CA1708 – 米国の読書推進活動―Big Readが図書館にもたらすもの― / 田中敏

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カレントアウェアネス
No.303 2010年3月20日

 

CA1708

小特集 諸外国の読書推進活動

 

米国の読書推進活動―Big Readが図書館にもたらすもの―

 

  米国の国立芸術基金(National Endowment of Arts;NEA)は、2009年1月に『盛んになる読書』(Reading on the Rise)という報告書(1)を公表した。これは、5~10年おきに実施されている、米国の成人の文学作品の読書に関する調査の報告書で、2008年の調査では、1982年の調査開始以来低下を続けていた、文学作品を読む成人の比率が上昇に転じたことが報告された(E885参照)。その前の2002年の調査では、比率が初めて50%を下回り、その報告書『危機にある読書』(Reading at Risk)(2)では、タイトルが示すように、読書活動の衰退とそこから起こりうる社会への悪影響への危機感が示されていた(E224参照)。状況が好転した要因の一つは、官民での様々な読書推進・リテラシー向上のための活動(3)であると思われる。本稿では、その代表的な例として、NEAが中心となり全米規模で実施している読書推進活動“Big Read”について紹介する(4)

 

1. Big Read開始の経緯とその概要

 Big Readは、博物館・図書館サービス機構(Institute of Museum and Library Services;IMLS)及び芸術支援団体Arts Midwestとの協力のもとNEAが2006年から実施しているもので、1つの文学作品を中心とした地域全体での読書推進活動に対し、助成金やその他の活動支援を行うというプログラムである。文学作品に限定しているのは、想像力や他者への共感能力といった、文学作品がもたらす力が重視されているためである。

 開始の契機となったのは、2004年に出された前述の『危機にある読書』であった。NEAはまず、米国各地で行われていた“One Book, One Community”プログラム(5)等の読書推進活動の成功点と課題について調査した上で、2006年に10地域を対象にBig Readプログラムを試験的に開始した。翌2007年から対象地域を100以上に拡大して本格的に実施し、2009年6月に終了した第5期までの累計で、全50州の500以上の地域でBig Readが開催され、各地域でのイベントに200万人以上が参加している。2009年9月から2010年6月までの第6期は、過去最多となる約270の地域で実施されている。

 各地域でBig Readを開催するためには、NEAに申請をして審査に通らなければならない。主催者として申請できるのは、図書館等の公共機関や非営利団体等で、図書館以外の機関・団体が申請する場合には、図書館をパートナーとすることが求められる。申請にあたっては、コミュニティ全体を対象とした約1か月間の活動計画を提出しなければならない。助成金は2,500ドルから2万ドル(約23万円から約180万円)の範囲となっているが、主催者側でも助成金と同額の資金を用意しなければならない。第6期の助成金の総額はおよそ370万ドル(約3億4千万円)である。

 対象となる作品(6)は、図書館員・作家ら22人で構成される委員会の推薦に基づき決定される。米国議会図書館のビリントン(James H. Billington)館長も委員会のメンバーである。作品は米国文学が中心であるが、19世紀から21世紀まで、幅広い年代の作品が選択されている。第6期では28作品と3人の詩人の詩が対象となっており、『トム・ソーヤーの冒険』『グレート・ギャツビー』『マルタの鷹』『怒りの葡萄』『華氏451度』『ゲド戦記』『ジョイ・ラック・クラブ』等の作品が含まれている。各地の主催者は、これらの作品の中から1つを選ぶことになる。

 

2. 各地域での実施にあたって

 コミュニティ全体に活動を行き渡らせるためには、図書館、学校、大学、芸術団体、地方自治体、マスメディア、出版社、書店等の、官民の各機関とのパートナーシップが必要となる。各地域の主催者は、NEAによる事前のオリエンテーションで、実務的な知識や過去の実践例を学んだり、他地域の主催者と意見交換を行うなどして実施に備える。NEAからは、作品についての資料(読者用ガイド、音声ガイド等)や広報用キット(ポスター、横断幕等)、情報を掲載したウェブサイト等が提供される。

 各地で開催されるイベントの種類としては、市長等が参加するオープニングイベント、対象作品を主内容としたイベント(パネルディスカッション等)、対象作品に関連したイベント(映画上映等)等がある。

 選定作品を多くの人に読んでもらう手段として、多くの主催者が、ペーパーバック版を大量に購入し住民に無料で提供している。図書館や学校だけでなく、バスターミナルや薬局等、様々な場所で配布されている。また、地元メディアへの取材依頼や新聞広告等、認知度を高めるための工夫も実施している。

 対象作品の中からどの作品を選ぶかは悩ましいところであるが、その地域の事情を意識した選定を行っている地域もある(7)。公民権運動の一つの契機となった「ブラウン対教育委員会」裁判の地であるカンザス州トピカの図書館では、黒人女性の主人公の生涯を描くハーストンの『彼らの目は神を見ていた』を選定し、ブラウン裁判記念館でのイベントに多くの住民が参加するなど、人種問題への関心を喚起した。ロシア系移民の多いペンシルバニア州ランカスター郡の図書館では、トルストイの『イワン・イリイチの死』を選定し、さまざまなイベントにロシア系住民が参加したことで、新旧の住民の間での交流が生まれた。

 各地の事例報告を見ると、Big Readは単なる読書イベントではなく、コミュニティをまとめる原動力となっており、しかもそれは地域でのBig Readプログラムが終了した後も続くようである。

 

3. 図書館にとってのBig Read

 主催者あるいは共催者としてBig Readに関わる図書館にとっても、特に他機関とのパートナーシップの経験から、得られるものは大きい。テキサス州の図書館でBig Readを担当した職員は、他機関との連携により新たなサービス対象に接することができるだけでなく、図書館がコミュニティの重要な部分であることを示すチャンスともなると指摘している(8)。つまり、他分野のリーダーと協同している姿を見せることが、図書館への信頼を高め、図書館の活動と予算への理解を得ることにもつながりうるということである。IMLSの図書館部門のチュート(Mary Chute)氏は、他機関と協同する能力は21世紀の図書館に最も求められるものであり、Big Readはその能力を鍛える理想的な機会であるとしている(7)

関西館図書館協力課:田中 敏(たなか さとし)

 

(1) National Endowment for the Arts. Reading on the Rise : A New Chapter in American Literacy. 2009, 11p.
http://www.arts.gov/research/readingonRise.pdf, (accessed 2010-02-08).

(2) National Endowment for the Arts. Reading at Risk : A Survey of Literary Reading in America (Executive Summary). 2004, 6p.
http://www.nea.gov/pub/ReadingAtRisk.pdf, (accessed 2010-02-08).

(3) 連邦政府教育省によるリテラシー向上支援を主目的とする読書プログラムや、各種団体等による読書推進活動を紹介したものとして、次の文献がある。
岩崎れい. “読書プログラムの現状と課題”. 米国の図書館事情2007 : 2006年度国立国会図書館調査研究報告書. 国立国会図書館関西館図書館協力課編. 日本図書館協会, 2008, p. 329-332, (図書館研究シリーズ, 40).
http://current.ndl.go.jp/node/14419, (参照2010-02-08).

(4) Big Readの概要、経緯等については、主にウェブサイトの情報による。
The Big Read.
http://www.neabigread.org/, (accessed 2010-02-08).
“The Big Read Brochure”. National Endowment for the Arts.
http://www.neabigread.org/docs/BigReadBrochure.pdf, (accessed 2010-02-08).

(5) コミュニティ全体で議論ができるような1つの作品を選び、読書によるコミュニティの結びつきの強化を狙う取組み。1998年にシアトル市で始まり他地域にも広まったもので、現在も実施されている。
One Book, One Community.
http://www.oboc.org/, (accessed 2010-02-08).

(6) “The Big Read Catalogue”. National Endowment for the Arts.
http://www.nea.gov/pub/BigReadCatalog.pdf, (accessed 2010-02-08).

(7) Dempsey, Beth. Big Read, Big ROI. Library Journal. 2008, 133(19), p. 26-29.
http://www.libraryjournal.com/article/CA6611581.html, (accessed 2010-02-08).

(8) Hilyar, Nann B. The Big Read = A Big Opportunity for Your Library. Public Libraries. 2009, 48(5), p. 9-15.

 


田中敏. 小特集, 諸外国の読書推進活動: 米国の読書推進活動―Big Readが図書館にもたらすもの―. カレントアウェアネス. 2010, (303), CA1708, p. 10-11.
http://current.ndl.go.jp/ca1708