CA1670 – 中国における図書館法制定に向けての取り組みと研究動向 / 金晓明

PDFファイルはこちら

カレントアウェアネス
No.297 2008年9月20日

 

CA1670

 

中国における図書館法制定に向けての取り組みと研究動向

 

 

 図書館事業の健全な発展には、法律による強力な保障が必要である。法律に基づいて図書館を管理し法治化の道を進めることは、中国だけではなく世界各国においてかねてからの共通認識である。中国の図書館関係者は、長年にわたり図書館法の制定と関連法を含めた法体系の構築に向けて積極的な取り組みを進め、詳細な研究を行い、多くの論文を発表して、図書館法の制定に関する議論を交わし、図書館の法制化の推進に重要な役割を果たしてきた。改革開放以降の30年、特に21世紀に入ってからは、中国の図書館事業は事業規模、サービスの質、管理レベルや現代科学技術の応用など、さまざまな分野で大きな発展を遂げている。図書館法の制定に向けての取り組みと図書館法研究の機運もこれまでになく高まっている。

 

1. 図書館法の制定に向けての取り組み

 中国の法律では、立法権は中央と地方のレベルに分けられる。中国は領土が広大で、地域の発展状況も異なるため、省、自治区、直轄市の人民代表大会および常務委員会が当該行政区域に関わる地方事務の地方性法規を制定できると法律で規定されている。中国の中央政府、すなわち国務院は地方性法規以外の行政法規を制定できる。また、省、自治区、直轄市の地方政府は地方政府規章(訳注:地方性法規などの実施細則)を、政府の各部門は規範性文書(訳注:行政法規、規則、決定、命令などの普遍的な拘束力を持った規範)を制定できる。こうした制定機関の違いにより、中国の図書館事業に関する現行の法律、法規、規章は主に以下の3種類に分けられる。

(1) 国家が制定する関連法律と法規

 現状では、中国の図書館法制は依然として草創期にある。現行の法律、法規の中で公共文化事業と図書館に関わるものは、わずかに国務院が制定した公共文化体育施設条例(2003年)1件のみである。これは公共図書館を含む公共文化体育施設の建設の促進、それらの施設の管理と保護の強化、ならびにそれらが充分に機能を果たすことを目的として定められた、初めての専門の行政法規である。この条例で初めて、各レベルの人民政府が開設する図書館等の公共文化体育施設の建設、修理維持、管理に係る資金は、その人民政府の基本建設投資計画と財政予算に組み込むべきであることが具体的に明示されている。その他、図書館などの公共文化体育施設を献金などの方法で建設する社会基金の奨励や、図書館などの公共文化体育施設の計画と建設、利用とサービス、管理と保護についての規定などが盛り込まれている。

(2) 地方立法機関が制定する関連の地方性法規

 近年、多くの地方立法機関が当該行政区域の社会経済の発展状況に基づいて、公共図書館地方条例、政府規章を制定し、国家レベルの図書館法の制定活動に寄与している。たとえば、上海市公共図書館管理弁法、北京図書館条例、内蒙古自治区公共図書館管理条例、湖北省公共図書館条例、広東省文化施設条例、深圳経済特区公共図書館条例、河南省公共図書館管理弁法、浙江省公共図書館管理弁法、江蘇省公共図書館管理弁法等が挙げられる。

(3) 中央の関連部門が制定した政策および部門規章

 たとえば、文化部が公布した《省(自治区、市)図書館活動条例》、教育部が公布した、普通高等学校図書館規程(改正)、学校図書館(室)規程(改正)、中国科学院が公布した《中国科学院図書情報活動暫定施行条例》等が挙げられる。これらの条例、法規等は、法律と同列に扱うことはできないものの、中国の図書館事業の発展および、図書館法の制定活動に積極的な影響を与えており、理論的な基礎を築き、法制度化の根拠となっている。

 

2. 図書館法法制化の取り組みが直面する問題

 とはいうものの、現在の図書館法の制定活動は発展途上であり、未だ実効ある整備された図書館法を制定できていないのは否めない事実である。図書館で生じる一連の問題、例えば経費の不足、設備の老朽化、人材確保の不安定さなどは完全には解決されていない。中国図書館界が重視している《普通高等学校図書館規程》、《省(自治区、市)図書館活動条例》《中国科学院図書情報活動暫定施行条例》の3つの部門規章は、主に、公共図書館、高等教育機関図書館、科学研究図書館の主要な3館種それぞれに端を発するもので、各々の主管部門により別々に制定されたため、規程の内容は必然的にそれぞれの図書館の特徴を偏重する傾向にある。このように足並みの乱れた産物では、法律の効力の点からみても、実施した際の効果の点からみても、図書館事業の発展の根拠になりえず、図書館の法的な権益も全く保護されない。そのため、図書館事業においてマクロな視点からの強力なコントロールもなく、ミクロな視点からの有効な指針もないという状態が長く続くことになったのである。

 幸いなことに、《中華人民共和国図書館法》の制定活動が2001年4月から正式に開始されて以降は、図書館事業関連の国家レベルの立法活動および図書館関連の法の制定・公布活動は、図書館員の職業倫理、図書館の権利、図書館での著作権のフェアユース、さらには図書館建築基準、サービス基準など、一連の図書館法関連の環境と法体系の構築へと次第に広がっていった。例えば、2003年に中国図書館学会が公表した《中国図書館員職業道徳準則》、国務院常務委員会が制定し、2006年7月1日から施行された、図書館の意向を反映した《情報ネットワーク送信権保護条例》、2008年に中国図書館学会が公表する《公共図書館サービス宣言》、および文化部の委託を受けて中国図書館学会が作成し、2008年に公布・施行される見込みの《公共図書館建築基準》とその基準とセットになる《公共図書館建設用地指標》等は、図書館事業の発展に必ずや重要な影響を与えるだろう。

 

3. 図書館関連の法規研究の発展

 現代の中国図書館界では、1980年代初頭から図書館の法治に関する研究が始められ、ここ30年間弛むことなく続けられてきた。80年代初から90年代末までは海外の図書館法を紹介し、参考にすることに重点が置かれていた。90年代末に至り、海外の図書館法の翻訳紹介、図書館法制定の意義や原則的な議論から、図書館と利用者の権利と義務などの実際的な問題を含む図書館法体系の構築へと研究内容が発展し、年平均12件以上にのぼる論文が発表され、1996年に発表された論文は27件に達した。しかし、1980年から2000年の20年間は、図書館の法治についての研究は、相対的に純粋な学術と理論の探求という局面で進められ、論文数は膨大だったが、実際に法律の制定を進めるには脆弱なものであった。その原因としては、法治研究と法律制定の活動がかみあわなかったこと、さらには、研究内容が新味に欠け、結論が深まらず、法制化の課題や争点についての説得力ある論証や分析に欠け、図書館法の制定活動への具体的な提案にあまり関心が払われなかったことが挙げられる。

 図書館の法治研究を実質的に推進したのは、2001年初頭の《中華人民共和国図書館法》の制定活動の開始である。2001年4月、天津で開催された専門家座談会において、《中華人民共和国図書館法》の法制化の方向性が明確にされ、法律の枠組、構造などの基本的な問題において共通認識に達し、法制化の課題について焦点の定まった議論が行われ、図書館法の制定活動が正式に開始された。2002年の初頭に、中国図書館学会は図書館法と知的財産権について検討する専門家委員会を正式に設置した。これによって全国の図書館法治研究は、組織的に資源を統合し、足並みを揃えて必要な資源を集中させ、重点的に課題解決を図れるようになった。その結果、図書館法規研究において、例えば新しい状況での法による図書館管理とモラルによる図書館管理の問題、デジタル図書館と図書館ネットワーク情報のサービスが直面する法律的な問題などの多くの新しい課題と具体的な法規の研究などが立ち現れてきた。研究内容もより深く発展を続け、法理学の視点から図書館法の具体的な問題を検討した論文が数多く発表され、研究成果は大幅に増加し、年平均の発表論文数は48件以上にのぼった。法律制定に向けての取り組みが進むにつれ、法治研究には、多くの現実的な課題が突きつけられるようになった。そして、図書館法研究はより深く、具体的で焦点の定まった方向へ進み、図書館事業関連の国家立法、図書館員の職業倫理、図書館の自由と権利、図書館での著作権のフェアユースなどの現実的な問題と法律環境を整えるための研究が発展していった。

 図書館員の職業倫理の確立についての議論は、おおよそ1980年代初頭から始まって、1990年代中頃に高まり、2003年に《中国図書館員職業道徳準則》(訳注:準則は「基準となる規則、原則」の意)が正式に交付されたのちに全盛を迎えた。2003年以前は、図書館の職業倫理の研究の多くは図書館の職業倫理の意味や意義などの比較的一般的な問題を扱っており、この時期の研究は厳密には図書館理念研究に属していたといえる。2002年に中国図書館学会が《準則》を制定した後、ようやく法治研究に重点が移り、図書館職業倫理の具体化が重視されるようになった。この時期に発表された文章の多くは《準則》の内容、形式およびその具体化についての分析、論評、批評、提案などである。しかし、2005年以降に「図書館精神」が話題にのぼるに伴って、再び図書館理念の範疇へと戻っていった。

 図書館の利用者の権利と義務、図書館員の職権などの問題についての議論は休むことなく続けられてきたが、情報の自由と平等を主題とし、国際的な図書館サービス理念とかみあった「図書館の権利」の研究はここ数年でようやく現れてきたものである。2003年に発表された、「新時代の3人の論客による“知識の自由”についての対話」と題する文章では、知識の自由を保護し、社会的弱者の知識へのアクセスを保障することは、図書館業務の中心的な価値であることが明示されている。この後、図書館の自由に関する権利の研究が急速に深まり始めた。2004年の中国図書館学会の年次大会では、「図書館の権利」が「第3回図書館法と知的財産権フォーラム」のテーマに設定された。同年、中国図書館学会の第2回青年学術フォーラムでは「図書館と図書館員の権利」が大会のサブテーマの1つに設定された。図書館学会の推進の下、2005年から2006年までの間、このテーマについて質の高い研究論文が多数発表され、図書館の権利の範囲の明確化やその実現と保護といったさまざまな問題に対して、広範で詳細な検討が行われ、原則的な問題についての共通認識が形成された。この成果に基づいて、自由に関する権利の研究は図書館活動の細部に目を向け始め、実際の図書館活動で知識の自由と情報の平等の保護の実現を目指す図書館サービスの方針を重視することとなった。

 中国の図書館学では、著作権と図書館におけるフェアユースについて、図書館の活動が密接に関わる法律問題の研究に着手するのが非常に遅く、コンピュータネットワークの発展により、知的財産権の保護活動が国際化するにいたって初めてこの問題を重視するようになった。この問題において最初に注目されたのは、国際図書館連盟(IFLA)など図書館界の組織が、デジタル環境下における著作権法の改正にいかに影響を与え、どのような成果が得られたのかということであった。その後、各種文献やサービスにおいて生じる著作権問題、新しい環境で新しい法令が図書館業務に及ぼす影響、および図書館が果たすべき活動原則と方法などの問題についてより深い議論が展開された。その典型と言えるのは、2006年5月の国務院常務委員会会議で採択され、2006年7月1日から施行された《情報ネットワーク送信権保護条例》である。以前より中国の図書館界はこの《条例》の立法過程を注視し、さまざまな手段で影響を与え、図書館の意向を反映させることができた。

 

4. 図書館法規についての研究不足

 しかしながら、2001年初頭から図書館界が図書館法の制定を強く推進し始めてから7年にわたり草案の検討が重ねられてきたものの、未だ図書館法が公布されていないため、現状では中国の図書館法体系の研究は依然として図書館専門の法律の制度化に集中せざるを得ない。2007年の年初に中国図書館学会が開催した全国の各種図書館や政府の関連部門の代表者による会議では、さらに多くの資源を統合し、互いに協調して法制化に必要な事項について検討するよう促された。また、中国図書館学会の《図書館立法提言》を起草するなど、法制化に向けて実現可能な案を提示し、法律の制定を順調に進めるよう呼びかけられた。この他、比較的重視されている研究分野には、出版物の納本制度の研究、図書館建築基準、サービス基準などの制定と図書館員の職業倫理の確立、図書館の自由と権利などがある。関連法規の研究では、著作権関連の法律、法規の発展のほか、著作権の権限譲渡モデル、評価方法、および著作権者とユーザ間のデジタル権益のバランスをいかにしてとるのかといった著作権の保護と利用のための図書館の諸活動については比較的成果があるが、その他の分野の研究についてはまとまった成果がないのが現状である。

上海図書館副研究館員:金晓明(きん ぎょうめい)

訳 関西館アジア情報課:篠田麻美(しのだ あさみ)

 

 

Ref:

(1) 吴建中ほか. 关于制定《上海图书馆条例》的建议. 上海市第十二届人大提案. 2004. 1.

(2) 李国新. 1980年-2004年中国图书馆法治研究述评. 江西图书馆学刊. 2006(4), p. 2-6.

(3) 钟德强, 王召龙. 我国图书馆法规研究综述(1989—2003). 图节馆建设. 2005(2), p. 6-9.

(4) 刘小琴. 《中华人民共和国图书馆法》制定工作的进展、思路与主要内容. 大学图书馆学报. 2003(2), p. 2-5.

(5) 苏颖怡. 我国图书馆法制建设研究述评一80年代至今. 大学图书馆学报. 1999(6), p. 37-40.

(6) 金晓明. 上海公共图书馆法制建设现状、问题及完善策略. 第五届中日图书馆学国际研讨会论文集. 2007(10), p.76-81.

(7) 黄启明. 我国图书馆法律的历史与现状. 图书馆. 1997(4), p. 32-33, 44.

 


金晓明. 中国における図書館法制定に向けての取り組みと研究動向. カレントアウェアネス. 2008, (297), p.3-6.
http://current.ndl.go.jp/ca1670