E1411 – 子どもたちに出版文化を伝える―デジタルえほんミュージアム

カレントアウェアネス-E

No.234 2013.03.28

 

 E1411

子どもたちに出版文化を伝える―デジタルえほんミュージアム

 

「『デジタルえほん』は,これからの出版文化を支え得る足掛かりだ。」担当者はそう語る。子どもという未来の可能性に,出版文化に身近でいてもらうことが,未来の出版文化を守ることにつながるはずだ,と。

 筆者は,大日本印刷(DNP)が2013年1月,東京・市ヶ谷にオープンした「コミュニケーションプラザ ドットDNP」を訪れた。オフィスビルの地下1階から地上2階までの3フロアに,こだわりのコーヒーと共に電子書籍を楽しめる「hontoカフェ」をはじめとして,「DNPenguinハウス」,「デジタルえほんミュージアム」,「Enjoy!フォトパーク」,「イベントゾーン」の5つのコーナーで構成された体験型ショールームが開設されている。DNPにとってB2Cをコンセプトにしたショールームはこれが初となる。

 その中でも今回の訪問の目的は「デジタルえほんミュージアム」であった。ここでは,国内外の電子絵本や「デジタルえほんアワード」の受賞作品など,約130の電子絵本が体験できる。現在日本でこれほどまで電子絵本に特化したショールームはここだけであろう。

 吹き抜けの階段を下りた先にまず目に入るのは,虹色で彩られた壁。そして振りかえればそこに,“こどもの国”があった。その奥には,大きな“樹”が壁一面に両手を広げるかのように左右に枝を伸ばし,カラフルな“木の実”たちをたわわに実らせていた。それぞれの“木の実”は壁から突き出たビニールレザー素材の円形のスペースで,子どもたちはその中に入り,好きな姿勢で自由に電子絵本を楽しむことができる。

 部屋の真ん中には広々とした白いベンチソファーが設置され,プロジェクターで電子絵本を映し出すことができるようになっていて,子どもたちはその上で寝転がりながら映像を楽しんでいた。また,「魔法のえほん」のブースでは,付属のステッキを振るだけで,目の前のスクリーンに映し出されている絵本の世界が動くという仕掛けになっていた。

 この“こどもの国”を作るには様々な苦労があったという。とにかく安全・安心に利用できるスペースにするために,もともとオフィスビル仕様であった階段の間から子どもが落ちないよう手すりの幅を狭くしたり,汚れにくく滑りにくい,角の丸い装飾品ばかりを選んだりするなど,予測のつかない子どもの動きを想像して展示場をレイアウトするのは,楽しくも悩ましい作業だったという。

 デジタルえほんミュージアムの始まりは,幅広い年齢層にDNPを知ってもらおうという思いからだったそうだ。子どもたちにも興味を持ってもらうため,話にあがったのが,株式会社デジタルえほんと共同で進めていたみらいのえほんプロジェクトの「tap*rapへんしん」であった。これは,小さな子どもでも楽しめる,対象物の違いを捉えるトレーニングのできる知育アプリで,端末に表示されたスマイルマークを何度もタップしていくと,だんだんパーツが集まってきて動物の顔になるというものである。

 だが,デジタルえほんミュージアムには,もう一つの狙いがあった。未来の「読み手」と「作り手」を育み,出版文化の未来を守る,というものだ。未来の「読み手」と「作り手」とは,そのまま未来の出版物の「読者」と「作者」である。当たり前のように存在していくはずのこの関係が,今海外勢の電子製品や,マスメディアの影響による子どもの活字離れなどで,失われかねない未来になっているという。DNPでは,日本が築いてきた出版文化も今の子どもたちが未来で担っていくべきものと捉えていて,子どもたちに小さいうちからデジタルという利便性の高いインタフェースで本に触れてもらうことで,より本への親しみを育んでもらおうと考えている。

 実際にデジタルえほんミュージアムを訪れた子どもたちや親は,展示カタログを持ち帰り,気に入ったコンテンツを購入する例も少なくないという。これだけ電子絵本がまとまって紹介されているので,試しに読んでみたり,お気に入りを発見したりする場所として活用されているようだ。

 電子絵本を販売することで紙の絵本が売れなくなってしまうのではないかという危惧が,未だ電子絵本の出版数を伸び悩ませている理由ではないかと担当者は話す。だが実際には,電子絵本を出版してから原本の紙の絵本の売上が落ちた事例はあまり聞かないという。

 電子絵本という生まれて間もない出版文化。その先駆けであるこの「デジタルえほんミュージアム」は,新たな未来への一歩である。だがこれまでの絵本とは違い,電子絵本はタップやフリックで物語の世界に参加できるようになった。これをなんと捉えるべきか。“図書”の域は既に超えている。電子絵本を絵本として捉えることは,デジタル化が進むにつれてさらに難しくなるだろう。図書館として,この新たな“絵本”をどう取り入れていくかは,これからの課題である。

(電子情報部電子情報サービス課・梅田有咲)

Ref:
http://www.dnp.co.jp/dotdnp/
http://resemom.jp/article/2013/01/31/11983.html
http://ichigaya.keizai.biz/headline/1557/
http://www.shopbiz.jp/js/column/moriyama/120388.html
http://digitalehon.net/archives/2365
http://www.ehonnavi.net/specialcontents/contents.asp?id=41