カレントアウェアネス
No.206 1996.10.20
CA1087
電子情報の保存
電子情報の出現は,今までとは違う新たな保存の必要性を生み出した。媒体そのものを保存することがそこに含まれる情報を保存することになる印刷物と異なり,電子情報は簡単に一つの媒体から次の媒体へと,情報の損失なく移すことができる。そこでは媒体そのものの保存よりも,情報の知的内容の保存が問題の中心となる。電子資料の増大にしたがい,図書館資料の保存に関わる私達も,新たな発想を求められている。ここでは,電子情報の保存に関わる米国での最近の活動を中心に紹介したい。
電子情報保存のエキスパートであるラトガース大学のグラハムは,電子情報について,1)媒体の保存,2)技術の保存,3)知的保存(intellectual preservation)の三種類の保存をあげている。第二の「技術の保存」とは,電子情報は記録媒体,フォーマット,ソフトウェア,ハードウェア等の技術に依存して存在するが,これらの技術は次々と世代交代していくため,古い技術から新しい技術へと常に更新することによって情報を保存していくことを言う。第三の「知的保存」とは,情報の「完全性(integrity)」と「正真性(authenticity)」の保存,すなわち,情報を最初に記録された時のままに保全し,かつそれが改変を加えられたりしていない正真の情報であることを保証することである。電子情報は,情報が媒体に固定された印刷物と違い,後に何の痕跡も残さずに内容を改変することができる。事故や過失,また悪意による電子情報の改竄を防ぐためには,情報の「完全性」と「正真性」の保存が不可欠である。この第三の保存を可能にするために,グラハムは「電子的時刻検印」(digital time stamping)を提唱している。これは,電子資料が登録された時点で,その内容をもとに暗号をつくり刻印し,資料のオリジナリティを保証するシステムである。このような方法によって,図書館は利用者が電子情報をオリジナルに忠実なものとして確信をもって使えるように保証していかなくてはならない。
一方,エール大学のコンウェイは,電子情報の保存の根本的な目的は,電子情報が利用者にとって価値あるかぎり,その情報に対する継続的なアクセスを保証すること,と定義している。この観点から言えば,資料の電子化は,単に電子化作業そのものでは終わらない。長期的にアクセスを保証するためには,技術の進歩にともなうシステムの更新など,長期にわたって多大な経費と労力がかかる。このために,電子情報の保存には,今までより一層の長期的展望に立った,組織的な企画運営が必要とされる。コンウェイは,本当の問題は,図書館の経営者の考え方を長期的なものへと変革することにある,と指摘する。
さらにコンウェイは,情報の電子化が単に電子化作業だけで終わるのではないもう一つの理由として,「電子画像はそれだけではわれわれに何も語りかけてこない。索引によってしか情報を検索することはできない。索引がなければ,電子化資料は利用者にとって意味のない単なる電子ファイルの集合にすぎない」と述べている。現在よりも高度なOCR技術でも開発されない限り,索引等の検索ツールは資料の電子イメージ化と一体のものとして見なされなければならない。また,フルテキストを電子化する場合でも,やはり検索のためのツールは不可欠である。しかし,実際には画像の索引の作成は困難で,資料の電子化の『暗黒面』と呼ばれてきた,とコンウェイは指摘する。
このような状況の中で,保存の専門家達は,資料の電子化が,図書館にとって新たな協力関係の必要性を生み出したと指摘している。その一つは,メーカーやベンダーとの協力である。電子情報の分野では日進月歩の技術革新と企業間の熾烈な競争によって,新しいシステムが3年から5年ごとに生み出されている。異なる企業によって開発されたシステムは互換性に欠けることが多い。図書館がある一定の企業の技術によって資料の電子化を手がけた場合,その企業がそのシステムの製造を中止したり,倒産などしたら,修理部品もサービスもなく,途方にくれるということもある。図書館はメーカーやベンダーに依存するのではなく,彼らがアクセスの面を考慮して技術開発を行うように促し,彼らと協力してシステムの互換性と規格の開発を促進していく重要な立場にあると言える。
次に同じく大切なのは,図書館やその他の機関との協力である。「電子化は,どのような図書館や文書館にとっても単独で取り組むには複雑すぎる。少ない財源を奪い合うような競争をなくし,それぞれの成果を広く深く共有するためには,協力事業が不可欠の戦略である」とコンウェイは述べている。このような協力事業を米国で促進している機関の一つが「保存・アクセス委員会」(CPA:用語解説T18参照)である。CPAの後援により,現在以下の二つの協力事業が進められている。
1)NDLF 元はエール,コーネル等8つの大学のコンソーシアムから発展し,1995年にNational Digital Library Federation (NDLF)となった。NDLFは,上記の大学図書館に,議会図書館や国立公文書館,ニューヨーク公共図書館等を加えた15の機関とCPAの代表から成る共同事業で,その第一の目的はインターネット上で世界中のどこからでもアクセス可能な,分散型の開かれた電子図書館を実現することにある。この6月に発表された報告書には,National Digital Libraryを構築するために,全国の電子図書館が共同して,各々が維持する電子資料を統合していく連合的アプローチが必要であると説かれている。具体的には,今後NDLFが力を入れるべき3つの課題として「資料の発見と検索のメカニズム」,「知的所有権と経済モデル」,「電子情報のアーカイビング」があげられている。2)Task Force on Archiving Digital Information RLG(Research Libraries Group)がCPAと共同で1994年に設置した委員会で,図書館,文書館,ミュージアム,出版,情報技術,政府,法律の専門家から構成される。今年6月に出された報告書は,電子文書館の全国的分散型システムの必要性を訴えている。ここで言う「電子文書館」(digital archives)とは,「電子図書館」が必ずしも資料の長期的保存とアクセスを保証しないのに対して,電子情報の貯蔵所として,国の知的遺産に対するアクセスを長期にわたって保証する責任を担う機関の意味で使われている。
CPAの活動の影響は,その他の国々にも及んでいる。オーストラリアでは,昨年12月に国立図書館の主催で電子情報の保存に関するワークショップが開かれ,「電子資料の保存と長期的アクセスに関する原則(案)」が発表された。この原則は,基本的に上記のTask Forceの報告書の内容を受けたもので,全国的な協力体制の必要性を第一の原則にあげている。一方,ヨーロッパでは,米国のCPAの姉妹組織としてECPA(Europpean Commission on Preservation and Access)が1994年に結成されたが,中央集権的色彩の強いヨーロッパでは,米国やオーストラリアの連合的アプローチと違って,納本制度を基盤とした国立図書館による電子出版物の集中的収集・保存が考えられている。昨年12月にECの主催で電子出版物の納本制に関するワークショップが開催され,ヨーロッパの国立図書館,出版社の代表と技術専門家,ECPAとCPAの代表が参加した。そこでの結論は,電子情報時代においても,国の知的遺産を保存するという国立図書館の歴史的な役割と責任は変わるものではないとし,国立図書館が出版社と協力して相互に有益な電子出版物の納本制度を確立していくことは可能である,というものであった。具体的には,各国の国立図書館と出版社が共同で研究を進めていくことが提案されたが,最近のニュースでは,オランダの国立図書館が一定の条件で大手の出版社から電子形態で出版物の納本を受けることになったことが伝えられている。
翻ってわが国でも,国立国会図書館において去る3月に電子情報の保存とアクセスをテーマにシンポジウムが開催され,納本制度の観点から討議が行われた。日本国内での今後の活動に期待したい。
中島 薫(なかじまかおる)
Ref: Graham, Peter S. Intellectual Preservation: Electronic Preservation of the Third Kind. Washington, D.C., Commission on Preservation and Access, 1994
Conway, Paul. Digitizing preservation. Libr J, 119 (2): 42-45. 1994
Digital imaging technology for preservation: proceeding from an RLG Sympsium held March, 1994. Mountain View, CA, Research Libaries Group, 1994
竹内秀樹 デジタル情報の保存をめぐる動向:米国における取り組みを中心に ネットワーク資料保存 (45) 1-3, 1996.9
NDLF Planning Task Force. Final report. June 1996. 〈http://lcweb.loc.gov/loc/ndlf/phntfrep.html〉 (30 Aug. 1996)
Preserving digital information: report of the Task Force on Archiving of Digital Information. Commissioned by the Commission on Preservation and Access and the Research Libraries Group. May 1996.〈http://www.ilg.org/ArchTF/〉 (31 Aug. 1996)
National Preservation Office, National Library of Australia. Draft statement of principles on the preservation of and long-term access to Australian digital objects. Last updated 11 April 1996.〈http://www.nla.gov.au/3/npo/natco/princip.htm1〉 (29 Aug. 1996)
Workshop on Issues in the Field of National Deposit Collections of Electronic Publications. Luxembourg, December, 1995.〈http://www2.echo.lu/libraries/en/depo-rpt.html〉 (29 Aug. 1996)