CA1252 – ようやく軌道に乗ったLCの大量脱酸処理 / 永村恭代

カレントアウェアネス
No.237 1999.05.20


CA1252

ようやく軌道に乗ったLCの大量脱酸処理

脱酸処理は,酸性紙でできていて何も手当をしなければ壊れてしまう危険のある資料のために行う処理である。脱酸すると紙の劣化のスピードを遅くすることができる,将来することになるかもしれない高価なメディア変換を避けることができる,数百年にわたって資料の原型を維持することができる,といったメリットがある。脱酸法には大きく分けて液体で脱酸する液相法,気体で脱酸する気相法の二種類がある。前者は紙をぬらすのでインクなどの溶け出しが起こる可能性があるし,後者はガスの取扱いを注意しないと火災を招くことがあり,どちらがよいかは一概に言えない。脱酸処理の開発の歴史は,古いものは1960年代にまで遡ることができる。以来各地で様々な脱酸法が開発されており,現在稼働中のものではカナダ国立図書館・文書館のウェイトー法,ライプツィヒドイツ図書館のバテル法(CA1030参照),フランス国立図書館のサブレー法(CA926参照)などが挙げられる。ちなみにこれらはすべて液相法である。

米国議会図書館(以下LC)は,20年にわたってジエチル亜鉛ガスを使用するDEZ法(気相法)の開発,テストをアクゾケミカル社と共同で行ってきた。しかし,ジエチル亜鉛ガスは発火しやすく,1985年と1986年に2度火災を起こしている。また,においや跡が処理後の資料に残るといったマイナス要因があった(1994年にアクゾ社は安全性と処理上の問題は解決されたと発表したものの,DEZ法は大規模な設備が必要で,どの企業・団体も投資をしようとはしなかった)。結局アクゾ社は1994年にDEZ法のプラントを閉鎖し,LCやDEZ法を使用していた他の施設との契約を終了させた。

今回,LCが本格的な使用を決定したのはブックキーパー法という液相法で,もともとは米国の化学会社コッパーズ社が開発した。しかし,同社はそれ以上の開発を断念し,1990年にできたPreservation Technologies社(以下PT社)がその後ブックキーパー法の独占的な使用権を入手した。LCはPT社のブックキーパー法で1年半に92,000冊の脱酸を行い,その結果が良好だったので今回の使用を決定した。契約開始の1996年秋から4年間に最低216,400冊処理することになっている。ブックキーパー法での大量脱酸は以下の方法で行われる。

PT社はLC内に3人の従業員を配置し,処理する資料の選択(過度にもろい本,アート紙の資料を除く等),梱包,ペンシルベニアの工場への輸送,そして処理後の資料を納架する作業を行っている。

工場に運ばれた資料は,プラスチック加工された小さなワイヤーでのどが留められ,大きい円筒形タンクの中央にある軸に1回に8冊据え付けられる。カバーはゴムのバンドで90゜に開いて置かれる。タンクは,不活性の液体に酸化マグネシウムの粒子,分散剤が混ぜられたもので満たされる。この液体は,繊維を膨張させることなく紙をぬらし,インク,接着剤,ラベル,装丁に影響しない。タンクの中で資料は穏やかに振り動かされ,全ページが液体に浸されるようにする。紙に染み込んだ酸化マグネシウム粒子は,空気と紙中の水分と化合して,紙の酸を中和するマグネシウム水酸化物を形成する。また,将来の酸化を予防するアルカリリザーブが紙に残る。

ブックキーパー法は脱酸の前に資料を乾燥させる必要がない。そのため,資料がタンク中の溶液に浸されてから,図書館への輸送の荷造りができる状態になるまでにかかる時間は2時間だけである。その中で資料を化学作用にさらす時間は約25分のみである。

処理は,資料,環境,人体に無害であり,紙のpHを約8.5〜9.0に,寿命を3倍に,耐折テストでは耐久性を3倍にする。品質管理は,1回に処理する量の約10%のテスト用酸性紙を挟み入れ,そのアルカリリザーブを確認することで行う。また,破棄可能な資料で,処理が正しく行われているかのテストを行う。処理後の資料には,背に白い点と,後側のカバーの内側にブックキーパーのラベルをつけてその他の資料と区別する。コストは,1冊につき約11.70ドルと今のところ試算されている。

LCでは,脱酸された資料についての情報を図書館の書誌データベースに組み込むこと,手稿や他の冊子体ではない紙資料を大量脱酸するテストを行うことを希望している。また,大量脱酸に関心を持つ他の図書館,文書館,文化施設の管理者や技術スタッフにとってもLCの脱酸は実例として役立つものと考えている。

もちろん,ブックキーパー法は必ずしも唯一の解決ではない。DEZ法のような気相法は,液相法よりも薬剤が容易に均一に資料に浸透するという利点があるからだ。日本でも昨秋,乾性アンモニア・酸化エチレン法という気相法による大量脱酸サービスが事業化され,当館は今年3月,同法による資料の脱酸処理を試行した。大量脱酸法の開発の動向は,今後とも目が離せない話題である。

永村 恭代(ながむらやすよ)

Ref: Abbey Newsl 21(7) 97, 1997
Dalrymple, Will. A paper chase technology helps library save its collections on paper. LC Inf Bull 58 (8) 148-151, 1997
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