CA1588 – 動向レビュー:e-ラーニング時代の図書館サービス / 三輪眞木子

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カレントアウェアネス
No.287 2006.03.20

 

CA1588

動向レビュー

 

e-ラーニング時代の図書館サービス

 

1. e-ラーニングとは

 e-ラーニングとは,情報通信技術(ICT)を活用した学習形態の総称で,衛星通信やウェブを利用した遠隔学習だけでなく,図書館や学校で行われているICTを活用した学習も含まれる。本稿では,最新の文献から把握した米国の大学図書館が実施するe-ラーニング支援サービスのガイドラインとその実施状況を報告するとともに,英国図書館(BL)とニュージーランド国立図書館におけるe-ラーニング支援への取り組みを紹介する。

 

2. 大学図書館のe-ラーニング支援

 米国大学・研究図書館協会(ACRL)は,2000年に,「遠隔学習図書館サービスのためのガイドライン(Guidelines for distance learning library services)を作成した(1)。以下では,このガイドラインの概要とともに,大学図書館サービスがガイドラインをどの程度満たしているかに関する調査結果を紹介する。

2.1. ACRL大学図書館のe-ラーニング支援ガイドライン

 ガイドラインの前提としては,以下のような基本方針が示されている。

(1) e-ラーニングコミュニティの構成員(学生・教職員)は,伝統的なキャンパスで学生や教職員に提供されている図書館サービスと同等のものを受ける権利がある。

(2) 一般的な書誌と情報リテラシーの教育を通じて大学生に生涯学習スキルを身に付けさせることは,高等教育の主たる成果であり,これはe-ラーニングコミュニティにも求められる。

(3) e-ラーニングコミュニティの質を保証するためには,独自の投資や計画が必要である。

(4) e-ラーニングコミュニティを支援するためには,大学図書館の通常経費に加えて,別途資金を確保すべきである。

(5) e-ラーニングを提供する大学では,図書館と他の基盤機関の間の連携の必要性を認識する必要があり,e-ラーニング支援図書館サービスが全国および地域の認定基準や専門職組織の標準を満たしていることを保障する義務がある。

(6) e-ラーニングを提供する大学では,プログラム計画の初期段階から,図書館の管理者を関与させる必要がある。

(7) 大学図書館は,e-ラーニングコミュニティ独自のニーズを満たすための資源やサービスを識別,開発,調整,提供し,そのパフォーマンス測定を継続的に実施する責任がある。

2.2. ガイドラインの概要

 以下では,ACRLのガイドラインが規定する,大学図書館がe-ラーニングコミュニティに対して提供すべきサービスの概要を紹介する。

 運営については,以下の項目が挙げられている。

  • e-ラーニングコミュニティの図書館ニーズと提供サービスおよび関連施設設備の定期的な評価
  • 情報ニーズおよびスキルニーズのプロファイル作成と文書化
  • ニーズへの対応の進捗状況測定手法を含む目標の文書化,管理者・教授陣・学生代表の評価への関与
  • 定性的・定量的尺度によるe-ラーニング支援図書館サービスの測定,蔵書構築と収書方針の更新
  • e-ラーニングカリキュラム開発とコース計画への図書館管理者と主題専門家の参加
  • e-ラーニングコミュニティへの図書館サービス広報,利用者調査に基づくe-ラーニング支援図書館サービスと資源利用の適切性とニーズ満足度の監視
  • 遠隔地の協力図書館との関係構築,e-ラーニングコミュニティへの図書館資料およびサービス提供方法の開発
  • 電子的支援提供のためのコンピュータサービス部門との協力関係確立

 資金に関しては,e-ラーニングプログラムのニーズと需要に即し,大学の予算周期に対応し継続的かつニーズを満たすための革新的なアプローチを支援するに十分な予算確保が求められている。

 人材に関しては,図書館管理者には情報ニーズとスキルニーズを満たす図書館資源とサービスの計画・導入・調整・評価が求められている。遠隔サイトには,e-ラーニングコミュニティと直接対応する人材を配置し,彼らに継続教育や専門職教育の機会を与えると共に,専門職団体や職員団体に加入させることが求められている。

 施設・設備については,外部の図書館との契約に基づくe-ラーニング学生のアクセスの確保,相談・事実に関する質問応答ツール,リザーブ図書・情報の電子的配信,データベースの検索と資料の相互貸借サービス,遠隔サイトe-ラーニング図書館サービス担当者のための事務スペース確保,電子図書館サービス等が求められている。

 資源については,キャンパス内の伝統的な図書館で提供されるものと同等の品質を備えた図書館資料への便利で直接的な物理的・電子的アクセスをe-ラーニングコミュニティにも提供することが求められている。

 サービスについては,レファレンス支援,コンピュータによる書誌および情報サービス,ネットワークへの高速で安全なアクセス,相談サービス,情報リテラシー教育,メディアや機器の利用における支援や指導,著作権のある資料のフェアユースによる相互貸借サービス,書類送付システムや電子的送付による即時の文献配布,フェアユースに基づくリザーブ図書へのアクセス,利用者のアクセスを最適化するサービス時間設定,およびe-ラーニングコミュニティに対する広報が求められている。

2.3. 大学図書館のe-ラーニング支援

 チェン・イェ・ヤン(Zheng Ye Yang)は,大学図書館のe-ラーニング支援サービスが,ACRLのガイドラインをどの程度満たしているかを,電話サーベイにより2004年3月に調査した(2)。対象は,米国内の研究図書館協会(ARL)会員のうち国立図書館を除く103館中62館のe-ラーニングサービス支援を担当する図書館員である。

 調査対象62館のうち13館はe-ラーニング支援サービス業務に専従している図書館員を配置し,22館は,このサービスを兼務している図書館員を配置していた。他方,27大学の図書館では,e-ラーニングサービスの担当者は配置していないものの,遠隔学生に図書館サービスを提供していた。

 ARLメンバー大学図書館のe-ラーニング支援サービス担当者(専任と兼任を含む)計35名中19名は,大学全体の遠隔教育に係わる委員会,および図書館利用指導のためのオンラインコースの設計に参画していた。分散型のe-ラーニング実施状況を反映して,所属大学が提供するe-ラーニングプログラム受講学生全員の名簿を持っていたのは7名のみであった。

 e-ラーニング支援サービス担当図書館員のほぼ全員が,担当教授を識別できれば,e-ラーニングプログラム受講生が利用できる図書館サービスを,電子メール,電話,ニューズレター,オフィスへの訪問等により知らせていた。

 e-ラーニング支援サービス担当者が配置されている35大学図書館中34館では,e-ラーニング受講生専用のウェブページを開設していた。他方,担当者がいない27大学図書館では,8館のみがe-ラーニング受講生専用のウェブページを開設していた。e-ラーニング受講生を対象とするオンラインの書誌的指導は,主題専門図書館員とe-ラーニング支援サービス担当者が分担していた。

 調査対象62館中45館は,遠隔e-ラーニング学生に所蔵雑誌記事を無料で提供していた。また,外国居住者を含むe-ラーニング学生に,所蔵図書の貸出サービスを実施していた。うち8館は利用者への送付費用を全額負担し,5館は送付費用を利用者に請求し,32館は回収時の送付費用のみを利用者負担としていた。なお,4館では文献配送リクエストをe-ラーニング支援サービス担当者が処理していたが,28館では,相互貸借部門が担当していた。調査対象62館中17館では,遠隔e-ラーニング学生への蔵書の貸出は行わず,雑誌論文送付のみ実施していた。

 調査対象中の20図書館は,e-ラーニング受講生専用の無料電話回線を備えていた。この電話で受ける問い合わせに,11館ではレファレンス担当図書館員が回答し,9館ではe-ラーニング支援サービス担当図書館員が回答していた。

 e-ラーニング支援サービス担当図書館員が直面している主な課題は,キャンパス内にe-ラーニングを包括的に担当する中枢オフィスが存在しないために,e-ラーニングによる授業を担当する教授を識別できず,サービスに関する情報を担当教授やe-ラーニング受講生に伝えられないことであった。また,著作権処理及び電子的予約に関する知識不足が認識され,教育・訓練が求められていた。

 e-ラーニング支援サービス担当図書館員が,他の図書館員の助けを借りずに責任を全うするのは困難である。しかも,図書館におけるe-ラーニングサービスの優先度が低いと,十分な時間を割けず,顧客へのサービス低下を招いているケースもあった。一方で,週7日24時間のレファレンスサービスが使え,e-ラーニング学生に書誌サービスを提供する主題専門図書館員が存在するにもかかわらず,e-ラーニング支援サービス担当図書館員という職を設けることに疑問を投げかける声もあった。遠隔地のe-ラーニング受講生のために,図書館資源へのアクセスをシームレスにする努力が求められており,図書館はキャンパス内の学生とe-ラーニング受講生を区別すべきではないという意見も多かった。e-ラーニング受講生にとっては,ウェブページが図書館の役割を果たすので,e-ラーニング受講生用にあらゆる図書館サービスを一箇所にまとめたウェブページを開設している図書館も多かった。そのウェブページを出来る限り簡便に利用できるようにし,可能な限り多くの電子ジャーナルを購読し,よりインタラクティブなオンライン個人指導を提供することが求められている。

 人文科学や教育学専攻の学生は,工学専攻の学生とは異なり,技術に親しみを持たない。そのため,ウェブページがうまく構成されていないと,彼らは道に迷い,図書館のオンライン資源を効果的に活用できない。したがって,大学図書館におけるe-ラーニング支援サービスでは,図書館のウェブページ開発と設計において,技術の専門家と図書館サービスの専門家の両方が関与すべきであるとの意見もあった。

 

3. 国立図書館が展開するe-ラーニング

 e-ラーニングには,学校や大学のカリキュラムに密着した公式のものから,生涯学習や趣味のためにインターネットを使って関心トピックを探求する非公式の学習までの広がりがある。非公式のe-ラーニングでは,電子化された図書館資料が個人やグループに新たな学習機会を提供している。

 以下では,BLとニュージーランド国立図書館のe-ラーニングサービスを紹介する。

3.1. BLのe-ラーニングサービス

 ブリンドリー(Lynne Brindley)館長によれば,BLでは,研究機関,企業,他の図書館,教育機関,一般市民の5種類の主要顧客グループを対象に,幅広いe-ラーニングサービスを提供している(3)。学習支援という枠組みでのBLの使命は,「情報資源に基づく調べ学習の優れた拠点としてカリキュラムの革新と創造的な教育を推進し,同館の持つ研究資源を創造的に活用して学習の動機付けを行い,創造的な教授法の支援を得て画像・テキスト・音声を電子的に提供してe-ラーニングを支援し,注目を集める展示や教育専門家によるワークショップなどにより学習者グループの来館を促し,蔵書中の「世界の知識」について広くかつ新たな視点での思考に挑戦させること」である。

 BLのe-ラーニングサービスの主たる目標は,自学自習を通して個人顧客に情報リテラシーとしての研究スキルを身に付けさせることである。具体的には,図書館の蔵書利用を通じて,複雑さへの理解,問題の発見,画像やテキストや音声の解釈,解釈の差異認識といったスキルを身に付けることで,批判的に考える学習者の育成を狙っている。

 以下では,具体的なe-ラーニングプロジェクトやその成果を紹介する。

  • (1) 21世紀の市民(21st Century Citizen)

     探求学習を支援するために開発されたオンライン学習資源で,英国の誕生の源と動向について,言語とアイデンティティー,家族,理想郷,犯罪とコミュニティ等のいくつかの切り口から歴史的な根拠を考察することを求めている。

  • (2) 英国を収集する(Collect Britain)

     BL最大の電子化プロジェクトで,写真,原稿,絵画,ヴィクトリア朝のパンフレット,録音,地図,新聞を含む10万件以上のイメージと350時間以上の録音により,英国地域史を構成している。テーマごとにグループ化された資料をブラウジングして,地図や絵画や目撃者の発言や散歩道などをたどることも出来る。

  • (3) リンディスファーン福音書(Lindisfarne Gospels)

     715年から720年の間に書かれた複雑な装飾で有名なこの福音書は,英国の最も優れた芸術作品である。BLは2003年にこの福音書の展示を実施し,同時に開催された「読書パターン」に関するワークショップには子供たちが参加した。展示と並行して福音書のファクシミリコピーを制作し,英国北東部地域の公共図書館で回覧展示を行って人気を博した。

  • (4) 資源の箱(resource box)

     英国北東部地域博物館・図書館・文書館協議会と協働で,5歳から8歳の学童を対象に開発したこの箱の中には,授業案,画像,ゲーム,およびホーリー島の野生動物の音声CDを含む多様な資料が入っている。この箱は,英国北東部全域の博物館や学校図書館に広く配布され,地域の資源センターでは貸出しサービスを実施している。

3.2. ニュージーランド国立図書館のe-ラーニングの取り組み

 カーナビー(Penny Carnaby)館長によれば,ニュージーランド国立図書館は,情報民主国家を目指すニュージーランドの国家戦略を支援している。具体的には,全国の学校と生徒に国家の文化遺産へのアクセスを提供し,この文化遺産を未来の世代が探求し楽しめるように保存する法的責任と,全国の学校のカリキュラムを支援するための資料を提供する任務を担っている(4)

 ニュージーランドの国家電子化戦略は,接続性(connection),コンテンツ(contents),能力(capability),継続性(continuity),および協働(collaboration)の5Cを基盤とし,情報通信技術を経済,社会,文化の各領域において効果的に用いることを推奨する包括的な枠組みを提示した。2003年には教育のための情報通信技術諮問委員会が設置され,ニュージーランド国立図書館は,文化遺産および図書館情報セクターの政府代表として,この委員会に参画している。

 ニュージーランド国立図書館は,政府の資金を得て,デジタルリポジトリを構築した。ユビキタスな高速通信網と国際的な技術標準に準拠し,標準となるメタデータスキーマを採用することで,高レベルのメタデータ互換性を備えた接続環境を実現した。これによって,従来は「貯蔵庫」であった伝統的な図書館を一般に公開することが可能になった。リポジトリ中の電子形式のコンテンツは,多様な情報源や主題領域からのアクセスを可能にし,学習オブジェクト,電子出版,デジタル化されたイメージや音声,視覚的な空間データを,多くのチャネルを通じて次の世代に伝える。

 ニュージーランド国立図書館は,将来のe-ラーニング環境における主たるコンテンツ供給機関と位置づけられている。その中には,16,000あまりの電子ジャーナルのニュージーランド市民への提供(CA1524参照)や,美術館,博物館,文書館のデジタル化された画像,音声による学校カリキュラムの支援が含まれている。また,市民のデジタルデバイドを狭めるために,仲介者の役割を強化し,全てのニュージーランド市民に電子化時代に必要な機能的リテラシーを身に付けさせる。

 

4. まとめ

 わが国ではe-ラーニングの導入はごく一部の大学に限られており,大学図書館によるe-ラーニング支援はほとんど実施されていない。大学におけるe-ラーニングの普及と質の保証において,遠隔地の受講学生に対する図書館サービスが重要な役割を果たしていることは,ACRLのガイドラインからも明らかである。日本の大学図書館でも日本の大学の実情に即したe-ラーニング支援のためのガイドラインを作成し,e-ラーニング受講学生がキャンパス内の学生と同等の図書館サービスを受けられる条件を整えることが望まれる。

 生涯学習や趣味のためにインターネットを使って関心トピックを探求する非公式の学習までを含めたものとしてe-ラーニングを捉えると,電子図書館はまさにe-ラーニングのコンテンツ供給機関である。大学等で実施されている公式のe-ラーニングを支援する図書館サービスだけでなく,非公式のe-ラーニングを支援する図書館サービスの事例を紹介する文献をレビューする中で,e-ラーニング支援のための幅広い図書館サービスの存在が明らかになった。

 わが国でも,政府のIT政策の中で,国立国会図書館によるデジタルアーカイブの統合ポータルサイト構築がうたわれている(5)。今後は,デジタルアーカイブを学校教育や生涯学習におけるe-ラーニングの支援と結びつける取り組みが求められている。

 初等中等教育および生涯学習においても,e-ラーニングは今後ますます発展し,社会に浸透していくことが予測される。e-ラーニングを支援する図書館サービスも,質・量の各側面において発展していくことが期待される。

メディア教育開発センター:三輪眞木子(みわ まきこ)

 

(1) Distance Learning Section Guidelines Committee. Guidelines for distance learning library services. (ACRL standards & guidelines) C&RL News. 65(10), 2004, 604-611. ; Board Directors, Association of College & Research Libraries. Guidelines for Distance Learning Library Services. 2004-06. (online), available from < http://www.ala.org/ala/acrl/acrlstandards/guidelinesdistancelearning.htm >, (accessed 2006-01-30).

(2) Zheng Ye (Lan) Yang. Distance education librarians in the U.S. ARL libraries and library services provided to their distance users. The Journal of Academic Librarianship. 31(2), 2005, 92-97.

(3) Brindley, Lynne. The British Library and e-learning. IFLA Journal. 31(1), 2005, 13-18. (online), available from < http://www.ifla.org/V/iflaj/IFLA-Journal-1-2005.pdf >, (accessed 2006-01-26).

(4) Carnaby, Penny.E-learning and digital library futures in New Zealand. Library Review. 56(6), 2005, 346-354.

(5) 高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部. IT政策パッケージ2005:世界最先端のIT国家の実現に向けて. (オンライン), 入手先< http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kettei/050224/050224pac.html >, (参照2006-01-30).

 


三輪眞木子. e-ラーニング時代の図書館サービス. カレントアウェアネス. (287), 2006, 17-20.
http://www.ndl.go.jp/jp/library/current/no287/CA1588.html