E1743 – 小学生向けレクチャー「昔の本にさわってみよう!」<報告>

カレントアウェアネス-E

No.294 2015.12.10

 

 E1743

小学生向けレクチャー「昔の本にさわってみよう!」<報告>

 

 2014,15年度,鶴見大学図書館,同学の文学部,神奈川県立図書館による協同事業として「昔の本にさわってみよう!」と題した取組を行っている。神奈川県の「大学発・政策提案制度」に基づくもので,現時点では対象は横浜市内の小学校高学年,クラス単位(2,30名程度)で,いずれは市外などでも実施したいと考えている。 

 この目的は,子どもの頃から書物に親しみ,書物や読書,関連する歴史,日本や世界の伝統や文化,文化財等を大事にする気持ちを育んでもらうきっかけ作りである。子どもたちが実際に古典籍などを扱ったり,間近で見たりする機会を設ける一方で,資料保存の点でも遺漏のないプログラム作りを目標とするものである。

 そうした目的意識のもと,まず2014年度は試行的に,次のようなプログラムを組み立てた。 

    (1)事前に学ぶ:文字や書物の歴史,古典籍そのものについてと,古典籍を保存していくことの重要性,取扱いの注意点などを,教材スライドを活用し説明する。
    (2)古典籍に実際に触れる,間近に見る:多種多様な古典籍を間近で観察し,取り扱う。
    (3)和本を作る:和紙と糊だけあれば可能な粘葉装(でっちょうそう)の和本を作る。なお,使用する和紙にはあらかじめ,(1)のスライドと,レクチャーで使用する貴重書(鶴見大学図書館と神奈川県立図書館の蔵書)の解説を印刷し,作り終えれば,解説本となるようにする。 

 こうした小学生向けの古典籍レクチャーを,2015年11月までに,横浜市立の戸部,豊岡,矢向,森の台の小学校4校のほか,市立鶴見図書館との共催などにより,延べ16クラス分を対象に実施してきた。以下では11月2日の,森の台小学校(田中公明校長)での6年生6クラスを対象とした事例を取り上げる。この日は,前もって(1)を済ませていただき,(3)も,当日の別の時間に,担任の先生とボランティアの保護者の方々に実施していただいた。そのため(2)を中心に実施した。

 まず,持参した古典籍のうち数点を取り上げ,なぜ実物にふれる必要があるのか,ふれて初めてわかることは何か,それを考えてもらいたい,という話をした。例えば以下のような問いかけを行って,観察の際の導入とした。 

  • どれが手書きの本(写本)で,どれが木版印刷の本(板本)だろう?
  • 板本の細かい字!どうやって彫ったんだろう?
  • よく似た本の作り方でも,紙の裏側を基本的には使わないものと,裏側を使う・使えるものとがある。両者の違いは何だろう?(巻子本と折本の違いを理解してもらうための問いかけ) 
  • 和本なのに,ピアノの鍵盤や五線譜,バイオリンの絵などを印刷している本がある。これはどういうことだろう?(西洋文化が次々ともたらされた明治期の本。刊行の時期を自分で確認してもらうための問いかけ) 

 この後,実際に古典籍に触れてもらった。その際,より貴重であるため,直接さわってもらうことはできないものの,間近で見てもらえる貴重書いくつか(粘土板文書,羊皮紙断簡,奈良絵本,解体新書,御開港横浜大絵図など)と,直接取り扱ってもらうことのできる古典籍などに大別した。その上でさらに後者を,

  • 巻子本,折本,版木,木活字,豆本など,今の本とは違う,昔の本の特徴がよく出ているもの
  • 古写本,短冊,カルタ等の書写資料
  • 版本,絵入り本など等の印刷資料
  • 鎌倉等の古地図等の一枚物,幕末以降の古新聞,西洋活字印刷本
  • 明治期の外国語教科書,和訳聖書等
  • 第二次世界大戦時に製作された戦意高揚用紙芝居 

と分けてテーブル上に配置した。かつ,1クラスを8グループに分け,テーブル順に見てもらうことにした。従来は,子どもたち自身の判断で自由に見て回れるようにしていたが,小学校側からのご提案で,今回はこうしたグループ化を試みた結果,全生徒が古典籍のすべてに万遍なく接することができた。

 また今回,レクチャー側の教員や図書館員,大学院生が,各テーブルに一人ずつ張り付くことができたので,グループが入れ替わる度に,直接説明することができた。

 小学生の反応も,おおむね好評だった。何千年も前の粘土板文書や,文字が彫られた版木の実物をなぞって楽しみ,『新古今和歌集』の全ての歌を載せた豆本の精緻さに驚愕し,錦絵の色鮮やかさに感嘆していた。アンケートでも「教科書に載っている本を実際にみることができてよかった」(教科書で有名なためか,総じて『解体新書』は大人気である)「授業で習うだけでなく,本物にふれて初めて,本の貴重さ,大切さなど,わかることがたくさんあった」「読める字があって嬉しかったし,読めないのもまた面白かった」「和本作りも楽しかった。本を作る大変さもよくわかった」など,好意的な感想が多く寄せられた。 

 現在に至るまで,今回のような実践を繰り返し,同時に実施先の小学校からのご希望や,実施後の感想等をも参考にしながら,構成や内容についての試行錯誤を積み重ねている。時間配分や,子ども達にいっそう関心を持ってもらうための方法の考案など,残されている課題も多い。

 古典籍の実物に接するという,稀な体験をしたことで,小学生それぞれが,何かしらを感じ取り,それが将来的にでも,書物文化,ひいては人文学全般への関心に結びつけば幸いである。今回の成果をさらに取り入れながら,様々な課題に向き合い,試行錯誤を重ね,県立図書館とともに全国の図書館・小学校へと事業の普及を目指していきたい。末筆となったが,本事業にご理解・ご協力下さっている小学校や図書館など,関係者の皆様に,心より御礼申し上げる。

鶴見大学文学部・久保木秀夫

Ref:
http://ccs.tsurumi-u.ac.jp/seminar/pdf/info/20151028.pdf
http://www.edu.city.yokohama.lg.jp/school/es/morinodai/index.cfm/1,0,63,html?20151102180854509
http://blog.tsurumi-u.ac.jp/library/2015/11/in-280b-1.html
http://blog.tsurumi-u.ac.jp/library/2014/07/post-02aa.html
http://blog.tsurumi-u.ac.jp/library/2013/08/post-528a.html
http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/chiji/p687197.html
http://www.townnews.co.jp/0116/2015/03/05/273986.html