.
http://guides.lib.kyushu-u.ac.jp/content.php?pid=419486&sid=3429248.

(15)撮影の条件については、BLのウェブサイトを参照。
“Can I take photographs of British Library material myself?”. The British Library.
http://www.bl.uk/help/can-i-take-photographs-of-british-library-material-myself.

(16)新聞の閲覧については、BLのウェブサイトを参照。
“British Library Newspaper Moves”. The British Library.
http://www.bl.uk/reshelp/findhelprestype/news/newspapermoves/index.html.

(17)詳細は、英国新聞アーカイブのウェブサイトを参照。
The British Newspaper Archive.
http://www.britishnewspaperarchive.co.uk/.

(18)概略については、以下を参照。
“三尾 稔 『オックスフォード雑記帳』”. 国立民族学博物館.
http://www.minpaku.ac.jp/museum/showcase/fieldnews/staffletter/mio/ox04.

(19)複写の概略については、BLのウェブサイトを参照。
“Imaging Services order form”. The British Library.
https://forms.bl.uk/imaging/index.aspx.

(20)本稿では詳しく触れられなかったが、筆者は、米国、ドイツ、ベルギー、オーストラリア、台湾でデジタルカメラ撮影や電子データの提供が行われているのを確認した。近年日本でも、国立公文書館、宮内庁宮内公文書館、外務省外交史料館でデジタルカメラ撮影が解禁された。

 

[受理:2016-08-21]

 


奈良岡聰智. 英国の国立公文書館・大英図書館における私文書の閲覧体制―利用者の視点から―. カレントアウェアネス. 2016, (329), CA1882, p. 14-18.
http://current.ndl.go.jp/ca1882
DOI:
http://doi.org/10.11501/10196263

Naraoka Sochi.
Researching Private Papers in the British National Archives and British Library: A User’s Point of View.