CA1594 - ICDL(子どもの本の国際電子図書館)の活動と子どもの異文化交流 / 酒井貴美子

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カレントアウェアネス
No.288 2006年6月20日

 

CA1594

 

ICDL(子どもの本の国際電子図書館)の活動と子どもの異文化交流

 

 

 多言語,多文化,多世代の利用をめざして始まった「子どもの本の国際電子図書館」事業(ICDL;S003E044E225参照)は,英語のみによる検索及び閲覧機能を有した2002年の第1期,それにHTMLのソフトウエアを付加した2003年の第2期,メタデータを各言語に訳し,それぞれの言語で閲覧できるようになった2004年の第3期を経て,現在は,10の言語のインターフェイスを有し,そのデザインも各文化の持つ文化的規範を考慮し調整した最終段階に至っている。

 

1. 多言語:技術的な問題の克服

 非アルファベットを含む複数言語による検索,表示を可能にするために,書誌データはダブリン・コアに基づいて英語または提供された図書の言語で作成される。活字はUnicodeで解決した。しかし,それぞれの言語特有の区切り,翻字の際の文字数の増加,固有名詞や人名などの翻字方法の問題は残っている。ただ,この問題はICDLに特有な問題ではなく,自国の言語と違った言語の資料を受け入れている図書館が常に抱えている問題と同じものだと思われる。

 

2. 多世代:子ども(3歳から13歳),インターネット

 ICDLのデータベースが他の図書館と違っていると強調しているポイントは,そのインターフェイスであろう。最近のさまざまな調査によれば,現在,子どもは大人と同じくらい頻繁にインターネットを利用しているといわれている。しかし,子どもの利用を考慮した検索機能を備えた一般のサイトは少ないし,実際の図書館でも資料の分類,配置などの点で子どもの要求を十分に考慮しているとは言い難いというのが,ICDLのインターフェイス製作者の考えである。

 ICDLは子どものインターネット利用,図書館利用についての研究を参考にするとともに,実際の構築にあたって,7人の子ども(7歳から11歳まで)を協力者として意見を取り入れるという方法をとった。その結果,検索画面は文字や説明を少なくし,図を豊富に取り入れたものとなった。言葉による検索ではなく,地域,対象年齢,表紙の色,物語の長短,主人公の形象,フィクション・ノンフィクションの別などの選択肢が図で示され,それをクリックすることで検索できるようにした。

 ただ,協力者である7人の子どもたちは積極的に意見を述べて協力したとあるものの,この子どもたちの文化的背景や読書経験などについては一切言及されていない。それらと選択肢との関係はどのようなものであったのだろう。

 

3. 多文化:文化の違い

 ある事物や図の意味するものが文化によって違う場合がある。例えば,子どもが舌を突き出すというしぐさは中国文化では非常に無礼な行為である。インターフェイスやアイコンにはこうした文化の違いを考慮して必要な修正が加えられた。

 さらに,資料の内容が,歴史的,文化的な多様性の観点から問題となる可能性のあるものについては,提供者に蔵書構築のガイドラインに照らし合わせて検討してもらい,文化的,歴史的多様性についての言及を添えた上で蔵書に加える。

 

4. 事業主体

 このプロジェクトは米国メリーランド大学のHuman-Computer Interaction Laboratoryの研究事業で,同研究所が,デジタル情報の保存を目的として作られた非営利団体Internet Archivesと共に立ち上げたものである。事業資金は,科学研究に資金提供を行う米国政府機関である全米科学財団(NSF),従来の連邦教育省図書館計画課に代わって図書館行政を担当している博物館・図書館サービス機構(IMLS),マイクロソフトの研究機関Microsoft Researchが出資している。

 Human-Computer Interaction Labは,コンピュータのインターフェイスや技術デザインなどを主に研究している研究所で,本プロジェクトの発足当初は,プロジェクトに図書館関係者はいなかった。このことが,図書館としての機能の面で同プロジェクトをやや弱いものにしているのではないかと思われる。

 

5. 多言語:蔵書内容

 ICDLの蔵書は100の文化から100冊ずつの本を集める−できればそれらは受賞作品のような優良書で−のが目標であり,そうした本の提供を各国の図書館,出版社などに呼びかけている。

 2006年4月20日現在の蔵書は,35言語928冊であり,当初の目標の1/10の数字にとどまっている。上位言語別にみると,ペルシャ語305冊,英語261冊,スペイン語94冊,セルビア語77冊である。英語の本は他の言語とのバイリンガルブックが多いことを考慮すると,ペルシャ語の多さが際立っている。ペルシャ語図書は主にイランのThe Children's Book Council,出版社のShabaviz Publishing Companyによって提供されている。Shabaviz Publishing Companyはボローニャ児童書展等の国際的な催しに非常に積極的に参加し,ボローニャ・ラガッツ賞も受賞している。スペイン語図書は,North American Cultural Instituteof Peru (ICPNA)とペルー国立図書館が共同で提供したものが多いほか,多文化を紹介する目的で設立された米国の非営利出版社Children’s Book Pressが提供する英語とのバイリンガルブックも14冊ある。77冊のセルビア語図書はセルビアの国立図書館により提供されている。少数言語のマオリ語8冊は,ニュージーランド国立図書館の提供である。クメール語1冊は上記のChildren’s Book Press社が提供した英語とのバイリンガルブックである。

 このように,蔵書の内容は各国の図書館,出版社の姿勢によって左右されていることがわかる。大多数の出版社は,非営利で営業しているわけではないので,提供できる図書にも限りがある。良書で売れ行きがいい本はなかなか提供できないというのが本音ではないだろうか。

 蔵書中,日本語図書は8冊で,日本語を含む複数言語で書かれている1冊を除くと,いずれも1940年代後半発行の,メリーランド大学プランゲ文庫のものである。ドイツ,フランス,ポーランド語図書についても,国立図書館の提供している図書は著作権の切れた古書である。「著作権問題が起こらない図書→古書」ということで,図書館から提供される本は古書に偏りがちである。ICDLは研究者にも役立つという目標を掲げており,これらの古書は研究者には役立つであろうが,子どもにとって魅力的かどうかはわからない。

 

6. 利用者

 図書館の利用者を決めるのはその図書館の蔵書であるというのはICDLにもあてはまる。2002年の開設以来,158か国約50万人がサイトを訪れている。国別に多い順から,米国,イラン,カナダ,台湾,英国,ドイツ,エジプト,スペインの順である。ペルシャ語の蔵書の多さが,イランからの利用につながっていると思われる。2004年9月から2005年9月の間に最もアクセスの多い上位9冊の使用言語は,英語7冊(うち3冊は他言語併記),ペルシャ語2冊であり,発行年は2冊が1900年,1865年である以外はいずれも最近発行されたものである。当初の想定どおり,子どもだけでなく大人も利用しており,子どもと大人が一緒にアクセスしている事例も多い。

 

7. さらなる発展

 ICDLの今後の発展形態として,「ICDLコミュニティ」構想がある。ICDLの蔵書とインターネットを使って,異なった文化に属する子どもたちの交流をさらに進めようとするもので,そのために,本を読んだ子どもが自ら話を作ったりするのに役立つ“the storymaker”,読んだ本の感想を語りあう“the communication area”を開発中である。これらを使って,他の国の子どもたちに絵や写真で自分のプロフィールや感想を伝え,その本のイメージを膨らませて新しい話を作って互いに比較しあい,それぞれの文化の違いを知りつつ交流していこうというものである。既に米国とハンガリー,米国とアルゼンチンの子どものグループを対象にした事例研究がなされている。

 しかし,言葉を媒介とすることなくどのような交流が可能なのかという問題も残る。ICDLのそれぞれの図書には子どもが感想を書く欄があるが,ペルシャ語の本を読んだ英語圏の子どもが「文も絵も理解できなかったので,何を言っているのかわからない」という感想を寄せている例もある。しかし「絵は理解できた」「よかった」という感想もあるので,今後の発展が興味深い。

 

8. 最大のメリット

 多民族国家である米国にはさまざまな言語や文化を持つ人々がおり,ひとつの国のなかに多文化が共存している。とはいえ,さまざまな言語で書かれた本,また世界のさまざまな地域で発行された本を個々の学校や図書館で揃えるということは,選書の難しさや,予算的制限もあって難しい。また,新しく米国に来て住むようになった親が,子どもに自分の出身国の言語の子どもの本を買って,家庭で子どもと一緒に読むということもなかなかできない。しかし,ICDLを利用することで,それが手軽にできるようになった。課題はいくつか残されているものの,パソコンがあればさまざまな言語の本が読めるというのは画期的なことである。ICDLにはそうした内容の感謝の声が寄せられている。

 いまや,米国だけでなく,他の国でも,多文化化,多民族化が進んでおり,同様の利用が考えられる。また異文化となかなか接するチャンスのない地域の子どもたちにとっても,外国の本が画面で見られるということは,世界を考える上で大きな刺激とヒントになることは間違いない。

国際子ども図書館資料情報課:酒井貴美子(さかい きみこ)

 

Ref.

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酒井貴美子. ICDL(子どもの本の国際電子図書館)の活動と子どもの異文化交流. カレントアウェアネス. 2006, (288), p.8-10.
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