カレントアウェアネス
No.194 1995.10.20
CA1030
LCとドイツ図書館の新しい大量脱酸技術
LCの今後2年間の新しい大量脱酸プログラムの活動資金180万ドルが,今年の1月に上院と下院の予算小委員会で承認された。
LCはこれまでDEZ法(CA780参照)を開発してきたが,脱酸に使用するジエチル亜鉛ガスに発燃性があり,2度設備の火災が起きている。そのため,LCはDEZ法の使用を保留してきた。代わって今後2年間,LCはペンシルベニア州のプリザベーション・テクノロジー社が開発した下記のブックキーパー法で約72,000冊を脱酸処理する予定である。また一方で,LCの要求に見合うかそれを上回る他の技術があれば評価していく考えだ。DEZ法に関する広範囲な情報も歓迎している。
ブックキーパー法は,1985年に考案され改良が続けられてきた。資料の脱酸性化は以下のように行われる。資料はまず,V型の台にページを開いた形で締め金で止められる。この本の取り付けには10〜30分かかる。一般的なサイズのハードカバーの本は容易に取り付けられるが,その他のサイズや製本がしっかりしていない資料には特別な取扱いが必要となる。その後資料は,ペルフルオロカーボン(注1)中に分散された酸化マグネシウムの微細粒子の懸濁液(注2)に浸される。この時,界面活性剤も使用する。資料の事前の乾燥は必要ない。溶液に浸されると,資料のページや製本部分の間から空気が出て,ページが扇型に半開きになる。この時,資料に付いていたごみや虫の死骸などが溶液の表面に浮かび,資料の洗浄もなされる。さらに溶液を撹拌して紙の脱酸性化を確実にするため,資料を取り付けた台は溶液の中を前後に動かされる。1回のサイクルで処理できる冊数は3〜5冊である。約12〜15分間溶液に浸した後,資料は台ごと溶液槽から上げられ,多層構造の乾燥チェンバーに入れられる。そこでペルフルオロカーボンは蒸発し,回収,凝縮され再利用される。紙に残った酸化マグネシウムはアルカリ緩衝剤として働く。約200ページの資料が乾燥するのに15時間前後かかる。
このような処理がされた資料のpH値の平均は6.8〜10.4になる。しかし既に酸による劣化がひどい資料には役立たない。処理後の資料には,酸の被害から資料を将来保護するアルカリ緩衝剤が適度に残る。しかし本のみぞの部分には全体の平均の30〜50%しかアルカリ緩衝剤が残らないという問題もある。
また,処理後の資料ににおいがつくことはなく,かえって処理前のかび臭いにおいが処理中に消される。処理は接着剤への影響もないので,資料の背,ラベル,本につけたポケット等に損害はない。本の表紙布や革など他のカバーの材質にも影響はない。ただプラスチックのジャケットには酸化マグネシウムの軽いごみが付く。しかし,プラスチックが軟らかくなったり,色が変わることはない。金箔なども処理によって影響を受けない。インクも損害を受けないが,アート紙に印刷された色の付いたインクがいく分消耗する。また,処理によって紙にしわが出来たり,本の形が歪んだりはしない。だが,処理の際,台に資料を据え付けるための締め金の跡が資料に残ることがある。
安全性では,処理は作業する職員の健康に安全であり,重大な環境への影響もない。DEZ法は前述のように発燃性が高く設置場所が限定されるが,ブックキーパー法は設備そのものも危険ではないので,場所を問わず設置することが出来る。
今後は処理のためのコレクションの輸送,受取り,処理,包装といった手続きの流れを工夫する必要がある。処理能力の向上も重要な課題である。
一方,ドイツでは,バテル研究所により開発されたバテル大量脱酸法が1994年6月,ドイツ図書館の地階で稼働を開始した。この方法では表紙に金属を使用している資料は処理に適さないので除く必要がある。また,事前に資料のほこりや汚れを落としておかなくてはならない。処理される資料は,プラスチックのバスケットにつめ乾燥チェンバー(チェンバーは直径60cmで長さ4.5mの円筒型)に入れる。そこでマイクロ波による加熱で,通常は資料の重さの7〜8%の湿度が約1%になるまで1〜2時間乾燥する。この際,赤外線センサーで本の表面温度が50℃以上にならないように監視している。
乾燥が終わると,資料はバスケットに入ったまま脱酸剤の溶液に浸すため別のチェンバーに移す。資料はそこで,ヘチルメキサジシロキサンに溶かされたマグネシウムエトキシド/チタンエトキシドの混合物に数分浸される。マグネシウムエトキシドが脱酸剤として働く。この時資料は,事前に乾燥したことにより,スポンジのように大変素早く溶液を吸収する。脱酸性化処理後,資料は乾燥チェンバーにバスケットごと戻され,再びマイクロ波による加熱で30分乾燥される。使用済みの溶液はポンプで図書館の外にあるタンクに送られ再利用される。ここまでの処理全体で約3時間かかる。さらに,資料の中にアルカリ緩衝剤を形成する化学反応を待つため,書架に動かす前に約14日間別室に置かなければならない。1回の作業で50冊の処理が可能であるが,今後処理能力を増す予定である。処理された資料は無臭で,接着剤・プラスチック・印刷インク・染料に影響はない。pH値は約8〜9になる。処理は環境にも作業員にも安全である。
深田恭代(ふかたやすよ)
(注1) 以前はフロンを媒剤として使用していたが,環境に悪影響を及ぼす恐れがあるため,環境への影響が最小限であるペルフルオロカーボンに変更した。
(注2) 懸濁液(suspension)とは,液体中にコロイド粒子または顕微鏡で見える程度の粒子として固体粒子が分散したもののこと。(『岩波理化学辞典 第4版』1987)
Ref: Buchanan, Sally et al.An evaluation of the Bookkeeper Mass Deacidification Process: Technical Evaluation Team report for the Preservation Directorate, Library of Congress. Preservation Directorate, Library of Congress, 1994. 180p.
Congress approves book deacidification plan. LC Inf Bull 54(8)176, 1995
LC deacidification program funded for 2 more years. The Abbey Newsletter 19(1) 1, 1995
Liers, J. et al. The Battelle Mass Deacidification Process equipment and technology. Restaurator (16)1-9, 1995