CA1619 – 米国の公共図書館における成人リテラシー支援プログラムの現状と課題 / 瀬戸口誠

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カレントアウェアネス
No.290 2006年12月20日

 

CA1619

 

米国の公共図書館における成人リテラシー支援プログラムの現状と課題

 

1. はじめに

 近年,情報通信技術の進展によって,公共図書館においても,地域住民の情報リテラシー習得支援が図書館サービスの重要な柱となると言われている(1)。米国の公共図書館では,その情報リテラシーの基礎となる英語の読み・書き・算の能力であるリテラシー(literacy)の習得支援が重要なサービスとされ,実践されてきた(2)(3)。今日,リテラシーという場合,それは単に文字の読み書きができるという技術的な能力ではなく,成人が実生活を営むのに最低限必要な読み書き能力,つまり機能的リテラシーという考え方に依拠している。すなわち,公共図書館による成人の英語のリテラシー習得支援は,人々が地域社会で生活を円滑に営むことの支援に直結している。以下,公共図書館における成人の英語のリテラシー習得支援サービスの現状及び問題点について見ていくことにする。

 

2. 米国における移民と図書館サービス

 多民族国家である米国は,多様な人種・民族で構成されており,公共図書館においても多様な言語・文化に対応したサービス(多言語に対応したコレクション構築等)が必要とされる。アフリカ系,ヒスパニック系,アジア系移民は,総じて英語のリテラシーが低い,あるいは全く英語の読み書きができない状態にある。そのため,公共図書館の成人向けリテラシー支援は,移民等のマイノリティと呼ばれる集団に対する英語のリテラシー習得支援が中心となる(4)

 英語のリテラシーの欠如が重大な問題とされているのは,単に読み書きができないだけにとどまらず,就職の際の障害となったり,地域コミュニティからの疎外等を生み出しているからである。例えば,フィッシャー(Karen E. Fisher)等によるニューヨーク市クイーンズ区公共図書館における移民向けリテラシー支援プログラムのアウトカム(outcome)調査では,プログラム参加者のアウトカムとして,彼等の(友人や近所の人々との交流等による)社会的ネットワークの拡大が挙げられている(5)(6)。すなわち,移民の人々は,ESL(English as a Second Language)クラス等に参加し,リテラシー技能を高める中で,他の参加者や図書館員との人的交流によって副次的に様々な恩恵(自尊心の高まり等)を受けていた。逆に言えば,リテラシーの欠如によって,移民の人々は,移民コミュニティ外の他者との交流をほとんど持たない,地域コミュニティから孤立した状態に陥ってしまう。それゆえ,公共図書館による成人のリテラシー支援は,移民等の人々が日常生活を送る上で非常に重要なサービスとして位置づけられる。

 

3. 米国の公共図書館における成人リテラシー支援の現状

 1996年に,ウォレス財団(Wallace Foundation:WF)は,図書館主体の成人向けリテラシー支援プログラムを支援するためにLILAA(Literacy in LibrariesAcross America)イニシアチブを開始し,公共図書館が提供している成人向けリテラシー支援プログラムに対してより効果的な戦略の立案及び実施のための援助を行なっている(7)。また,これらリテラシー・プログラムの成果検証のため,WFと米国教育省の教育研究・改善局(Office of Educational Research andImprovement)から資金を受け,2000年から2003年の4年間に渡り,MDRC(Manpower DemonstrationResearch Corporation)とハーバード大学の全米成人学習・リテラシー研究センター(NationalCenter for the Study of Adult Learning and Literacy)は,オークランド公共図書館やニューヨーク公共図書館等5図書館における9つの成人向けリテラシー支援プログラムに関する戦略の立案・実施及びその効果等を調査している。以下,2005年の最終調査報告から,先進的とされる公共図書館における成人向けリテラシー支援プログラムの現状を見ていく(8)

 LILAAプログラムの生徒達は,多様な集団から構成されていた。例えば,生徒の60%は女性であったが,黒人,ヒスパニック系,アジア系等と人種構成そしてその年齢構成も多様であった。その一方で,自分自身の低いリテラシー技能を向上させたいという希望は共通していた。全体的に,生徒達のリテラシーのレベルは低かった。

 生徒達がプログラムに参加した期間は,リテラシー・レベルを向上させるのに必要な時間に達していなかった。例えば,プログラムの3分の2の生徒が,6か月以内にプログラムから脱落していた。また,生徒達はリテラシーに関わる活動に平均58時間を費やしていたが,リテラシーのグレードレベルを1つ向上させるには100時間から150時間必要であることから学習時間が十分でないことがわかる。LILAAイニシアチブが開始されてからも,生徒の授業への参加期間は依然として低い水準で,生徒の参加パターンに実質的な変化はなかった。また,LILAAプログラムは,生徒のプログラムへの参加期間の短さなどの類似した問題に直面してはいるが,プログラムにおける問題の深刻さはそれぞれの地域事情を反映しており,多様であった。

 プログラム参加者の成績に関しては,標準テストの評価において,若干の改善が見られた。

 生徒が学習を継続していく上での課題に関しては,生徒達は,リテラシー学習を妨げる多様な障害に直面していることが明らかになった。例えば,多くの生徒達は,健康上の問題,あるいは薬物乱用の経歴があった。また,生徒の中には移住して間もない状況の者もいた。生徒の学習を継続させるには,当然これら個人的・環境的障害に対処していく必要がある。学習の継続を推進していくためには,託児所の設置や交通手段の支援など社会サービス(social services)の充実と,教授法や設備の改善などプログラム自体の改善という2つの方法がある。プログラムの多くは,社会サービスを展開していくのに乗り気ではなく,プログラムの改善に力を注いでいた。これは,社会サービスに余分なコストがかかるだけでなく,リテラシー習得支援という本来の図書館の役割と相反するとする図書館員の考えや利用者のプライバシーに立ち入らないという米国図書館界の見解等にも起因している。

 また,生徒達のプログラムの参加や脱落の形態には多様なパターンがあることがわかった。例えば,個人的・環境的障害は特にないが明確な目標を持てないために学習に集中できない生徒,あるいはその逆のパターン等があった。総じて,生徒の学習を継続させるには,公共図書館は,プログラムの改善に加え,現実的な社会的支援や地域の他の社会サービスに関する情報の提供等を行っていく必要があるだろうとしている。

 

4. 成人リテラシー支援に伴う問題

 公共図書館が成人のリテラシー支援を行っていく上で,留意すべき問題がある。成人向けリテラシー支援は,人々の社会参加を促進する一方で,多様な言語・文化の抑圧を招く危険性も伴っている。すなわち,英語の学習を自明視することは,先住民や移民等のマイノリティの言語・文化を抑圧しかねない。

 現在,連邦議会で審議が進められている「包括的移民改革法案(Comprehensive Immigration ReformAct of 2006;S2612)」において,「英語公用語化条項(National English Amendment)」が盛り込まれている。英語の公用語化は,先住民や移民等の言語・文化の存在を無視することにつながる危険性がある(9)。すでに,この条項に対しては,ALAによって反対声明が発表されている(10)。公共図書館は,マイノリティ住民の母語資料の収集などの多文化サービスの実践を踏まえ,多様な言語・文化を有する人々に対して,多文化共生の観点から成人に対するリテラシー支援を行っていく必要があるだろう。

梅花女子大学:瀬戸口誠(せとぐち まこと)

 

(1) 文部省地域電子図書館構想協力者会議編. 2005年の図書館像:地域電子図書館の実現に向けて(報告). 文部省地域電子図書館構想検討協力者会議, 2000, 37p., (オンライン), 入手先 < http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shougai/005/toushin/001260.html >, (参照2006-11-1).

(2) 川崎良孝. 特集:生涯学習と図書館界, アメリカ公立図書館と識字プログラム:歴史的概観. 図書館界. 42(3), 1990, 176-190.

(3) 鈴木太郎. 特集:識字・情報と図書館サービス, アメリカ合衆国の識字率と図書館の役割. 現代の図書館. 28(1), 1990, 33-39.

(4) 人種・民族以外で見る場合,成人向けリテラシー支援の主たる対象者としては,学習障害を持つ人や高校をドロップアウトした人等が挙げられる。

(5) Fisher, Karen E. et al. Information Grounds and the Use of Need-based Services by Immigrants inueens, New York: A Context-Based, Outcome Evaluation Approach. Journal of the American Society for Information Science and Technology. 55(8), 754-766.

(6)クイーンズ区公共図書館のサービスについては次の文献を参照。
杉江典子. 特集:公共図書館のレファレンスサービス:図書館員と研究者の共同研究から, ニューヨーク市クイーンズ区公共図書館における図書館サービス:情報サービスを中心に. 現代の図書館. 44(1), 2006, 11-25.

(7) Porter, Kristin E. et al. One Day I Will Make It: A Study of Adult Student Persistence in Library Literacy Programs. MDRC, 2005. (online), available from < http://www.mdrc.org/publications/401/full.pdf >, (accessed 2006-11-01).

(8)Ibid.

(9) 菊池久一. < 識字 >の構造:思考を抑圧する文字文化. 東京, 勁草書房, 1995, 291p.

(10) American Library Association. “ALA opposes “National English Amendment” to Immigration Reform Bill”. ALA-news. (online), available from < http://www.ala.org/ala/pressreleases2006/may2006/englishonlyamendment.htm >, (accessed 2006-11-01).

 


瀬戸口誠. 米国の公共図書館における成人リテラシー支援プログラムの現状と課題. カレントアウェアネス. (No.290), 2006, 19-20.
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