E1775 – 「HathiTrustとデジタルアーカイブの未来」<報告>

カレントアウェアネス-E

No.299 2016.03.03

 

 E1775

「HathiTrustとデジタルアーカイブの未来」<報告>

 

 2016年1月25日,東京大学の伊藤国際学術研究センターで,国際シンポジウム「HathiTrustとデジタルアーカイブの未来」が開催された。

 HathiTrustは,米国を中心に100以上の大学図書館が参加するリポジトリである。Google によるスキャンデータを含む1,380万冊以上のデジタル化資料を集積し,そのうち540万件ほどはパブリックドメインという,世界でも有数の大規模図書館連合リポジトリとして日本でも関係者筋では注目を集める存在である。2012年12月には,国立国会図書館(NDL)でもHathiTrustに関するシンポジウムが開催されている。

 HathiTrustでは2011年に「研究センター」(HathiTrust Research Center:HTRC)を設置し,以降,この大規模リポジトリを研究においてどのように活用するかということを課題として取り組む体制を構築した。今回のシンポジウムは,HTRCの共同所長であるイリノイ大学図書館情報学研究科副研究科長のダウニー(J. Stephen Downie)氏がHathiTrust及びHTRCの最新の動向についての基調講演を行い,さらに,NDL電子情報部電子情報企画課長の大場利康氏,国文学研究資料館古典籍共同研究事業センター副センター長の山本和明氏,東京大学大学院人文社会系研究科世代人文学開発センター人文情報学拠点長の下田正弘氏,東京大学附属図書館副館長の堀浩一氏がそれぞれの取組について報告し,デジタル化された資料をいかにして研究活用するかについて様々な側面から議論するという趣旨で開催された。また,日本語と英語で相互に議論するという目的の下,同時通訳に加えて配布資料も日英両方の言語で用意された。

 当日は,まず,下田氏からイベントの開催趣旨の説明があった。2011年のシンポジウム「デジタル化時代における知識基盤の構築と人文学の役割」でのイリノイ大学図書館情報学研究科長(当時)のアンスワース(John Unsworth)氏による講演を受け,大型の横断型知識データベースと個別の専門的な分野の知識に基づくデータベース,そしてそれらを含む活動がどのように関わり合い,どのような場を形成していく可能性があるかを,HTRCの最新動向を踏まえつつそれぞれの立場から議論する,という趣旨の説明がなされた。

 ダウニー氏による基調講演“HathiTrust Research Center: Latest Development and New Opportunities”は,まさにHathiTrustとHTRCの最新動向と今後の方向性についての話であり,知的刺激に満ちたものであった。著作権が切れた膨大なデータを自在に活用する手法の研究とそれを下敷きにしたサービスの提供,さらには,そうしたサービスを対象とした研究開発等,様々なプロジェクトが提示された。さらに,著作権保護期間中の資料に対してテクストマイニング等の分析結果のみを利用できるようにする「非消費的利用」の考え方に基づいて構築されたシステムも紹介された 。詳細についてはメールマガジン『人文情報学月報』や公式サイト等を参照されたい。

 これに続いて,大場氏によりNDLの大規模デジタル化資料群とその研究活用の事例や取組が紹介され,次に山本氏により国文学研究資料館の大規模デジタル化プロジェクトの現状と見通しが説明された。その後短い休憩を挟み,下田正弘氏より大蔵経データベースプロジェクトにおける研究者の手によるデジタルアーカイブ構築とその活用事例についての説明がなされ,最後に堀氏による学術デジタルアーカイブの根源的なあり方への問いが投げかけられて一連の講演は終了した。

 その後,質問紙形式によるフロアからの質問への応答と登壇者によるパネルディスカッションを経て,シンポジウムは幕を閉じた。2000年代前半のブーム以来,デジタルアーカイブは改めて注目を浴びつつある。しかし,実際のところ,研究者による2次利用を経なければより大きな成果へとつなげていくことは難しい。本シンポジウムの各報告と議論は,そのための場を形成していく手がかりの一つとなり得るものであったと,筆者としては期待するところである。

一般財団法人人文情報学研究所・永崎研宣

Ref:
http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/DHI/DHSYMPO201601
http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/DHI/index.php?Unsworth
http://www.dhii.jp/DHM/
http://doi.org/10.1241/johokanri.57.548

注:ただし,Refに掲げた「大学図書館書籍アーカイブHathiTrust」において,「多くの検索結果は「Limited(search-only)」(図6のa参照)となっているが,これは外部の利用者に対する制限である。この本を所蔵しているメンバー図書館だけが,電子版を自由に読むことができる。」という記述については,メンバー図書館でも電子版は読めないという指摘がある。

 

 

クリエイティブ・コモンズ 表示 2.1

※本著作(E1775)はクリエイティブ・コモンズ 表示 2.1 日本 ライセンスの下に提供されています。ライセンスの内容を知りたい方はhttp://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/でご確認ください。